10<怒りと嘆きを束ねる矛盾
「完成度次第では追加報酬も出ますよ~!
上手くいけば貴族位の方々からの信頼がっぽがっぽですよ~
指名依頼も増えて実入りよくなりますよ~
この機会に立身出世~いかがですか~今なら違約金たったの金貨一枚!」
プレゼンテーションの淡々振りがすごい
誰も受ける人がいない事を解っているような素振りだが
貴族の依頼はこうやって特別感を出さないといけない物なのかもしれないな
夜にやっているのは一度も見たことがなかったから驚いた
似たような依頼が階段傍に張り出されている事がたまーにあるけど
貴族が依頼主の案件は載ってるのを見たことがない
匿名依頼なら時折見かけるがその中に貴族依頼が混ざってたりするのかもしれないな、これまで気にした事はなかったけど。
出来そうだし受けようかと思ったが無理無理
勘当された俺はそもそも実家と関わりを持てないんだから
様子を見守っていたら宣伝していた受付嬢が
「受ける人いませんか~いませんね~?」と念入りに確認を取った後
他の職員とこそこそ話し合い
その後一枚の依頼書を持ってカウンターを出ると俺が立っている階段傍へ……
(おやおや?)
目の前でペタリと追加される依頼書。
受付嬢がカウンターに戻ったのを見送って追加されたばかりのそれを見ると、先ほど宣伝された依頼内容が依頼者匿名に変わっており、違約金が 七 十 倍 に跳ね上がった状態で張り出されていた。報酬額も2割減ってる
それを見た俺は盛大に眉を顰めた
報酬金貨八十枚、違約金貨七十枚……
絶対に誰も引き受けそうにないであろう高額依頼
(……)
残念なことに過去度々見かけたことがあるんだよなぁ
もっと残念なことに、こういった依頼を引き受けてた記憶があるんだよなぁ
(なるほど、これまでも見た事がある違約金がトンでもない依頼は
『夜向け』としてこういう形で内容を変更して追加されてたのか)
否、夜向けというよりこれは……
俺、なまじ頭がいいモンだから大金が入用な時はこの手の依頼を結構受けてた
張り出された時点で依頼者匿名に切り替わっているから分からなかったが
知らず実家の依頼にも関わっていたかもしれない
で、張り出される「前」の報酬額が金貨百枚だったのに
張り出された「後」の報酬額が金貨八十枚になってるのは
もしかしなくてもギルドのマージンになった、という事か?
百枚の時点で既に発生しているであろう規定マージンがあるにも関わらず
張り出した段階で更にギルドの取り分を増やして報酬の方を減らしているだと?
え?許されるん?浮いた金貨二十枚分ギルド丸儲け?
(……)
うわー気に入らねェ
ここで余計な可能性にも気が付いた所為で
実家を勘当されたアシュランがめちゃくちゃ腹立ててる
実家に対してもそうだがギルドに対しての怒りが余りにも大きい
そりゃあ自業自得とはいえ自分を放り出した家からの依頼なんて受けたくないよな
知らずギルドに破格のマージン払わされてたなんて知ったら腸も煮えくりかえる
学がなくその日暮らしの冒険者の事も
ギルドという組織自体も俺は散々見下してきたもんな
ああ……アシュランが怒り心頭に発している
おかんむり、なんてかわいい表現とは程遠く烈火のごとく怒り狂っている
今なら一線超えそうだな、冗談でなく。
何故ここまで怒りを感じるのかというと、こういった頭を使う系の依頼
滅多にないだけに見かけ次第必ずといっていいほど引き受けてたっていう現状があったからだ。違約金の異常な高さは更なる篩いだった
『確実に達成できるという自信を持った者』しか引き受けられない
つまりこれは『夜向け』ではなく
完っっ全に『アシュラン向け』って事なんだよなぁ
ギルドはアシュランが引き受けると分かってて
定期的にこういう依頼を出していた可能性が高い
……報酬を不当に削った状態で。
(……)
田崎が混ざってなかったら今頃ここは血の海だっただろう
だから落ち着け俺、どうどう、鎮まりたまえアシュラン
二割ほど削られてはいたけどちゃんと破格の報酬貰えてたでしょ
実入りの良い依頼を受けたその時々で助けられてたでしょ、荒ぶるでない。
これまでめっちゃギルドにご迷惑おかけしてきたんだから
