17<料理しか知らない料理人の解放
「やべぇ美味ぇ!料理すんのを目の前で見れて
出来立てをソッコー食えるとかスゲー店だなここ!」
「気に入ってもらえたなら何よりだ」
男を連れて訪れたのはアシュランに田崎が混ざる前まで
毎日のように食べに来ていた高級料理店
貴族しか来ない店だから内装は勿論の事扱う食材も接客も一流
そんな店を一介の冒険者である俺が行きつけにできている理由は
……お察し頂きたい。
だ、大丈夫、今日からちゃんとお代を支払うから
無銭飲食とか絶対しないから
いつも俺が食べる料理を担当してくれる料理人は
二週間ぶりに入店した俺を見て二度見三度見
最後には本当にアシュランだろうかと確認すべく遠慮なく凝視してきた
ぶしつけな視線をあえて無視していつもの席に着き
隣に連れの男を座らせ今までと同じようにオーダーを始めると
そこでやっと料理人は俺が本物のアシュランだと認識したようで
一層表情を引き締めて調理を開始した
連れの男は冒険者なのでもっと庶民寄りの店にすれば良かったんだろうが
生憎とアシュランはここよりランクの低い店を利用したことがない
……自慢ではない。もう一度言う、自慢ではない。
ここしか案内できる店がなかった、という
人付き合いが貧相な俺の悲しい事情があるだけだ
説明でもしなければ男に伝わる事はないだろう
金持ち野郎と妬まれてしまうだろうかと内心ではビクビクしていたのだが
驚いたことに男は店を見て素直に驚き、内装を見て素直に称賛し
この格好でも入っていいのか等とソワソワしながら身なりを気にして
借りてきた猫みたいな様子で席に座り
「勝手が分からないから」と素直に俺に注文を任せ
俺の口から紡がれる淀みないオーダーを「導術か?」と問い
目の前で実演され始めた調理過程にテンションを上げながら
出された料理を食べて周りの目も気にせず歓喜する
そんな彼の一挙一動をつぶさに観察した俺の、男へ抱いた感想は
そんなにも純朴な性格しててよくこれまで
五体満足で冒険者やってこれたな、という
ある意味で驚嘆に近いものだった
「美味ぇー!!」と雄たけびを上げる彼に
すかさずウェイターが歩み寄って来て耳元へ小声で注意を入れる
「お客様、他の方のご迷惑になりますのでどうかお静かに
お食事をお楽しみ下さいませ」
「あ、すんません……」
肩を竦め慌てて声を潜めて気持ち小さくなりつつ食事を再開する男は
居場所無さそうにしつつも食べ物で頬を膨らませ幸せそうにしていた
慣れない店でも味わう余裕があるらしい、中々に豪胆な性格のようだ
歳は二十台後半ぐらいか、エネルギッシュな雰囲気といい
冒険者として最も稼げる年齢に見える
あと、女性にもモテそうだな。
俺よりガタイが良いし長剣を振り回すのもサマになりそう
身なりは流れの冒険者よろしく身に付けている装備も随分とくたびれているが
それなりの格好をすれば自警団というより騎士と名乗っても通るかもしれない
男の観察をひっそりと進めつつ
自分に注がれている目の前の視線にも目を向ける
目があった料理人は慌てて俺から視線を逸らし
手に持っていた調理器具の片づけを再開した
約二週間ぶりにこの店に訪れた所為だろうか、見間違いかもしれないが
いつも俺の食事を作ってくれている料理人が
調理中は一層腕を振るっているように見えた
今までになく楽しそうに食材を調理しているのだから
気合が入っているのは間違いない
何があったかは知らないが俺を前にしても機嫌が良いのはいい事だ
連れの男が食べる様子をもう一度横目に盗み見て
俺も目の前の出来立て料理に手を付ける
一口含み、噛みしめると広がる旨味
ああ、相変わらず旨い
長年慣れ親しんだ味付けにうっかり口元が緩んでしまって
慌てて顔を引き締めてから気が付いた
(そうだった、もう取り繕う必要もないんだったか)
アシュランはこれまで周囲に対して一切の隙を見せないようにする為
外では厳しい表情を崩そうとはしなかった
悪党ぶる必要はもうない
美味しい物は感じるままに美味しく頂いてもいいだろう
一度は引っ込めた笑みを抑える事無く自然に任せて食事を再開する
「……うん、美味い」
そう呟くと同時に目の前でガランと大きな音が鳴った
それが結構大きな音で、店に居た客や連れの男と同じタイミングで料理から顔を上げ目の前を見れば……どうやら料理人が手に持っていた調理器具か何かを床に落としてしまったらしい
しかしそれを拾う素振りはなく、小刻みに震えながら俺を凝視している
え……何事?
