26<いつから卵の中身がドラゴンだと錯覚した?
バキン
「……盗賊の本隊が戻ってきたな、急いで森を抜ける」
「今の音はそれを知らせる合図?」
トルピットの不安げな表情
安心させるべく「そうだ」と答えて即答で頷けば
少年はほっと胸を撫で下ろすが直ぐに表情を引き締めた
「なら急いでここから離れないとね」
「ペースを上げる、遅れるなよ」
「箱の中から聞こえたような気がするんだが」
「僕もそう聞こえたけどさ、ホラ
アシュラン兄ちゃんが合図だって言ってるんだから」
「俺も箱の中から聞こえたんだがなァ」
「合図だって」
「そうじゃないような気がするんだけれど?」
「合図だってば!」
皆の指摘を必死に否定するトルピットも本能では気付いているらしい
そりゃそうだよな、木箱の中からただならぬ気配が漏れ出してるし。
森の小動物も一斉に逃げ始めてるから流石に誤魔化すのは無理だ
せめて何も言わずに黙っておこう。秘技、『お察し下さい』だ。
茂みをかき分け進む速度をぐんと上げる
『 ピキュリュィィ~…… 』
「な、なぁアシュラン兄ちゃん
兄ちゃんが欲しいって言ってる木箱の中から変な音するんだけど?」
「無駄口叩いてねぇで俺について来い
町が見えたら速攻で俺が引き取って中身を詰め替える
何が聞こえてきても無視しろ、そして黙れ、蓋を開けたら殺す」
いやだから流れるように脅しをかけるんじゃない俺の口め。
確か回収した賊の物品の中に厚手の補強テープがあったな
割れた部分は巣に持ち込むまでぐるぐる巻きにしておけばいいか
もう痕跡を消すとか罠を回避しきるとかやってる場合じゃない
多少険しい行程だが最短距離で森を抜けて
フリッツたちの安全を確保せねば。
『 キュピィ~……ピ~……プピ~ 』
盗賊団は放っておいてもこの積み荷の所為で壊滅してただろうなぁ
ガサガサと足音を立てる間も鳴き声は聞こえ続けている
愛くるしそうな音を奏でているが誤魔化されてはいけない
木箱から発せられるプレッシャーが
冗談では済まない状態になりつつあるからだ
今はまだ他の卵と一緒に居るからか、暴れ出さずに済んでいるが
人間を認識した瞬間敵対行動を取られてしまうだろう
この時点で木箱の中身が何なのかを全員が察したようで
緊張感漂う沈黙の中、水際対策ではあるが
何もしないよりはマシだと背後を振り返り声をかける
「エメライン、頼みがある」
「っなに?」
「木箱の中に向かってありったけの催眠導術を放ってくれないか
俺の回復薬をやるから町に着くまで全力で頼む」
「……き、効くか分からないのだけど?」
「何もせずに森を火の海にするよりマシだ」
「それってもしかしてサラマ……いや、でも、まさか」
「……」
「嘘でしょ……?まさか、ド、ド、」
「だからといってその木箱を投げ捨てたりするなよ
その時点で俺たちは敵認定される、急げ」
正体に察しがついたトルピットがガチガチと歯を鳴らす
竜種となると生まれたての幼体であろうと
相当危険な魔物であることは冒険者の間では周知の事だ
むしろ成体より食欲旺盛で
体内に導力回路を保有する人間は格好の栄養源だ
俺の言葉に全員が青褪めた
エメラインは急いで木箱に杖の先を当てると
全力全開の催眠導術を使い始め
淡い光が全て木箱の中へ吸い込まれていく
コランダスが荷車を引きながら悪態吐いた
「とんでもねェ荷物をつかまされたモンだぜ、道楽貴族どもめ!」
「アシュランさん、本当にこの中身を引き取るつもりですか?
今ここで殺しておいた方がいいのでは」
「テメェらには関係ねェ事だ」
ヒユイの意見は有難いが、俺だけが知る事情を彼らに話す気は無い
真後ろを歩くフリッツに俺が持っていた回復薬を渡し
トルピットを経由してエメラインの手に移る時にはフタは開けられた状態で
迷わず中身をあおって飲み干したエメラインは目を見張り
手にしていたビンを注視した。
同時に杖から流れる導力の輝きが一層増す
「凄いわ、これ最高ランクの回復薬じゃない!
