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悪党の俺、覚醒します。  作者: ひつきねじ
12/145

12<不正の裏でうごめく影

「昼間にお会いするのは何年振りでしょうかな、アシュラン殿

随分と雰囲気が変わっていたので驚きましたぞ」


俺が席について数分もしない内に部屋を訪れたのは

ギルド長を務める老齢のおじいさんとお付きの職員二名

内一名は多分副ギルド長だな、俺の正面におじいさんが座り

残り二人は背後の壁に立った所で話し合いが始まった


愛想笑いを浮かべるおじいさんに対して

早速忌々し気に舌打ちした俺は横柄に足を組み替え

片手拳でドンとテーブルを叩く

相変わらずなアシュランの分かり易い威圧だ


「前振りはいらねェ、とっとと本題に入りやがれ」


「本題?はて、貴公が当ギルドの受付嬢を脅かして気絶させた迷惑行為に対するギルド側から提示するペナルティの話ですかな?」


「トボけるんじゃねェ、この依頼に関する内容に決まってんだろうが」


懐から出した依頼書の控えをおじいさんの目の前に叩きつける

アシュランのイライラした態度を前にしても朗らかな雰囲気を崩さないおじいさんはこれが話に上がる事を解っていたかのように口元に笑みを張り付ける


「おや、その依頼は既に受理済のようですが

”内容に納得した上で”受けたのでしょう

それ以上にお話しする事が御座いますかな?」


「おかしな話だな

依頼書を張り出す前は報酬金貨百枚、違約金貨一枚だったのが

張り出した途端に報酬八十枚違約七十枚に変わってやがった」


「それは口頭依頼という特別な受付形式だからですよ

どの依頼も口頭で紹介が行われたものは条件が良いのです

そういえばいつも貴公がいらっしゃる夜間は

この受付形式は行ったことが御座いませんでしたかな?」


「浮いた差額分の報酬はどうなってんだ」


「勿論、ギルド運営費用に充てております」


「依頼主が伏せられてる理由は」


「依頼を選ぶ者が気負わぬようにという配慮です」


廃嫡勘当の憂き目に遭ったとはいえ領民に成り下がった今の俺に対して以前の身分をそれなりに踏まえた対応をしてくるこのおじいさん、よくもまぁそんなデタラメを何食わぬ顔で言えたモンだな

アシュランは以前から喰えないタヌキジジィだと思い苦手意識を持っていたようだが今の俺なら分かる、俺に対する一見丁寧な対応はこのおじいさんが普段から貴族と繋がりが深く『何らかの形』で俺に対しても忖度を行っていたからだろう

その『何らかの形』というのが今回の事だと発覚したワケだが。


仮に実家が依頼主だと露見してもアシュランは貴族を毛嫌いしているので事実確認などする訳がないと踏んでの言い分だな

ではこちらも遠慮なく突っ込ませてもらおう

ギルド側が知らない事情というものを俺個人もたんまりと抱え込んでるからな

悪すぎる意味で世渡り上手だからなぁアシュランは。


(まだ未確認の封筒も「早よ読め」と言わんばかりに

金庫でスタンバってるし)


