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9.ナイフでザクザクざくろちゃん

 休憩室という名前がついているその部屋は、実際は食堂として扱われており、今は昼時でもないため人気(ひとけ)がなかった。

 ただ、そうでなくても軽食ぐらいであれば自分のデスクで取ることが許されているので、そもそもここを利用する人は少ないそうな。じゃあ、なんのためにあるんだろう。存在意義を疑う。まるで世界に対しての俺のようだな。


 ざくろちゃんはそんな休憩室の隅っこの方にいた。

 俺の立ち位置からは背中ぐらいしか見えないが、どうやらスマホをいじっているようだ。


「ざくろちゃーん」


 声をかけるも返事はない。

 聞こえなかったのだろうか。あるいはイヤホンなどで耳を塞いでいるのかもしれない。


「ざくろちゃーん」


 すこし近づいてから、俺がもう一度名前を呼ぶと、ざくろちゃんは今度こそ振り向いてくれた。

 しかし、俺を一瞥すると、すぐさまスマホに視線を戻す。


 あれ、どうして無視するんだろう。

 それに、なんだかさっきまでと雰囲気が違うような?


「ざ、ざくろちゃん……さん?」


 恐る恐るもう一度声をかける。

 すると、ざくろちゃんは「はぁー」と心底面倒くさそうにため息をついた。


「ん」


「え?」


「ん!」


 中指をちょいちょいと折り曲げるようにして俺を(いざな)って、隣の椅子をばんばんと叩くざくろちゃん。

 隣に座れってことなのかな……。


 そう解釈した俺は内心ビクビクとしながらも「失礼します」と一言告げてその席に座った。


「……で、どこまで?」


 座るや否や、ざくろちゃんが訊いてくる。

 会議室にやってきた時とは全く違う、低い声音だ。

 一瞬、別の人に話しかけてしまったのかと思ったが、服装も髪も顔だって一緒だ。同一人物で間違いない。

 だとすれば、この変貌ぶりは一体。

 

「あの、どこまでというのは?」


「決まってんでしょ。どこまで計算なのかって聞いてんのよ」


「計算?」


「……あんまりイライラさせないで欲しいんだけど」


「いや、ほんとに分からなくて」


 なんのことか分からない、と俺は弁明しようとした。

 しかし。


「――今朝の放送のことに決まってんでしょ!!」


 ばん! と大きな音を立てて机が叩かれたものだから、俺は「ひええ」と小さく悲鳴を上げてしまった。


「け、今朝の放送ってどういうことでしょうか?」


 震える声をどうにか制御しながら訊く。


「寝落ちに放送の切り忘れ……もう少し配信を重ねてから、私がバズり目的でやろうと思ってた手法よ。それなのにまさか同期に先を越されるなんてね。これで今後、私が同じ事をしようものなら、作為的に見えてしまう……考えたものね」


 そう言って、きっと睨まれる。

 つまり、ざくろちゃんはいずれやろうと思っていた寝落ちや放送の切り忘れを、俺が先にやってしまったから、怒っているということらしい。ううん、どういうことだってばよ。


「あ、あの、ざくろちゃんは、わざと寝落ちや放送の切り忘れをするつもりだったということですか?」


「そうよ」


「……それって、いいんですか?」


「手っ取り早くバズれるならやらない手はないでしょ」


 「なにを腑抜けたことを言っているの?」とでも言いたげに見下した視線を向けてくるざくろちゃん、

 ちなみに「バズる」とはインターネット上でものすごく話題になることを言う。でも俺は寝落ちも放送の切り忘れもしたのにバズっているような気配はない。0に0をかけても0みたいな話なのかもな。泣きそう。


「あの、誤解をされているようですが、俺は寝落ちとかをわざとやったわけじゃありません。本当にミスしてしまっただけで……」


「わざとじゃなくても私が同じことをやれなくなったことには変わらないわ。それに、わざとじゃなくそんな真似をしたというのなら、自己管理が出来てなさすぎる。いつ巻き込まれて迷惑を被るか分かったものじゃないわ。反省して切腹しなさい」


「せ、切腹!?」


「今のはコンプライアンス的にマズいわね。机の下に落としたものを拾った後、うっかりそのまま立ち上がろうとして頭をぶつけて悶えなさい」


「地味にすごく痛いやつ!」


 指摘の内容についてはぐうの音も出なかった。

 二葉さんは優しめに叱ってくれたけど、確かに俺は企業Vtuberとしての自覚が足りてなかったのかもしれない。俺が何かをやらかすということは、同期や会社にまで迷惑がかかるということだ。より一層、気を引き締めるようにしなければならないな。


 それはそうと。


(本当にこれが会議室で出会ったざくろちゃんと同一人物なんだろうか……?)


