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悪党の俺、覚醒します。  作者: ひつきねじ
102/145

102<不義と背信の徒~『賢者』の遅すぎる萌芽~

監視塔爆破の首謀者として捕らえられた男は

導術による攻撃を受けた為、一時は生命が危ぶまれたが

施術の甲斐あってなんとか一命は取り留めた


治癒師と治療師は男が目覚めない事に対し

参謀との戦闘時に導力を過剰に使い過ぎて導力回路に負担がかかり

枯渇状態に陥った為に意識が戻らないのだろうと診断した


捕縛に尽力したヴィドーとその部下たちは

病床に伏している皇帝から男に関する一切の処理を任される事になった


つまり、今回の暴動を引き起こした動機や経緯を(つまび)らかにし

帝国法に(のっと)り適切な処罰を行わなければならない

勅命を受けた時、ヴィドーは内心でほくそ笑む。

導術と導技の両方が使える男の類稀な才能は

使いようによっては第十三皇女ヴィディアンヌ率いる穏健派を

勢い付かせる良いカードになりそうだと考えた


……最も、その言い分は建前で本音は別にあり

ヴィドーはそれを自覚した上で己の『疑問』が『確信』に変わるまで

本音については意図的に考えないように努めた


治療中も何度か様子を見に足を運んだが男が目覚める事は無く

監視塔襲撃から七日後、意識が戻らぬまま城の地下深くに幽閉された

民衆からは『罪人として入れば二度と生きては出られない』と噂され

犯罪者は名を聞いただけで逃げ出すほどに有名な地下監獄だ


いつ目が覚めるかも分からないため

最も信頼する部下を二名看守に付けている

意識が戻らない事もあり

万が一容体が急変して死なれでもすればヴィドーにとっては都合が悪い

連絡手段に魔導具を用いて

何かあれば直ぐに連絡が届くよう手配しておいた


監獄への移送が完了した翌日もヴィドーは男の元へと赴く


地下監獄までは城内といえど道のりが遠く

徒歩で向かおうとするといくつかの手続きが必要であった

しかし導術に長けたヴィドーにとって物理的な距離は無に等しい

自らが考案し組み上げた転移術により

城の敷地内であれば、一度訪れた場所ならばどこへでも移動できる

男が幽閉されている場所にも直に飛べる状態だ


展開した術陣の中心から軍服の外套を翻して姿を見せたヴィドーに対し

部下の二人がさっと立ち上がり敬礼する


「参謀、お疲れ様です」

「お疲れ様です」


「何か変化はあったか」


「いえ、相変わらず眠り続けてます」

「導力回路にも変化はありません」


「武具や所持品の出所はどうだ」


「申し訳ありません……それについても、まだ」

「持ち物の殆どに公爵領の刻印が入っているので

おそらく王国の出身であろうという話は出ているのですが

入国の足取りすら掴めず……」


「相変わらず謎だらけの男と言う事か

解析が終わった分を見せろ」


ヴィドーの指図で部下の一人が素早く動き

男の所持品で解析が済んでいる分だけをテーブルに広げた


先ずは武器防具に目を向ける

男が身に着けていた武具は全て高級品だった

一介の冒険者では到底揃える事のできないものばかり。

その殆どに王国の公爵領で製造されたものの証明として刻印が入っており

寸法や装飾から男の為に誂えられた特注品である事が分かった


その情報だけで、かなり裕福な身分で相応の権力を有している事は分かるのだが

身元を示すようなものを一つも持っていない所を見ると

諜報の為に軍部に侵入し必要に迫られ監視塔を爆破したのは明白だ


ヴィドーは鋭い目を更に細める


(ブラフか……?)