初めて飲んだけど導力の回復量がケタ違いだわ」
「兄ちゃん太っ腹!」
「ヘタしたらその木箱の中身に殺されるからな
形振り構ってらんねェよ」
「「「……」」」
ほぼ走る速度で進みつつさらっと物騒な事を言った俺に全員が沈黙した
回復薬を飲んだばかりのエメラインの表情が青褪めるが頑張ってほしい
木箱の中身は静かになっているので導術が利いているのだと思うが
ドラゴンは導力に耐性を付けるのが早いと文献に書いてあった
のんびりできる時間は無いと思って行動したほうがいい
残り二つまで孵化したら流石に巣に返しに行くことはできなくなる
その場で始末しなければ俺の身も危うい
町の光を視認した段階で荷馬車から問題の木箱だけを取り上げる
斜めに担ぎ上げても卵同士が当たる音がしないので
敷き詰められた藁が十分なクッションになっているのだろう
これ以上割れたらヤバかったので良かった、全く安心はできないが
って思ってたらパキキ、と更に嫌な音が耳に届く
やばい、ほんとにやばい時間ない
卵一つ五十キロとして三つと木箱の重さで約百八十キロか
身体強化の導技を使わないとまともに持ち上げられもしない
ドラゴンの巣まで結構な距離があるが俺の気力なら多分持つだろう
回復薬を多めに持って来ておいて良かった
それまでずっと催眠導術を施していたエメラインがヨロけて
傍にいたトルピットに支えられる
「ここまでくればお前らは宿に戻るだけだ
木箱は中身を詰め替えて朝にでも宿に届けてやるよ」
告げて数歩彼らから離れた所でフリッツが駆け寄ってきた
「待てアシュラン、俺も行く!」
「来るな、邪魔だ」
「そんな危険なモノ持たせて一人で行かせられるか!
一旦町に入るって言うなら尚更だ!絶対に付いていくからな!!」
「まだ荷物の運搬途中だろ
仲間内の戦力を低下させるんじゃねぇ
導力切れのエメラインを支えるにはテメェが順当だと思うが?」
「うっ」
俺とエメラインを交互に見て惑うフリッツに背を向け
身体強化を重ね掛けして真っ直ぐに塒へ向かう
その後ろをフリッツが付いてきた
「こら」
短く戒めるがフリッツに引き返す様子はない
「ほっとけるか!」
「ったく」
言い合う時間すら惜しい
俺の全力疾走に余裕で付いてこれてるあたり微妙に歳の差を感じる
間も置かず箱の反対側を支えて並走し始めてくれたので
腕への負担も軽減された、なんだかんだで有難い
付いて来てしまったものは仕方がないので
塒である高級宿の前でフリッツを待たせて急いで部屋へ戻ると
木箱から三つの巨大な卵を取り出し、ヘタなことして割れたりしないように
柔らかな寝台の上へと転がしておいた
割れた卵の隙間から中身が見えてるがまだぐっすり眠ってくれているようだ
空になった箱を隣室へと放り込むと魔導袋から補強テープを引き抜き
割れた卵に欠片をはめ込んでその上に補強テープを多重に巻いて
ヒビが入っている卵もぐるぐる巻きに補強し終えた
幸いなことに割れた卵とヒビの入った卵の中には
エメラインが施した催眠導術の靄が充満していたので
もう暫くは二匹ともぐっすり眠っていてくれるだろう……と、思いたい
残り一つが完全に沈黙してくれている事に心底安堵を覚えて
卵を持ち運ぶ際に体に固定するための抱っこ紐代わりのものを探し始めた
建物の外ではフリッツが落ち着かない様子で俺が出てくるのを待っている
フリッツが付いて来てくれて良かったかもしれない
竜の巣までの道のりはデカい木箱を抱えてでは到達できない
当然荷車も難しいから一つを背負いひとつを抱えて持っていくしかない
運び手が一人では背中に二つも卵を背負うのは難しかっただろう
「このベルトならなんとか……」
最優先は既に割れてしまっている二つだ
布で表面を覆い隠しベルトを撒きつけしっかり固定している間に
ヒビだけ入っている卵の内側で何かを引っ掻く音が聞こえてくる
ホラーかよ
……そうだ、寝相だ。寝相に決まっている
寝苦しくて布団を蹴飛ばす的なアレだ
そうこうしている間にひとつ目が背負える状態になったので
今度はヒビだけ入ってる方にベルトを撒きつけ、これも同等に準備を終える
最期はまだ孵化段階に無い時間的余裕のありそうな卵だ
これはフリッツに背負って付いて来てもらうか
背中で孵化してそのまま頭をぱっくんちょされたら拙いからな
当然俺が割れてる二つを背負って抱えて持っていく予定だ
死ななきゃいいなぁ、とどこか他人事のように思いながらも
早くしなければと焦りつつぐるっと下方をひと巻きした瞬間
目の前にあった卵の殻が音を立てて四方に飛び散った
(!!)
