表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪党の俺、覚醒します。  作者: ひつきねじ
11/145

11<受付嬢たちの闇と野次馬な男たち

背後の野次馬が一斉にざわつき出す

俺の事をアシュランだと認識した先輩受付嬢が

場に居る全員に聞こえるほどの声量で怒鳴る


「どういうつもりよ!!またこの子に近づくなんて!

顔を殴るだけじゃ足りないって言うの!?」


あの、俺と彼女のやりとりを終始隣で見てましたよね?

いや分かるよ?前に暴力振るった男が数ある受付の中から

あえてまたその子選んで受付してるんだから

何かするかもって勘ぐるのもよく分かる……が、先ほどのやりとりを

一部始終見ておきながらこの態度は不自然だよな


台詞から悪意しか感じられない


女性ってこういうトコあるよな

当事者でない自分は被害者側を庇うような一見正当な行動をとりつつ

声高に相手を非難するだけで周囲を応動して自ら手は汚さない

その姿に庇護欲を刺激された大体の男がなんだかんだで女性の代わりに動いちゃうんだよな。考えるより力に訴える方が早いのが男だもんなぁ

幸いなことに代わりに手を下してくれるに事欠かない連中が

俺の背後にわんさかといらっしゃるし?

それを知ってて意図的にやってる女の常套句を当ててやろう


『 これだから男はバカなのよ 』 だ


生憎と田崎は四十年近く争いとは無縁の平和な人生を生きてきた

色んな職場の女性の裏の顔も腐るほど見聞きしている

男では中々持ち得ない陰険さと薄汚さがある。恨み妬みの質が異なる

そんな田崎の結論はとってもシンプルに 『 女は怖い 』 だ


(……)


現状に焦りを覚えていたが

田崎の記憶を掘り起こしてたら物凄く冷静になれた

アシュランと解った段階で憎しみの篭った目を向けられるのは想定内だ

先輩受付嬢の目が「クズ野郎!」って言ってる。この状態で「何もしていない」と言った所でこっちの言葉に耳を貸そうとはしないだろう


俺を問いただすより先にショックで倒れてる子をさっさとひと目のつかない奥に運ぶなりした方がいいんじゃないのか?失禁したみっともない姿を放置することでこの場の多くの冒険者の目に晒す……先輩受付嬢はケレンの事もついでに貶めているんじゃないのかと勘繰ってしまいそうだ。

沢山の冒険者に覗きこまれているにも関わらず声をかける複数の受付嬢も汚れたケレンに触れようとはしないし下半身に上着を掛ける様な事もしない。

ケレンが新人にも関わらず夜の受付担当をしていた事といい

この職場も結構闇深そうだな

仲良さそうにしてても心の中では、というのが女同士の常識だ


とはいえ騒ぎが起きると分かっていて堂々と腰を据えてる俺も最悪なんだが。

あと、背後で囲い込んでいる気配が徐々に物騒なモノになってきてる


……リンチされなければいいんだけどな、無理かな。


結局大乱闘になりそうなので収集役のギルドマスター早く来てくれ

さっきまでは会いたくなかったけど今はめっちゃ会いたい超会いたい流石に多勢に無勢なんです数の暴力には敵わないので早く来て一対全のバトルロワイアルなんて無理ゲーです早く来て


と、焦りつつも表面上ポーカーフェイスで黙っていたら

一人の顔の良い男がオフィスからカウンターに走り込んできた


「ケレン!」


一際余裕のない雰囲気から察するに彼女の恋人かな

職場恋愛か~羨ましいなぁこのリア充め……という事はつまり

これ余計に受付嬢たちの闇度が増したって事じゃないか?

顔の良い男を彼氏に持つ新人受付嬢ケレン


イコール


同僚に妬まれてそう。


(なんて冷静に分析してる場合じゃない)


マズいぞこれは数十秒後には殴り合いになる

なんで断言できるのかって?

そんなの自分の大事な女を傷つけられたと分かったら

原因が目の前にある時点で男は考える前に手が出る生き物だからだよ!


「おいっ一体何があった!?

なんでケレンが倒れてるんだ!」


「コイツよ!ケレンの顔を殴ったの!!

コイツがアシュランよ!!」


この言い方で確定だ

先輩受付嬢は腹の中真っ黒にしてやがる


「なっ……お前がアシュランか!!よくも俺の女を!!」


嗚呼、淀みないお約束展開。

駆け出した男は長い受付カウンターを回り込んで俺に向かって来ようとしているらしい。俺だったら体を鍛えているので受付を飛び越えることなど造作もないのだが、それよりも気になるものを見てしまった

男が明らかに俺を害する行動に出た瞬間に見えた先輩受付嬢の口元の歪み


……笑ったな?


