25<役立たずの転生チート
ドラゴンの卵の殻の厚さ、知ってるか?
種族にもよるけど俺が密猟依頼された卵の殻は厚さ15センチもあった
なんで知ってるかというと
密猟した時に持ち帰ると決めた三つ以外の残り全部の卵を
組んでた連中がバキンバキンと巨大なガラスを叩き割るような音を立てて
割り、壊し、中に居た竜の幼体を殺したのを見ていたからだ
何故他の卵まで壊したのかというと
クライアントから希少価値を上げたいという要望があったから
アシュランはその光景を見て「折角金になるのに勿体ねェな」と思った
直後に組んでた奴らの裏切りで巣の中に置き去りにされたワケなんだが
俺の中でもっと早く田崎を思い出せていたら
あんなにも非道な行いを見過ごすような事はしなかっただろう
そもそも、だ。
なんで四十手前なんていう中途半端な年齢で思い出したりなんかしたのか
人生折り返しだぞ?
チャレンジ精神だって鈍るし大抵のモノが新鮮ではなくなる
未来への輝かしい希望だって生まれにくくなる年齢だ
どうせ思い出すならアシュランとして生まれて直ぐでも良かっただろうに
そうすれば俺はイイトコのお坊ちゃんとしてしっかりと学び役目も果たして……
違うな。
いつまでもフリーターで、低所得で、口ばかり達者で
そのくせいざという時は言い訳して結局は行動を起こさない
喧嘩のひとつもしたことがない平和しか知らない平坦なだけの人生を歩んだ田崎を思い出した所できっと良い人生なんて送る事はできなかった
最初だけはやり直そう、前よりも良い人生を歩もうと努力はしただろうが
『 自分が生きている間さえ平和で何事もなければそれでいい 』
そんな未来を即座に想像できる程
田崎は向上心のない怠惰でつまらない人間だった、だから
まるで正反対の性質を持つアシュランの記憶と経験が根付いた四十手前で田崎を思い出せたことは本当は幸運な事だったのかもしれない、と
今なら思う事ができる
活発で行動的で、思考が常にフルスロットルで
向上心も天井知らずで新しい悪事にも嬉々として挑戦したがる
血と暴力、悲鳴と破壊、弱者を虐げ争いを何よりも好む
そのくせ首謀者と思われぬよう立ち回り周囲を煽動する
他者から怯えられる光景を目にして心から悦に入る
……改めて思い返したらアシュランってホント悪魔みたいなヤツだよ
そんな風に四十年近く悪辣に生きたアシュランの
記憶と経験があったからこそ
今、ここに『いい塩梅の俺』が存在しているワケだしな
魂の二極化をしたならもれなくどちらも悪性だろう
種類の違う悪を二乗してよくもまぁ更なる悪が生まれなかったものだ
……
いや、やはり田崎の根は善性か
アシュランとは正反対に争い事も不幸も血も嫌いだったし
なんだかんだで困ってる人を見たらほっとけなかった性分だ
面倒と思いながらも親切を働き、幸せそうな光景を見て共に笑う事ができて
自分の行いで誰かが喜べばささやかな充実感を覚えることもあった
でなきゃアシュランの考える悪事を「ダメ絶対!」と全力で反発する筈がない
二人の意志の反発を毎度仲裁してるのが俺だしな、全く
お蔭で何かある度に頭の中が忙しない
そしてどんな世界でも人生はうまくいかないようにできている
その説得力を後押しする最もたる象徴が
目の前のこの、ドラゴンの卵だ
デバッグも完璧な創造主様には
日々の調整お疲れ様ですと労ってやりたいよ
で、大型アップデートはまだですかねぇ?
