2.え!?公開制でオーディションを!?
「公開オーディション!?」
夢花火に召集された俺は、今度募集される5期生のオーディションがそういう形式になると聞かされて、度肝を抜かれた。
何故かってそりゃだろう。Vtuberは中の人がいないという建前でやっているはずなのに、公開オーディションとはつまり「誰が演じるか」を競わせるということになる。そうなれば今後ロールプレイをしようにも、「中の人」の存在が視聴者の意識に刷り込まれてしまうので、Vtuberはバーチャルの住人という前提が崩れてしまうからだ。
しかし、
「ふーん、まぁいいんじゃない?」
同じく召集を受けていたざくろ様は、企画書をぱらぱらとめくりながら平気な顔をしていた。
「えっ、いいんですか?」
「話題性ありそうだし、面白そうじゃない」
「で、でも」
「今時新しいVtuberが誕生しますってだけじゃ大した話題にならないのはあんたも身に染みてわかってるでしょ。それならいっそ、多少のリスクは覚悟でこういう手に出るのは私としては悪くない選択だなって思うだけ」
「お分かり?」と言いつつ俺のあごを中指1本で「くいっ」と持ち上げてくるざくろ様。
うーん、この人は反則すれすれの手も平気で使うタイプだからなぁ。なんならラインを越えてても「バレなければよかろうなのだ」って言うタイプ。なのだって言ってもとっとこするハムスターではないぞ。
そして、軽いボディタッチにどぎまぎして後ずさる俺を一笑した後、「二葉もそう思うでしょ?」と続ける。
「そうですね……私もどちらかというと肯定派ですかね」
俺たち二人のマネージャーである丸金二葉さんは、多少思い悩んだようにしつつもそう答えた。
「二葉さんもですか」
「鹿島さんの言うように話題性の件でもそうなのですが……ちょっと企画書を見てもらえますでしょうか?」
促されるまま、俺は手元の企画書を開く。
「今回のオーディションは三段階で実施する予定となっています。まず第一次審査は書類面接。これは公開制ではないのですが、まぁ最低限のふるいは掛ける必要はありますので」
ふむふむ。
「次に、第二次審査。ここからが公開制となるのですが、自己紹介動画を作成してもらい、配信上で流して人気投票を行います。自己紹介動画については本条さんも作成したことがあると思いますが、あんな感じです」
あぁー、応募するときに送ったあれか。キャラクター設定に沿って自分なりの自己紹介をするやつ。黒歴史通り越してダークマターヒストリーって感じだから記憶から抹消してた。あの録音ファイルって今でもパソコン内のどっかに転がってるんだろうか。家帰ったら速攻で消しておこう。
「そして、第三次審査。アカウントを作成し、実際に配信者として活動を行ってもらいます。イレギュラーがない限り、そこで最も登録者を獲得した方がそのまま合格ということになるでしょう」
俺は驚いてしまい、思わず「実際に配信するんですか?」と聞き返す。
「はい。それぞれに自身のチャンネルを開設してもらい、ゆめパズル五期生の新人として活動してもらいます」
「それはなんとも……いきなり配信することになるなんて、応募者も大変そうですね」
「そうですね。でも、それこそが私がこの公開オーディションに肯定的な理由だったりします」
「というと?」
「この実際に配信を行うという審査を乗り越えたということは、それすなわち即戦力であるということになります。応募者の配信の才能なんてものは応募時点では未知数となるわけですが、それを実際に確認することが出来るわけですね」
二葉さんは「前世ですでに配信者として活動していたとかなら別ですが」とも補足する。
なるほどな。たしかに自己紹介動画作成くらいじゃその人の配信適正なんて分かりはしないだろうし、そういったメリットがあるなら挑戦する価値はあるのかもしれない。
ふと妙な気配を感じて横を見ると、ざくろ様がにやにやとしながら「動画もまともに作れないずぶの素人が、登録者100万人のVtuberになることもあるかもしれないしねー?」と言ってくる。
