14<ギルド長だが、要注意人物に期待が高まる
「……それで、ギルドの人間が我々に人払いをさせてまで
せねばならぬお話とは、どれほど重要な内容なのでしょうか
ギルドマスター、サージェクスク殿」
「サーズとお呼びください神殿長殿
これまでは事情をお話しせずとも役割を果たしておられたので
あえてなにもお伝えすることなく静観しておりましたが
事情が変わったとお見受けしたのでご説明に上がった次第です」
「私の直属の部隊すら下がらせる正当な理由を
伺っているのですよ、”ギルド長”」
……こちらと友好的に接する気はないらしい。
むしろ敵視されている
当然のことだ、そもそも立場など比べるべくも無く上位である神殿側が
下位のギルド側の事情を汲んでやる必要はない
にも関わらず私は部下を利用して現状に持ち込めるよう卑怯な手段を用いた
穏やかな語り口調と慈悲深い微笑みを浮かべながらも
向けられる威圧感は見た目のソレとは真逆
ヘタに動けばすぐさま首を掻っ切られるのではないかという緊張感が
室内を圧迫する中、冷や汗をかきながらも丁寧に頭を下げる
全く、なんだってワシがこんな貧乏くじを引かされることになっておるのか。
本来なら同席しているであろうワシと同じ立場にある数名に恨みの念を送る
事の起こりは今から二か月前
領地の上役である我々が領主代行に陳情申し上げたのが切っ掛けだ
不運にも”対策”のコマとして選ばれ、一か月前に領地に異動してきたのが
かの有名な、時期教皇とも目されている男
教皇補佐役ルルムス・アッパヤード
あんな大物をこちらの複雑な事情に引っ張り込めるほど
領主様は権力をお持ちであったのかと驚愕したものだが
やっと対策して頂けたと喜ぶよりも困惑の方が大きかった
神殿とは王族直轄の組織
全ての領地勢力にとって不可侵であり治外法権でもある
各方面に配置されている神殿は領地を監視する王の目。
王命以外では決して動く事のない領地内で独立した勢力だ
ギルドという組織も国を超えて存在しているので不可侵という意味合いでは同じようなモノだがバックグラウンドは規模も影響力も全く異なる
それぞれの国の『決まり』に準ずることで運営を許されている組織がギルドであり、王族直轄の神殿は我々ギルドが準ずるべき『決まり』に含まれているので神殿側から何かしらの要求があればギルドは断る事が出来ないという明確な上下関係があった
これは勿論ギルドだけではなく領地全体にも言える話
場所によっては領主より権限を持っている神殿も存在する
ギルドにとっては神殿が立っているだけで王が居るのと同義なのだ
そんなとんでもない所から”対策”を放り込まれても
我々がどうこうすることなどできる訳がないだろうと始めは憤慨したものだが
驚いたことに神殿長はこちらが説明に伺わなくとも
配属初日からその役目を果たしていた
故に、既に事情を知っているのかとも思ったが
今回の事でやはり何もお知りでないのだと確認するに至り
同時に早急に説明しなければならない事態である事も認識した
「神殿長殿は、ここへ異動する事になった理由はご存知ですか」
「質問の答えになっておりませんね」
「失礼いたしました、この領地独自の方針に関わる事ですので
事情を知るのは最低限の人数に留めるようにという
領主様のお達しで御座います」
「その意向に我々が従う道理はありませんが、いいでしょう
お話し下さい、領地独自の方針とやらを」
領主様は時期教皇候補を引っ張り出せるほどの権力をお持ちなのだ
事情を話した所で王族が動く事もあるまい
この領地が抱えている事情を含め
知っておいてもらわねばならない事の全てをお話しした
「……」
最初は冷静な様子で話を聞いていた神殿長の表情は今では深刻なものへと変わっている
長い沈黙の末、静まり返った室内に響いた声はひどく苦々しかった
「正気の沙汰ではない」
「今お話ししたことは全て事実です」
「ここは嘘偽りを排した神の御膝元
真摯に向き合いお話して下さったギルド長を疑ってはおりません
しかし、ここは王都に隣接する公爵領、王族の目が直接届くようなこの場所で
そのような手前勝手な理屈がまかり通るなど赦されることではない」
「時期教皇候補であるアッパヤード殿が今ここにいらっしゃる事が
更に上の方で取引が行われたなによりの証でしょう
全ての思想が介する政にひとつの教義が優遇されることはありませぬ
察するに……明確な異動事由を把握していらっしゃらないのでは?」
先の質問をもう一度ぶつけるが神殿長はなんの反応も示さなかった
見事なポーカーフェイスではあるが、長年の勘から図星だと判断する
そんなワシの判断を僅かな呼吸の乱れで感じ取ったのだろう、言い当てられたのが不快だったのか僅かに眉を顰めた神殿長がこちらを睨みつける
「道理に反しています
こうなってしまう前に諫める者はいなかったのですか」
「当時は何人も居たようですが