……勿論皮肉だ。
「安心しろよ
お互いの落とし所ってのに納得できなかった時の為に
『交渉』ってのが存在するんだから、なァ?」
俺の言葉を受けて歩み寄って来ていたフリッツたちが足を止める
少年は不思議そうに首を傾げているが他四人は
俺の言わんとしている事を悟ったようだ
「さて、時間もねェ事だし早速本題に入ろうか
道案内の報酬にこの木箱の中身をもらい受ける
解っているとは思うが、テメェらに拒否権はねェ」
「駄目だ
積荷は依頼主のものだから手を出す事は許さない」
拒否権は無いと言ってるのに
フリッツが厳しい目つきでハッキリと跳ね返してきた
そりゃそうだ、全面拒否が普通だろう
だがこの時ばかりは柔軟な対応をお願いしたい
あまり内情を話すと曲がった事を嫌がる傾向にあるフリッツ相手では
ややこしくなるのが目に見えている
「こいつの中身はテメェらの依頼主の所有物じゃねェ
そして俺はこの中身の正当な所有者を知ってる
箱には代わりのモノを適当に詰めといてやる
そっちの依頼内容にはなんの問題もねェはずだ」
エメラインとヒユイ、コランダスの三人は理解が及んだらしく
互いにアイコンタクトをとって小さく頷いているが
トルピット少年だけが首の傾斜を深めている
置いてけぼりがひとり居るみたいなんで誰か教えたげて。
まだ納得できていない様子のフリッツは眉間に更に深い溝を刻む
「どういう事だ」
「テメェらが持って帰るのは箱に印字されてる番号が一致した積荷だ
中身まで指定されてねェなら箱を渡すだけで依頼条件は達成できる」
伝えるべき情報を極力制限したらこんな言い回しになった
……もうちょっと穏便にできなかったものか。
でも時間が無いからな
道中で少しずつフォローしていけばなんとかなるか?
フリッツも理解はできている様子だがやはり不正は働きたくないのだろう
なんとか状況を打開すべく話し合いを引き延ばしたがっているようだ
「その木箱の中身はなんだ」
「テメェらが知る必要はねェ」
「そんな説明じゃあ納得できない!」
「納得する必要はねェ、命が惜しけりゃ黙って俺の言う通りにしろ
まだ渋るってんなら騎士隊と同じ運命を辿る事になるぞ」
「良い奴だと思ってたのに見損なったぞ!
初めからそれが目的だったのか!アシュラン!」
ぐうっ!フリッツの言葉が心臓に刺さって痛い!!
思わず心臓部を手で押さえてしまう
そうじゃないんだ、これは俺の好奇心が招いたことなんだよ
箱の中身が”これ”じゃなかったら問題無くフタを元に戻していたさ!
ところで。
以前までのアシュランの心臓は剛毛がびっしりと生えていた
当然先ほどのフリッツの言葉に痛むような軟な心臓などではない
対する田崎の心臓は
衝撃を与えればすぐに潰れるほど繊細なノミの心臓だった……
その二つが合わさった俺の心臓が今どんな事になってるか分かるか!?
雄々しく脈動し、逞しく頼もしかったかつての心臓は
まるで一歩下がったような控えめな拍動となり
そのフォルムもほっそりとした美しさを纏い……
強く太かった剛毛は細くなり、しなやかさと繊細さが加わって
シャンプーのCMオファーが殺到しそうなほど美しい
シルクの如き艶めく輝きを放つ毛がフワサラァと生えた
見返り美人みたいな心臓になってんだよ!
「思わず触れたくなる、この艶と輝き」ってか?
心臓だけにトゥンク……ってやかましいわ!
なんでこんなトコで外見チートが発生してんだ!
毎日のお手入れが大変なの!めっちゃ手のかかる心臓なの!!
そんな心臓にフリッツの言葉のナイフがぐっさり刺さってんだよ!
キューティクル補修どんだけかかると思ってんだこの野郎っ
話は戻るがああもうやっぱり対立することになってしまった
身体強化で無理やり奪っていく事もできるんだがそれは絶対にしたくない
フリッツたちをここに置き去りにするのも無しだ
どうすべきか悩みながら五人を見つめていれば
ヒユイ青年が一歩踏み出してきた
「アシュランさん、貴方の提案を受け入れます」
「ヒユイ!!」
「冷静になれフリッツ、ここでアシュランさんに見捨てられたら
俺たちはどうやってこの森を抜ければいい?
