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20.とあるアンチの共同戦線

 「バカはお前だ。バカって言ったやつがバカって小学校で習わなかったのか。バーカバーカ……っと」


 今日も今日とて俺は7chのヒキー・ニッターアンチスレに書き込みを続ける。


 あの日、あの時、放送内でこのスレッドが晒されて以来、今までが嘘のようにこのスレには人が訪れるようになっていた。ちなみに「晒されたのではなくお前が晒したのでは?」という突っ込みは禁止だ。それは『>>2』のこのスレのルールにも書いてある。分かったな?


 しかし、人が増えたのは良いが、俺は満足にアンチ活動が出来ていなかった。何故ならこのスレに新たに定住するようになった人物は、揃いも揃ってヒキー・ニッターの信者だからだ。

 特になにがムカつくって俺が「クソ使い魔どもが」と煽ったところ、「なんかそれいいな」ってことで『使い魔』がヒキー・ニッターの視聴者の呼び名として定着したことだ。ヒキー・ニッター自身も「使い魔の皆さん。こんあくま~」と開始の挨拶で言うようになっている。これに毎回ムカついて叫んでしまうから、カーチャンに「そろそろ病院行くか?」と本気で心配されているのが最近の悩みの種だ。あんな悪魔に心酔してるやつらよりも俺の方がよっぽど正常である。


 そんなこんなでこのスレはもはや「一人の愉快なコテハンと一緒にヒキー・ニッターを見守るスレ」になっていた。それは『>>3』に真ルールとして勝手に追記されている。俺は毎回スレ立てしてくれる便利なコテハンであり、ツンデレの信者という扱いだ。アンちゃんという名のAAまで作られている始末。冒頭の俺の書き込みに対して「語彙力のないアンちゃんテラモエス」というレスがついていることがその惨状をなにより証明しているだろう。「ぶち56すぞ」とレスしたいところではあるが、今は7chであっても軽々とそういった言葉を使ってはいけないらしい。だから俺はぐっとこらえてそいつのIDをNGにするしかなかった。見えなくなれば俺の勝ちである。まぁ今この瞬間にも別のやつから「モエー」とレスが付いているわけなんだがな。ここは何年前のインターネットなんだろうか。


 荒れ放題のスレから生じるイライラをレスバで発散するが、そのレスバで余計にイライラするという悪循環。それに陥りながらも、その合間合間でヒキー・ニッターを監視して問題発言を探す日々。時たま「本当にこれでいいのか」と我に返りそうになる時もあるが、俺は諦めない。全てはざくろちゃんのためだ。ざくろちゃんのためなら俺はどんな道化にだってなれる。今彼女はすごく厳しい目に遭っているが、その逆境を俺も味わっていると考えれば、多少の罵倒や嘲笑なんてへのかっぱだ。俺のざくろちゃんには誰も近づけさせないぞ。


 スレの使い魔どもと舌戦を繰り広げていると、通知が鳴った。どうやらヒキー・ニッターの配信開始のお知らせのようだ。これに俺は少々驚いてしまった。やつがゲリラ的に配信を行うのは本当に初期の頃だけで、最近はまずツブヤイターで配信の予告をするというのが定番になっていたからだ。


 なにかいつもと違った配信でもするのだろうか、とワクワクしながら配信を開く。ちなみにこのワクワクするとは決して楽しみという気持ちではない。新しいことをする時は綻びが生まれやすくなるという傾向があるので、アンチとしては絶好のチャンスというだけだ。


 そうして開始された配信だったのだが、なんだか様子がおかしかった。まずヒキー・ニッターの立ち絵が表示されていない。ただ黒画面だけが表示されている。一部の視聴者は『すげぇイケメンが映ってる』とか『俺のとこにはハゲたおっさんが映ってる。バグか?』と黒画面に対する定番のボケをかましているようだったが、それを除くと、誰もが謎の配信に頭を悩ませていた。