目をぱちくりさせて連れの男と共に料理人を注視していれば
次の瞬間料理人は声を上げて大泣きしその場に崩れ落ちた
「う……うわぁぁぁあああああ!!!」
ええええ!?さっきの俺みたいに突然奇行に走るなんて一体何があった!
俺の所為か!?いや、俺なにもしてないけど!?俺の所為じゃないよな!?
「美味い」って言っただけなのになにがいけなかった?もしかして
俺の言う「美味い」は「クッソ不味い」とかいう意味だと思われたのか?
焦る俺の心に更なる追い打ちをかけるように
店内にいた客が次々と席を立ち、手早く会計を済ませて出ていく
ちょっと待て、本当に俺の所為じゃないんだって……!
なんて思ってる間に店が貸し切り状態になってしまった
ああ……これ、俺がまた何か仕出かしたからだって話になるよなぁ
しかも客は全員貴族、貴族間でも俺に関するゴシップは
未だに囁かれてるらしいし、嫌だなぁ
「おいおい、イキナリ泣き出してどうしたんだ?
コイツさっきのあんたみたいだな」
「蒸し返すなよ」
突然の事態にもフリッツは平常運転だった
流石、俺に怒涛の勢いで縋りつかれても冷静に対応しただけはある
食べる手は止めないままに泣き崩れる料理人を宥め
俺にもしっかり茶々を入れてくる図太い姿に呆れる
折角の料理が冷めてしまうので俺も食事の手を止める事無く様子を窺っていると
長い事泣き続けてやっと落ち着いてきた料理人は
厨房から出てきて俺の前に跪くとぽつりぽつりと話し始めた
跪くのをやめてほしいのに聞く耳を持ってくれない
途切れ途切れで脈絡のない彼の言葉を繋ぎ合わせたフリッツが
端的に要約する
「つまり、アシュランが初めて『美味い』って言ってくれたから
嬉しすぎて泣き崩れてしまった、と」
「はい……ぼ、僕の夢だったんです
貴方に……ご主人様に美味しいって言ってもらうのが、夢だったんです」
……ん?ご主人様?
料理人の言葉に嫌な汗が背を伝う
「今までずっと難しい顔のまま食べていたからずっと、ずっと悔しかった
僕、料理人なのに、僕の料理を食べてくれてるのに悔しくて、悔しくて……!
いっぱい研究して、いっぱい練習して……なのに突然来なくなって
前日にお出しした僕の料理、不味かったのかなってずっと考えてて
だから今日来てくれたのがどんなに!どんなに嬉しかったか!!
なのに笑顔で美味しいとまで言ってくださるなんて!こんな日が来るなんて!
うわぁぁあああああ~~~!」
「すげぇ慕われてんだな、アシュラン」
「……俺も、今初めて知った」
「マジかよ、こんだけ執心されてんのに?」
「いや、だって、俺悪党だったし……」
例外なく領内の全員から嫌われてると思ってたから。
しかしこの料理人は他の領民とは少し違う
もう随分と長い付き合いだったからアシュラン自身も忘れていた事だった
この料理人と俺が昔はどういう関係であったか
彼は根っからの料理人だ
悪党のアシュランですら喜ばせようと思えるほどに優しい心根を持つ料理人
アシュランの所為でとんでもなく悪いことをしてしまった
今更だがそれでも伝えておかなくては
「お前の料理はずっと美味いと思ってた
じゃなきゃここまで足繁く通ったりしないし、贔屓にしたりもしなかった
お前の料理の腕は今じゃ一流だ
だから今後も自信をもって、色んな奴らに美味い飯を作ってやってくれ」
「ぶぇっ ぐすっ み"、見に余るほどのお言葉っ光栄でずご主人様!!」
「俺は今はもう一介の冒険者だから
ご主人様なんて呼ばなくていい」
「でもっ僕にとってはずっと公爵家ご子息様でしだ!
