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10.姉よりすぐれた妹なぞ存在しねぇ!!(後編)

「な、なんでお姉ちゃんがここに!?」


「そんなの、蒼井を追いかけてきたに決まってるでしょう。何勝手に抜け出してるんですの?」


「それはごめん……。でも、どうやって?」


「スマホに入ってる位置共有アプリで居場所を確認しましたわ」


「ええっ!? そんなの入れた覚えないんだけど」


「わたくしが入れたんですから、当たり前ですわ」


 平然とそう返されて、東さんは必死にスマホを操作する。件のアプリは一覧に表示されないように隠ぺいされていた。


 ただ、俺はお姉さんから向けられている敵意だとか、無断で仕込まれていたGPSだとか、そういうのが頭に入ってくる余裕がなかった。それ以上にどうしても気になることがあったからだ。


 唖然としている俺に気付いたのか、


「そこの男、なにジロジロ見てるんですの」


 お姉さんがきっと睨んでくる。


「いや、あの、こんなこと言っていいのか分からないんですが……三千院スザクの中の人ですよね?」


「本来なら許されざる質問ですが、まぁそうですわね。わたくしこそが三千院スザクですわ」


「……普段からその喋り方なんですか?」


「普段からもなにも、わたくしはこれが素ですわ」


「えっ……いや、でも」


「これが素ですわ」


 二の句も許されなかった。

 これもプロ意識の一環なのだろうか。


「もしかして、髪色が赤いのも三千院スザクに合わせていたり?」


「ご名答。本当はもっと明るい色にしたいところですが……」


 流石にそれは目立ちすぎるので、現実にいても溶け込めるレベルの色合いに抑えているらしい。


「ところで、そういう貴方はヒキー・ニッターですの?」


「あ、はい。よく分かりましたね」


「その見た目で、その声で喋ってたら、誰でも分かりましてよ」


「やっぱりそうですかね」


「良い美容院紹介しますので、髪色も白にしてみてはいかが?」


「別に近づけたいと思ったことは無いんですがね……」


「あら、そうなんですの? 生まれつきでそれとは、中々に愉快な見た目をしていらっしゃること」


 そう言って「おーほっほっほ」と笑うので、俺もつられて「あっはっはっ」と笑う。

 生まれつきの愉快な見た目だってよ。こいつは傑作だぜ。……いや、誰の顔が傑作だよコラ。

 俺がそんな風に一人で遊んでいると、お姉さんはピタッと笑うのをやめて。


「いや、おーほっほっほじゃないですわよ!」


 と机をばんと叩いた。

 しまった。ノリ突っ込みにノリ突っ込みを被せてしまった。まさかこの手の人がそんなことをするとは思わなかった。これが四天王のチカラ……!!