今、一瞬だったが明らかに笑ったよな?


他の受付嬢も妙に冷静な様子で事の成り行きを見守っている

依然、気絶しているケレンを助け起こそうとする職員は一人もいない

この子が俺に目を付けられて殴られたのも、誰かに誘導されたからかもなぁ


(女ってヤツは本当に怖いな)


先輩受付嬢はケレンの彼氏まで俺にけしかけて双方痛い目に遭わせようという魂胆か。更に憶測になるがもし先輩受付嬢がケレンの彼氏を狙っているとしたらこの後は俺との殴り合いで怪我した男を手厚く介抱して自分の株を上げようと画策してるのかもしれない

あわよくば今日の事を切っ掛けに親密になって……、ってか?


そこまでお膳立てしてやる理由はないな


さっきは彼女たちの優しい声掛けが癒しだと思ったが撤回しよう

俺には夜の不愛想な男連中の受付の方が性に合ってる


腕のある冒険者とは違いデスクワークが中心であろうケレンの彼氏の体格は中肉中背。鍛えているわけでもないので見えている二の腕は筋肉の盛り上がりもなくフラット

そんな軟な体で現役冒険者の俺に敵うはずがないだろうに……とは思うが野次馬が加勢し出したら一気に形成は逆転してしまう


ここは『三十六計逃げるに如かず』


後ろを囲む野次馬を牽制すべく椅子を蹴飛ばして立ち上がり

受付テーブルに片手を突いてひらりとカウンターの向こう側へ

自分に害が及ぶと思った受付嬢たちは悲鳴を上げて真っ先に俺から距離を取る。身を挺してケレンを庇うような気骨ある女性は一人もいなかった


(やっぱり女は怖ェな)


服に染みを作り床にも広がっている小水で汚れるのも構わず

小柄で軽いケレンの体を抱え上げるとオフィスから顔を覗かせていた野次馬のひとり……偶然目についた気の弱そうな男に声をかける


「コイツは神殿へ連れて行く、そっちから迎えを寄こせ

今回の依頼の件で俺からも 『 大 事 な お 話 』 があるんでな

ギルマスも呼んどけ、言うとおりにしねェとテメェを殺すからな」


唐突な脅し文句に肩を震わせる気弱な男

イカン、話しの流れでするっと口から出てきてしまった

当たり前みたいに脅しを混ぜ込むんじゃない俺の口。

カウンターを回り込んでいたケレンの彼氏が怒声を上げるが無視一択だ


気弱な男がオドオドしながらも了承と頷き慌ててどこかへ走り出すを確認して

俺もさっさと神殿へ向かうか、とケレンを抱え直す

ホール側は冒険者の野次馬でごった返しているのでカウンターに続くギルド職員用のオフィスを通って迷いのない足取りで裏口から階段を下りて外へ出た

ケレンの男が怒鳴り散らしながら走ってついてくるが相変わらず無視だ

来たけりゃ勝手に付いてくればいい


……なんで職員側の間取りを知ってるのかって?

過去にそこで大暴れして怪我人多数出したことがあるからだよ!!

相当やらかしてるのになんでギルド出禁にならないんだろうな


という経緯で、全く以て「無事に」などとは口が裂けても言えないが

依頼を受けるという目的は達成した

そうして本日二度目



物凄く気まずい形での神殿訪問と相成ったのである



「……さっきの今でなにをやってるんですか貴方」


面目ない


「 『 では六日後に 』 とお別れしてまだ一刻と経っていないのですが」


返す言葉もない


「平身低頭している所追い打ちするようで心苦しいのですが

例の神官が自分の口を縫ってひと騒動起こした事をお伝えしておきます」


思いがけぬルルムスの報告に弾かれる様に顔を上げた俺は

悔しさからぐっと奥歯を食いしばった

どう足掻いても神官の暴走は止められなかったらしい

ルルムスの話では既に治癒師によって傷ひとつなく治療されたとの事

心の方は大丈夫だろうか

こちらの世界にメンタルクリニックとかあればいいのに。

項垂れて足元を見つめていると含み笑いが聞こえてきた

笑う所じゃないだろうと思うのにルルムスの声色は軽い


「重く捉えなくとも大丈夫ですよ

そうなると予期して人を付けておきましたから大事には至っておりません

神殿では自戒の為に自らを傷つけるという手段を選ぶ者は珍しくありません

ここだけの話ですが、神徒の行き過ぎた自戒も日常茶飯事なのです


貴方が言う自殺騒動というのも私の考えでは……

いえ、そこまで話す必要は無いですね。今のは気にしないで下さい」


いや、自殺騒動を気にするなってそんな事言っていいのか?