 しばらく待った後、俺はなんとなしに音声のボリュームを上げてみる。


「話ってなによ」

「ええ、まぁ色々と……とりあえず立ちっぱなしもなんですから、どうぞ」


 すると、声が聞こえてきた。

 一人はヒキー・ニッターだが、もう一人の女性は――


『ヒキー・ニッターが誰かと喋ってる』

『マネージャーか?』

『なんか聞き覚えあるな』

『ちょっと高圧的な感じ』


 コメント欄は「この女は誰だ」というのでざわついていたが、俺はその第一声でそれが誰なのか分かってしまった。

 だからこそ、心臓が痛いくらいに鼓動を早めた。呼吸がし辛くなり、無意識に歯を食いしばってしまう。

 

 何故、いったい何故なのだ。この二人には交流はなかったはず。いつぞやに妄想した通り、裏では交流を深めていたということなのか。にしたってどうしてこのタイミングでコラボ配信をするんだ。今二人が絡むというのは炎上にガソリンを注ぐようなものだろう。そもそも、これは本当にコラボ配信なのか。口調がいつもと違うのは、正しい手順のコラボではないことの証左(しょうさ)なのでは――?


 最後の希望はこのまま誰もその正体に気付くこともなく、ひっそりと配信が終了することだけだったのだが、それは叶わなかった。コメント欄にとうとうこの謎の女の正体が書き込まれたからだ。


『これ、豊穣ざくろじゃないか?』


 一つそのコメントが流れると、ダムが決壊したようにして、


『マジだ、豊穣ざくろだ』

『いつもと全然喋り方違うな』

『最近身を隠してた炎上妖精がようやく姿を現したか』

『これどういうコラボ?』

『配信されて良い内容なのか?』


 と次々にざくろちゃんについての書き込みが一挙に押し寄せてきた。

 もはや隠すことは出来ないだろう。今、大炎上中でどこにもその姿を見せていなかったざくろちゃんが、何故かこうしてヒキー・ニッターの放送に登場している。


 ゲリラ配信ということもあり、普段よりも配信の同時接続数は多くはない。俺としてはこの配信がざくろちゃんにとってプラスになるとは思えないので「これ以上数字よ伸びるな」と願うばかりなのだが、その数は着々と増えてきていた。だが、それもそのはずだ。放送事故の匂いすら感じさせるような配信なのだ。一度見始めたら「一体どういう意図があるのか」を理解するために視聴を止めることは無いだろう。


 コメント欄では『ヒキー・ニッターが炎上に燃料を注ぎに来た』という説が着々と支持を伸ばしていた。それは同期を餌に炎上商法をしかけてきたという推察であるが、それ以上に「またもう一人ネットリンチをしかけられる新しい玩具が現れたのではないか?」という願望の側面が強そうだった。熱心な信者でもなければ『お祭り』になることの方が普通に配信を楽しむことよりも重要だ。今ここで新たな炎上を期待している人の中には普段、配信を純粋に楽しんでいる人もいるだろうに、配信者が隙を見せれば即座に牙を剥く。それがネットの恐ろしさというものだ。


 だが、俺は……果たしてヒキー・ニッターが軽率にそんなことをするだろうか? と考えていた。


 今の会話内容にしたってそうだ。豊穣ざくろと豊穣スイカがいかに仲が良いか、ということをざくろちゃん自身に話させている。しかもざくろちゃんはまるで素のまま、裏での正直な自分の気持ちを吐露しているかのようで――


 ――いや、待てよ?


 つまり、そういうことなのか? 

 ざくろちゃんは今なにも知らず、裏での自分の会話を配信で垂れ流されている状態なのか?

 

 そう考えると全てのことに辻褄(つじつま)が合うような気がしていた。そして、なによりそれが一番ヒキー・ニッターがやりそうな振る舞いとしてしっくりくるような気がしていた。他の誰でもなく、アンチとしてこの悪魔の放送を見続けてきた俺だから分かった。この悪魔は最低なやり方で、ざくろちゃんの気持ちを暴露させて、何を言っても逆効果になってしまうような『炎上』という事態を、いっそ大爆発させて鎮火させようとしているのか。


 炎上は基本的に「時間」以外に解決方法はない。人の噂も七十五日というやつだ。しかし、それは本当に炎上がいったん収まったという程度のもので、実はずっと(くすぶ)り続けてるという場合が多い。一度広まった悪評が完全に消え去ることは無く、ネット上のどこかでは悪意が息をひそめてまた再び燃え上がる時を待っている。


