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悪党の俺、覚醒します。  作者: ひつきねじ
20/145

20<今すぐ労基に駆け込みたい

夜の帳が町全体を覆い尽す


昼間は物陰で蠢いていた小さな闇は不穏な気配を纏って影を伸ばし

町の中心へと ひとつ、ふたつと姿を見せ時間の経過と共に数を増していく

酒の臭いを漂わせた男が色香を纏う女を伴い

最も闇の深い場所では悲鳴と怒声が飛び交う

慣れぬ者は噛み付かれ血を流す


無法者たちが支配する時間帯だ


全ての根回しを終えた俺は昼間に食べに来た高級店の裏手

従業員が出入りする戸口の前に立っていた


先ほど最後の従業員が出て行ったのを見届けたので

店には支配人だけが残っている筈だ

ノブをひねれば抵抗なく開く扉、建物内に入り後ろ手に戸の鍵を閉め

人の気配がある奥へ向かって薄暗い通路を忍び足で進む

この建物で唯一物音を響かせている部屋への入り口は開放されたまま

部屋から溢れる光が通路の一部を照らし光と闇の境界を踏んだ俺は

光に包まれた室内で無防備に事務仕事を続けている背中に声をかけた


「支配人」


「ひょわあああああ!!!」


珍妙な悲鳴が上がる


ああ、うん、驚かせてしまうのは分かっていた。

いや、だってね?この時間帯下手に足音響かせて近づくと

逆に武装して待ち構えられてしまうという面倒な可能性があってだな

その証拠に支配人の傍にはナイフと、装填済の小型弩が用意されている

余りにも近くで声をかけてしまったからか

座っていた椅子から転げ落ちた支配人は

尻で後退(あとずさ)りしながら戸口に立つ俺を見上げた


「ひえっ ヒェッ ひぇえ……

……あ?アシュラン様?」


「暫くぶりだな」


「……え!?あ、あの?収益のお支払い期日はまだ先の筈ですが……

あ!いえ!!勿論先払いも快く応じさせていただきます!!

すぐにご用意いたしますので

こちらにてお寛ぎになってお待ちくださいませ!」


「そうじゃない、落ち着け、そして座れ」


「ヒェ、ひぇえ……!」


怯えながらも言われた通り、いつも俺の応対に使っている

接客用のソファーとローテーブルが配置された場所に促し

お茶を用意しに行こうとしたものだから必要ないと留めれば

また悲鳴のように「はい」と返事を返され

俺が座ったのを見届けて支配人も向かいに腰を下ろした


「ほ、ほ、本日はど、どどどういったご用件で……?」


怯えた顔で震える両手を胸元で握りしめ

上目遣いにこちらを窺ってくる支配人の顏には大きな傷跡がある

更に片足の動きが非常に悪い、随分昔に俺が暴行を加えたからだ

先ずは話に入る前に謝るべきだろう


真っ直ぐと支配人を見据えてから頭を下げる


「すまなかった」


「……え?」


「あんたに暴行を加え、不自由させてしまう怪我を負わせ

長い事恐怖を与え、怯えさせ続けた……本当にすまなかった」


「ど、どういう事ですか?何が……何があったんです?

もしかしてこのお店は潰れるのですか?」


「そうじゃない、俺はこの店から永遠に手を引くと言っている

収益金の支払いも今後一切なくなる

タダ飯を食いに……無銭飲食をしに来ることも無いし

従業員を恫喝する事も無い、顔を見せに来ること自体無くなるだろう

これは今までの収益金の返還とあんたへの慰謝料だ、受け取ってくれ」


大袋五つ分の白金貨をテーブルの中央へ置く

頑丈な筈のローテーブルが白金貨の重さを受けてギシリと軋み声を上げた

絶句した支配人を前に更に話を続ける


「用事はもう一つある、これまで俺の食事を担当していた料理人が居るだろう

アイツの名前を教えてくれ」


「……ニカ、といいます」


「支配人、ニカをこの店より技術の高い職場へ

推薦してやってくれないか」


「おっ お待ちください!!

私の不在中に本日お越し下さったことはニカから報告を受けております

アシュラン様の真名に関する箝口令も徹底しております!