は、廃嫡なされる前からずっと僕に目をかけて下ざってたから!!」
それを言われると物凄く胸が痛む……勿論「良心の呵責で」だ。
料理人の言うとおりアシュランは
彼が幼少で見習いの頃からずっとイビり続けてきた
彼の料理に散々ケチをつけてきたのも自分だ
出来上がった料理をひっくりかえし、食器を投げつけることも日常茶飯事だった
己が食べる料理の調理師に彼を選んだのは
幼少期からの恐怖政治で異物を混入させる可能性が限りなく低い
いわゆる『支配できる相手』だったから。
間違っても彼の料理が気に入ったからという理由ではない
どうせ口に入るなら美味い方がいいに決まっている
だから廃嫡後の食事環境を整えるべく公爵家で働いていた数名の料理人を追い出し、いくつかの町の貴族店に雇われるよう裏で手を回しておいた
全ては廃嫡後のアシュラン自身が
外でも安全に美味しい物を食べる為に画策したことだ
今思い出せる限りでも辛く当たった事は数えきれないほどあったのに
ここまで強制的に慕わせるほど彼の心を支配していたとは
アシュランはクソ以下だな
洗脳という名の呪縛にかけた料理人は他の町にも居る
もう俺の料理を作る必要はないと伝え、全員の思い込みを正さないといけない
そんなわけで今目の前に居る料理人にもしっかりと伝えておかなければ
「今後はここに来られなくなるが、変わらず精進してくれよ
お前の腕なら例え宮廷で働いても見劣りする事は無いだろうからな」
「来れなくなるって……どこか別の町に移られるんですか?」
「そういうワケじゃないんだが」
その、自炊して節約生活をだな……
「どこかへ拠点を移されるなら僕も異動願いを出します!
この店は貴族御用達のチェーン店ですからどの町にも一店舗は必ずあります!
僕の料理をこれからもずっと食べてほしいんです!!
どこまでもお供します!アースラム・セイン」
「禁句だ馬鹿野郎!!!」
カ ー ン !
と店内に景気よく響き渡る心地のよい音色は
目の前に並べ置かれていた”おたま”のひとつを俺が掴み
真横で跪いた上、深々とお辞儀をしていた料理人の頭を真上から弾いた音だった
……イカン、咄嗟の事でアシュランのリアクションが出てしまった
後でこの場に居る従業員全員に口止めしておかないと
いち料理人に過ぎない彼が
俺のかつての家名を口にしたと『バレたらヤバい連中』がいる
今が貸し切り状態で助かった
ところですごくいい音がしたけど頭大丈夫かな
ちょいちょい、と店の端に立って心配そうな面持ちで成り行きを見守っていたウェイターを呼び彼の頭を冷やす氷を持ってくるよう指示を出す
折れ曲がったおたまを元あった位置へそっと戻し料理人に向き直った
「とうに捨てた名だ、二度と呼ぶな」
廃嫡後も「ご主人様と呼べ」と強要してた張本人のクセに
めちゃくちゃ言いやがるな俺の口は。
目の前で動揺しまくってる料理人の気持ちも分かる
だがこれは、これから向き合わねばならない数ある矛盾のひとつに過ぎない
悪事から完全に足を洗い真っ当に生きて行く
その為の軌道修正ならば過去の主義主張と真っ向から対立する事も辞さない
しかし、折角俺の呪縛を解いてやろうというのに
料理人は捨てられた子犬みたいな目で俺を見つめた
「僕を……捨てるのですか……?
僕はもう、用済みですか……?」
(……)
ここで「もう俺の料理を作る必要はない」なんて告げたら
生きる意味を失ったと思われてこの場で自決されてしまうかもしれない
それは拙い、非常に拙い
ならばどう言うのが正解だ?