王国の公爵領はいくつか存在していたが

男が身に着けている武具の全てが帝国と浅からぬ因縁を持つ『セインツヴァイト公爵領』のものだった事に作為的なものを感じた

現在の王国は魔国と名を変えてはいるが

魔国と敵対させたい第三勢力による謀略を疑う


(だが王国はかなり遠方の国だ

対立を画策されていたとしても現実味が薄い、しかし……)


因縁のある公爵領で生産されたものばかり身に着けているという事実は捨て置けない、可能性だけは考慮しておこうと頷き

次に所持品に目を向けた所でヴィドーは驚愕に表情を歪める


「これは、」


「それはセインツヴァイト公爵領で

製造、販売されていたポーションのようです

瓶の底に僅かに残っていた成分を分析した結果

かなり濃度の高い……帝国の技術を上回るほど効果の高い

ハイランクポーションであったことが分かっています

我が国であればどれほどの高値が付くか

考えるだけで怖ろしいです」


「……」


「所持していたポーションは全て……

その、現場の状況から参謀の傷を癒す為に消費されたようです

治癒師の話では参謀の脳が一部融解した形跡があったとの事なので

人体の中で最も再生の難しい頭部の治癒の為に

これだけの量を消費したのは当然かと」


これだけ、と視線で示されたテーブルの上には十数本の空瓶が並んでいる

ガラス製の瓶はアンプルに近い細さをしており

栓の部分は同じくガラス製で細いひし形の立方体をしている

その内のひとつを手に取り、じっと見つめる上官の横顔を視界に収めた部下は

複雑な感情を込めて呟いた


「あの男が参謀を助けようとしたのは事実ですね

決して味方ではありませんが

これほど貴重なものを相当数使ったという事は

もしかしたら敵でもないのかも知れません」


「何としても話を聞かなければならないな」


「はい」


「空の瓶を一本持って行っても構わないか」


「ええ、ここに並べている物は全て解析を終えていますから

……一応全て参謀のお部屋で保管しておきますか?」


「そうしよう、これらをまとめてくれ」


「分かりました、残りの分も解析が終わり次第報告します」


「よろしく頼む」


テーブルの上に広げた武具と所持品が部下の手によって箱に詰め直される間

踵を返したヴィドーは背後にあった牢を潜り

最低限に留められている光源の所為で薄暗い枕元に歩み寄り

眠り続けている男の顔を見下ろす


傷の治療中も何度となく様子を見に来ていた為

男の寝顔はすっかり馴染みとなってしまっていた


片手に握っていた中身のない回復薬の瓶を僅かな光源に透かし

底に刻まれているセインツヴァイトの刻印を見て

「やはり」と呟いたヴィドーは再度男を見ると僅かに腰を屈め

男に向かって他に聞こえない声量で囁いた


「お前だったのか」


ヴィドーの表情は戸惑いに満ちている

思い出すのは、激痛に耐え切れず手放そうとした意識の中に聞こえてきた

必死に助けようとする男の声


『 治癒だ!分かるか?!治癒術を使え! 』


焼け付く肌の痛みを遠ざけてくれた掌の冷たい温度と

本当に治っただろうかとおそるおそる触れてくる指先の感触を

不思議に思う程ハッキリと覚えている


思い出すのは

倒れ込んできた男の上体を抱えた時の感触


(同じだった……

塔の上から突き落とされたヴィディアンヌを助けた

”見えざる者”の感触と)


空中で抱きしめられた時、そして

倒れ込んできた男を抱えた時


(……)


規則正しい寝息を立てる男の寝顔を熱心に見つめる瞳は

淡い光源を反射し、青紫色に揺らめいている

薬の空瓶を胸元で握りしめた所で牢の外から声がかかった


「参謀、用意できました」


「僅かでも覚醒の兆しがあれば

時間帯を問わず、すぐに報告しろ」


「了解であります」


空瓶を上着の内ポケットに入れて牢を潜り、部下に檻の施錠を任せ男の所持品が入った箱を受け取ると術陣を展開し一瞬で自室へと戻る

持ち込んだ箱を書斎机の上に置くと引き出しを開けて

中に保管していたガラス製の立方体を取り出し

内ポケットに仕舞っていた空瓶も手に取る

一呼吸の間を置いて唾を飲み込むように喉を上下させると

真剣な面持ちで持っていたガラスを瓶の口にはめ込んだ


カチリとガラス同士が小さな音を立て、隙間なく合わさった接合部



(……嗚呼)