というか日常って言うほど自傷頻度高いのって大丈夫じゃなくない?

そもそも神殿が自傷容認だったのが物凄く意外で……ああ、そういえば田崎の世界でも敬虔な宗教信者は懺悔する時に(わざ)と体を傷つけたりすると聞いたことがあったな、背中を鞭打つとか断食(だんじき)するとか……それと同じようなモノか。


マゾヒスト(神官たち)の上に立つ神殿長がサディスト(ルルムス)……


(なにそれ怖い)


もしかして、ルルムスにとっての神殿は願っても無い楽園なのでは?

教皇になれる人物の適正とは、そもそもサディストが前提の


「アッシュ

今考えている事を声に出してどうぞ」


「……」


あえて表情筋を引き締めて無を貫く

慈悲深そうな笑みを向けられてるけどこれは騙されてはいけないヤツだ

正直に答えたら聖なる鉄拳がお見舞いされる

俺の心を見透かしたかの様にルルムスの笑みが更に深まった

無言の圧、怖い


「……まぁ、いいでしょう

それよりご説明いただきたい事があるのですが、よろしいですか?」


「なんだよ」


「貴方は瀕死に陥るほどの大怪我をしてまだ本調子ではないのだから

半月は冒険者稼業をお休みするようにと申し上げましたよね

何故ギルドの受付嬢を抱えていらっしゃったのでしょう」


あくまで淡々としている

責めるような口調ではなかった事から俺はニヤリと笑みを浮かべて胸を張った


「そりゃあ依頼を受ける為にギルドに行ったからに決まってんだろ」


「……友人の忠告ならば素直に聞いてくれるものと思いましたよ」


不満そうに眉を顰めて言うルルムスに構わず俺は続ける

誰にも言えなくて悶々していただけに、話せる機会に恵まれたのが嬉しくて

ここぞとばかりに得意げな顔をしている自覚はあった


「あんまりにも体の調子が良かったからな!

負担の掛からない軽い仕事なら受けられると思ったんだ

何しろ俺の友人!でもあり腕の良い治癒師!でもある奴が

直々に治してくれたからな!特別治療って言ってたからな!

脇腹が抉られてたのに今では傷ひとつなく綺麗に治ってるんだぞ!」


ふっふ~ん!凄いだろう!

と、裾をめくって引き締まった脇腹を見せつけつつ鼻を鳴らしてみるが

当のルルムスは目をぱちくりと瞬かせた後

徐々に顔を赤らめつつジト目になる


「私の事を私に自慢してどうするんです」


うん……分かってるんだけどそこはホラ、察してほしい


物凄く自慢したいのに

まだお前を友人だと周りに言いふらせる段階にないんだよ

アシュランの評判がある程度回復したら他の人に自慢して回れるようになるからそれまではご自慢の聞き手スキルでぼっちな俺のくだらない話に付き合って下さい

なんて情けない言葉を返すわけにもいかないので再び足元を見て沈黙する

聞こえてきたのはルルムスの深いため息、呟かれるのは不機嫌な独り言


「全く、とんでもない趣向だな

付き合わされるこっちの身にもなってほしい」


そこまで嫌がらんでも……否、ルルムスが嫌がるなら仕方ないか

今後は控えよう、とは思うものの折角初めてできた友人なんだし

もうちょっと色々他愛のない雑談がしたい

嫌がられた事実に傷つきながら手持無沙汰に手元をいじる。

コミュニケーション乞食か俺は。一体どっちの人格の影響だ?