……いいだろう別に。目指すだけなら誰に文句を言われる筋合いもない。膨らませたほっぺを指で押しつぶされたりしつつも、俺は改めて二葉さんの方に向き直る。すると彼女は「それに私は嬉しいんですよね」と呟いた。
「嬉しい?」
「はい。というのも、公開オーディションにはメリットもあるにはあるんですが、致命的な問題点があるんですよね」
「致命的な問題点ですか。えっと、中の人の存在が露呈するとか、そういう話ですか?」
「いえ、もっとオーディションとしての根底に関わるような部分です」
その答えを導き出すことを出来ず、俺は首を傾げる。二葉さんはそんな俺の様子を見て「考えてもみてください」と言った。
「オーディションの様子が公開されるだとか、実際に配信者として活動してもらうだとか……本条さんが応募する側だったとして、これに参加しようと思いますか」
えーと、もしも自分だったらか……。
いや、無理だな。あり得ない。ダークマターヒストリーを全世界に公表することはイコールで死と結びついているし、ましてや配信するだなんて、考えただけでも脂汗がどばどばと湧き出てくる。俺が初回配信をした時は二葉さんという優秀なサポーターがいたからなんとか出来たのだし、それを一人でこなすだなんて、マニュアルを読まずに爆弾解除するようなものだろう。
あ、でもサポートしてもらって、なお大失敗したんだっけか。うーん……まぁ、細かいことは気にしないでおこう。そうやって人は大人になっていくものなのだから(名言)。
あれこれ思い悩んだ末に俺は「無理ですね」と答えた。
「でしょう? つまり、そういうことです。公開オーディションは応募する側にとってもハードルが高く、応募者が著しく減る可能性があるんですよ。本来ならうちくらいの規模の会社では手を出してはいけない領域です」
「でも」と続けて、
「今のゆめパズルは未だ四期生の一件のおかげで注目度が高い状態にあります。だから、今回のようなオーディション形式をとっても、ある程度の参加者を見込めるでしょう。そんな今だけしか出来ないような『お祭り』を開催できることが私は嬉しいんです
炎上としてではなく、皆が楽しめる本来の意味でのお祭り。それを開催できる喜びを感じているのか、二葉さんは胸に手を当てながらそう言った。
「そういうことでしたか。納得しました」
「お判りいただけましたか」
「はい」
俺たちは笑顔を交わしあう。
しかし、右わき腹に鋭い衝撃が走り、俺は「ひえっ」と小さく悲鳴を上げた。
「……え、なんで今つついたんですか」
まったく訳が分からないのでざくろ様に尋ねる。
「……なんか楽しそうだったから?」
「俺は楽しそうにすることすら許されないんですか?」
「それは……。まぁ、うん」
まさかと思って聞いてみたら本当にダメだった。俺は笑顔を封印しなくてはならないらしい。ゾナハ病がない世界でよかった。
ただ、ざくろ様は自分でもなにがなんだかよく分からないといったように、つついた指を見つめていた。彼女は彼女で突発性悪戯症候群みたいなものにかかってるかもしれないし、追及は良くないのだろう。同期が平穏を保てるというのなら、右わき腹の一つくらいは安いもんだ。
「……で、今回集まって貰ったのは他でもなく、このオーディションについてなんですが」
そうこうしていると二葉さんが切り出した。
「実は四期生の皆さんには応援大使のようなものをお願いしたいと思ってもらいまして」
「応援大使?」
「はい、たとえばオーディション開催の告知をしてもらったり、第二次審査の自己紹介動画の発表を配信で行ってもらったり、あるいは実際に応募者が配信する段階にまで至ったら、コラボを行ったり……ですね」
見れば、企画書にもそういった内容が記されている。ちょっと責任重大な感じもするが、ざくろ様やスイカちゃんも一緒にやってくれるというなら大丈夫だろう。ちなみにスイカちゃんはスイカちゃんで担当のマネージャーにこの話を聞かされているらしい。
