9.姉よりすぐれた妹なぞ存在しねぇ!!(前編)
昨日行われた第二次審査の結果発表配信によって、ゆめパズルの周辺は、いや、Vtuber業界は大いに盛り上がっていた。もはや荒れに荒れているといった方が適切なのかもしれない。
それ以前もけいたろうの参戦によって注目度が高かったのはたしかなのだが、どうしても一つの問題が浮き彫りになってしまう状態だった。それはつまり、このオーディションがワンサイドゲームになってしまうのではないかという懸念だ。
今現在、Vtuberの中の人に最も求められるのは配信スキルであるが、これについてけいたろうの右に出る者はいない。更に加えて、元々の知名度があるため集客力がある。本来は素人と争わせるのは酷な存在なのだ。念能力を覚えたキ〇アがハンター試験を受験してきたようなものなのである。
話題性こそあるが、オーディション自体はけいたろうが勝者になることが間違いないため、そこから生じる胸の高鳴りのようなものはない……と誰もが考えていたその時、颯爽と現れたのが四天王の一人、三千院スザクだった。
彼女は、第二次審査のもう一人の合格者である26番を自身の妹だと宣言した。これを言い換えれば、対抗馬に四天王の妹という属性が付与されたということになる。
まだまだけいたろうが大本命であることには変わりないが、話題性に絞った対決では26番もステージに上がることができた。第三次審査の結果次第では大逆転もあり得るかもしれない、といった展開にまでもつれ込こむことができたのだ。
もはやゆめパズルの手を離れ、Vtuber業界そのものを揺らすイベントになってしまったこの第五期生オーディションなのだが……ここで新たな問題が生じていた。
それは言うまでもなく、三千院スザクが26番を「辞退させる」と発言していたことだ。
多少はけいたろうとやりあえそうな人材が出てきたというのに、実際は競わないまま不戦勝で終わってしまうなどというのは、ネット民からしてみれば最高に面白くない展開だ。
そのため、昨日の配信直後からネット上の各地では『26番はどうなってしまうのか』が話し合われている。
そして――それが実際どうなったかというと。
「……」
「……」
とあるファミレスにて、俺とその女性は四人掛けテーブルに向かい合って座った状態で押し黙っていた。
明るめの茶色のショートカットに、どこかスポーティな着こなしの彼女は、しかしその活動的な外見とは相反して、気まずそうに俯いたままでいる。
こんな時気さくに話しかけられればいいと思うのだが、当然俺にそんなスキルはない、出来ることはといえば、「別に俺は気にしてませんよ」という雰囲気を醸し出すために微笑むことだけだ。無理した表情筋がぴくぴくしているけど。
「お待たせいたしました」
「あっ、ありがとうございます!」
いえいえ、と言いながら俺の隣に腰かけるのは二葉さん。
三人分のコーヒーを用意して持ってきてくれていた。
ただし、この行動は気遣い検定で言えば不合格。何故なら俺と初対面の人を二人きりにしたから。常に俺と一緒にいてくれなきゃ困るよ、君。
対面に座る女性はコーヒーカップを見つめたまま、なおも口を一文字にしている。
――かと思えば、勢いよく頭を下げ、机とほぼ顔を密着した状態のまま、
「この度は、ほんっっっっとうに申し訳ございませんでした!!」
と、全力で謝罪の言葉を述べた。
俺と二葉さんは苦笑いを浮かべる他ない。
何故なら、初めて顔を合わせた時からこの女性は、執拗なほどにこういった態度を取り続けていたのだ
「東さん、周囲の目線もありますので、頭を上げてもらえると……」
そう言われた彼女は、はっとしたように頭を上げて周りをきょろきょろと見渡した後、「気付かずに申し訳ありません!!」と再び頭を下げた。それでまた注目を集めてしまい、二葉さんは渋い顔をする。
この出来の悪いコントのボケを務める女性は東蒼井さん。
三千院スザクの妹にして、オーディション番号26番の中の人だ。
昨日の配信は狂乱の最中の中で終わったのだが、その直後に会社宛てに連絡があった。
それは他でもない東さんからのものだったようで、肝心の用件は辞退を撤回したいというものだった。
