18<フリッツの仲間と依頼の裏取り
フリッツとその仲間たちが宿を取っていたのは
冒険者がよく利用する安宿だった
建物に入る前に俺に向き直ったフリッツは真摯な態度で宣言する
「店であった事は誰にも他言しないし詮索もしない
あんたに道案内以外の助力は求めない事を約束する
……関わると面倒くさそうだし」
何かボソリと聞こえてきたな
「本音が漏れてるぞ」
「ははっ……こっちの部屋だ
あんたの事をみんなに紹介しなくちゃな」
改めて言わずとも店からここまでの道中
俺に一切質問しなかった様子で理解してたんだけどな、真面目な奴だ
宿屋に入った時点で場に居たおばちゃんにアシュランと認識されて短い悲鳴を上げられる。子供連れだった父親は咄嗟に我が子を庇い俺を睨みつけた
お騒がせしてすみません、ちょっとお邪魔します
なんて声をかけたら余計に怖がられそうだからここは黙ってスルーしておこう
古着屋の時と同じだ、ヘタなリアクション取るよりもやり過ごした方が絶対に良い
嗚呼、早く礼儀的な挨拶をしても大丈夫な一般人になりたい
無視する俺とは対照的に、フリッツは何か言いたげに周囲の人を睨めつける
いやいや無視でいい、変に突っかからなくていいから!
一般領民の彼らには決して絡まないでやってくれ
階段を上りかけて立ち止まりそうになるフリッツの足を急かして
なんとか目的の部屋まで辿り着いた
軽くノックをして声をかける様子を眺める
「野兎の丸焼き、入るぞ」
仲間同士の合言葉か、多分メンバーそれぞれの好物なんだろうな
そしてフリッツは野兎の丸焼きが好きなのか……そうかそうか
戸を引いて入室する背中に続き通路と部屋の境界を跨いだ所で俺も声を出す
「アマルティア産カスタードクリームチョコもっちマシュマロ、お邪魔します」
振り返ったフリッツが目を丸くして俺を見下ろす
部屋の中に居た数名も戸口に注目し、扉が閉まった後も沈黙が室内を包んだ
ようやっと声を上げたのは室内に居た人物の内のひとり
まだ未成年なのか小柄で身軽そうな少年
「さらっと僕らの合言葉に導術かましてきたソイツ……誰?」
呪文じゃねーよ
幼少のアシュランがいっとう大好物だった高級スイーツだ
そういえばフリッツも店でオーダーする時に俺の注文を聞いて
「今のは導術か?」ってマジ顔で尋ねてたな
(……)
至近距離で見下ろす視線が痛い、今反応返したらロクな事にならない気がする
「なにそれ食べてみたい」と顔が言ってる
お前……さっきの高級店で当たり前みたいに俺に奢らせる体だったクセに
更にタカろうってのか、いい度胸してやがる
確かに案内したのは俺だしお近づきのしるしに奢ろうとは思ってたけど……
おい、顔が五月蠅い。
少年の問いに、隣に座ってカードをいじっている女性が
薄く笑みを浮かべて言う
「おばか、彼が言ったのは導術の詠唱じゃなくて
甘くて美味しいお菓子の事よ、ただ……
ティタ・グレードでもひとつ銅貨二十五枚もするわね」
身に付けている防具や服装から冒険者には非常に珍しい導師であろう彼女も甘い物には関心があるらしい、チラリと隙のない視線が俺へ向けられる
新商品として出た当時は上流階級向けでひとつ銀貨十五枚だったが
彼女の情報から今では庶民向けの低コスト商品も作っているらしい
だからフリッツ、さっきからずっと顔が喧しいってばよ。
女性の言葉に反応して寝そべっていたベッドを盛大に軋ませ起き上がったゴリラみたいな体格のスキンヘッド男がこちらを無遠慮に睨み付ける
「へぇ、そんなモンを大好物って言えるぐれェ毎日美味いモン食ってるってことか