それ以外に何か粗相を致しましたでしょうか!?」


「いいや、これまで山ほど美味い飯を食わせてもらった」


「は、」


「アイツの、ニカの腕はこの店だけで振るうのは勿体ない

今以上に成長するチャンスを与えてやってほしいと言ってるだけだ」


「ご、ご冗談でしょう……?そんな、貴方様が、ニカを手放す筈が……」


「それと貴族御用達のこの店なら

俺が今まで飲み食いしてきた分の金額も

十年以上遡って正確に弾き出せるだろう

これまでの分を全額払う、勿論色を付けてだ

手間をかけるが今からでも調べてもらえるか」


「アシュラン様、ご無礼を承知の上でお尋ねします」


「なんでも聞いてくれ」


「悪い物でも口になさいましたか……?」


「……いいや」


「も、もしくはどこかで頭をぶつけられたとか」


「心配しなくても俺は正気だ

ニカの事、頼めるか?あと請求書も」


「はい、ニカの事はお任せください

ですが……申し訳ありません、請求書に関しては

”元から計上していない”ので正しい数字をお出しする事ができないのです」


「計上していない?」


今、ありえない事を聞いたぞ


二週間前まで毎日のようにタダで飲食しに来てたんだぞ

毎度店に迷惑を掛けに来てた、不倶戴天とも言えるべき客だぞ

支配人は顔や足の怪我を治していない

神殿で治せるのに治していないのは俺への恨みを忘れない為だろう

憎しみがあるなら尚の事俺に関する費用はひとつ漏らさず

帳簿に書きつけいつか支払わせてやろうと考えるはずだ、なのに


会計にすら上げてないだと?


……俺に対していつも低姿勢でビビっていたこの支配人

一体何を企んでいる


「ではニカに一食当たりにかかる食材の平均を聞いておいてくれ

技術料も含めてその二倍の金額を一食分として

今日までの日数を合算して金額を出せばいい」


「……」


「どうした」


支配人は難しい表情で黙り込んだ

コイツ、やはりなにか企んでいる

俺の中の警戒が更に増した


「正直に申し上げれば

ニカに尋ねても教えてはもらえないかと」


「何故だ」


「ニカは、その……アシュラン様を信奉しております」


しんぽう……ああ、信奉?

信奉って『信じ崇め従う』って意味の信奉だよな?

…… …… ……え?

なんか突然意味が分からなくなったがとりあえず頷いておくか?


「ぉ、おう」


「アシュラン様がニカの料理に代金を支払おうとしているなどと

本人に知れてしまえば、一体どうなってしまうやら」


うん、何がどうなるっていうんだ?

料理を注文した客が食事代を払う、という

普通のやりとりが成立するだけじゃないの?


「その心配からして俺には意味不明なんだが」


食事代って当たり前に発生するものじゃなかったっけ?

食材にはお金かかってるでしょ?ちがうの?


「アシュラン様がいらっしゃらなかったこの二週間

ニカの様子がどれほどだったか……ご存知ですか?」


支配人の表情が悲壮に染まる

一切説明しなくていい、教えてくれなくても

昼間の号泣っぷりでなんとなく察しは付いている


「実は今日、数時間前に

ニカから判読不可能な退職願を渡されまして」


判読不可能ってオイ。

ニカの事は幼少から料理しかできない奴だとは知っていたが

どんだけ勉強向いてないんだ


「アシュラン様が許される筈がないとその場で破り捨ててしまいました

諦めた様子ではなかったのでどうしたものかと頭を悩ませておりましたが

なるほど、アシュラン様の勧めで御座いましたか」


「もっと学べる所へ、推薦状を書いて渡してやってくれるか」


「勿論です、ニカの料理の腕は

最上級の味覚をお持ちでいらっしゃるアシュラン様の折紙付きですからね

宮廷でも十分に重宝される腕前です、しかもニカはまだまだ若い

長く料理人をしている私の目から見ても実力は抜きんでております

常日頃からこの店だけでは勿体ないと……いえ、申し訳ありません

口が滑りました」


「構わない、むしろ良かったと安堵してる

支配人も俺と同じ見解でいてくれた事を嬉しく思うよ」


「アシュラン様……」


俺が笑みを浮かべたのがよほど珍しかったのか

目を丸くして凝視してくる支配人の視線から逃れるように小さく咳払いする

不躾な視線を送っていた事に気が付いた支配人もすぐに視線を落とし

色々と考えを巡らせたのか、ぐっと眉を顰めた


「やはり、ニカがこれまでアシュラン様にお出しした

料理の代金は受け取れません」


「それは、」


「この二十年、アシュラン様は店を支えて下さいました

領民の殆どに嫌われているアシュラン様の行きつけの店だというのに

とても味が良いと評判で客足が絶えたことは一度としてありません

それはアシュラン様がニカをはじめ、この店の従業員に

厳しく指導して下さった事が大きな要因であると私は考えております」


「指導じゃないよな?アレ完全に暴力だよな?