諫めた者は全て殺されたとも聞いております」
「問題にならない筈がない」
「今と同じように”深く関わってはならない”と
とある冒険者に忠告した事があります、しかし
聞き入れなかったその者は数日後に町の外で遺体となって発見されました
冒険者をしておりましたので魔物に殺されたという話で落ち着きましたが」
「ならば偶然なのでしょう」
「その偶然も長く続けば必然だと気付かざるを得なくなるのですよ
ワシが強く言い含めなかったばかりに、説得しきれなかったばかりに
多くの者たちが犠牲になってしまいました」
そして長く続けば続く程に他の者も気づき始めた
最初は彼と話をした冒険者……次には町の誰かが。
彼に対し行われている意図的な理不尽や不自然な環境に
気が付く者が出てくる度に忠告し警告してきた
しかし人の口に戸は立てられない、一度根付いた違和感は次第に広がり
事情を知る上役数名では手が回らなくなった為に陳情という手段をとった
むしろ今までよく持った方だと思っている
アッパヤード殿は何も聞かされずここへ来た、にも関わらず
よくもまぁ一か月も役目を果たしていたものだ
神殿側の人選は文句なしに的確だったという訳だ
お蔭でここ一か月はとても平和だった
しかし、最悪な事に彼は変わってしまった
一番変わってはならない方向へ
「彼は心を入れ替えたのです
悪事などからは足を洗い真っ当に生きようとしているのに
それの何がいけないと言うのですか」
「アシュラン殿は悪党でなければならない
そうでなければこの地は混沌に呑まれてしまうのです」
神殿長の表情が「大袈裟な」と言いたげに歪む
「不幸である事を望まれているというのなら
何故今回の件を報告してはならないのですか」
「”逆”の理由があるからです
彼が理不尽に不利益を被っているなどと知られてしまえば
文字通り、ギルド職員二百六十名全員の首が飛ぶのですよ」
アシュラン殿には『路頭に迷う』という抑え気味の表現をしたが
実情はもっと差し迫っている。
勘のいい彼にここまで真っ正直に言ってしまえば
追及は免れないと思い言い方を変えただけだ
「理解できませんね
貶め苦しめ不幸を望み悪評を広めるのが目的だと言うのなら
『彼を追い詰めるべく不利益を与えている』という報告は
賞賛される事はあっても首が飛ぶような事態にはならないのでは?」
「アッパヤード殿のお言葉をひとつだけ訂正させて頂きたい
これは正気の沙汰ではなく、狂気の沙汰……
かの家の元嫡男であったアシュラン殿は
『 殺したいほど愛されている 』 のですよ
現公爵家当主であり領地セインツヴァイトの領主でもある
ラクシャノス・セインツヴァイト公爵閣下に」
「……」
「ワシが知っている事はこれで全てです
彼を唯一愛称でお呼びになっているアッパヤード殿にも
近く警告が為されるでしょう、お聞き入れ頂ける事を願っております
貴公はこの国の未来を担う、多くの民にとって必要なお方
御身を、どうかお大事に」
深く礼をし戸口へと向きを変えれば「お待ちください」と背に声がかかる
体ごと彼へと向き直れば納得しきれていない表情の神殿長が
席を立ちこちらを見つめていた
「今回のような事態を招くかもしれないと分かっていて
公爵家に隠れてまで不正を行ったのは何故ですか」
「ワシはギルド長ですからな
職場の不満を払拭する事も仕事のひとつなのですよ」
依頼書の内容変更という不正はギルドの独断であり
アシュラン殿への不満に対する捌け口とするのが主な目的だった
いくらでも言い訳はできる
事実、これまでも問い質してきた相手は全て言いくるめてきた
しかし、たったひとつ
どう足掻いても言い逃れが利かない条件が存在する
それが今回アシュラン殿が行おうとした 『 公爵邸への事実確認 』
昔から死んでも近づくものかと豪語していたあの家に関わろうとするなど
天地がひっくり返っても起こり得ない事だと思っていたのに
彼は何故突如としてこんなにも変わってしまったのか……
(とんだ貧乏くじを引いたものだ)
今回の件で他の上役全員がワシ一人に役目を押し付けてきおった
ギルドの不祥事で招いた事態だろうと言われてしまえばぐうの音も出ないが
身分が違い過ぎるだの気後れするだのと情けない理由まで持ち出しおって……
苛立ち紛れに荒い足取りでギルドへと戻る
長い事定位置となっているギルド長室に入って
そこでやっと安堵のため息を吐く事ができた
ワシが戻ったと気付いたサブマスターが
通りすがりに執務机に書類を追加しつつ声をかけてくる
「お帰りなさいギルマス
例の件、ここ数年の分だけですが犯人が分かりました」
「仕事が早いのぅ
で、どこのアホだ」
「それが非常に面倒な話でして」
事はとても複雑化されていた
現在も在籍している該当の職員に聞き取り調査をすれば
アシュランへの私怨という動機が大半だったが