ならば直接詳細を聞かせてもらえないか、という話になったらしいのだが……何故その場に俺と二葉さんが選ばれたのかというと、実は昨日の配信で三千院スザクが乱入してくる前、「四期生の誰とコラボしたいですか?」という問いに、東さんはヒキー・ニッターと答えていたのだ。どうやら自己紹介動画の発表配信の時に、俺が彼女を擁護した件を恩義に感じていたらしい。
ただ、「正直それまでは見た目とかいろいろ気持ち悪いと思っていた」と言われた時には、流石の俺も「ふざけんじゃねぇよ!」と怒鳴り散らした……というわけでもなく、「正直に言えばいいってもんじゃねぇぞ!」と胸倉を掴んだ……というわけでもなく、「ははっ、それな!」と笑って返したね。
まぁそんなこんなでコラボの打ち合わせも兼ねて俺が行くことになり、俺が行くならば二葉さんも行くことになり、三人での会合が開かれたというわけだ。
けっこう世間に注目されているはずだし、夢花火のお偉いさんが出るような話なんじゃないのかとも思ったのだが、「二人なら大丈夫だ!」と二葉さんは社長に背中を押されてきたらしい。何をもって大丈夫と判断したのか問い詰めたい。小1時間問い詰めたい。
「……で、結局オーディションは以後も続行するという認識で問題ないのでしょうか?」
二葉さんが尋ねると、東さんはこくこくと頷く。
「はい! やりたいです」
「お姉さんから了解は得られたんでしょうか?」
「いえ、お姉ちゃ――姉とは昨日喧嘩したっきりなので……」
「喧嘩、ですか」
「そうですね。喧嘩した後、階段の下の物置に閉じ込められたんですが、姉がいない内にどうにかこじ開けて、抜け出してきました!」
笑いながら「スマホ一つあればお財布もいらないんで便利な世の中ですよねー!」とも付け足すが、現代日本とは思えないエピソードが飛び出てきたので俺は引いてしまう。見れば、二葉さんの顔もちょっと強張っていた。
「お姉さんとはあまり仲がよろしくないのでしょうか……?」
俺は思わず訊く。
「えっ、そんなことないですよ。すっごく仲良しです」
「あれ、そうなんですか?」
「私がVtuberになろうとしたのも、お姉ちゃんがVtuberやってるからですし」
「ああ、四天王の三千院スザクさんですよね」
昔とは違って今の俺はちゃんと四天王の名前を知っているんだぞ、というドヤ感を表に出さないようにしつつ名前を挙げると、「はい! 天下四神の朱き歌姫、三千院スザクです!」と東さんが言う。
て、てんかしじんの……なんて?
俺の戸惑いを察したのか、二葉さんが口を開く。
「天下四神は三千院スザクさんの所属しているVtuberグループにして、ボーカルユニットです。彼女はその中で紅き歌姫と呼ばれています」
「ボーカルユニット、ですか?」
「はい。端的に言いますと、彼女たちは音楽活動に重きを置いたVtuberグループというわけですね」
なるほどな。そう言われてみると、俺が彼女の配信をちらっと見た時も歌枠だったような気がする。俺は歌に自信が無いので、「はえー、すっごい」と語彙力を完全に失ったまま呆けたような覚えもある。
「ちなみに天下四神の三千院セイリュウさんは、最も登録者数の多い男性Vtuberです」
「えっ……つまり男性Vtuberのトップってことですか?」
「その通りです。天下四神はたった四人だけのVtuberグループですが、一人一人が他事務所ならばエース級であるため、その少人数制のスタイルも込みで憧れている人は多いですね」
四天王が一人に、No.1男性Vtuberが一人。他の二人も登録者数50万越えという化け物軍団らしい。個々人の能力も高そうだが、なにより運営の売り出し方がよっぽど上手いのだろうな。
そこでふと気付く。
「お姉さんは東さんをうちの事務所でデビューさせるって言ってませんでしたっけ。それって天下四神の新メンバーに……ってことですよね?」
尋ねると、東さんは「たぶん、そういうことだと思います」と小さな声で答えた。
「それならそっちからデビューする方がよっぽど条件が良いのでは……?」
中堅下位の事務所と、大手の事務所。そのどっちからデビューしたいかと問われたら、誰もが後者を選ぶだろう。大手事務所に所属しているというだけで最低限の知名度を得られるし、そこに所属している人気Vtuberとのコネクションも作れる。そして、なによりも大手には財力がある。