 だから、この悪魔は大逆転の一手に賭けて出た。一度すべてを燃やし尽くして消滅させようと考えた。恐らくそれはざくろちゃん自身も知らない一手だ。むしろ、ざくろちゃんが知っていては出来ない所業なのだから、当然のことだろう。これがヒキー・ニッターの独断だという考えは恐らく間違いではない。企業がこんな博打のような真似を仕掛けてくるとは到底思えない。


 であるならば、俺は。

 俺は――


 未だ混乱の最中にいる配信のコメント欄を眺める。基本的にはこの珍事を楽しもうとしているやつらが多いように見えたが、その中の一つのコメントに俺は目を奪われた。


『ざくろちゃんとスイカちゃんやっぱり仲良いんじゃん』


 炎上の最中、豊穣姉妹は「ビジネスてぇてぇ」だと言われていたが、その考えを改めたという類のコメントだろう。俺は本当に二人が仲が良いと考えていたので、このコメントが嬉しかった。そして、この放送を見て本当のざくろちゃんを見てくれる人が増えてくれるということを理解した。


 そう、だから俺は。


「クソ悪魔――いや、ヒキー・ニッターよ」


 今は、今だけは俺とお前の戦いも休戦だ。

 俺にはお前の考えが分かる。

 こうすることがざくろちゃんのためになると考えているのだな。

 俺も、この配信がざくろちゃんの助けになると判断した。

 だから、加勢してやる。

 出来る限りではあるが、お前の味方をしてやろう。


「……ふは、ふはははははははははは!!」


 「カタカタカタカタカタ!」と自慢のブラインドタッチでテキストを書き上げる。内容は適切でなくても良い。むしろ、この配信を多くの人間が見ることが大切だから、多少の嘘を盛り込んででもキャッチーな内容が必要になるだろう。それはつまり、こういうことだ。


【絶賛炎上中の豊穣ざくろがヒキー・ニッターに盗聴されて心情暴露wwwさらなる大炎上は必至wwwww ⇒URL:ttps://www.metube.com/watch?v=〇〇〇〇〇】


 今もっとも同時接続者数の多いVtuberの配信に、このハイパーチャットをぶん投げて荒らす。Vtuberが好きならばこの炎上事件には少なからず目を通しているやつも多いだろう。『拡散』を狙うのであればここ以上に適したスポットは無いはずだ。そして、これはアンチの俺だから出来る芸当。こんな他人の配信を荒らす真似、普通のやつには出来ない。俺のようなやつにしか出来ない。


 ゆめパズルのVtuberにはチャットルームを常設している人もいるので、そこにも同様の内容を書き込んでおく。目を通す人数は少ないかもしれないが、同じ箱のVtuberを推している視聴者であれば、興味を惹かれる度合いは外部の視聴者とは段違いだろう。


「他は……」


 また、7chの勢いのあるVtuberのスレッドにも適当にいくつかレスをする。特に四天王がいるような箱のスレッドは狙いどころだ。あそこは人も多いし、そのせいかこういった『お祭り』に食いつくやつは沢山いる。ツブヤイターにも「拡散希望」のハッシュタグをつけて流して、アクセス数の多いまとめサイトの米欄なんかにも念のため書き込んでおいて……そうやってひたすらに配信の宣伝をし終えた俺がたどり着いたのは、あえて最後に残しておいたヒキー・ニッターアンチスレだった。


 スレにはすでに「アンちゃん、今ヒキー・ニッターがめっちゃ面白そうな配信してるぞ」と書き込まれていた。俺が悪魔の奇行にどんな反応を見せるのか楽しみなのだろう。

 俺がそれに対して書き込む内容は決まっている。一時休戦して悪魔の味方になると決めた時から、最後はこうして幕を閉じようと決めていた。指をポキポキ鳴らした後、キーボードを叩く。


「炎上中の豊穣ざくろを盗聴し無許可で配信。企業Vtuberどころか人として、いや悪魔としてもやってはいけない行い。さっさと契約打ち切れ夢花火……っと」


 「ターン!」と勢いよくエンターキーを鳴らし、俺は愛すべきヒキー・ニッターアンチスレに新たなレスを一つ加えたのであった。


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