男を捕縛してから胸中でずっと渦を巻いていた『疑問』が


『確信』に変わった瞬間だった



第十三皇女ヴィディアンヌが見えざる者によって命を救われた、その現場のすぐ近くに転がっていた帝国では見慣れぬ薬栓が空瓶に符合したのだ

導き出された結果にヴィドーの唇が震える


「俺は……

彼に『二度』命を救われたのか」


知っていればあれほど容赦のない攻撃などしなかった

そもそも睨み据える事すらせず

彼の手を掴み感謝の言葉を伝えている筈だった


(命の恩人に対して、なんて事を……)


後悔を滲ませたヴィドーは全身に発光する術式を張り巡らせ

最終的に淡い光を放ち、『もう一つの姿』へと変化した


艶めく長い黒髪は先ほどと同じだが一括りにすることなく背に流しており

身を包んでいた軍服は青と黒を基調にした美しいドレスへと変貌した

肩は細く華奢になり、豊満な胸が深い谷間を演出しているが

その真っ白で魅惑的な柔肌を晒さぬよう黒のレースがあしらわれている

引き締まったウエストの下に広がるスカートが足首を隠し

少し歩くとコツリとヒールの音が響いた


聖者の一人、『賢者』の称号を持つヴィドーは

その類稀な術のセンスを用いて幼少期から二つの姿を使い分けていた

ひとつは、厳格な軍人としての姿『ヴィドー』

そしてもう一つは、帝国皇族第十三皇女『ヴィディアンヌ』



二人は紛れもなく、同一人物であった



「はぁ……」


暗く広い室内で深いため息が零れる

細い指で薬瓶を撫でつけたヴィディアンヌは

堪らず、といった様子で瓶を胸元で握りしめた


「何故、こんなにも息苦しい?

あの男の姿を思い出すだけで、心臓が五月蠅い……」


はぁ、と再びため息を吐き

脳裏に描くのは地下に捕らえている男のことばかり。

空中で抱きしめられ助けられたのも中々の衝撃だったが

軍部の総司令の席で、誰にも見られていないからと

司令官のように偉ぶりふんぞり返っている男の無邪気な姿を思い出し

口元に笑みが浮かぶ


「いい大人が、子供みたいなことを」


そして三度目の邂逅の時、あれほどまでに力が拮抗し合い

ハイレベルな導術戦を繰り広げたのは生まれて初めての事であった

鬼気迫る攻防を思い出し、高揚感から頬が熱くなる


「私の導術を悉く弾いただけでなく導技まで使えて

しかも首元に竜を従えられるなんて……規格外にも程がある」


なんと強い男なのだろう


出会いの証でもある薬栓を握りしめるヴィディアンヌの手に力が籠もる

小さいながらも竜族を従えているというだけで前代未聞であったが

それだけではない、男の体にはとんでもない刻印が刻まれていた

身体検査で発覚したのは少なくとも四つ。


既に効力は消されていたが

脇腹の少し上に『奴隷紋』が刻まれていた形跡があった

竜の気配が色濃いことから、呪印を消したのは竜族だと推測する


右手の甲には騎士職に就く者が施したであろう『誓約紋』


右腕には相当高位の竜種が施したであろう『服従の刻印』

これに関しては奴隷紋を消した竜と同一種が施したものだと判明した


極めつけに、心臓部に位置する背中にはかなり巧妙に隠されていたが

『聖者』による探知系の術印が施されていた

いわゆる()()()()()という奴だ

帝国でも常用されている導術なのでそれ自体は珍しくないが


(施したのが聖者である事と

高度な技術を用いて隠していた点をどう解釈するか

それが問題だ)