報酬チョロまかされるぐらい我慢なさいよ
そもそもお前だって色んな人の報酬チョロまかしてたでしょ
嘘も誤魔化しも許しません、俺の事はまるっとお見通しなんだぞ
散々寄生してきたでしょ、人の事ばっかり責めるんじゃありません
それとこれとは話が違う?生意気言うんじゃありません
ついこの間受付の女の子殴ったでしょ、金銭は金銭で解決できるけど心の傷はどうしたって治せないものもあるんだからな
弱い奴が悪い?馬鹿いうんじゃありません
強い奴は弱い奴を守るために存在するんだ肝に銘じろ馬鹿野郎この野郎
反省して悔い改めろ、俺。
(……)
よしよし、クールダウンクールダウン
クールに行こうぜ
……で、なんでその不快感満載の依頼書をはがして
受付に持っていこうとしてるのかな?俺よ。
腹が立つ気持ちは分かる、あえてこのタイミングで件の依頼書を持っていく理由も分かるよ、俺の目的は何もかも分かってるよ、アシュランの気持ちもちゃんと分かるんだけどでもだからって
「あ、依頼を受けられるんですね
こちらへどうぞ」
頬にガーゼを張った痛々しい姿の受付嬢の所に持っていくことなくない?!
その子数日前の夜に俺が力加減も無く殴り飛ばした子だろうが直近過ぎて記憶が鮮明なんだよマジありえねェだろアシュランほんとに止めろフザけんな!
内心で怒り泣きしながら表面上は完全な無表情で
受付嬢の向かいの席に横を向いて座り
横柄な態度で足を組みながら依頼書を渡す
バン!!とテーブルを叩きながら渡す事だけはなんとか防ぐ事が出来たが
なんとしても怒りを露にしたいらしい今の俺は
手にしていた依頼書をピッて指先で弾いて
スタイリッシュに、かつぞんざいに受付に向かって放りやがった
しかもそれが見事に受付嬢の手の中に納まる
かつてのパンクロックスタイルだったらめっちゃ格好よくキマってたかもだが
今のゆるっとファッションで格好つけてもキマらんぞ俺
それにしてもこの体、怒りで我を忘れてやがる
なんとしても鎮めねば。
引き受けられそうな依頼が今の所それしかないのも分かるけど
お願いだから他の受付嬢の所いこ?今からでも席変わろう?
俺がアシュランだって分かったらこの子の事どんだけ傷つけると思ってんだよ分からない俺じゃないだろう寄っていくな今すぐ席を立ちやがれアシュラン!!
高額報酬のブースから持ってきた依頼とあって
両隣の受付嬢も興味深げに視線を向ける
「……えっ!?あ、あの
この依頼を受けられるんですか?」
弾かれるように依頼書から顔を上げた頬ガーゼの女の子
胸元の名鑑には『ケレン』の文字
肯定すべく無言で頷けばケレンは困惑した様子で隣の受付嬢に声をかけた
「あの、先輩……この依頼を受けるって、この方が」
「あ~……この人さっきもここにいたよね?
しょうがない、その金額訂正して正規の依頼内容で受けてあげて」
「いいんですか?この依頼、本当は例の人用の」
「ケレン!」
「す、すみません……」
内緒話のコソコソ声だったが俺の耳にはしっかりと届いている
『用』という単語で俺の予想は確定だ
で、アシュランとバレてない今の段階でも受けることが可能という事は
『指名』ではなくあくまで『優先』といった所だろう
特定の人物に対する優先度はあるが、他に受けられる者が居るなら受けてもいい
といった感じに違いない、でなければ先ほどのように宣伝もしないだろうし。
しかも正規報酬を知っている他人が受けた場合に
依頼内容も正規に戻すという対応からギルド側が依頼主に隠して
不当に成功報酬を下げている可能性が濃厚になった
高位貴族相手によくもまぁ危ない橋を渡るものだ
だが、金額変更して堂々と張り出されている辺り悲しい推測になるが
ギルド関係者の殆どがアシュランが引き受けると分かっていて
あえて黙っている、という可能性が出てきちゃったんだよなぁ
どんだけ嫌われ者なんだ、俺
それを考えさせられるほどに、これまでの俺の悪行が
ギルド連中の恨みをかっているんだろう、ここまで来たらもう断言しちゃおう
俺はここの人たちに満開恨まれている
事実だ、どうしようもない、だからこれからの行動で少しずつ挽回していこう
というワケで今すぐ席を立って別の受付に行こう?!
