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8.フルーツ天使

 夢花火の社内にて、俺は会議室の床に正座していた。

 見上げればムスッとした表情を浮かべる二葉さん。

 そして残念なことに、これはタイムリープして同じ場面を何度もやり直しているわけではない。単純に短期間に似たようなやらかしを繰り返して同じようにお説教を食らおうとしているだけだ。いい歳した大人がやんなっちゃうよね。他人事みたいに言おうが現実は変わらないけども。


「あの、ほんと、すみません。今回も本当に悪気はなくてですね。ただ楽しくなっちゃっただけと言いますか……いや、あの、すみません……」


 今朝方までやっていた配信は、二葉さんからの連絡により強制ストップとなった。その時はまだ「もうちょっとやりたかったなー」なんて呑気に考えていたのだが、電話越しに聞こえていた声が怒気を含んていたのを後になって思い出し、背筋が震えてきたのだ。

 なので、俺は今こうして会社に赴き、二葉さんに直接謝ることにした。その衝撃の結果がこれだ。1、2、3。


「はぁ……」


 二葉さんは大きくため息をついた。


「本条さん、なんで私がこんなに怒っているか分かりますか?」


「それは、えーと」


 お前の存在自体が罪なのだ、とか言われたらどうしよう。

 いや、二葉さんがそんなこと言うはずがない。


「長時間配信をしたから、ですよね?」


「半分正解です」


「半分?」


「別に長時間配信をするな、とは言いません。むしろ本人のやる気があるならサポートだって喜んでします」


 ただ、と付け加えて。


「やるなら休憩はしっかりと取ってください。長時間ゲームをやりすぎて死亡した事例だってあるんですよ?」


「一応、途中で仮眠は取りましたが」


「あれは仮眠ではなく気絶と言うんです」


 即座に論破されてしまった。

 逆〇裁判の第1ステージだってもう少し歯ごたえのある論戦を繰り広げることだろう。悲報、ワイ将弱すぎワロタ。


「それに配信の切り忘れという行いも看過出来ません。そちらも以後十二分に注意して頂かないと」


「切り忘れってやっぱりマズいんですか?」


「当たり前です!!」


 張り上げられた声に俺が目を丸くしていると、二葉さんは神妙な面持ちで言う。


「……この業界にはホワるという言葉があります」


「ホワる? なんだか可愛らしい響きですね」


「元々はホワッチという、顔出し有りのMetuberのコミュニティから生まれた言葉です。彼はある日、本条さんと同じように配信を切り忘れてしまい、私生活がそのまま垂れ流されるという事態を引き起こしました」


「ああ、なるほど。それで配信をきり忘れることをホワるというようになったんですね」


 インターネットスラングの成り立ちとしてはよくあるやつだ。

 しかし、二葉さんは「恐ろしいのはここからです」と言う。


「その垂れ流されている配信の中、彼はなにやら机の下でごそごそとするようになりました。そして、真剣な表情でPCを見つめ始め、体全体が若干弾むように揺れだしたと言います」


 机の下でごぞごそして、体全体が揺れる……?

 え、それって、まさか。


「コメント欄が加速する中、体の揺れが加速しているのはホワッチも一緒でした。徐々にその顔は上気し始め、呼吸も荒くなり、そして――」


「わ、わぁ! 結構です! それ以上の描写はやめましょう!!」


 生々しいその語りを俺は慌てて遮った。

 これって俺が言わせたことになるの? セクハラになったりしないよね? ていうか、なんでこの人はそんなえげつない話を淡々と話せるんだよ……。


 俺が戦々恐々としていると、二葉さんは「さて」と一拍置いて、


「配信のきり忘れがどれだけ恐ろしいか分かって貰えましたでしょうか?」 


「それはもう、嫌というほどに」


「分かって貰えてよかったです。これからは気を付けるようにしてくださいね」


「はい。二葉さんに何度もご迷惑をおかしてしまって本当に申し訳ないです」


「気にしないでください。これもまた仕事ですので」


 くぅ、格好いい。

 俺も言ってみたいな、それ。


 例えば、そうだな。

 シチュエーションは岬ちゃんが俺の部屋にやってきた場合と仮定してみるか。ホワンホワンホワンヒキニタ~。


『お兄ちゃん、最近全然外に出てないね』

『気にするな、これが俺の仕事だ』

『ゲームばっかりしてるみたいだけど』

『気にするな、これが俺の仕事だ』

『夜中にずっとパソコンと会話してるよね』

『気にするな、これが俺の仕事だ』


 うん、格好いい。

 

 ……いや、格好いいか? これ?