術印自体は部下が放った導術で損傷し、効力を失っていたが

『稀代の天才術師』と謳われているヴィドーの手に掛かれば

術陣の僅かな名残さえあれば何者が施したどのような術なのか

解析する事は容易であった


「私でなければ気付かなかっただろうな」


男に関して、ヴィドーの独断で軍部に報告していない情報がいくつかある

小竜を従えている事と右腕に施されている三種類の刻印の事は伏せ

奴隷紋に関してだけは元罪人であった可能性が高い、と報告を上げている


「あの男は、なんとしても()()()()に……」


言いかけたヴィディアンヌは途端に白い頬を赤く染め、眉を寄せる


「一体なんなのだ?

息苦しい上に胸まで痛む、彼の寝顔を思い出すだけで落ち着かない

それに……それに、」


先ほど顔を見たばかりだというのに、もう会いに行きたくなってしまっている

早く彼の声が聞きたい、目を見て話したい

今度はちゃんと姿を見ながら触れてみたい


もう一度、あの両腕で



己を抱きしめてはくれないだろうか……?



そこまで考えて、ヴィディアンヌは弾かれる様に顔を上げた

呆けたように宙を見つめて後、頬の赤は更に色味を増す


「嗚呼……そんな、まさか」


信じられない、とばかりに薬瓶を握ったままの両手は両頬へ。

ヴィディアンヌはおそるおそる可能性を声に出してみた


「好きに……なってしまった、のか?

まともに知りもしない、あの得体の知れない男を?」


声に出して更に動悸が激しくなる

思考は拒否しているのに体は真逆の反応を示している

嘘だ、冗談だろう、そんな馬鹿な。

しかし『抱きしめてほしい』など、好意がなければ望む筈がない

見えざる腕の感触を想起して身悶える筈がない

ならば、やはり、


「駄目だ!!」


机の上に両手を突いたヴィディアンヌの全身が再び術式の発光に包まれ

一瞬にして軍人ヴィドーの姿に変化する

瓶を机の上に転がし、胸元に手を添えたヴィドーは

己を落ち着ける様に深呼吸した


「冷静になれ、相手は帝国に害をなす破壊者だ

過去皇族に無礼を働いた忌々しい王国公爵家の関係者かも知れぬ男だぞ

嫌疑も定かではないこの段階で色恋に血迷ってどうする

確かにあの男は、初めて俺と互角に渡り合った存在だが

二度危うい所を助けられた程度で安易に心を許そうとするな


……あの男の前ではこちらの姿で居た方が良さそうだな

そうすれば、妙な感情に惑わされる事もあるまい

ただでさえ皇位継承という忙しい時期だ

些末な事に時間を割く余裕など無いのだからな」


現状を己に言い聞かせる内に調子を取り戻したヴィドーは

普段通り冷静沈着な面持ちになっていた

しかし、手はしっかりと薬栓を拾い上げており

大事そうに胸の内ポケットに仕舞い込まれる

照合の為に持ち出した空瓶は男の所持品が入った箱の中に納め

椅子を引き腰を据えると、箱は机の下にそっと置いて

まだ溜まっている書類仕事をこなすべく筆を取る




翌日、男が目を覚ましたと報告が入り

早急に面会せねばならないと分かっていたにも関わらず

必要のない身支度に相当な時間を要してしまったヴィドーが

己の不審な行動を自覚したのは


姿見を前に「よし」と自信のある笑みを浮かべ、頷いた直後。


その後、地下監獄に姿を見せたヴィドーの姿に

居合わせた部下全員が目を奪われた

公式行事でしか袖を通さない筈の軍の正装を纏った姿は

一段と艶やかで美しく……

部下の熱すぎる絶賛は、瞬く間に軍部内に広まったという

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