やだ、読みたくない

既に関わってるのは分かってるんだけどそれでも関わりたくない。

塒にて静かに待ち続けている厄介なブツどもを思い出して現実逃避したくなった


現在は田崎の心も含まれているので

今回の件は、本来のアシュランならやらかすであろう「脅して強請って金蔓を増やす」という展開とは異なるが『アシュランの悪用を止めてもらう』という落としどころは同じだ


「妙だな?冒険者への配慮というなら

貴族依頼だと明示した方がメリットがデカいだろうが

富と信用も得られて名が売れれば指名だって入るようになる

気負わねェようにってんなら受ける側が名前を伏せてくれるよう頼みゃあ済む話だ

依頼主を匿名に書き換える理由が見当たらねぇな」


「アシュラン殿もご存じでしょう

ギルドの夜の顔は利用する者の立場も身分も昼とは余りにも違い過ぎます

遺憾ながら犯罪者の往来も確認されておりますからな

そんな中で貴族様方の依頼など頼めましょうか

そういう理由が御座いますので、不穏な連中に気軽に引き受けようなどと思わせぬためにも違約金を釣り上げているのです」


「ハッ、大したこじつけだな

夜でも真っ当に仕事を受けてる奴は多いだろうが」


「そういう方々は昼間にも顔を出しているので

口頭形式の依頼事情もご存じなのですよ

しかしその様子ですとアシュラン殿はご存知でなかったようでこれはこれは

長い事冒険者をやっていらしたのに珍しい事もあるものだ、なぁお前たち」


後ろに立っていた職員と共にせせら笑うおじいさんを前に

内心でイライラMAXのアシュランがとっくの前に暴力を行使しているが

おじいさんが血祭りに上げられる姿は妄想だけに留めておいてもらう

想像の中では好きにしていいぞアシュラン

だから現実では大人しくしておこう、多分もう少しでお話終わるから


「こういった依頼を俺がこれまで何度も引き受けてきたのは当然知ってるよなァ?

おっかしいよなァ~説明があって然るべきだよなァ?

報酬額と違約金が正規のものでないって事をなァ?!」


テーブルの上に置いていた拳を中心に亀裂が入る

うわぁ、拳に力入れてぐっと押し付けただけでテーブルにヒビ入るって

どこのファンタジー世界の話だ

後ろに立っていた二人はビクリと肩を震わせるがおじいさんは平静を保ったままだ

むしろ笑みを深めてしめしめとばかりに煽ってくる


「見た目が変わっても中身は何もお変わりないようですな、アシュラン殿

暴力では何も解決しない事をそろそろ学んで頂かなければ困りますなぁ」


余裕の感じられる態度から察するに

場に立ち会っている神殿長を自分たちの味方だと勘違いしているらしい

俺の所為で怪我をしても神殿長に治癒を申し出れば良い、とでも思っているのだろうか。そして一方的に暴力を振るった俺は慰謝料払わされて神殿から叩き出されるってワケか?

その騒ぎに乗じて話も有耶無耶にできるだろうって?


……駄目だこりゃ


隠し立てせず話してくれるならこちらも矛を収めようと思ったが

これまで通り隠し通してその上

現状維持で俺を利用し続けるというなら話は別だ

それまで怒り顔だった俺はニヤリと凶悪な笑みを浮かべ

肩肘を突きテーブル越しに身を乗り出す


「イイコトを教えてやろうかジジィ

俺はな、どんな形であれクソ貴族どもに関わらねェ事にしてんだ

なんでか分かるか?


” そういう制約を交わした ” からだ


これがどういう意味か……分からねェテメーらじゃあ、ねェよなァ?」


チラリ、と体に刻まれた制約紋を服の隙間から見せつけた途端

おじいさんたちの表情が一変する

後ろに立っている職員も「そんな」「まさか」と狼狽しているので

この領地のギルド全体、組織ぐるみで不正を行っていたというのは確定したな


散々迷惑をかけてきた俺に対してピンポイントで何かやりかえしてやろうという気持ちは痛いほど分かるけど、せめて『アシュラン被害積立金なんです今後も報酬の何割かをそれに充てさせてもらいます』とか言ってくれれば俺も『そっかーそれじゃあしょうがないな!今後もよろしく頼むぜ!』で済んだ話なんだが。