導力のような力の流れを感じ取った瞬間
小規模な爆発が起こったのは殻が弾けるのと同時で
余りにも一瞬の出来事で咄嗟に退く事すらできなかった
「……」
ごくり、と
緊張から喉が上下する
暫しの間を置いて、そろりと伏せていた顔を上げて見れば
卵の真ん中から上が見事に吹き飛んでしまったらしく
殻の内側が室内灯で煌々と照らされていた
頬に痛みと熱を感じる
殻が飛び散った際に鋭利な断面が掠って切れてしまったのだろう
流れ出る血の感触で理解するが
そんな事よりも目の前に広がっている光景が大問題だ
「……え?」
金色の大きな瞳が俺の顔を映している
更に色とりどりの光を含ませたような、とても美しい猫のような瞳だった
そして何故か頭部から黒くて艶やかな長い髪を生やしており
その表皮はなまっちろいアシュランとは異なり褐色で
何故か二本の手と二本の足が生えており
まるで人間の子供のような見た目をしていた
「……は?」
まるでというか、むしろ人間の子供だ。まんま人間と同じだ
古代竜かもしれないドラゴンの卵から人間が生まれるなんてことある?
しかも明らかに人種が異なる。褐色肌に金目の黒髪ストレート
アシュランの記憶を辿った限りでは一度も目にした事のない配色の人間
結論、この見た目は十分異質だ
性別は……
ちら、と目の前で俺をじっと見つめる子供のまたぐらを確認する
♂である。
言うなれば、美少年
「……」
いや、性別確認してる場合じゃないだろちょっと落ち着け冷静になれ
こんな風にぼーっとしてる暇はない
早くドラゴンの巣に行って卵を戻しにいかないと……
で、その卵から生まれた人間はどうすればいい?
一緒に連れてってドラゴンの巣に置いてくるべき?どうすりゃいいの?
悠長にしてたら残り二つも導術の効果が切れて孵るかもしれない
兎に角先ずは卵だ、卵を巣に返しにいかねば。
卵から出てきた子供の扱いは保留だ
既に十歳ぐらいの大きさだし一人にしておくのは物凄く心配だけど
とりあえず言い聞かせておく
「俺が戻って来るまで、ここで大人しくしてろよ」
「……」
「言ってる事分かるか?」
「……」
素晴らしきかなノーリアクション
金色の瞳は終始逸らされる事無く俺を見つめている
そりゃそうだ、だってこの子生まれたばかり(?)だもの
言葉なんて分からないよな。ならば余計にどうしたものか
と思っていたら子供の肩が僅かに震えたことに気付いた
素っ裸だったな、そりゃ寒いよな
両脇に手を差し込んでひょいと持ち上げるとベッドの空いたスペースに座らせて彼が出てきた卵の殻は寝台の下へ落としておく
床に落ちた欠片がガランゴロンと音を立てるが掃除は後回しだ
手触り抜群のシーツで子供を包み丸い頭をわしわしと撫でる
「寝てろ、戻ったらメシ作ってやるから」
言ってもノーリアクションなので
多少強引にベッドに横たえて更に布団をすっぽりと被せてやった
俺自慢の高級寝具だ、どうだ寝心地よかろう!
枕に半分沈む子供の目はやはり俺を見つめている
「言っとくが、俺は親じゃねェぞ?」
言いながら「眠れ」と念じつつ子供の頭を撫で続ける
すると祈りが通じたのか子供が瞬く回数が増え、その内完全に目を閉じ
スー、という深い寝息が聞こえ始めた
寝心地最高の寝具を取りそろえておいて良かった
そろりと手を離して立ち上がると卵を背負いもう一つを抱えて部屋を出る
そのまま俺が帰るまで大人しく寝ててくれよ~?
暴れたり部屋吹き飛ばしたりするなよ~?
口から火を吐くのも禁止だからな~?
ドラゴンの卵から出てきた、見たことも無い配色の人間が普通な筈がない
田崎世界で得たファンタジー知識が危機感を訴えている
竜の卵から生まれてきた人間
イコール
『 竜 人 』 というヤツなのでは?と。




