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11.ネタが無ければコメントを読めばいいじゃない

 駅前にたどり着いた後、俺はスマホでソーシャルゲームをしながら時間をつぶしていた。待ち合わせの時間にはまだ30分ほどあるのだが、遅刻だけはしてはなるまいと気合を入れた結果、随分と早く到着してしまったのだ。


 限定ガチャの誘惑から耐える為にしかめっ面を浮かべながら画面とにらめっこをしていると、少し離れた場所から「あ!」という声がした。見上げると、ミニスカートをはいた女性が満面の笑みを浮かべている。


一仁(かずひと)様ぁ!」


 そして、駆け寄ってくる勢いそのままに飛びかかってきた。

 だが、俺はすんでのところでその肩を掴み、突進を止めることが出来た。


「けいたろうさん、少し落ち着いてください……!」


「さまー、さまー」


 どうにか防衛に成功したものの、けいたろうは尚も前に進める力を緩めようとはしないし、ゾンビのように手を前に突き出してくる。こんなにも自分の身長に感謝したことは無い。リーチの違いが無ければ、なすすべなく俺は捕食されていたことだろう。


「……あんたたち、なにしてんの?」


 膠着(こうちゃく)状態を続けていると、いつの間にか横に立っていた女性から蔑むような目線を投げかけられる。

 俺が「笑里(えみり)さん」とその名前を呼ぶと、けいたろうはぱっと俺から離れて、その女性に向けてファイティングポーズを取った。


「あなたはもしや豊穣ざくろですか?」


「そうだけど」


「やはりですか。私と一仁様のデートを邪魔しに来たというわけですね」


「ただのミーティングって言いませんでしたっけ」


 俺の言葉はスルーされた。


「あんたがストーカーじみた真似したから本条が怯えちゃって、間を取り持つ人が必要になった……って事前に言ってあったでしょ」


「聞いてましたが、それは嘘です。一仁様は怯えてなんかいません」


 いや、怯えてる。


「いつでも会いに来てくれとも言ってましたし」


 言ってない。


「さっきも優しく抱きしめてくれました」


 してない。


「……めちゃくちゃ首振ってるけど?」


「照れてるみたいですね」


 けいたろうは平然とそう言い放つ。どうやら現実と過去を改変する能力を所持しているようだな。な〇う主人公もびっくりのチート性能だ。

 笑里さんは大きくため息をつく。


「とにかく、今日は私も入れて三人でミーティングすることになったの。マネージャーが来れなかったからね。私だって別に来たくて来たわけじゃないんだから、大人しくしてよ」


「……分かりました。そういうことなら我慢します。今日はよろしくお願いします。えみりん」


 そう言って態度を一転させたように深々とお辞儀したが、笑理さんは「ん?」と小首を傾げた。


「ちょっと待って、えみりんって私の事?」


「他に誰がいるんですか」


「やめてよ、恥ずかしい! 大体なんであんたが私の名前知ってるのよ」


「さっき、一仁様が口にしてたので」


「あ、そっか……だとしても、えみりんは止めて。名字の鹿島(かしま)でお願い」


「分かりました。じゃあ、カシダム2号でいきましょう」


「色々言いたいことはあるけど、2号を付ける意味はなんなのよ……!」


 げろしゃぶかフーミンか、というような選択肢を与えられ、結局笑理さんは「えみりん」と呼ばれることを許可する羽目になった。ううむ、流石の女王様もこの暴走娘の前にはたじたじといったところだろうか。


 とにもかくにもこうして集合した俺たちは、落ち着いて話ができる喫茶店にでも行こうという話になったのだが、その道中でもこの二人の小競り合いは止まらなかった。


「ずっと気になってたんだけど、その服なんなの?」


「これですか? これは恐竜パーカーです」


 言うなりフードを被り、恐竜になりきるけいたろう。「がおー」と言いながら俺に近づいてきて、手をキバに見立てて噛みついてくる。「がぶー」じゃないんだよなぁ。


「……あんたって、何歳だっけ?」


「19です」


「その歳でそれはかなりアウトなんじゃないの?」


「えっ、可愛くないですか?」


「可愛いと言えば可愛いけど……」


 アイドル顔負けの端正な顔立ちがあって、ようやく変人という言葉で収まるといったくらいのものだろう。もしも女体化した俺がやったら、不審人物として小学校で注意喚起がなされることは間違いない。


