15<魔王が宿った呪いの封筒
ギルド長と最初の話し合いを終えてから早二週間
その間にあった出来事と言えば
不正の後処理をちょこちょこ手伝う傍らで
軽い依頼をコンスタントにこなしてた位かな
別段特記するようなことはない平和な日々だった
……大事な事なのでもう一度繰り返そう
『 平和な日々だった。 』
金庫で眠る未開封の封筒たちについては
話し合いが終わり塒に戻ったその日の内に確認した
結果
ビッグネームな面々がオーケストラしてた
何を言ってるか分からないと思うが
俺の中では純然たる事実なのでこれ以上説明の仕様がない
封を開け、中に入っていた数枚の紙を読むべく意を決して折り目を開いた
そこまでは良かった……だが、オーケストラな内容を読み終える前に
エルンストのヴァイオリン独奏曲『魔王』を優雅に奏でる弦楽器集団が
瞬きすらせず血走った眼でこちらを凝視し
一音すら乱すことなく軍人もビックリのクオリティで足並みを揃え
己に向かって真っすぐに集団行動してくる様子を想像してもらいたい
ほら、とても怖い。
その光景を目の前に叫び声も上げず逃げない奴がいるなら
そいつは立ったまま気絶してるか足が竦んで動けないかのどちらかだ
そうして魔王憑きの書類に目を通してしまった俺は
体の奥底で眠っている潜在能力を覚醒させ、その時持てる全ての力で以て
封筒と紙を金庫に投げ込み扉を叩き閉めるに至った
金庫のダイヤルが子気味の良い音を立てて景気よく十数回転する
退避行動があと一歩でも遅ければ奴らの持つ弓が
俺の体を弦代わりに魔王の旋律を奏でていただろう
生き延びることに成功した俺の体は全力疾走したように汗だくになり
暫くの間肩で息をしていたぐらいだ、心臓だってバックンバックンいってた
百歩譲って強請り先にノーブルが含まれているのは想像ついてたよ、でもさ
ロ イ ヤ ル に ま で 手 を 出 す 事 な く な い !?
なんなんだ?バカなのか?いち冒険者の俺にどうしろってんだ!?
暗殺成功してないのが奇跡だよなんで生きてるんだよ生き意地張り過ぎだろ領地から出られないくせに手ェ広すぎるんだよ!!悪党ノォ~限界ニィ~挑戦シマ~ス!!ってか?!やかましいわ!!向上心エベレストか!オリンポス山の火口に投げ込むぞいい加減にしろ!!
(……)
テーブルに両肘を突き口元の前で両手を組む
静かに目を閉じて熱くなった脳をクールダウンすべく一度、深く呼吸をした
そうしてゆっくりと目を開いた俺の眼光はファルコンのように鋭かったに違いない
次に封筒を開くときはエクソシストを傍らに用意せねばなるまい。
という海よりも深い事情があるので
正直何から手をつけりゃいいのかは勿論の事そもそも魔王を奏でつつ軍隊レベルで行進するヴァイオリンオンリーのマーチングバンド(ヘタに近づこうものなら凄い形相で己に向かって進軍してくる)というものへの対処法がサッパリ思いつかなかったもんだから金庫に封印している魔王については否応なく保留だ
体の調子もすっかり元通りになり行動時間が完全に昼間限定になった俺は
地味に、地味~にだがほんのちょびっとずつ周囲と交流するようになった
交流といっても一方的におはようございます、とかすれ違った人に挨拶するだけ
……まだ一度も挨拶返してもらってないけどな
そして俺の地味系ファッションが周囲に定着しました
指名手配されてんじゃねーかってレベルで即行で浸透した
全身姿絵配布されてんじゃねーかってレベルで指差し名指しされてる
沢山の町人から名前を呼ばれる日々
名前を呼んでくれてるからと歩み寄れば脱兎の如く逃げられる日々
そっちが逃げるならこっちは追ったるわと俺の話をしてくれる人を見つける度に積極的に近づき声をかけ、おばさまの井戸端会議やおじさん達の寄り合いに果敢に混ざりに行ってたんだけど目出度い事につい昨日から名前を囁いてもらえる所か
目 す ら 合 わ せ て も ら え な く な り ま し た 。
……
太陽の光が目に染みらぁ
急ぎすぎたな、挨拶はコミュニケーションの基本なので
これからも欠かさずコツコツ実践していこう
ビジネスライクな姿勢を一切崩してくれない武士ギルド長には
横領の件は完全に解決するまで時間がかかると言われた
そりゃそうだよな、十年分近く遡って情報を洗いなおさないといけないし
俺が保管してた高額依頼の控えが大いに役に立っているようで良かった
しかし残念なことにギルドの資料最長保管期間は二年程度
追跡不可能な金額分は時効って事で諦めるのも必要だな
記録がないならそれ以上調べようがないのだから。
二年以内の横領犯を数名捕まえただけでもこのご時世では凄い事だと思う……って思ってたら三日後には容疑者が十数名に膨れ上がっちまった悲しみよ