中には横領した金で恋人にプロポーズ、結婚していた者まで……
しかも横領に関わった人数が多い
どうやら職員の間では掠め取ってもいい金だと暗黙の内に認識が広まってしまっていたらしい
(いいワケあるかい)
サブマスターの説明を聞きながら心の声でツッコミを入れる
性質の悪いことにギルド職員の下っ端にだけ広められたものだった
そういった報告が上に来なかったのはその暗黙が上にバレるとマズい事だと分かっていたからだ、横領の発端となった当時の職員が広めたのだろう
更に調べていくと、金が使われた先はパンのひとつから御者代に至るまで多岐にわたった
この多さは仕方のない事か、十年近く行われていた不正だったのだから
初期の資料などはもうギルドには存在せず足取りも追えない
悪質な暗黙を広めた首謀者も分からない
横領したまま退職した職員も居る
記録がないので二年以上前の正確な金額が算出できない……と、思っていたら後日
アシュラン殿がこれまで受けてきた高額依頼の控えをギルドへと持ち込んでくれた
驚いたことに十年近く前のものから全てだ
アシュラン殿は実務的な感覚が下々の者と根本的に異なっている
どこの冒険者に自分が受けた依頼の控えを後生大事に保管している者がいるというのか、詳しい話を聞けば依頼種類別に他の物も全て分けて冊子のように綴じ込み保管してあるらしい
この調子だと帳簿まで付けてそうだな
しかもそれが当たり前のことだと言う。
書類管理への意識が高すぎる
ギルド組織でも現場では最低二年前の、しかもごく一部しか保管していない上依頼者別に整頓などしたこともない
無造作に積み上げ日が経てば廃棄しているだけだ
流石はもと公爵家嫡男、資料や記録の大切さをよく分かっている
ものの考えや扱い全て領地運営が基盤となっているのだろう
そもそもからして教育を知らぬ冒険者は彼にとって赤子も同然、それでも侮ることなく隙を見せない徹底ぶりにはいつも舌を巻いている
悪い事に使われている所しか見たことはないが
他者を誘導する『人心掌握』の鮮やかさといい
これまた悪い事にしか使われていないが
兵や冒険者の包囲網を簡単に突破する『戦略』といい
賞賛してはならないが
悪事に関する証拠隠滅、隠蔽の『手腕』も並外れている
幼少期は帝王学も修めていたのだろう
上に立つ者として明らかに有能であるにも関わらず
いち冒険者に身をやつしているなど落胆せずにはいられない
才能の無駄使いだとこれまでも散々思ってきたものだが
とうとう彼に変革の時が来た
神殿長が言うには真っ当に生きるため『心を入れ替えた』という。
今まで無駄に扱われてきた彼の才能が正しい方向へ
発揮されるようになるかも知れない、ということだろうか
(期待しか抱けぬではないか)
人知れず笑みを浮かべる
この領地の闇は深い
中には公爵家が意図して放置している犯罪も存在している
立場としがらみがあればおいそれと手を加えることはできんだろう
しかし彼はただの冒険者、なんの制約もない自由に生きる事のできる男だ
ああいや、『制約紋』を刻まれていたのだったか
詳細は分からないが公爵家が施したものなら
ロクでもない制約が設けられているのは間違いない
(事が起こり、彼が関わっていると分かった時は
手助けしたいものだな)
長年行われてきたギルドの不正を短期間で後始末の方針まで定めた上で正したのだ。ギルドという組織である以上”どんな形であれ”横領が行われた事実だけは報告しなければならないと言って差し引いていた報酬を正式にギルドへの募金だと定めた上で長年ギルド運営に充てられていた募金の一部が横領された、という自然な道筋まで準備して。
「俺から不当に搾取した金だとバレなければいいんだろう」と言ったアシュラン殿は我々が一番恐れているのは何かを把握している様子だった
冷静に指示を飛ばす彼の姿は上に立つ者のソレだ
今後に対する期待値だって高まるというもの。
せめて彼の出来の良い頭が周囲が被る気苦労を察してくれることを願おう
まだまだ隠居できそうにない気配を感じて頬杖を突きながら宙を見つめる
彼はこの地を支配する者の意向によって
悪党であり孤独であり続けることを強要されている
それに真っ向から逆らう事になるのなら領地全体が巻き込まれるは必至
いっそ本人に全部ぶちまけた方が早ェんじゃねーかのォ、などと
そんな事をすれば領主に知られ間違いなく排除されると分かってはいるが。
投げやりな思考、それを押し留めるいつもの力は
連日のオーバーワークで疲れ切ったワシは持ち合わせてはおらなんだ
(こりゃあちぃと休まにゃイカンの)
椅子にもたれ掛かり目を瞑る直前に見えたのは
ただでさえ白い山が築かれた更にその上に容赦なく書類を積み上げる
サブマスターの疲れ切った苦笑いだった
表現の関係で当作品に「ボーイズラブ」要素があるのでは?と思われた方へ。
演出における「ミスリード」のひとつなので、どうぞあしからず。