 なんか嘘偽りなく仕事の話をしているだけなのに、ものすごくダメ人間みたいな発言になっているような……気のせいだよな。きっと。


 そうして妄想の世界に浸っていた俺を引き戻したのは、コンコンというノックの音だった。

 「はい、どうぞ」と二葉さんが言うと、追うようにして会議室のドアが開く。

 「失礼します」と頭を下げて入ってきたのは、黒髪のツインテールを携えた女性だった。


「……すみません、お邪魔でしたか?」


「いえ、鹿島さんが来たら会議室にお通しするように言っておいたのは私です。こちらこそ申し訳ありません。ちょっとした急用がありまして」


 そう言って二葉さんはこちらにちらりと視線を送る。

 ……あ、そうか、急に会社に押し掛けたのは俺の方だった。二葉さんには先約があったのか。

 

「ごめんなさい、俺が出て行きますね」


「えっ、いいですよ! そちらの用件が終わるまでは私、外で待ってますから!」


「いや、でも」


「……それよりなんですけど。あの、もしかして、ヒキー・ニッターさんですか?」


 鹿島と呼ばれていた女性は突如として俺のVtuber名を呼ぶ。

 困惑しながらも「はい、そうですが」と答えると、両の手を合わせるようにして「わぁ!」と嬉しそうな声を上げた。


「私、豊穣ざくろです! いつかお会い出来ればと思ってました!」


「豊穣ざくろ……って、あのフルーツの妖精の?」


「はい!」


 満面の笑みを浮かべる鹿島さん。

 二葉さんの方にも目をやると、何も言わないままこくりと頷いた。

 マジか。この人が俺の同期のVtuberの中の人か。


「スイカちゃんにはもう会ってたんですけど、ヒキーさんに会うのは初めてですね!」


「あ、そうですね。初めまして、ええと、鹿島さん?」


「はい、本名は鹿島です! ……でも、ざくろちゃんって呼んでもらっても構いませんよ? むしろ、そっちのほうが良いかも!」


「いや、それはハードルが高いような」


「そうですか? でも、とりあえず一回言ってみませんか?」


「ええー……」


 キラキラした目を向けてくる鹿島さん。

 あ、俺はこの空気知ってるぞ。会社の飲み会で「なんか面白いことやってよ」って言われた時に似てる。言っても地獄。言わぬも地獄。夜寝るときに枕が涙に濡れること不可避。

 

「ざ、ざくろちゃん」


 そうして観念したように出した声は掠れていた。

 鹿島さんは「んー?」と首を傾げる。


「声が小さくて聞こえないなー?」


「ざくろちゃん」


「もっと出せるんじゃないの?」


「ざくろちゃん!」


「まだまだいけるよ!!」


「ざくろちゃああああん!!」


 「いえーい!」と俺たち二人はハイタッチした。 

 そして、直後に我に返る。


 なんだ。いったい今何が起きたんだ。陰キャ筆頭とも自負しているこの俺が、大声出してハイタッチするだなんて……げに恐ろしきはざくろちゃんなり。いつの間にか、心の中の呼び名もざくろちゃんに変わっているくらいだ。


 ざくろちゃんは満足したように「んふー」と唸っていたが、間もなく「あ」と小さく声を上げて、


「すみません、ミーティング中なんでしたね。私、休憩室の方で待ってますんで、終わったら声かけてください! では、マネージャーさん、後でまた!」


 「ヒキーさんも、また!」と俺に小さく手を振って、ざくろちゃんは会議室を出て行った。なんだかエネルギッシュで圧倒されてしまった。にしても、俺はヒキーさんなんだな。「ふーん、ヒキーさんが私のあだ名? まぁ悪くないかな……」って気分。