事務所の財力というのはVtuberにとって大きな武器だ。金があればそれだけアバターの出来がよくなるし、イベントも開催しやすくなるし、サポートスタッフの質もよくなる。画面にはVtuber一人しか登場しなくても、俺たち企業Vtuberの配信は数多くの人間に支えられて出来ているのだ。
他にも、案件の受けやすさや、著作物の配信許諾のとりやすさなど、大手事務所のメリットはいくらでも上げられるため、そのチャンスを自ら手放そうとしている姿に疑問を抱いた俺は、そう問いかけた。
東さんはしばし机の上に置いた手をじっと眺めた後、おずおずと顔を上げた。
「……私、お姉ちゃんのことが好きなんですけど、お姉ちゃんも私のことが好きなんですよね」
意図がつかめないまま、俺は「はぁ」と相槌を打つ。
「ぜんぶ私が悪いんです。小さい頃はお姉ちゃんが遊びに行こうとすると、『私も連れてって』って泣いちゃうし、服とかもお揃いののものじゃないと嫌だったし、学校も部活も当然のように同じところを選んで……」
そうやって半ばつきまとうように姉を追いかけ続けたら、ある日「あんたは私がいないと生きていけないんじゃないの?」と言われたのだという。
「それに対して私は何の疑問も持たずに、『うん』って答えたんです。姉は『バカな子』って言って頭を撫でてくれて、そうしてくれたのがまた嬉しくて……」
それからは東さんが追いかけなくても、お姉さんの方から気にかけてくれることが増えたらしい。
だから、東さんはバカな子でいた方が構ってもらえるのだと思って、時にはよりバカな子であるように振舞ったりもしていた。
しかし。
「私たちは同じ陸上部に所属していたんですが、その日は大会で、私も姉も競技に参加する予定になっていました」
「……なっていたんですが」と言い直して。
「階段を降りようとしたときに私は転んでしまいました。結構高さのある階段だったので、踏み外した瞬間に『死ぬ』って思ったのを今でも覚えてます」
「それで怪我してしまったということですか?」
「いえ……私は、大丈夫でした」
そう言って視線を一度だけ泳がす。
「私は、ということは……」
「はい。その瞬間、姉が私の腕をぐっと引っ張って助けてくれました。けれど、その勢いで姉は逆に階段から転げ落ちてしまって、私はその姿を呆然と眺めることしか出来なくて、それで……」
周りの人が救急車を呼んで、お姉さんは病院に連れていかれたのだという。
東さんも同行したらしいのだが、すぐには意識を取り戻さないほどの重傷で、その包帯だらけの姿を見て、自分の体温が感じられるなくなるほどに血の気が引いたのだとか。
「翌朝、姉は目を覚ましました。そして、私を見るなり、言ったんです。……『蒼井、ケガはない?』って」
当時の事を語るその声は震えていた。
「私のせいでこんな目に遭わせてしまったのに、それでも姉は私のことばかりを心配するんですよ。しかも、それで泣いちゃった私を見て、『いつまで経っても泣き虫ね』って笑うんです」
押し潰されそうな罪悪感の中で、東さんは今までの自分が間違っていたことに気付いた。
バカな子でいることは姉に迷惑をかけるし、それ以上にそうやって生きてきたことで姉の思想をゆがめてしまったのだと。
「だから、私は自立をしないといけないと思ったんです。姉に頼ってばかりではいけないなって」
「天下四神ではなくゆめパズルを選ぶのはそういった理由でしたか」
「はい。姉の力を借りず、私は私の力でVtuberとして成功したいです」
「なるほど。そういう訳でしたら、私も出来る限り協力出来ればと思います」
二葉さんと東さんとやりとりを眺めながら、俺の心の中には得体のしれないもやもやが湧いていた。なにか違和感というか、腑に落ちない点があった気がする。その答えを話をしながら突き詰めようと思ったのだが、それを影が遮った。
「えーと……?」
影の発生源を追うと、見知らぬ女性が俺たちのテーブルの横に仁王立ちしていた。
チェリーレッドの髪色をしたその人は、視線を一点に注いでいる。
やがで、それに気付いた東さんが言った。
「お、お姉ちゃん!?」
その驚愕をさも当然とでもいうように受け止め、女性は東さんの横にどかっと腰かけた。
「どうも皆さん、ごきげんよう。わたくしはこの子の姉の東朱音ですわ。妹が大変お世話になっているようで、どうもありがとうございます」
その言葉は内容に反して敵意にまみれていた。