「わたくしはこんなしょうもない雑談をしに来たわけではありませんの!」


「というと」


「決まってましてよ」


 ぐいっと東さんのことを引き寄せて、


「この子はうちの事務所でデビューさせますの。夢花火のような危なっかしい事務所は認められませんわ」


「危なっかしい……?」


「主にあなたの事ですわよ。炎上に次ぐ炎上。今もけいたろうに目を付けられている。大切な妹のそばにそんな男がいるだなんて考えたら、安心して夜も眠れませんわ」


 俺のせいだった。しかもぐうの音も出ないやつ。

 俺も俺がいるような事務所はちょっと遠慮してしまうかもしれないしなぁ。

 しかし、隣に座るマネージャーは、それに待ったをかけた。


「ヒキー・ニッターを上辺だけで判断しないで頂けますでしょうか」


「ちょっと待ちなさい。そもそも貴女はいったい誰ですの」


「と、これは失礼いたしました。私はこういう者です」


「あ、これはご丁寧に」


 急にトーンダウンして名刺の受け取りを済ませる両者。

 さすが大手事務所のトップVtuberというか、ビジネスライクな所作が体によく馴染んでいる。


「ふぅん、ヒキー・ニッターのマネージャーなんですの?」


「はい。だから、その程度の判断材料で彼を非難することは決して認められ――」


 遮るようにして、


「ってことはサンプルボイスの子ですわよね。あの可愛い声の子」


「……いや。今、それとこれとは関係なくないですか?」


「なんだか無償に聞きたくなってきましたわね。ちょっと大音量で流してもよろしくて?」


「……………分かりました。本条さんのことは好きに言って構いませんから、それだけは勘弁してください」


「二葉さん!?」


 俺は思わず声を上げた。

 世界中が敵に回っても二葉さんだけは俺の味方をしてくれると思っていたのに……。

 まぁ二葉さんが俺を裏切ろうと、俺は二葉さんの味方をするから、この処遇も甘んじて受け入れるけどね。顔は愉快でも心はイケメン。それが俺という男だ。


 あれやこれやとやり取りを続けていると、それまでお姉さんに抱えられた状態のまま黙っていた東さんが、ようやく我に返った様子で口を開く。


「昨日も言ったけど、私はゆめパズルでやっていきたいの。だから、邪魔しないで」


「邪魔とはなんですの。わたくしは蒼井のことを思って言ってるんですのよ」


「嘘だよ。お姉ちゃんは私が言うことを聞かないのが気に入らないだけでしょ」


「まぁそれもありますが……」


「そ、そこは認めるんだね」


 咳ばらいを挟んで、 


「本当に本気でVtuberとしてやっていきたいと言うのなら、うちの事務所を選ぶのが当然というものではなくて?」


「それは……そうかもしれないけど」


「でしょう? それとも、なにか別の理由があるのかしら?」


 東さんは答えず、机に視線を落とす。

 先ほどまでの話を聞いた限りでは、姉から自立したいがために(たもと)を分かつという話であったはずだが、それをそのまま言わないのには何か理由があるのだろうか。

 静寂の時間を容赦なく切り裂くように、お姉さんは言う。


「ねぇ、蒼井。いつだったか、貴女が今回のようにわたくしの言うことに背くようになった時期があったでしょう。覚えているかしら?」


「……うん」


「なら話が早いですわね。あの時だって、結局わたくしの言うことが正しかったでしょう。わたくしは貴女が間違った道へ進もうとしているのを正しているだけなんですのよ」


「……」


「貴女は私の言うことだけを聞いていればいいの。昔も今も、そしてこれからも」


 その断定的な物言いに、東さんの肩が震えだす。

 この二人の関係性がどのようにして築かれていったのか。俺には今まで聞いた話ぐらいしか判断材料がない。

 ただ、今の俺にとっての東さんは、これからコラボ配信をしようというチームであるし、まだ候補の段階であるが、初めて出来る後輩なのだ。

 だとするならば、口を挟む権利くらいはあるはずだ。いや、あるに決まっている。


「お姉さん、ちょっと待って頂けませんでしょうか」


 声をかけると、敵意をはるかに超えて、殺意が込められたような目が向けられた。しかし、残念だったな。俺にはすぐにそういう威圧を仕掛けてくる同僚がいるため、耐性がついているのだ。


「なんですの」


「ゆめパズルは今でこそ小粒ですし、まぁ俺みたいなのがいるんで危なっかしいというのも先ほど言われた通りですが……これから伸びていく有望株ですよ。間違った道などと言われるのは聞き捨てなりませんね」


 多少喧嘩を吹っ掛けるような気持ちで言い放ったのだが、案外お姉さんは冷静に「ふむ」と頷く。


「まぁそれはそうですわね。実のところ、ゆめパズルにはわたくしもこの一件の前から注目してましたの。本物の炎上を炎上商法であったかのようにしてしまうその立ち振る舞いは、わたくしからしても見習うべき部分があるなと思ってしまうぐらいでしてよ」


 えっ、四天王が前から注目してたってマジかよ。

 唐突に褒められて、思わず頬がにやけてしまうところであったが、「ただ」とお姉さんは続ける。


「いくら有望株であっても、発展途上であることには変わりませんの。現時点で大手事務所であり、なおも躍進(やくしん)を続けている我らが天下四神と比べれば、どちらを選ぶべきかなんていうのは考えるまでもないのではなくて?」