 さっきまでが「もぎたてフレッシュざくろちゃん」だとしたら、今は「完熟ジューシーざくろ様」って感じだ。ボンテージがよく似合いそう。

 思い切って訊いてみることにする。


「ちょっとお聞きしてもよろしいでしょうか?」


「なによ」


「いえ、さっきまでと随分、その……態度というか、雰囲気が違うなって思いましてですね……」


「ああ!?」


「ひっ、ごめんなさいごめんなさい!」


 ざくろちゃんは「ちっ」と舌打ちする。


「……あれは一応新しいマネージャーさんがいたから、豊穣ざくろのキャラのままでいただけよ。まだ長く付き合うか分からないから、素は出さないでおいたの」


「新しいマネージャーって、丸金二葉さんのことですか?」


「たしかそんな名前らしいわね」


「え、でも、あの人は俺のマネージャーですよ」


「は? マネージャーはふつう、一人で複数のVtuberを担当するものよ。あんただけのわけないでしょ」


 そうだったのか。てっきり俺だけの二葉さんかと。

 ……なんか今の言い方、少女漫画に出てくる俺様系男子みたいだったな。もしかしたら俺にもそういう素質あるのかも。お前のものは俺のもの。俺のものも俺のもの、つってね。ん、これはただのガキ大将では?


「前のマネージャーが腑抜けたやつだったから、会社に言って変えて貰ったの。それで今日は新しいマネージャーの品定めに来たのよ」


「品定めって……」


「あんたから見て、あの人はどうなの?」


「え、そりゃあ仕事もできるし奇麗だし、素晴らしい人だと思いますよ」


「ふーん。まぁ、あんたみたいなのを見放さないところを見ると、たしかに根性はありそうね」


 酷い言い草だ。俺は一体どういう風に見られているんだろうか。少なくとも対等には見られていなさそうだな。そう見られても仕方ないと思えるだけの心当たりがあるのが悲しいところだが。


「話を戻すけど、私はこっちが素なの。一応あんたは私の同期で長くやってくことになるだろうから、特別に素で話してあげてるのよ」


「……特別じゃなくていいから、あのままでいて欲しかったなぁ」


「なんか言った?」


「いいえ、なにも」


「でも、同期だからって無駄に絡んできたりするんじゃないわよ。脇役は脇役らしく、端っこで邪魔にならないことだけを心掛けていなさい」


「わ、脇役……!?」


 たしかに俺は子供の頃のお遊戯会で、木の妖精という名のセリフもなく突っ立っているだけの役をもらうタイプであったが、一応これでも登録者100万人を目指してやっていこうとしている身だ。二人三脚で頑張って行こうと言ってくれた二葉さんの名誉にもかけて、脇役だなんて言われて黙ってはいられない。

 ざくろちゃんの目を真正面から見返す。が、その鋭い眼光の前では5秒も耐えられず、さっと視線を逸らさざるを得なかった。我ながら情けなさ過ぎる。


「別にアンタだけに限った話ではないわ。男性Vtuberなんてものは女性Vtuberのおこぼれを貰っているだけの存在に過ぎないの。四天王は全員女性。ゆめパズルのトップも女性。他のところでも大抵はそうでしょうね」


「そ、そうなんですか?」


「そうよ。別に意地悪で言ってるんじゃなくて、私はこの業界の現実を言っているだけ。実際、現時点で私やスイカちゃんとあんたの登録者数は倍以上違うでしょ。それは男性Vtuberと女性Vtuberの需要の差がもっとも大きな理由になっているわ」


 それはあまりにショッキングな内容で、俺は愕然としてしまった。

 だがしかし、言われてみれば、俺がこれまで知識が少ないなりに漠然と想像していたVtuberは、どれも女性の姿をしていた。それも、いわゆる萌え系のものばかりだ。となれば、業界自体の客層も狭まってくるだろう。