そうだよな、俺からかすめ取った金は使うのも心地良かっただろう
だが悪事は許さん
俺が言うな馬鹿野郎
どうにもならない過去の横領分は調査を打ち切る選択も含め
全ての判断をギルド長に一任しておいた
俺が裁量するとか言ったけどやっぱり散々悪さしてきた俺の立場で他人を罰するのは道義的によろしくないからな。別の形でギルドの上層部に不正報告をしてもらう手はずを整えた
まぁ、結局現場監督に丸投げした形になったんだが。
職員の不始末は上司に裁いてもらうに限る
誰か第三者機関設立してくれないかな。
あらゆる権力に屈する事のない世界に通用する警察機構ができたらいいな
独裁者が幅利かせすぎなんだよこの世界は
そんなワケで本日もギルド長との面会を終えて
二階ホールで小休止してるなう。な状態だ
(この後は特に予定も無いし
ルルムスの顔でも見に行こうかな……)
ギルド長との話し合い以降ルルムスも忙しいのか全然会えなくなってしまった
請求書を取りに行った時も会う事は出来ず。
神殿長だし、俺が問題を起こさなくなったのだから会う回数も減るだろうと
思ってはいたが全く会えなくなるとは流石に思わなかったなぁ
気軽にお茶できる間柄になれたと思ったのに、対応する人がルルムスじゃなくなっただけで以前と変わらず門前払いになってしまっている、おのれ。
友人同士なら顔を見に行く、イコール「ちょっかい」である
アシュラン、お友達デビュー初めての「ちょっかい」だ
仕事中のルルムスにちょこっと声をかけに行くだけのつもりなので
ちょっかいというほど邪魔しいな事をするつもりはないのだが
ここ二週間ずっと門前払い続きなので
そろそろ裏技を行使してやろう、と俺の悪の部分が疼いている
見ていろルルムス、聖堂のステンドグラスをクリスタルダストにしてやるぜ!
「……」
いや、しないけどな。そんな事したら絶交されそうだし。
表面上真顔で厨二病みたいな事を考える程度にはフラストレーションが溜まっている。アシュランは吸っていないのでこれは田崎の欲求だろう
口寂しいのでタバコが欲しい
お茶一杯をテーブルに置きギルドの二階ホールを占領し続けている俺
なにも混入していないただのお茶を出してもらえただけでも大進歩だけどな
それもギルマスと面談中にサブマスが出してくれたヤツだ
そんなありがたいお茶も飲み切った事だし
そろそろ退散するかと思いながら閑散としたホール内を見回す
カウンターに並んで座っている受付嬢は全員が事務仕事に没頭しており
誰一人として俺に目を向けようとしない
『絶対に俺を見ない』という彼女たちの鉄の意志
頑なである、あまりにも堅牢である。
例の受付嬢ケレンも数日前から職場復帰しているが、相変わらず怯えた目で俺を見て以降は決して目を合わせようとはしなかった
職員殆どから醸し出される話しかけるなオーラがすごい。
こういう時空気が読めてしまうと物凄く辛い、というか場に居る全員から明らかの距離をとられているこの状況で空気を読めない方がヤバい
初日の昼間にここで見た、平和で活気のあった光景は夢?それとも幻?
ここであえて窓辺に顔を向け差し込む光に顔面をさらす
……嗚呼、今日は本当に太陽の光が目に染みるなぁ(←二度目)
お茶の容器、このままにしてたら明日には俺が座っているこの場所が
「呪われた席」とか言われて百合の花が供えられるかもしれない
いや、流石にそんな学生のいじめみたいな事はしないだろう……しないよな?
もしされたら毎日ギルドの特定の椅子に居座って全席網羅してやろう
きっと綺麗な花が各テーブルを埋め尽くして披露宴会場みたいになるだろうな
(……)
マジでそんな事になったら献花代が洒落にならんから止めておこう
今までもずっと煙たがられてたけど
ここ最近の俺の嫌われっぷりは特に異常だ
夜に行動してた時でもこんな状況はあり得なかった
居心地悪いとかいう問題じゃない、誰も俺に近づこうとしない
ここまで遠巻きにされると領民全員が俺相手にフラッシュモブでもやってんのかって勘ぐりたくなる、企画したヤツ今すぐ出てこい俺が味わった溢れんばかりの悲しみを骨の髄まで思い知らせてやる
いっそ町の名前を『ぼっちアシュラン遠巻き町』って改名させてやろうか?
(……)
ごめんなさい、現状に不満も怒りもこれっぽっちも無いので
どうか、誰か、俺と仲良くなってください……
こんなにも寂しい願いをここまで切実に祈ったの初めてだよ、くそぅ
そこの階段で踏ん張っても踏ん張っても直前で留まって存在感だけはいっちょまえに主張しやがるクセに中々出てきてくれない手強いウンコみたいに詰まってる冒険者ども、ホールに来たいなら俺なんか気にせずくればいいだろうが。仕舞いにゃ貼ってある依頼書全部俺が食い尽くしてやるぞ?「ムシャムシャしてやった」みたいなギャグかますぞ?