「まぁそれはそうなんですが」


 と答えてから気付く。これでは東さんが言いくるめられた時と流れが一緒だ。

 彼女を弁護する立場の人間として、どうにかして反論の言葉を用意しなければならない。そうして絞り出したものはといえば。


「えーと……そうは言っても、ゆめパズルにはあって、天下四神にはないものもありますし」


「天下四神にはないもの? そんなものがありまして?」


「はい」


「例えば?」


「例えば……ですか」


 大分間を空けてから「……俺とか」と言うと、お姉さんは「ん?」と眉根を寄せた。


「今なんて?」


「……俺です」


「はい?」


 執拗に何度も聞き返される。

 俺はもう半ばヤケクソで叫んだ。


「ゆめパズルには俺がいて、天下四神にはいない。それが決定的な差ですよ!!」


「……貴方、正気ですの? それは長所ではなく短所というんですわよ」


「いえ、後のNo.1男性Vtuber。後の四天王。今業界で最も注目されている男と言えば、この俺です!」


「そんな噂、こちらにはまったく届いてませんが」


「たぶん、時差ですね」


「時差……?」


 お姉さんは混乱していた。

 それはそうだろうな。俺自身、自分で何言ってるのかよく分からないし。

 

「おかしいですね……東さんも俺を一番に選んでくれていたんですが」

 

 だから、それはなんとなしに口に出した一言だった。

 深い意味はなく、事実を淡々と述べただけだ。

 

 ――しかし。


「は? 蒼井が?」


 お姉さんはゆらりと立ち上がり、俺の胸ぐらをつかんできた。

 その瞳は漆黒に染まっている。臆すればそのまま闇の中へ吸い込まれてしまいそうだ。


「どういう意味ですの?」


「い、いえ、東さんが俺とコラボしたいと言っていたので、つまりそういうことなんじゃないかと」


「蒼井……?」


 顔を向けられた東さんは、視線を泳がせつつも小さく頷く。


「どうしてですの?」


「え、あの、私のこと、一番応援してくれてそうだったから」


「わたくしも応援してましてよ?」


「それは、うん。ありがとう。でも、お姉ちゃんはオーディションに関係ないよね?」


「コラボがしたいのなら、わたくしがしてあげてもよくってよ?」


「理屈がよく分からないし、いずれにせよ私はヒキー・ニッターのほうが良いかなって-――」


 東さんが言い終わるのよりも早く、地球が高速で回転し始めた…というわけではなく、お姉さんが万力のように掴んだ手をそのまま前後に揺さぶったため、俺の視界は早送りで再生されたようになった。


「どういうことですの!? 貴方の言う通り、本当にヒキー・ニッターがいるから蒼井はゆめパズルを選ぶっていうことですの!?」


「お、俺に言われてもこま、こまままままま」


「ああ、本条さんがまるでバグったゲームみたいに」


「ふっ、二葉さっ、冷静にたとえてないで、たすけけけけけけ」


 ヘッドバンキングのように顔を上下に動かされながら、俺は必死に助けを求める。

 あるいはこのまま一巡後の世界にたどり着いてしまうかもしれないと思ったその時、「すぱこん!」という小気味いい音が鳴って、俺は体の自由を取り戻した。

 

 見れば、そこにはさらさらの金髪にきりっとした眼鏡を付けたイケメン――(ふう)の、ものすごく恰幅かっぷく)のいい男が立っていた。白で統一された服装も相まって、雪だるまのようだ。

 お姉さんは叩かれた頭をさすりながら、驚いたように声を上げる。


王馬(おうま)!? なぜ貴方がここに……」


「位置情報共有アプリをメンバーに入れるように強制したのは君だろう。それを見て来たのだよ」


 王馬と呼ばれた男は、そんなことはどうでもいいというようにため息をついて、


「昨日、君がやらかした件の事情聴取があると言っただろう。どうして事務所に来ないんだ」


「だ、だって。妹の一大事で、それどころではなくって」 


「だって、ではない。今もこんな公衆の面前でみっともなく騒いで……恥を知りたまえ」


 しゅんとするお姉さん。

 それを尻目に、王馬さんは俺たちに深々と頭を下げた。


「恐らく夢花火の方々とお見受けする。この度はうちの馬鹿が大変なご迷惑をおかけした。代わりに深く謝罪申し上げる」


「ああ、いえ、お気になさらず?」


 本当に気にしないでもらっては困るのだが、王馬さんはなおも自分の頭頂部を俺たちに晒し続けている。

 ここまでしっかりとした人物が一緒にいるのなら、きっと大丈夫だろう。


「では帰るぞ、馬鹿。タクシーを停めているのだ。待たせてしまってはドライバーの方にも申し訳ない。急ぐのだ、馬鹿」


「バカバカ言わないでくださる!? わたくしこれでもお勉強は得意な方でしてよ!?」


 の割にはたしかにどこかコミカルな雰囲気が漂う人だなぁと考えつつ、俺は帰り支度を進める二人をぼーっと眺めていると、王馬さんがふと思い出したかのように振り返った。

 そして、俺の目を見据えながら言う。


「ひょっとして、貴殿はヒキー・ニッターか?」


「えっ、あの、えと」


 不意のことに答えあぐねていると、


「いや、これは失礼。無粋な質問をした。我々はただ心で通じ合えばいい。そうであったな」

 