「面白そうですね。良いんではないでしょうか」
「私も構わないわよ。私にとっても結構数字を稼げそうなチャンスになりそうだし」
俺たち二人が承諾すると、二葉さんは「ありがとうございます」と頭を下げた。
にしても、こんな時でもざくろ様はしっかりと自分の利益になるかを計算しているのだな。この貪欲な姿勢は見習わなくてはいけないだろう。なにせ俺は登録者100万人を目指すのだから――ううむ、何度言っても慣れないな、この言葉の重み。ディオガ・グラビ〇ンくらいの重力はありそうだ。
「詳細については企画書に書いてありますので、不明点などないかご確認頂けますでしょうか」
「分かりました」
改めて企画書をじっくりと読み込もうとするも、二葉さんが「あ」と両の手を合わせるようにして手を叩く。
「別件なのですが、今度またミーティングがあることになっていまして」
「そうなんですか?」
「はい。そして、その場にはゆめパズルのVtuber全員にお集まり頂く予定になっています」
「えっ」
全員って言ったら全員だよな。一期生から四期生までが全員。俺がまだ直接会ったことない人たちも当然来るわけか。
「そ、それはちょっと緊張しますね」
俺が震えた声を漏らすと、ざくろ様が言う。
「緊張って……情けないわね」
「そうは言っても、俺たちにとっては先輩ですよ、先輩。カツアゲされたりしたらどうしましょう」
「あんた今までどういう世界観で生きてきたのよ」
よくよく考えてみればカツアゲされたことなんて人生で一度も無かった。もしかしたら世界は意外と俺に優しく出来ているのかもしれない。
「そういえばざくろ様は一期生とも三期生ともコラボ配信をされてましたよね?」
「そうね」
「どんな方でしたか?」
「どんなって……」
ざくろ様は「むむ」と考え込む。そんなに難しいことを聞いたつもりはないんだけどな。この考える時間が長ければ長いほどちょっと不安になる。
「基本的には良い人ばかりだったような……」
「そのはっきりしない感じが怖いんですが」
「そうは言われても、そうとしか言えないんだもの」
「ええー」
「じゃあ逆に聞くけど、あんたが私のことを人に紹介するとき、どういう風に紹介する?」
「え」と俺は返答に詰まる。
そして同じように「むむ」と考え込んだ末に導き出した言葉は。
「……基本的には良い人?」
「私と言ってること同じじゃないのよ」
即座に突っ込まれる。
ざくろ様はさらに「それはそれとして」と続けて、
「私が『良い人』だと断言できないのは何故なの?」
「そ、それは……」
「それは?」
「……いや、これズルくないですか。話の流れ的にむしろ、そう言わせる流れだったじゃないですか。それなのにどうして俺が責められなくちゃいけないんですか?」
そう弁明したが、しかし。
「いや、そういうの良いから。早く答えなさいよ」
逃げ道は一瞬で塞がれた
最後の希望にと、二葉さんに目を向けたが、すっと逸らされた。
神は死んだ。
そうしてこの世界に見捨てられた恐怖に打ちひしがれる俺であったのだが、存外にざくろ様は「ふっ」と鼻で笑った。
「まぁいいわ。あんまり虐めすぎて泣かれても困るし」
「な、泣きはしませんって」
「ただ、あんたはこの私と同じゆめパズル四期生なのよ。たとえ先輩であっても舐められてもらっちゃ困るわ。四期生こそが最高の世代だっていう自覚をもって行動しなさい。いいわね?」
そう言って、ずいと詰め寄ってくるざくろ様。
彼女の言うことはつまり、例え同じゆめパズルの人間で先輩だったとしても、ライバルであることには変わりはないということだろう。言われてみればその通りだ。俺たちは仲間であり、ライバルである。だからこそ高めあっていけるのだ。
再度「いいわね?」と繰り返して額をちょんと押してくる同期と、「ガンバです」と握りこぶしを作って応援してきているマネージャー。二人の期待を裏切らないよう、俺は今一度気を引き締め直すのだった。