こちとら腹が減っててイラついてるっつーのに
オメェら二人からめちゃくちゃ良い匂いがしやがるしよォ
フリッツ!テメー勝手にウマいもん食いに行ってんじゃねーぞォコラァ!」
食いしん坊キャラか。
彼は見た目通り前衛のパワータイプ
武器も一撃必殺の戦槌系が似合いそうだな
臭いや音にも鋭そうだからかなりの実力者だろう
向けられる怒声にやっと俺から視線を外し肩を軽く竦めるだけで応えるフリッツ
少年の俺を訝しむ視線が強くなる
「じゃあお金持ちなの?ただのヒゲ生やした冴えないオッサンに見えるけど」
「見た目に騙されるなよ、貴族は変装も得意なんだ
ただでさえ面倒な状況なのにこれ以上厄介なものを持ち込まないでほしいね」
最後に発言したのは年若そうな青年、あまり体を鍛えてない所を見るに
斥候であろう少年と違ってパーティ全体のサポート役って所か
冷静に俺を観察してる辺り視野が広そうだから指揮官もやってそうだな
この部屋に居るのは全部で四人か
食いしん坊以外は若さと経験値が気になるが、とてもバランスの良いパーティだ
人間観察を終えてフリッツに視線を投げる
「これで全員か」
「ああ」
「見た目で大体の役割は分かった
道案内役のアシュランだ、よろしく頼む」
手短に挨拶を終えれば全員が険しい顔を見せる
この後の騒がしいやり取りは大体想像がつくので
巻き込まれる前に踵を返した
「俺は一旦寝床に戻って出立の準備をしてくる
迎えは深夜でいいな」
「ええ?ここで帰ってもらったら困る
今から話し合うからアシュランも一緒に」
「話し合いの前に割れた意見をまとめておけ
俺がするのは道案内だけだ
そっちの余計な情報は案内をするだけの俺には関係ない
報酬は後払いで結構
星なし信用なしに先払いしてトンズラこかれても面白かねーだろ」
「後払いなのは有難いけど……話し合いの中で
アシュランが知っておいた方がいい事もあるかもしれないだろ?
不測の事態に備えて細かく打ち合せしておこう」
フリッツのヤツ本気で言ってそうだな
これまで無事だったのはパーティの中に用心深いのが居たからか
一番年長であろう食いしん坊が一層眉を顰めて怒りを迸らせている辺り
その役割筆頭は彼に違いない。恵まれてるねぇ全く
フリッツのおバカは俺が去った後でここにいる連中にとっくと叱られるといい
「さっきのお前の言を借りるわけじゃあねェが
『関わると面倒くさそう』なんでな」
「う……それを言われると……」
「出発直前に目的地だけ教えてくれりゃあいい
俺にとっちゃ安全なルートを割り出すぐらい秒もありゃあ十分だ」
部屋の扉を開き通路に出ると幾分か声を潜める
「勿論、依頼を撤回してくれても構わねーぜ
夜に情報収集するなら俺の噂も腐るほど耳にするだろ
で、深夜に俺がここに来た時点でこの部屋に誰も居なければ
案内不要と見なして綺麗すっぱりお別れだ」
「待ってくれ、仲間の紹介もしておきたい!」
「顔も声も覚えた
行きずりの冒険者相手に名前まで憶えてやる必要はねーよ
それと忠告だ、この宿は壁が薄い
これから聞かれたくねェ内緒話をするなら防音対策くらいはしておけよ
じゃあな」
「待てってば!アシュラン!」
追い縋るフリッツの声を遮るように扉を閉ざした、直後
単独行動の上仲間になんの相談も無く部外者を招き入れたフリッツは
予想通り扉の向こうで他の仲間から一斉に非難を浴びていた
声が丸聞こえだ、作戦会議するなら防音しておけよホントに、心配になるなぁもう
(……よしっ)
さぁて、これからやる事が山ほどあるぞ!