むしろそっちの方が俺としてもお世話になったギルドに

なんらかの形でお詫びできて良かったんだが


浮いた金が使途不明なら黙ってはいられない

せめて用途を明確にして修繕費や治療費、職員たちの心のケアに充ててほしい

悪い連中に使わせる金なんか一銭も無いんだよこっちはよ


ちなみに

『家に関わらないよう制約を交わした』というのは口からの出まかせだ


アシュランの記憶では『制約紋』に刻まれた制約は

『領地外へ出ることを禁ずる』という内容だけだった

「今後一切当家の敷居を(また)ぐことは許さん!」と

勘当された際に言われたのも結局は口頭だけだったので

実際はバンバン跨げる。やろうと思えば不法侵入もできる

元・家族にも会いに行こうと思えばいつだって会いに行ける


(アシュランが死んでも嫌だ!って近づきたがらないから

体のコントロールが利かない時があると分かった今は

まだ関わろうとは思わないけど)


にしてもおじいさん、焦りを見せた時点でチェックメイトだ

これによって明るみになった更なる事実

やはり今回の報酬操作は 『 ギルド側の独断 』 だったということだ

公爵家がギルドと結託していたなら俺に勝ち目はなかった


むしろ、なぁ……元・実家が

あんな高額依頼を稀に出してたこと自体が妙なんだよな


そうと知らなかったとはいえ

アシュランが臨時収入目的で進んで処理してたってのも

どこか作為的なものを感じてならない

ギルドの独断だったのなら依頼を処理してる冒険者が俺だってのは

元・実家には伝わってない筈だから考えすぎかもしれないが。


「アッパヤード神殿長、面倒を掛けて申し訳ないが

少しばかり手をお借りしてもいいだろうか」


突如として居住まいを正し

口調を改めた俺の姿にギルド面々の顔が驚愕した状態で凍り付く

あのアシュランが言葉遣いを正しただと!?とか思われてそうだ

気持ちは分かる、俺ってば普段から尖った喋り方しかしなかったもんな

おじいさんたちの様子を横目に澄ました表情で俺へと視線を向けるルルムス

流し目がよく似合うビューティーフェイス、流石俺の友人だ


……友達自慢してる場合か、俺!


「どういったご用件でしょうか、アシュラン殿」


「俺がこれまで引き受けてきた高額依頼の控えを全てお渡しする

領主公爵邸からギルドへ出された過去全ての依頼内容と照らし合わせ

事実確認を頼みたい、報酬は」


「お待ち下され!!」


報酬は言い値で支払おう、と言おうとした所でおじいさんが叫んだ

ホラなー、依頼主に隠れてやってたんじゃ

初めからおじいさんたちに勝ち目はなかったんだよ


前のアシュランだったらどんな形でも元・実家とは絶対に関わり合いになりたくなかっただろうから、今後は「昼間にギルドを訪ねる」とか「今までと同様に依頼者には情報を伏せた状態で俺宛に取り置いてもらう」とかギルド側に便宜を図ってもらう形で簡単な対策を取り、ギルド側の有利な形で決着していたかもしれないが


(お生憎様)


今の俺は元・実家に対して含む所はない、あえて言わせてもらうなら


折角育ててくれたし教育も受けさせてくれたのに

いっぱい迷惑かけまくって悪い事したなぁ


っていう申し訳なさが満載なだけだ

今後関わる時があれば「隙あらば!」という気持ちで恩返ししたいくらいだ

え?アシュランの憤りはどうなってんのかって?

現在進行形で怒りも苛立ちも拒否感もひしひしと感じているが

それら全部がっつり無視して謝罪行脚(しゃざいあんぎゃ)を慣行するに決まってる

そう思った瞬間我が心の一角から怒涛の抗議を受けるが


(ぇえい!だまらっしゃい!)