一か月ぐらい前にウェイターの顔面を潰した記憶があるんだが

あれは指導の範疇を大きく逸脱してると思うぞ?」


「お蔭でうちの店の従業員全員

どんなに横柄な貴族が客として訪れたとしても

しっかりと対応できる図太さと打たれ強さが身についております」


「あれ、ちょ、支配人聞いてる?」


「アシュラン様はご存知ないでしょう

腕の立つ料理人や執事、メイドにとって

この店は登竜門として名高いのですよ、誇らしい事です

厨房の徹底した清潔管理から客に魅せる料理過程!

料理人が織り成す幻想的なパフォーマンス!音のハーモニー!

ウェイターとウエイトレスの指先まで極めた立ち振る舞いに至るまで

アシュラン様のこれまでのご指導を基に

厳しく教育させていただいております」


「お願い、俺の話聞いて」


「見事この店のしごきを耐え抜いて巣立ち、大成した者は数知れず

最近では隣国で大公お抱えの料理人になったという便りが届きました

アシュラン様がよくお見えになる夜はあえて新人を集中させ

直々に指導を入れて頂いておりました……いつも本当に助かっております」


「なにそれ初耳……いや、うん

暴力はよくないんだけどそれでも役に立ってたんだな、俺って」


というかこの支配人が俺をうまく使いまくっていたのだろう

アシュランにそれを覚らせないとは中々やりおる


「暴力だなんてそんな!

出来の悪い従業員には時には体に分からせる事も重要なのです!

身内が匙を投げるほど捻くれた新人もおりましたが

アシュラン様のご指導一発で矯正されたのですよ!?

そんな難しい役割だというのに引き受けて下さっていたアシュラン様には

感謝しかありません!なのに慰謝料などと!


従業員の治療代など必要経費で御座います!

備品の破壊などあるのが当たり前なのです!

収益だって体を張って多大なる貢献をして下さっているオーナーに

上納するのは当然の事なのですよ!!

私のこの姿も新しく入る者たちには良い脅しになっているんです!