「ていうか、ツインテールしてる人に言われたくないんですけど」


「わ、私の髪型は関係ないでしょ」


 顔を背ける笑理さん。それを見て、ここぞとばかりにけいたろうは畳みかける。


「リアルでツインテールなんて、秋葉のメイドかコスプレイヤーかってくらいのものですけど、オタ受けでも狙ってるんですか?」


「……好きでしてるだけなんだから、いいじゃない」


「なら私だって好きでこの格好してるんですから、余計な口挟まないで欲しいんですけど」


「それは……まぁその通りね」


 段々と弱まっていく語気に、いよいよもって勝利を確信したのか、恐竜娘はにやっと口の端を吊り上げた。


「大体、ツインテールなんて時代遅れです。金髪ツインテールがツンデレの代名詞のように扱われていた時代もありましたが、今となっては死語みたいなものです」


「……」


「そもそも、私はツインテールを見るとあいつを思い出すから嫌いなんですよ。対して可愛くもないくせに、ぶりっ子しているあの白髪ツインテールの――」


「――きらめきちゃんは世界一可愛いわよ!!」


 その叫び声にけいたろうは講釈を遮られ、その状態のまま一瞬制止した。

 笑理さんは「しまった」というように自分の口をふさぐ。


「白髪ツインテールと言えば天道きらめきですが……私はまだ名前も出してないんですがね」


「……Vtuberの先輩が悪く言われてたら、気にするでしょ」


「そういうレベルじゃない過剰反応でしたよ」


 それからいくらかの間をおいて「もしかしてえみりんって、きらめキッズですか?」とけいたろうが尋ねると、笑理さんは「……まぁ、一番好きなVtuberではあるわね」と小さく答えた。


「うっわ。マジのやつですか」


「う、うるさいわね。あと、きらめキッズって蔑称(べっしょう)だから使うのやめなさいよ」


「そういうところもガチ感あってきついですね……」


「きつくない!」


「えー、さっきツインテールなんてコスプレイヤーくらいしかしないって言いましたけど、本当にコスプレイヤーじゃないですか。街中でコスプレしてるような人が、よく他人の服装に注意出来ましたね」


「こ、これはコスプレじゃないわよ。ただちょっと、憧れのVtuberの真似してるだけで」


「それをコスプレというのでは?」


 二人が繰り広げる争いに巻き込まれないよう、俺は自分の存在感を消して一歩引いた場所から眺めていたのだが、けいたろうは唐突に振り返り、


「一仁様もそう思いますよね?」


 と訊いてきた。

 幻のシックスマンばりのステルス性能があれば気付かれないで済んだのかもしれないが、訊かれてしまったからには答えなければならない。


「コスプレがどうかと言われると、俺は常日頃からヒキー・ニッターのコスプレしているようなものなので、困ってしまいますね」


「あー……じゃあ、一仁様は例外ということで」


「あんた調子良すぎない?」


 それに、である。


「ツインテールについても、笑理さんなら良いんじゃないしょうか。よくお似合いで、可愛らしいですし」


 たしかに一歩間違えれば痛々しく見えるのだろうが、笑理さんにはそんなマイナスな要素は一切ない。むしろパソコンの画面から二次元の美少女が飛び出してきたかのような神秘的な雰囲気まである。

 だから、俺は自分が思ったままにそう述べたのであったが、


「……」


「……」


「えっ、ちょっ、いたっ」


 笑里さんはそっぽを向いて、けいたろうはほっぺを膨らませて俺の肩をぽかぽかと叩いてくる。

 結局、目的地に着くまで、なんともいえないような空気が霧散(むさん)することはなく、気まずい気持ちを腹いっぱいに味わうことになるのだった。





 喫茶店についてコーヒーを一口飲んで、ようやく人心地がついた。ミルクも砂糖もたっぷり入れているために、ほろ苦くも甘い風味が口いっぱいに広がる。

 ちなみに笑理さんは俺と同じくコーヒーを、けいたろうはクリームソーダを頼んでいた。スプーンでアイスを一口すくって食べた後、「んー!」と舌鼓を打っている。正直、羨ましい。俺も人目を気にせず甘いものが食べたかった。大人になるって悲しいことなのよね。


「で、あんたらのコラボはどうすんの?」


 早速、笑理さんが切り出してくれたのだが、


「えー、適当でいいんじゃないですか?」


 と今度はサクランボを口に放り込みながらけいたろうは言う。


「適当って、あんたね」


「そうは言っても、たぶん視聴者が一番望んでるのって、私とヒキー・ニッターのトークなわけじゃないですか。企画とか余計なことはせずにただ雑談してるくらいが一番盛り上がりますよ」