(……)
すみません、皆さんを困らせるような事はしないんでこっち来てください
どうか、誰か、俺と仲良く
「よっ 隣いいか?」
「テメェがこの企画の首謀者か俺の悲しみを思い知れお願いしますもう止めて下さい俺のライフは既に負を割り切ってるんです堪忍してください後生ですお金あげます毎秒イイネします高評価つけますおじさんだって辛いんだよだって人間なんだから……!」
「ああ?ああ、よく分からんが落ち着け」
「……すまん、うっかり心の赴くままに行動してしまった」
「すげぇ赴きだったな」
その切り返しも中々に斬新だよ
この二週間ぼっちを極め過ぎてた反動かコミュニケーションに闘争心全振りしてしまっているみたいだ。これまでも一匹狼だったからその反動もあるのだろうか
まるでアシュランだった時の、生きる事に対するネバーギブアップな精神が
そのまま人との交流に対する欲求に向けられているような気がする
そういう影響がない限り自分から果敢におじさん達の寄り合いに混ざりに行ったり俺を指さして噂してる人を追いかけたりはしないだろう、そういう事にしておこう。
それにしても骨の髄まで思い知らせるって泣き落としかよ
咄嗟に出たのが暴力じゃなくて良かったけど、我に返った時には既に
初対面に縋りつくという奇行をやらかした後だったから血の気が引いた
(アシュランが怒り心頭だった時と同じく自分をコントロールしきれてないな
ふっ……闇の人格が暴れまわってる今の状態じゃあ
本調子に戻ったとは言えないぜ
早めにヤツを抑え込み俺という一つの存在にならなければ!
いつまでも自分を田崎とアシュランで分けて考える事など
できはしないのだから……)
なんて、キメ顔して冷静に自分の心を見つめてる体を装ってはいるが
いくら真面目っぽい雰囲気で取り繕った所で
先ほどの恥ずかしい行いが無かった事にはならないんだよな
出会いをやり直したい、切実にやり直したい。
……無駄に足掻くのは止めて、潔く恥ずかしがっておこう
己の奇行を素直に受け入れ恥じらいを顔に張り付けた俺だったが
幸いなことに声をかけてきてくれた救世主は俺の奇行など
気にも留めていないようで、様子を窺うように顔を覗き込んできた
「企画とかいうのに心当たりはないし何を止めてほしいのか分からないが
とにかく、あー……辛い事が……あったんだよな?」
俺のリアクションを確認するように慎重に訪ねてくる男
ええ、この二週間あまりにも独りぼっちすぎて友達にも会えなくて
寂しくて死んでしまいそうだったんです
なんて言える訳がないので愛想笑いではぐらかすが
何も答えない俺に男は不満そうな顔を見せ、次いで階段入り口で
こちらの様子を窺っている他の冒険者たちを見やる……
その眼差しは何故か厳しい
「なぁ、ここの雰囲気悪ィし外に出ねぇか?
どっか別の店でメシでも食いながら話そうぜ」
良い人だなぁ
これだけ気さくに話しかけてくれるって事は
ここの事情を知らない領地外から来た冒険者……
否ァ!!
(他の冒険者にアイツ邪魔だから上手い具合に誘い出してって頼まれて
断り切れず俺に声をかけてきた可能性もある!!)
安易に好意的解釈をすると痛い目を見るからな
主に俺の心が。
俺にとっての良い事は全て下方修正しておかねば
町の人の注意喚起が彼の耳に入るまでの短い間なら付き合わせてもらってもいいだろうか、どんな事情があるにせよ折角声かけてくれたんだし
もし本当に領地外の人だったらそれはそれで気兼ねなく会話もできる
そう、これは約二週間ぶりの、仕事とか関係ない普通の人との会話だ
人と会話しなさ過ぎて何から話せばいいか分からなくなってる
とりあえず外に出たら自己紹介かな
立ち上がる為にテーブルに片手を突く
「分かった
何か食いたいモノのリクエ」
「あの!冒険者の方ですよね?!
当ギルドでの説明があるので聞いていってください!」
はい、短いウキウキトークタイムでしたありがとうございました。
受付嬢のあの様子、早速とばかりに俺の悪評を彼に吹き込もうとしているな
受付の人たちが見慣れてないって事は正真正銘領外から来た冒険者だったのか
しかし、カウンターから男に向かって声がかけられるも
男はカウンターに目を向けることも無く後ろ手に手を振って「後でな」と返事をして席を立ち、中途半端に動きを止めてた俺を見下ろしつつ首を階段方面へと傾け
一緒に出ようと目配せしてきた
なんという事だ……ウキウキトークタイムまさかの延長だぞ
「あんたが贔屓にしてる店にでも連れてってくれよ」
ホール内を満たす光に照らされている男は
ニヒルな笑みがよく似合う、精悍な顔つきをしていた