少なくとも洗脳者である俺はもう二度と彼と関わるべきじゃない
関わらずして彼に彼自身の人生を歩ませるにはどう言うのが正解だろうか
(くそ……っ)
アシュランのこれまでの所業、絶対に許さんからな。
これほどまで依存させやがって、人ひとりの人生をなんだと思ってるんだ
十何年も目の前で食事を作らせておいて料理人の名前すら覚えていない
人でなしすぎるだろう、アシュラン
隣に座っているフリッツが完全に蚊帳の外だが話に加わることなく
食事しつつ静観を続けてる辺り色々と誤解させてしまっているんだろうな
この後の弁明を思うとやってられないと投げ出したくなる
……よし、料理人に言うべきことは決まった
今こそ唸れ、俺の言いくるめスキル
「お前には重要な仕事を与える」
「はい、なんなりと仰って下さいご主人様」
落ち込んでいた料理人は俺の言葉を聞いた途端に喜色満面の笑みを浮かべた
貸し切り状態……本当に、本当に良かった
俺の目の前で跪く料理人なんて光景見せたら
ただでさえ酷い悪評が輪をかけて酷くなってたところだ
挨拶運動をしてるだけに過去以上の悪評が広まる事態は極力避けたい
料理人は心底安堵した顔で俺の支配に縋りついてくる
彼をこんな風にしてしまったのは俺の責任だ
「高みを目指せ」
「……え、」
「お前の歩む人生でお前自身の喜びを見出せ
大切なものを見つけ守るべきものを育てろ、日々を豊かに生きろ
この言葉の答えはお前自身が導き出さなければならない」
「……は、い……?」
駄目だ、やっぱり伝わってない
料理人である彼の知識は料理しかない
今の俺の言葉の大半は難しすぎて意味不明だったのだろう
彼にとって今一番重要なのは、俺に捨てられるか否かという事
もっとかみ砕いた方がいいかと判断してひとつ咳ばらいをすると改めて言い直す
「これからも偶に
ごくごく偶~~~~~~~~~に食べにくる、かもしれない
けどここより更に高級な店に行くようになる、かもしれない
ヘタしたら王宮の食堂とかに入り浸るようになる、かもしれない
俺は高級志向だからな、少なくともここよりもっとも~~~~~っと
高い店の方が魅力的だし美味しい筈だ」
「ご、ご主人様……」
「だけどな~お前の料理も恋しくなるだろうしな~
次にお前の料理を食べる機会があるなら、折角だし
もっと腕を上げたお前の料理が食べたいな~
世界中で今より更に腕を磨いて心から愛する人もできて
守るべき子供までできた人生を幸せいっぱい噛みしめて
より深みを増したであろうお前の料理を食べてみたいな~
料理人自身が愛される生き方をすると
更に味に深みが出るようになるって聞いたことがあるからな~」
「ご主人様……僕……っ 僕、頑張ります!!」
「おお!目標はでっかくな!!」
「うわぁ」
背後でご飯を突きながら冷めた眼差しを送ってくるフリッツの
短い一言は黙殺しておいた
料理人である彼のことは今後もそれとなく様子を見に行って
必要であれば裏から手を回して手助けしておくか
これまでの人生をアシュランによって狂わされてきたんだ
彼が新しい人生を歩き出すための手伝いくらいはしておきたい
料理の腕前を考えればどこに行っても重宝してもらえるとは思うけど
料理以外の知識が乏しいだろうから、一応な。
とりあえず俺がやるべきはこれまで散々飲食してきたこの店での代金支払いだ
今まで一度も支払わなかったからな。
神殿に続き請求書を求める手続きが始まりそうだ
帰り際に食事の清算をしようと会計カウンターへ向かったら
ウェイターから物凄い勢いで支払いを拒否された……何故。
お金をチラつかせる間もなく半ば強引に店から追い出されたため
そっちがその気なら、と闘争心に火が付き無表情で踵を返し
今持ってる所持金を片手に装備して再び店に突撃しようとしたら
目の前に立ちはだかったフリッツに押し留められた
「まぁまぁ
ご馳走してくれるっつーんだからいいじゃねーか
思いがけず高級料理が堪能出来てラッキーだったぜ
ありがとな、アシュラン」
「礼を言われるようなことじゃない
騒がせて悪かったな……落ち着いて食えなかっただろ」
「いいや、腹いっぱい食えたぜ!
色々と気になる事はあるけどこっちも予定が詰まってんだ
道案内の方を優先してもらっていいか?」
「勿論だ、一度引き受けたことだからな」
頷きながらフリッツの背後にある店に視線を向ける
料理人のいない時間帯に店の支配人を訪ねて
今日の分を含めこれまでの食事代を解る範囲で清算しておくか。
あと、先ほどは本人を傷つけるかもしれないと思い
面と向かって聞く事ができなかったが
彼の名前もちゃんと憶えておきたい
悪党のアシュランと同じままでは、居たくないからな。