最終的にキャンセルになったとしても
仕事における対策は全力でやっておくのが俺の流儀だ
分刻みのスケジュールになりそうだから先ずは急いで塒に戻らなければ。
もう一度武装しに戻る暇はないという前提で
今塒に戻るこの一回で自身の全ての準備を整えることにしよう
と、決めたはいいものの完全武装していくとなると『装備』がなぁ……
塒に戻って着替え始めた所で
ベッドの上に並べた夥しい数の武具を見下ろし
次いで封印したクローゼットを見やる
この装備全部身に付けようと思ったら
あの中に入ってる服を着ないと駄目なんだよなぁ
パンクロック再び、か……いやだ、着たくない
でも装備甘くして命落とすのも馬鹿らしい
でもお腹出したくない、胸筋も出したくない
「……はぁ」
仕方ない、危ない仕事する時だけ昔のスタイルでやっていこう
慣れてる服の方がやっぱり動きやすいし
武器を出す動作も板に付いちゃってるもんな
全身を覆う厚手の外套をまとえば露出も気にはならないだろう
ゆったりファッションを脱ぎ去ると、クローゼットを開き
肌にぴったりと馴染む弾けすぎな服を身に付ける
並べていた武具も全て身に付けて最後に外套を被ろうとして
ふ、とクローゼットに備え付けられている鏡が目に入った
無造作ヘアーに無精髭、長い前髪で隠れた陰気な目元……
少年から言われた「ヒゲ生やした冴えないオッサン」という言葉を思い出す
今の格好にこの頭は合わなすぎる
何より服だけビシっと決まってるのが余計に格好悪い
ものすごーく、格好悪い
「あーもう!分かったよ!
やればいいんだろやれば!!」
頭の中で響く「かっこわるい……かっこわるい……」という呪詛に反論する
洗面台へ向かうとばっちゃばっちゃと顔を洗い
髭を剃り髪をセットし終えて一息ついた頃には
洗面台の鏡に映る男は悪党のアシュランまんまの見た目に戻っていた
くそぅ……髪をセットする手つきが板についてて余計に悔しい
「危ない仕事用の服と装備も早急に揃えなければ」
俺の好きなゆるっとファッションで統一する為にも。
そして今度こそパンクロック系を全部売り払う!
勿体ないとか微塵も思わないからな!
「……丸出しの腰と胸元が心もとない」
手早く外套を羽織り露出した胸筋と腰回りを覆い隠した
ファンタジーゲームとかでよく見かける裸同然の装備
アレは心底あり得ないと思う、肌晒してる部分は全部弱点にしかならない
薄着で森の中歩き回るとか自殺行為以外の何物でもない
にも関わらずこの世界はファンタジーに毒されている
事実、アシュランも腹出しルックで領地の端から端まで道なき道を含めて探索しまくったけど無事だった。森に毒虫とか山ほどいるのにそういうのは全部中和剤とか回復薬で解決
治癒術なんてのも存在するから怪我し放題だ
この世界はどんなに大怪我をしても大病をしても
神殿で治療を受けることが出来る限り『生きてさえいれば勝ち』
その分金は湯水のように消費する事になるが。
非効率的すぎる、エコじゃない
この仕組みを理不尽に思う人間がいない事が不思議でならない
俺は俺で道具や薬に頼らずできる限り素材でカバー可能な服装を目指そう
先立つものがない以上、節制と節約そして貯金はとても大切だ
山岳部隊ほど重装備はできないが、それに近いものを目指したい
見た目より機能性を選ぶなんて当たり前だろう
機能より見た目で選ぶのは
「魔法」とか言うパワーワードで原理仕組み全部無視できる連中だけだ
で、パンクロックに戻ってしまった俺の装備は以下の通り
防具は胸筋丸見えで付けても意味がないのではとしか思えないような胸当てと
両肘両膝、片腕には収納型バックラーと小型弩