怒るのは俺の心の一部だけなのでなんの問題も無い

向こうはもう二度と敷居を跨がせる気はないだろうし関わる気もないだろうけど

それでも育ててくれた事と学ばせてくれたことは事実だからな

冷遇されていたわけでもなくむしろ愛情込めて育ててくれてたのに

アシュランてばこんな悪い子に育っちゃってさ

ほんとに情けないよ俺は


「これまで差し引いていた報酬全額をお支払いします

ですからどうか、どうか内密に……!」


おじいさんと職員二人が俺が座る席側に回り込み土下座を始めた

嗚呼……とうとう上下関係がハッキリした所為で

俺の中のアシュランの部分が悪党の笑みを浮かべている

喰えないタヌキジジィをやってやったぜ!って勝利宣言してる

自重しろ、これ以上追い打ちをかけるつもりは俺にはないんだからな


ここまで言ってやっと不正を認めてくれたことだし

差し引いてた報酬の用途を把握してから

彼らへの対応を決めるのが無難か

ギルドの不正を公正に罰してくれる専門の機関があれば

俺の過去の迷惑行為も含めそっちに丸投げしても良かったんだが

残念なことにそういう機関はこの世界には存在しないみたいだしなぁ


自警団や王立騎士団に通報するにも

事はこの国だけでなく世界中に分布している『ギルド』という組織の

一部で行われた不正、公爵領地というだけに規模も大きいので

町の治安を取り締まるだけの末端の兵が対応できる領分を超えている

ギルドを束ねる組織上層部に報告する以外では

個々がケースバイケースで処理するしかないのが現状だ

そも、ギルド上層部がこういった不正を取り締まる機関を設けているなどという話は聞いたことがないから、今回の事を報告させてもなぁなぁで終わりそうな気はしているのだが。


「俺が貴方がたに求めるのはこれまで差し引かれた報酬が

ギルド内でどういう使われ方をしたのか明らかにする事だ

公爵家に知らせるつもりはないが、そちらの組織上層部へ

この領地のギルドが不正を行っていたという報告はしなければならないだろう

発覚した以上隠しきれるものでもないだろうしな

その過程で依頼主の貴族に詳細が知れたとしても俺が関知する事ではない」


「そんな!そんな殺生な事は仰らずに!

どうか命だけはお助け下さい!命だけは!」


二人の内一人の職員が額を床に擦り付けたまま訴え始める

命って、なんでイキナリそこまで話がでかくなるんだ?

金の横流しなんてギルド以外でだってどこでもやっている

そんなチンケな悪事で命取られたら今頃は世の大半が断罪されてるだろう

大袈裟に振舞って同情をかう作戦か?

とりあえず態度を戻して様子を見る事にする


「テメーらの命になんざに興味はねェよ

俺の要求はシンプルに二つ


不正に差し引かれた報酬の用途を開示する事と

お前らの上司に「不正してました」と報告する事


世界をまたにかけるほどデカい組織なんだから

不正を取り締まる機関だってあンだろ

テメーの組織内で正当な処分を受けりゃあいい

それ以上の罰なんざ俺は望んでねェからな」


用途に関してお金を悪いことに使った連中には

俺個人として追加制裁も考えるけどな!

俺被害の為に使われてたならむしろ有難うよくやってくれたと労いたい

悪い奴らだけ精々減俸処分されるなり降格処分にでもなるがいいわワハハ。

ついでに職員同士……受付嬢たちの摩擦にも監査が入れば上々だな

これなら一方的に俺が私刑せずに済むし各職員に適正な罰が下る

落としどころとしてはいい塩梅ではなかろうか

なんて思ったんだけど頭を下げ続けてる職員が必死になって訴えてきた


「そんな事をしてしまえば公爵家にも知られてしまいます!

そうなっては処分では済みません!首が飛びます!!」


「飛ばねェだろ」


大袈裟に振舞って不正の報告すら隠そうってのか?

それはちょっと虫が良すぎる

足を組み直し、耳をほじりながら呆れつつ反論すれば

それまでずっと黙って土下座していたもう一人の職員が

勢いよく顔を上げて叫んだ


「飛ぶんだよ!!お坊ちゃんは何も知らないだろうけどな!」


その叫び声は

どうしようもない苛立ちと悲壮感に満ちていた

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