と思ってるのに性質の悪い行動が収まらない
”こうなる”って分かっててこの依頼書持って来て
次はギルドカード提出して身元照会だろ?
ただでさえ俺に関係ありそうな曰く付きの依頼を受理してる状態で
アシュランだって分かったらこの子最悪の場合気絶するんじゃないか?
確定でギルドマスターが駆けつけるだろホントやめとけ絶対やばいって
席を立たせたいのに腹が熱くて仕方がない
怒り腹で茶が沸かせるってこういう事を言うのか
「えぇと、失礼しました
先ほど口頭で紹介させていただいた報酬価格と違約金の内容でお受けします
では、こちらにギルドカードを提示してください」
この子の顔の治療費もさ、俺の報酬分が充てられてるんじゃないのか?
ギルド内で密かに『アシュラン被害積立金』が組まれてるとかさ。
まだガーゼを張ってる所を見ると掛かりつけは通常の治療院だろう
神殿の治癒師なら跡形もなく即座に治療できるのにそれができてないって事は
神殿の治療は一般の治療院よりもずっと高額って事だ
(神殿の請求書を見るのが怖いな
あの時の大怪我もあの持ち金貨で本当に間に合ったのかどうか
今更ながら気になってきた……ルルムス嘘吐いてないだろうな
腰に収まる一袋分しか入れてなかったんだぞ?絶対足りてないだろ)
などと思ってる俺は
当時視界不良だった所為で金貨と思っていた袋一杯の金が実は
一枚が金貨の十倍の価値を持つ『白金貨』だったという事実を知らない
なぁ、アシュラン
施設内の物も壊したりしたことだって一度や二度じゃないだろ
知らぬ間に報酬をかすめ取られていた事に対する怒りも
知らぬ間に実家の手助けをさせられていた怒りも分かるよ
でも結局は自業自得だろう?
それ以上に沢山の人を傷つけて苦しめて悲しませてきただろう?
クリストファー神官を自殺未遂まで追い込んだのも俺だし
町を歩けばすれ違う人を怖がらせて
受付の女の子はこんなにも痛々しい顔になっている。
どうせ受けるなら張り出された内容で受けよう
二割ぐらい持っていってもらえばいいじゃないか
ギルドにはずっとお世話になってきてるんだから、だから……
治療費や修繕費の弁償ぐらいしやがれこのド畜生が!
「……依頼はこっちの内容でいい」
よしっ やっとメインの思考と行動が一致し出したぞ
受付から見えないその膝の上で強く握ってプルプルさせてる拳
そのまま膝に縫い付けとけよ?
振り上げたりしたら振り降ろされるより先に俺が俺の顎を砕くからな
今回の事で
今の俺の体は相当な怒りを覚えると自制が難しい、ということが
よく分かった、だが好きにはさせん
俺はなんとしてでも律するぞ、俺自身の心を。
「ええ?でっでも、そっちは報酬少ないですよ?」
「正規の依頼だと依頼者の貴族にこちらの名を通されるんだろう
依頼者匿名の方が都合がいい、こっちで受理してくれ
立身出世などいらん、貴族指名など煩わしいだけだ」
事実はともかく、今までだって内容に納得して引き受けてたんだ
こういう時は面白いぐらいくるくると舌が回りやがる
田崎にはないアシュランの実力だな
名前を隠したい関わりたくない、なんて最もらしい事を言ってるが
これまでの経緯で俺がギルド経由で実家に利用されていたのは間違いない
だから理論上は無意味な言い分なんだけどな。
不正を行っているであろうギルド側はこの矛盾を突けないだろう
受付を納得させる理由として有効な手段、ということだ
それにしても元実家め……
俺が確実に達成できる仕事を優先依頼して高額で出すなんてどういうつもりだ
ギルド側と何か取引をした可能性もあるだろうし
領主が無能すぎて俺の知識を借りないと手が回らないとか……んなワケないか。
今は考えても何も分からん、とりあえずは更なる真実を引き出すために
アシュランの怒りの抗議を極力マイルドにしつつ成り行きを見守ってみるか
つらつら思考する間にケレンは再び隣の先輩受付嬢に目配せする
「……先輩」
「貴族を煙たがる冒険者も少なくないよ
そういう理由なら訂正後の内容で受理してあげて」
「わかりました
えっと、では報酬金貨八十枚の方で……本当にいいんですか?