片側のみ耳当て、仕込みダガーが十数本とスティレット二本……そして、
盗賊とやり合う可能性を考慮して一応戦闘用にショートソードを帯刀
使わないに越したことはないのだが
場合によっては今回初めて人を殺すことになるかもしれない
それ以外は道具を服の至る所に忍ばせている
ボディバッグはベルトに取り付けている分だけだ
(仲間のいる仕事は初めてだからな
普段より多めに回復薬を持っていくか……)
俺に治癒術の才能でもあれば良かったんだが
生憎とこの世界のアシュランに『導術』の才能は無く多少『導技』が使える程度だ
誰かと連携したり他人を守って立ち回った事は一度も無いので
フリッツたちと行動する間に戦闘状態になったらなるべく前には出ない様にしよう
身支度を整えて塒を出た俺は先ず真っ先にルルムスの元へ向かった
まだ日が出ている間に寄っておきたかったからだ
神殿の裏側までくると高い外壁を目の前に両足に力を籠める
アシュランが使える『導技』がここで役に立つわけだ
飛びぬけた才能などなにも持っていないアシュランができるのは『身体強化』
この程度の事なら才能ある冒険者の大半が導技の知識を持たずともできる事だ
脚力にバフをかけて神殿の高い塀を飛び越えて敷地内へ
通りすがりでそれを目撃した通行人が慌ててどこかへ向かったので
衛兵でも呼ばれたんだろうな、追いかけられる前に早めに退散しなくては。
ルルムスの自室への最短ルートを進み窓を覗き込むと
目的の人物の変わらぬ姿を見つけて頬が緩んだ
二週間ぶりの友達の顔だ
書斎机に向かって綺麗な姿勢で本を読みふけっているルルムスに
真横の窓の外から姿を覗かせて声をかける
「ルルムス」
「アッシュ?どうしたんですか突然」
「特に用事はないんだけどちょっと顔見たくなってな
どうだ、調子は」
「どう、と仰られても……」
「……ん?」
ルルムスが物凄く険しい表情で俺を見ながら口ごもった
なんだ、なんか上手くいってない感じなんだろうか
顔色とかいつも通りに見えるし忙しそうな様子でもないように見えたんだが
神殿長だもんな、そりゃ色々あるか。
ひとり納得していると表情を取り繕ったルルムスが
今度は厳しい眼差しを向けてくる
「アッシュこそ、どうしたのですかその格好は」
「これから冒険者の手伝いに行くんだ」
「手伝い」
「領内の道案内
深夜に動くから今の内に色々根回ししておこうと思ってな」
「完全武装なさっている所を見ると危険なお仕事のようですね
犯罪が関係しているのですか?」
「貴族が依頼者だったり騎士隊が動員されてたりと色々キナ臭くてな
その裏取りとかも全部含めて今の内にやっとく予定だ
初めて他の冒険者と組んで仕事するから楽しみでちょっと浮かれてる」
「貴方と組んでくれる冒険者がいたのは驚きですね」
「そりゃあこっちの事情を知らない他領のヤツらだからな
今回限りになるか、ドタキャンされるかもしれないけど
必要とされてる内は真っ当にお仕事してくるよ」
「そうですか
気を付けて下さいね、アッシュ」
「おう!じゃあ行ってくる」
「はい、いってらっしゃい」
微笑みを浮かべて天皇陛下みたいに控えめに手を振ってくれるルルムス
はぁ~聖人!やっぱりルルムスの顔見に来て正解だったなぁ
和やかにいってらっしゃいって送り出してくれただけで
今回の道案内依頼120%完璧にこなせる気がしてきたわ。
町の人たちに関するフラッシュモブ疑惑とか
俺のコミュニケーションに関する相談は次にあった時に話しに行こう
菓子でも持っていったらまたお茶に付き合ってくれるかな
久しぶりにウォード商会で甘い物でも買ってみようか
フリッツの仲間から有益な情報も教えてもらった事だしな!