罠が多く張り巡らされた中でこんなにも大きな荷物を抱えて
罠を避けながら森を出られるのか?しかもどこに出るのかもわからない
俺たちはこの土地を何も知らないままここに居るんだぞ」
「だが!こんな形での交渉は卑怯だ!!」
「そうだね、卑怯だ
けどフリッツ、ちゃんと話を聞いたのか?
アシュランさんは積荷全部を欲しがったワケじゃなく
本来の持ち主を知っているから
その箱の中身だけを入れ替えてもらい受けたいと言ってるんだ」
「依頼者が指定する積荷に手を付けることに変わりは無いだろ!?」
「指定されてるのは箱の番号だけで中身じゃない
最悪空っぽでも箱さえ持ち帰れば依頼条件は達成したことになる
俺たちの不利に働く事はなにもないんだ」
「依頼人の信用が無くなる!!
積荷に手を付けたなんて冒険者全体の評判にも関わるだろう!」
「信用も評判も生きて戻らないと意味がないだろう!
見た所蓋も綺麗に外されてる
中身を入れ替えてもフタが開けられたかどうかバレる可能性は低い」
「それでも駄目だ!俺たちはこれまでも真っ当な仕事を、」
パン、と
続きそうな言い合いを断ち切るべく両手を叩き会話を中断させ
全員が注目した所で威圧を込めて睨み付ける
「時間が無い、と言ったよな?
最後のチャンスだ、俺の提案を飲むのか飲まないのか」
「飲みます」
「俺は反対だって言ってるだろ!」
「決まりだ、さっさと町へ戻るぞ
中身を入れ替えるから俺の塒に寄ってもらわなきゃならねェ
安心しろ、代用品は貴族がゴキゲンになりそうなモンを詰めといてやる」
言い終えて開いた蓋を戻し、ずらしていた荷紐を引っかけなおす
少年は相変わらず首を傾げたままで、しかし
依頼内容に問題は無いと判断したのかひとり頷き表情を緩めていた
コランダスが荷車を引こうと歩み寄り手押し部分を持ち上げる
俺の胸倉をつかんだフリッツ以外の全員が
この場から撤退すべく行動を起こしていた
「荷の中身を報酬にはできない、こんな交渉はフェアじゃないっ」
「やめろフリッツ、お前以外の全員がそれで納得してるんだ」
「なんで納得できるんだ!こんなの恐喝と変わらないだろ!」
「いつ盗賊の本隊が戻ってくるかわからない切迫した状況なのよ?
今は一刻も早くここから離れるべきだわ」
「それだって、本当かどうかわからない」
「フリッツ」
「こんな卑劣な事をしてる時点でアシュランは信用できない
俺たちを陥れて他の荷も全部奪おうとしてるのかもしれない」
「フリッツ!」
「罠だって俺たち全員で警戒しながら進めば回避できる!
あとはこの森を抜けるだけだ、星の位置を頼りに進めば必ず抜けられる
不正を持ちかける様なヤツと行動を共にすることはできない」
至近距離でメンチ切られてる
エメラインがフリッツの肩に触れヒユイが一歩離れた距離で身構えているあたり、これ以上フリッツが動いたら無理にでも俺から引き剥がそうと考えてくれているのだろう
胸倉をつかむフリッツの手の上に俺の手を添えて軽く押し返した
「放せ」
「断るっ」
今にも殴られそうな雰囲気だが暴力沙汰だけは絶対にいやだ
どんなに自分が危機的状況でも折れない心を持ってるのは素晴らしい事だが
あえて言うぞ、よっぽどタイミングと周囲の環境が良くないと
そんなんじゃ騎士になれても出世できないからなお前!