「なら、トークテーマとか決めたほうが良いんじゃないですか?」


「そこら辺は私がコメントから拾うんで大丈夫です。面白そうなコメント読むだけで盛り上がるんだから、生配信って楽でいいですよね」


 俺たち二人が呆気に取られている中、相も変わらずけいたろうはクリームソーダに夢中になっていた。

 

 俺はどちらかというとしっかり準備してから配信に臨むタイプだ。それは恐らく笑理さんも同じだろう。

 ゲーム実況の時には事前にネタバレにならない程度に周辺の情報を調べるし、雑談の時はトークテーマを用意するし、企画をやるときは全体の流れをしっかり定めて、ちょっとした台本も作っておく。赤の他人を楽しませるというのは、それくらい難しいものだと思っているからだ。


 しかし、けいたろうは配信を盛り上げるのは簡単だという。

 視聴者の反応がリアルタイムで得られるのだから、その答えはコメントの中にあると言いたいのだろう。


 俺には、いや俺を含めたほぼ全ての配信者には、そんなものは分からない。読んで面白いと思うコメントはあっても、これを読めば間違いなく配信が盛り上がるというようなコメントなんていうものは分からない。


 ――ただ。


 そこでふと思い出す。

 とある日の配信中に、やけに目を引くコメントがあり、それを読んだ時に配信が盛り上がったということを。


 あの時はなんの考えなしに読み上げたのだが、今思うとあのコメントは、他のものと同じ書体かつ同じフォントであったにも関わらず、浮き上がっていたように見えた。だからこそ、俺は導かれるようにそのコメントを口にしたのだ。


 もしかしたら、けいたろうを含めたほんの一握りの配信者には、常に世界があのように見えているのかもしれない。配信が盛り上がるコメントが、他のものとは全く別のものとして見えているのかもしれない。

 みゃこ動の女帝の突飛な言動に度肝を抜かれた俺は、思わずそんな推論を立てた。


 そして、はっとしたようにして笑理さんは言う。


「コラボのためのミーティングが要らないって言うなら、なんのために集まったのよ」


「だから、私は一仁様とデートしに来たんですよ。変な(しゅうとめ)がついてきてガッカリです」


「しゅうと……!?」


「それに、大して頑張らなくてもどうせオーディションは私が勝ちますよ。なんか四天王が出しゃばってきたみたいですけど、オーディションに参加するのは本人じゃなくて妹ですしね。七光りだけでこの私に勝とうなんて一万光年早いんですよ」


 一万光年は時間じゃなくて距離だ、というお決まりのツッコミを無視して、笑理さんは低い声を出す。


「前々から思ってたんだけど、あんた、オーディションを……いや、ていうより、Vtuberそのものを舐めてない?」


「舐めてはないですよ。多少ムカついてはいますけど」


「ムカつく?」


「Vtuberっていうブームに上手く乗っかっただけで、数字もお金も稼いでるようなやつらいるじゃないですか。そんな奴らより面白いことやってる人はごろごろいるはずなのに、そういう人たちが陽の目を浴びない今の環境自体に嫌気がさすんですよね」


 それから「まぁもちろん、勝ってるやつらが言うことだけが正義なので、こんなのは負け犬の遠吠えみたいなものなんですけど」と続ける。

 けいたろう自体はVtuberとまともに戦えている数少ない配信者だと聞いていたので、負け犬と自称するのは似つかわしくない。だからきっとそれは、みゃこ動の女帝として、数多くのVtuber以外の配信者の声を代弁しているのだと俺は思った。


「だからまぁー、今回私がVtuberになろうとしているのには、余裕で四天王と並んでやって、Vtuberってやっぱ大したことないなって言ってやろうっていう魂胆もありますね」


「……それを私たち本職のVtuberの前でよく言うわね」


「だって、どれだけ邪魔されても勝てる自信がありますもん。むしろ、それくらいじゃなきゃ燃えてこないっていうか?」


 けいたろうは「それになによりも」と言いながら、俺の隣に移動してくる


「私、ちょっと冷たくされる方がグッと来るんですよね。一仁様の嫌そうにしてる顔とか、正直たまらなくって……!」


 身を寄せられ、生暖かくもじとっとした体温が伝わってくる右肩。

 その様子を見てなのか、殺意じみた冷気が発せられているのを感じる左肩。

 俺は一先ず冷静にコーヒーを飲もうとしたのだが、カップを持つ手はかたかたと震えているのだった。

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