 そんな中で俺のような男性Vtuberが人気を得るというのは、思っていた以上に厳しい道なのかもしれない。果たして、本当にこの先うまくやっていけるのだろうか。不安だ。


 非情な現実に押し潰されそうになっている俺とは対称的に、ざくろちゃんはどこか得意気であった。

 

「でも、あんたはまだラッキーな方よ」


「ラッキー、ですか?」


「ええ、だってこの私が同期なんだもの」


 そう言って「ふふん」と鼻を鳴らした。


「Vtuberにとって関係性というものはものすごく重要なファクターよ。人気のVtuberと関わりがあって、例えばコラボなんか出来たとすれば、そこから大量の登録者が流れ込むチャンスが生まれる。つまり、人気Vtuberと関係性があるということ自体が、上に行くための特急券になるわけ。……私という未来のトップVtuberが同期だということがどれだけ幸運なことか分かった?」


「はぁ、なんとなく。でも、すごい自信ですね」


「当たり前よ。四天王を倒すのはこの私。こんなこと、放送で言ったら生意気だって思われるかもしれないから言えないけど」


 え、俺それ放送で言っちゃったんですけど。やっぱり生意気だって思われたんだろうか。つらたん。あ、もしかしてこれって死語ですか。ナウなヤングにバカ受けかと思ったんですけどね。

 

 過去の放送での発言に見悶え、現実に意識を戻すと、ざくろちゃんもまた上の空の様子だった。「そうよ、私はトップになるんだから」という小さな呟きも聞こえてくる。

 なにか聞き逃したかな、と思い覗き込むようにすると、それに気付いてか、はっと顔を上げた。


「と、とにかく。私の足を引っ張るんじゃないわよ」


「善処します」


「……あ、それで思い出したわ。あんた、なにいきなり長時間配信とかしてんのよ」


「えっ?」


「えっ、じゃないでしょ。追うのも大変なんだから、ちょっとは加減してよね。おかげで寝不足なんだから」


 「ふわぁ」と欠伸するざくろちゃん。

 えっと、それってつまり。


「あの、見てたんですか、俺の放送。けっこう長かったと思うんですけど」


「もちろん全部じゃないし、倍速再生とかも使ったけど、そりゃ見るわよ。同期なんだから、当たり前でしょ」


「当たり前……なんですか?」


「もちろん。あ、でも勘違いしないように言っておくけど、別にあんたの放送が特別面白いから見てるとかじゃないわよ。身内の放送見てるアピールは視聴者受けがいいからやるの。だから、あんたも私の放送見て、私の放送の宣伝しておきなさいよ。ま、あんたのとこから来る視聴者なんて質が悪そうだけど」


 よくよく聞けばけっこう酷いことを言われているのだが、けらけら笑うざくろちゃんを見ながら俺はぼうっとしていた。

 

 ちょっと感慨深いものがあった。

 お互いの放送を見て、お互いの放送のことを話す。俺とざくろちゃんは同期だから、そういう関係なのだ。そういう関係とは、もっと言えば仲間だということ。ただ一緒の時期に入社しただけの間柄ではない。一緒に高みへ上っていくライバルであり、戦友なのだ。


 そういった存在が俺にもいると実感したことで、配信の意欲がぐんぐんと湧いてきた。今すぐに配信がしたい。ついさっき長時間配信をした件で叱られたばかりなのだが、今は置いておく。みなぎるやる気で体温まで上がってくるようだ。


「ざくろちゃん!」


「なによ」


「配信、頑張りましょうね!」


「は? ……言われなくても、そうするつもりだけど」


 「それでは!」と俺は片手を上げる挨拶をして、会議室を後にした


 ざくろちゃんはちょっと怖い……どころか、恐ろしいと感じてしまうくらいの人だったけれど、配信者として見習うべき点もあった。ああいった人との出会いは、未熟者の俺にとって非常に有用な経験になることだろう。

 走り出したくなる気持ちを抑えながら、家路につく。この後、ざくろちゃんに会議室へ行くように伝えるという任務を忘れていたことを思い出して慌てて引き返すことになるのだが、そんなのは些細な問題だ。俺はようやく登り始めたばかりだからな。このはてしなく遠い配信坂をよ。



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