「……フリッツ、頼む
放してくれ」
睨み返すのではなく眉を下げて真摯に見つめる……
そういえば見つめ合う時間が長ければ長いほど恋に落ちる可能性が高い
っていう統計結果が田崎の世界にあったなぁ、男女間の話だけど
野郎と至近距離で睨み合うなんてアシュランからしたら日常茶飯事だったが
田崎からすれば非日常だ、こういった状況は二週間ぶりで懐かしい反面
新鮮で落ち着かない気分にもさせられる。
(スゲェどうでもいい事思い出したな、緊張感なさすぎか)
この暢気な思考回路も平和ボケした田崎の感覚があるからこそだろう
自分で自分に呆れる
兎に角フリッツを冷静にさせなければ
「交渉なんて名ばかりなのは悪いと思ってる
だが時間が無いのも事実だ、頼むフリッツ
……今は放してくれ」
フリッツの表情に動揺が走った
最初は高圧的に接していたのに突然下手に出られて
どうすべきか分からなくなったのだろう
「……~っクソ!」
一層表情を歪めたフリッツは振り払うように胸倉から手を離し
真っ先に茂みへと入っていく。俺の話を理解してはいたが
納得できない事に変わりはない、という態度だ
隠れ家周辺には罠はないからフリッツに先頭を歩かせても問題はない
実直で弱い相手には対応が甘くなる男を
意図的に翻弄しているのは申し訳ないと思うが
時間がないからな、道中でフォローできる部分はしていこう
外套の撓みを直していたら
エメラインが申し訳なさそうな表情で声をかけてきた
「物分かりの悪い人でごめんなさいね
彼、心根が真っ直ぐだから柔軟な対応が出来ない時があるの」
「気持ちは分かる、俺だってこんな形で
交渉を持ちかけられたら腹が立つだろうからな」
「解っててやってる分、性質が悪いわよ」
「反省してる」
「反省してても報酬内容を変える気はないのでしょう?
余計に性質悪いわ」
「俺だって中身を見るんじゃなかったと後悔してるんだ
だが見てしまった以上放ってはおけない」
「……貴方に縁のあるものだったのかしら?」
「知らない方がいい、面倒事だからな」
いつ孵化するかもわからないドラゴンの卵など
いつ爆発するか分からない爆弾と同じだ
知られたら身の安全を優先してその木箱だけ投棄されそうだしな
爆弾抱えて歩くなんて精神衛生上もよろしくない
俺の返答にエメラインはそれ以上尋ねては来なかった
話を聞いていたフリッツ以外の三人も
意味深な視線は寄こしてきたがそれだけだ
先に歩いて行ったフリッツに続いて荷車を引くコランダスと
ヒユイ、トルピットも積荷を囲うように茂みに入っていく
帰りの殿はエメラインか
女性で後方を任されるとはやはり相当の実力者揃いなのだろうな
少しの距離をエメラインと共に進み後方の痕跡を消していく
賊が戻って来ても追跡されないだろう距離を稼いだところで
先頭で警戒しながら進んでいたフリッツの元へ歩みを進めた
「先導ご苦労
ここからはまた罠が増えてくるから俺の後ろを歩け」
「……なぁ」
「なんだ」
歩き続けてフリッツも冷静になったのだろう
声は随分と落ち着いている
「あんたが欲しがってる木箱の中身はなんだ」
「だからそれは」
「納得できないとどうしても気が収まらないんだ
こんなんじゃ町に戻れてもあんたと揉めるしかなくなる
どんな面倒事だって構わない
他のヤツに知られるのが都合悪いなら俺だけに教えてくれ」
腕を引き寄せられ耳元でこそこそと話しかけられる
仕方がない、そこまで言うならと口を開こうとし時
バキン、と
荷車に乗っている荷物から
硬いものが割れたような音が辺り一帯に響いた
思わず足を止めた俺は急いで背後を振り返る
他の全員にも聞こえたらしいく、皆がその場で動きを止めていた
今の音は……竜の巣で密猟が行われた際
組んでいた連中が鈍器を振りかぶり散々巣の中で響かせた
ドラゴンの卵を割った時と、全く同じ音だった