失敗した場合の違約金も大変ですよ?」
「構わない」
「ではギルドカードを提示してください」
「……」
いつも通り、ギルドカードを専用のカードソケットに差し込み
導力機を通して個人情報を受付側に表示させる
導術を利用した機械は田崎の知る電化製品とさほど差異は感じられない
コードやコンセントがない分こちらの方が汎用性も高く便利ではある
文明度が低い所為で相当非効率な使われ方をしてはいるが。
「はい、確認し……ま …… …… ……」
受付側に表示されたギルドコードのデータを目にしたケレンは
見事に凍り付いた
ここでやっと、俺の中のアシュランの怒りが自ら進んで鎮火し始める
よし、そのまま完全に鎮火しきってしまえ
アシュランが感じている怒りに納得していない俺をこれ以上巻き込むんじゃない、ややこしいだろうが。
内心で自分自身と格闘してほぼ怒りが収まってきた所で
改めてケレンを見れば……
「っ、おい」
思わず息を詰まらせ、声をかけてしまうほど
目の前の受付嬢の様子は尋常ではなかった
顔は蒼白となっており額からは脂汗を浮かせている
そして、焦点が定まっておらずどこを見ているのか分からない瞳
俺の声掛けが引き金になったらしく目に見えて震え出した彼女は
最終的に白目をむき口から泡を吹いて座っていた椅子から体を投げ出し
カウンターの向こう側で昏倒してしまった
「ケレン!?」
隣の受付嬢の悲鳴がホール内に響く
場が騒然とし周囲の冒険者が何事かと言いながら野次馬の如く群がってきた
元々人が多かったから俺の周囲を取り囲む人垣が物凄い事になっている
そんな中、ピコンと音を立てて依頼が受理されると同時に
ギルドカードを手元に引き依頼書の控えと共に懐に仕舞って様子を窺う
駆け寄った両隣の受付嬢がカウンターの向こう側で倒れているケレンの様子を伺っている
僅かに鼻をつく臭いから倒れた受付嬢が失禁しているであろうことが分かった
それほどまでにひどく怯えさせてしまったという事だ
当たり前だ馬鹿野郎が……!
こんな状況を前にやっと溜飲が下がった気持ちを感じ取った自分へ心底軽蔑の念を向ける……俺は本当に救いようがないほど最低だな
まだ傷も癒えず記憶にも新しい”己を害した男”が突如目の前に現れたのだから、彼女の心の負担も如何許りか。
倒れ込んだ同僚に呼びかける受付嬢たちの騒ぎに気が付いたのか
奥のオフィスに居た職員も顔を出し、倒れた受付嬢の状況を見て
ふと顔を上げ、俺が据わるテーブルの前に表示されているギルドカード詳細に目を留めると表情を一変させ慌てた様子で顔を引っ込めた
あの様子だと俺に気付いてギルドマスターを呼びに行ったんだろうな
さて、俺が手を出したわけでは無いと信じてもらえるかどうか。
「……ええ!?アシュランですって!!?貴方が!!?」
倒れて動かない受付嬢に呼びかけていた先輩さんが顔を上げ
視界に入った俺の情報に気が付き悲鳴に近い声を上げた
ヒロインがなかなか出てこない(遠い目)