今更治療するなど勿体ない!」


破壊、上納、一発、脅し……

熱が入ってる所為か色々ハッキリ言っちゃってるなぁ支配人

俺はいつの間にこの店のオーナーになっていたのだろうか

そして、いつの間に新人の指導などしていたのだろう……


しかも『勿体ない』って。

いつまで経ってもその怪我を治そうとしなかったのは

支配人にとって店への良い影響があったからか


神殿で治せるのにあえて治さないの

俺への当てつけだと思ってたわ


「なので、これまでの収益金の返還も不要ですし

慰謝料も受け取れません

毎月頑張った従業員に賞与を出せるほど資金も潤沢ですし

十分繁盛しております、充実した毎日を過ごしておりますので

これ以上の施しは不要で御座います


収益に関しても今後も継続して納金させて頂きます

『デア・フォンス』オーナー・アシュラン様」


このお金はどうかお持ち帰り下さい、と

そう言ってテーブルの中央にあった袋をずずっと滑らせて俺の側に寄せる支配人

俺はオーナー決定なのか。確かに今まで散々迷惑かけてきた……と

思ってたのが実際は店に貢献していたらしいが

払うべき金を払って謝ってさようなら、というのは俺だけの都合だ

……虫が良すぎたな

相手の要望に沿った方が喜んでもらえるのかもしれない


「分かった、では支配人に聞こう

俺に望むことはあるか」


「これまで通り

食べに来ていただいてご指導くだされば有難いです

ああ、こちらが依頼する側なのですから勿論飲食代はいりません」


「それでは俺の方が」


納得できないのだが……と言いかけて口を噤む

言動を改めるべき俺が彼らに対して納得する権利は……

ないだろうな。支配人がそう望んでいるのだから

それを叶えるよう努力するのが俺にとっての贖罪だ


だが、これまで通りと言われても今後一切暴力は使わんぞ


「分かった、では正式に契約書を交わしておこう

契約期間は支配人の自由にしてくれていい、ただ……」


「ただ?」


「町を出ている間は長期間顔を出す事ができない」


「承知しております

他の町や村に長期で出張なさる際は私だけに分かる形で

そこにあるボードに大体の予定を書き込んでおいてください」


「それ以外は」


「抜き打ちである必要があるので好きな時

好きな時間にお越しください

その都度気になった点をご指導いただければ」


……良かったなアシュラン

お前の暴挙を最大限役立てる腕の良い支配人が居てくれるお蔭で

雇われオーナーの職に就けるぞ。

ただしいつでも契約終了できる内容だけどな


約二十年か……継続は力なり、とは言うが今回のこの店の件は

全部この支配人の並外れた経営手腕のお陰だ

彼に対しては生涯足を向けて眠れないな


「……支配人

俺は、経営に関するあんたの能力を高く評価している

これは店に対する二十年分のボーナスだ、今後の経営の為に使ってくれ」


この言い分なら受け取ってくれるだろうか

俺の気持ちとしてでも受け取ってもらえないなら大人しく引き下がろう

でも、できるなら受け取ってくれ!

散々好き放題な振る舞いをしてきた俺の気が済まないんだ……!!

と、笑顔を浮かべつつ必死に念じながら

こちら側に寄った袋を再び中央へ戻す


「アシュラン様……!

くっ……勿体ないお言葉です……ありがとうございます!!

私、ポセ・イダーオーンは今後も誠心誠意努めてまいりますので

ご指導ご鞭撻のほど、宜しくお願い致します!!」


涙を流し、頭を下げる支配人に

袋を突き返してくる気配はなく安堵する


「ああ、こちらこそ

今後ともよろしく頼む、ポセ支配人」


「はいっ!!」


……


ポセイドン


神話に出てくる海と地震の、怒らせると物凄くヤバい神様の名前だ

泉の守護神とも言われている

一発で記憶に刻まれるほどインパクトのある名前だった


「ところでポセ支配人

気になっている事があるんだが」


そう、俺は彼を目にしてから気になって仕方がない事がある

それは彼の体型が細すぎる、という事だ


「はい」


(まかな)いは出てるのか」


「勿論です

従業員一同閉店後に店の残飯を分け合ってますよ

食費が浮いて大助かりです」


ざんぱ……

嫌な予感がしているが、とりあえず質問を続けよう


「一日の休憩は」


「休憩、ですか?」


こてんと首を傾げる支配人


「従業員の休日は」


「休日ぅ」


何かに気付くような様子も無く

ぼんやりとオウム返しする姿に失意体前屈しそうになる


「……一日、どれぐらいの時間を勤務に充ててるんだ?」


「当然、一日全てに決まっております」


「勤務中に倒れる奴はいないのか?」


「おりますよ、神殿と一年ごとの契約を結んでいるので

治癒師に来ていただいて、即治療して復帰しております

高級回復薬も常備しているので万が一の事態にも万全を期しております」


なんの疑問も持ってない様子で自慢げにしているポセ支配人は

骨と皮かと思えるほどほっそりしており声も掠れている

一見して女性なのか男性なのか見分けがつかない

そういえばニカも細かった、従業員も皆ほっそりしてた気がする

なのに登竜門と名高いらしいこのお店

内情は超スパルタで生きる屍を大量生産している


やばい、超ブラック


嫌な気配をひしひしと感じているからか俺が吐き出す息が震えている

労基、労基に告発しなきゃ……ってこの世界監督署なかったわ

俺がこの店にできる事山ほどあったわ


オーナー権限で早急に働き方改革を提案しよう、そうしよう


この後フリッツとの仕事が控えている予定なのに

ここに来てやらねばならない事が一気に増えた

真っ白だったスケジュールが向こう三か月分ほど

一瞬にして埋め尽くされた


嗚呼、聞きたい尋ねたい

従業員の給料とか勤務状況とか絶対にロクな状況じゃないので

今の内に知っておきたい把握しておきたい

心の準備のために聞きかじっておきたい


気持ちが無茶苦茶焦る


でも今は時間が無い


フリッツたちとの待ち合わせが迫っていたので

質問を切り上げて支配人と話を終え後ろ髪引かれる思いで店を後にした

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