 俺は二葉さんの方に向き直る。


「元気いっぱいって感じの方でしたね」


「そうですね。配信意欲も高く、社内では期待の新人と言われています。本条さんたちのデビューが前倒しになったのも、あの方の強い希望があったからだそうです」


 ああ、そういえばそんなことを言われてたっけ。

 あのエネルギーはやはり配信にも向けられているんだな。


「ざくろちゃんは期待の新人、ですか。ちなみに俺は?」


「……えーと」


「すみません、やっぱり聞かなかったことにしてください」


 あからさまに返答に詰まったのを見て、俺は素早く質問を取り消した。この危機回避能力だけが取り柄みたいなとこある。期待の新人どころか稀代の変人とでも言われてそうだ。


「それはそうと、ざくろちゃんって中の人もあんなに可愛いんですね。アイドルにでもなればいいのに、なんて思っちゃいましたよ」


 そう、ざくろちゃんはとても可愛らしい外見をしていた。

 黒髪のツインテールにちょっときりっとした目元。体つきはスレンダーで、それこそ本当にアイドルでもやっていそうなくらいだ。


 きっと誰が見てもその容姿にケチをつけたりはしないだろう。

 だから俺としては軽い気持ちで口にした。

 のだが。


「あの、二葉さん?」 


 二葉さんは渋い顔をしてなにかを考えこんでいるようであった。

 声をかけると、「す、すみません」と言って顔を上げる。


「どうかされましたか?」


「いえ、そうですね、鹿島さんはとてもお綺麗な方ですよね」


「はぁ」


「……あの、これは社内の噂というか、個人的な想像も含まれているので、ここだけの話にしてもらえると助かるんですが」


 そう二葉さんが念押しして来たので、思わず小声で「なんでしょうか?」と聞くと、二葉さんも俺のトーンに合わせるようにして小さく「この会社ではVtuberを顔採用しているのではと噂されています」と言った。


「顔採用、ですか?」


「はい、同じ能力であればより優れた容姿を持つものを採用するという、あれです」


「でも、Vtuberですよね? 顔が公開される訳でもないのにですか?」


「そうですね。ただ、正直なところ、個人情報の流出や、前世と呼ばれるVtuverになる前の活動実績の露見はゼロには出来ないと考えられています。そうなった場合を踏まえてのことではないかと」


「なるほど……あ、でも、そもそも視聴者側は気にするんですか? 中の人の容姿とかって」


「残念ながら、切り離せないという考えの方もいるようです。悪意を持って拡散する人もいますしね。度が過ぎる輩は訴訟を起こされることもあるようですが」


 そう言えばアニメの声優でも似たような話を聞いたことがあるな。その結果、アイドル声優というものの人気が出るようになったとか。世知辛い世の中だな。

 でも最終的にVtuberもそうなっていったらどうしよう。「2次元と3次元を行き来するアイドルでーす」みたいな。……それはそれでなんかもうすでにありそうだな。グー〇ル先生なら教えてくれそうだ。


 ん、でも待てよ。


「よくよく考えたら俺が採用されている時点で顔採用は無いんじゃないですか? 俺、こんなんですし」


「え? 本条さんは魅力的な外見をされていると思いますが」


 み、魅力的!?

 嘘でしょ、俺って二葉さんにそういう目で見られていたの!?

 外見を褒められたのなんて初めてなんだが……こういう時ってどうすればいいんだろう。いやしかし、こういう時の日本人と言えばやっぱりあれだろう。


「あ、ありがとうございます。あ、あにょ、二葉さんもとてもお綺麗だと思いましゅ」


「えっ」


 噛み噛みになりながらも、日本人お得意の必殺技「天空褒め返し」を決めてやったのだが、二葉さんの反応は想定とは異なっていて、鳩が豆鉄砲を食ったようであった。

 これはもしや「お世辞で褒めたら気持ちの悪い返事されたんだけど……」という感想を抱かれたのではないだろうか。ならばしょうがない、帰りにホームセンターで練炭を買っておこう。

  そう決心していると、やや間をおいて、二葉さんの顔が急激に赤くなっていく。


「す、すみません、魅力的とはそういう意味ではなく、ヒキー・ニッターの容姿に似ているので、たとえ顔バレしても全くイメージダウンを引き起こす心配はないという意味でして」


「え? あ、ああっ! そういう」


「そもそも私はVtuberではなく裏方なので全く無関係なのですが……でもその、はい、お褒め頂き光栄です……」


 ぐわあああああああああ!! クロコダ〇ーン!!

 俺は自分のやらかしに気付き、恥ずかしさのあまりふっとんで爆発した。

 辛うじて原形を保っていられたのは赤面して俯く二葉さんが可愛くて、ダメージを負いながら回復するような状態になっていたからだ。

 なんとも言えない空気の中、俺は最後の気力を振り絞って口を開ける。


「ああああ、あのー、そういえばざくろちゃんが待っているんじゃないでしたっけ」


「そ、そうでした……鹿島さんにも悪いですし、今日はこれくらいで」


「分かりました。良ければ休憩室に待っているざくろちゃんを呼んできましょうか?」


「本当ですか? では、お手数おかけしますが、よろしくお願いします」


 そういって俺はそそくさと会議室を後にした。

 額の汗をぬぐって「ふー」と一息つく。

 危なかった。もう少しで息絶えていた。長男じゃなかったら耐えられなかったかもしれない。岬ちゃんに「妹に生まれて来てくれてありがとう」と感謝しながら、俺はざくろちゃんが待つという休憩室へと向かった。



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