いくらアシュランの初めての友人でもルルムスの事好きになり過ぎだ

危ない所を助けてくれた、命を救われたっていうつり橋効果もあるんだろうな

こんな調子じゃ折角できた理解者なのに逃げられるぞ自重しろ


お互いの間に気まずい空気が流れた

暫しの沈黙を経てルルムスが別の話題を切り出す


「全ての治癒を終えて今は男性が付き添ってますが

女性が目覚めるまではもう少しかかるでしょう」


ケレンの恋人は神殿まで付いてきた

途中までは走る俺を追いかけながら怒鳴っていたが

一分もしない内に追いかけるだけで精いっぱいになったのか喚く事はなくなり

神殿に辿り着いた頃には肩で息をしてフラフラだった

普段から体を動かしてないんだろうな、それでもケレンの為についてきた男は

疲れから俺に殴り掛かる気力を失くして神殿と俺を見比べて困惑し

俺が彼女の治療を申し出、神官数名に引き継いでいる様を見て

本格的に訳が分からなくなったのか目に見えて挙動不審になりつつも

神殿の治癒の間に運ばれるケレンについて行った


男の背中を見送り、治療の経過報告を待つべく拝殿の間の隅っこの席に座って待っていれば、誰が居座っている所為とはあえて言わないが、ひと気のなくなったその場所にルルムスが姿を見せ今に至る、という経緯だ


「彼女の治療費を貴方が立て替えると言っていた、と

うちの者から聞きましたが本当ですか」


「おう、いくら掛かった?」


「貴方の『清め』も含めて白金貨二十枚です」


おお……頬の殴打痕と気絶の治療、衣服の浄化二回でそんなにも掛かったのか

え、じゃあ重症だった俺の治療費はとんでもない額だったんじゃないのか?

金貨一袋じゃ絶対足りなかっただろ

渡した袋の中身が白金貨だったとしても足りたのか怪しい

まさか、ルルムスが気を遣ってくれたのか?

命を助けてくれただけでなく、治療費まで割り引いてくれた?


え、なにそれ聖人……


「唐突に目を煌めかせて見つめてこないで下さい

気持ち悪い」


なんとも辛辣なリアクションだ

ルルムスは隠れサディストなだけでなく隠れデレツンなのか

神殿治療の相場が知れたのは良かった

前回の俺の治療費も全く足りてないのだろう

その分も含めて多めに持ってくるとするか


「んじゃ、ちょっくら塒寄って金持ってくるわ」


「それだけの大金をポンと出せる神経を疑います」


「あの子の顔の怪我は元々俺が殴った所為だし

泡吹いて気絶したのも俺が怖がらせた所為だ

治療費を出してやるのが筋ってもんだろ」


「不思議ですねぇ……貴方の方が十割悪い、と言い張る割に

先ほどお見えになられたギルドマスターは

とても後ろめたいお顔をなさっておいででしたよ」


「早っ ギルマスのヤツもう来たのか……予想以上に過敏な反応だな

やっぱりクライアントに黙って不正してやがったのか」


「アッシュ、それはなんの話ですか」


「ルルムス、そこに並んでる部屋ってたしか防音だったよな

開いてるトコ一室借りてもいいか?話し合いに利用したい」


「……ひと部屋提供しましょう、私も同席して構いませんか」


「構わねェが、耳障りの良い話じゃねーぞ」


「アッシュが関わっているのなら当然そうでしょうとも」


「だよな」


「そこで納得しないでもらえます?

調子が狂いっぱなしですよこっちは」


「すまん」


「ですからそうやってスルっと謝るのも……いえ、もういいです

付いて来て下さい」


身を翻し数ある部屋の内のひとつに足を向けたルルムスは

傍に控えていた神官のひとりにギルマスを連れてくるよう声をかける

指示を受け静かに頭を下げた神官は結構な速度で歩き出したにも関わらず

足音を立てる事無く微かな衣擦れの音だけ響かせて拝殿の間を出ていった


……普段は人の気配が多い拝殿の間が静まり返ってるからだろう

今まで一度も気にしてなかったが神官の立ち振る舞いって忍者みたいだよな

みんな静かで滑らかだ。荘厳な佇まいの神殿に勤めているだけはある


(神殿務めの人たちは暗殺部隊でした、とかだと面白いな)


細腕のルルムスも俺と殴り合えるぐらい腕っぷし強いし。

あの長い袖や厚手ローブの下で完全武装してたら尚の事格好いい

とりとめのない事を考えながら向かった先は

拝殿の間に等間隔で併設されている客間の内のひと部屋

防音が施されたその場所は普段は懺悔の間として使われている


俺は適当に開いている席に座り

一番奥の上座には椅子を移動させたルルムスが腰を下ろす

中立の立場として双方の話を聞くつもりなのだろう

さて、俺の向かいの席に座る事になるであろうギルド側は

今回の依頼内容についてどういう説明責任を果たすのか


もしかしたら部屋本来の用途そのままに懺悔タイムになるかもしれないな

最も懺悔すべきことが多い男、アシュラン(39)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