 質問を取り消して、さらりと髪をかきあげる。

 なんかこう、いちいち格好いいな。見た目は着飾った雪だるまなのに。

 そして王馬さんは虚空に向けて「これは独り言になるのだが」と呟き。


「ヒキー・ニッターは常日頃から歌はやらないと言っているようであるが……『上』へ行くためには歌は必要不可欠だと思ったほうがいい。どんな配信者であっても、少なからずアイドル性を求める視聴者はいる。そして、そんな彼ら彼女らの心を最も刺激するのは歌、なのだからな」


「は、はぁ」


「もしも歌を苦手としているのであれば、ここに連絡してくれ。俺が君を輝くステージの上に導いて見せよう」


 ぴっと投げられた一枚の紙が、テーブルの上ではらりと舞った。

 それを見届けた王馬さんは「ではさらばだ」と言い残して、お姉さんを引きずりながら去っていく。

 

 ぽかんと口を開けていた俺たちは、やがて夢から醒めたようにテーブルの上に視線を送る。

 三千院(さんぜんいん)セイリュウと書かれた名刺が、やけに強い存在感を放っていた。


「えっと……てことは、今のがNo.1男性Vtuberの中の人ってことですか?」


 尋ねると、二葉さんは「そのようですね」と答えつつ名刺を光に透かしていた。偽札のチェックかな?


「セイリュウさんって、その、どういう方なんですか?」


「青き統率者と呼ばれる天下四神のリーダーです。圧倒的な声量とチームを束ねるカリスマ性。敬語なのにちょっとオラオラ系な雰囲気を醸し出しているというギャップが、女性からの絶大な人気を集めていますね」


 説明しつつ、二葉さんはスマホで三千院セイリュウの公式プロフィールを見せてくれる。そこにはほんのりと浅黒く、青髪の長髪を垂らした筋肉質のイケメンが表示されていた。これが彼のアバターということか。うーん。


「俺みたいなのが言うのはあれですが、けっこう、あのー、中の人と違いますね?」


「まぁそのあたりを気にしないで良いというのが、本来のVtuberの最大の利点ですので……」


 それもそうか。今まで会った人たちが美男美女ばかりだったので感性が麻痺していたのかもしれない。でも、王馬さんは見た目はともかく、立ち振る舞いは格好良かった。つまり俺と同じで中身はイケメンというタイプというわけだな。同じなんだよ(圧)。


 そして、そこではたと気付く。


「王馬さん、俺のことを結構よく知ってくれているみたいでしたね。しかも、連絡先までくれて。No.1男性Vtuberの方にここまで目をかけてもらえるっていうのは、結構すごいことなのでは?」


「そうですね。元々三千院セイリュウさんは他事務所とのコラボなどを精力的に行おうとするタイプではあるんですが、なんにせよこれはかなりのチャンスかもしれませんね」


 そのチャンスを掴むためには苦手としていた歌に手を出す必要があるみたいだが……いよいよ俺も覚悟を決める時が来たのか。子供の頃に音楽の授業中に音痴だと笑われた記憶がよみがえるなぁ。


 などと俺と二葉さんが将来のヒキー・ニッターの活動に想いを馳せていると、「あのー」という声が上がった。その発生元を辿ると、東さんが申し訳なさそうな顔をして小さく手を挙げている。


「私、忘れられてますかね……」


「い、いやいや、すみません! 忘れてはないんです。ただちょっと、頭の片隅に追いやられていただけで」


「目の前にいるのにですか……?」


「こ、コラボ! コラボの打ち合わせしましょう! ね、元気に行きましょうね!」


 死んだ目をする東さんを(なだめて、当初の目的であったコラボの打ち合わせを進めようとするのだが、二人の嵐に乱されたこの島が元の平穏を取り戻すことは無く、ぐだぐだと何事も決められないまま無為な時間が過ぎていくのだった。


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