18.悪魔が生まれた日
そろそろ配信を始めようかと諸々の準備を進めていると、スマホが通知の音を鳴らした。画面を見ると、それはスイカちゃんからのRINEだった。実はこの前出会ったときに連絡先を交換していたのだ。
岬ちゃんに二葉さんに、そしてスイカちゃん……3名もの連絡先を手にした俺はもはやリア充を通り越してリア神の領域にまで達していることだろう。もう誰にも「あの人が誰かと喋ってるところ見たことないんだけどw」なんて言わせないぞ!
そうイキっていた俺であったのだが、
『こんばんは。今からちょっと通話してもいいですか?』
という文面が表示されているのを見て腰砕けになってしまった。
ちゅ、ちゅうわぁ……?
二葉さんといい、なんで皆こんな簡単に人との通話を望めるの……?
通話が平気で出来る間柄なんて、俺からしたらもはや大親友なんだけど、そう呼んでも良いですか。はいかイエスで答えてくれると助かります。
震える指で「構いません」と返信すると、即座に通話がかかってきた。
二葉さんとの初通話のことが脳裏に過ぎり、噛まないように気を付けて言葉を発する。
「もしもしぃ?」
すると声が裏返って不快な声が出た。これには相手の防御力もたまらずダウン。「注意したところで結局これだよ」と自分自身に嫌気がさして俺は3ターン動けなくなる。代償がでか過ぎるぞ、このデバフ技。
「あ……もしもし。豊穣スイカ……の、桑島穂乃花です。急にごめんなさい」
「いえ、大丈夫です。どうかされましたか?」
そう俺が訊くと、やや間があってからスイカちゃんは「……ざくろちゃんのことなんですけど」と答えた。
まぁ、やっぱりそれだよな。それ以外に俺と話す用件なんて無いまである。
「ざくろちゃんの、その、あの……」
「炎上の件ですか?」
「は、はい。……それってご存じですか?」
「はい、知ってます。前に話した時よりもずっと、大事になってしまったようで」
しゅんとした声で「そうなんです」と言うスイカちゃん。
「あの時はすぐ収まるだろう、と高をくくって楽観的なことを言ってしまってすみません」
「い、いえ! あの時とは、状況も変わってしまいましたし」
「ざくろちゃんと直接会って話したりはしましたか?」
「本格的に……してからはまだ。でも、電話では何度か話してます」
スイカちゃんは「炎上」という言葉を直接口に出すのを避けているようだった。それはその言葉自体を恐れているようにも思えたし、直接口にすることで、事実がより鮮明になって目の前に現れるのを避けているような……そんな風にも思えた。
「ちなみに、どんなことを話したのかお聞きしても?」
「……まず一番にざくろちゃんが言うのは、いつだって『ごめんなさい』です。迷惑かけてごめんなさい、心配かけてごめんなさい、私なんかが同期でごめんなさい……」
「私、聞いてられなくて」と続けて、
「迷惑かけられたなんて思ってないです。心配なんてするのが当たり前です。ざくろちゃんが同期で……私は本当に良かったって思ってます。でも、それを直接言っても、ざくろちゃんは『ありがとう』って言ってくれるだけで、心には全然届いていないような感じで……」
前に話を聞いたときにも思ったのだが、ざくろちゃんはスイカちゃんの前だと素直な気持ちを吐露しているようだ。女性の同期ということもあり、気を許しているのだろうか。
「実は俺もこの前、たまたまざくろちゃんに会ったんですよね」
「本当ですか!?」
その声は今までとは打って変わって大音量であったため、俺は咄嗟にスマホを耳から遠ざけた。
元の位置に戻すと「す、すみません」という声が届く。
「ざくろちゃん、元気そうでしたか……?」
「どうでしょう。でも少なくとも健康そうではありましたよ。やけ食いだーって言って物凄い量のご飯食べてましたし」
「そうなんですね! 食べるときは食べるとは聞いてたんですけど、本当だったんだなぁ……」
二人はオフコラボの際に食事を一緒にとる機会もあったようなのだが、本来のざくろちゃんは小食らしく、それと比較するとスイカちゃんは大食いであるため、食べ終えるのを待っててもらう時間が出来てしまうらしい。
しかし、そんな時のざくろちゃんは文句なんて何一つ言わず、「ゆっくり食べて」と言い、「美味しそうに食べてる姿を見てるのも好きだから」と微笑むのだという。そのエピソードを語るスイカちゃんは本当に楽しそうで、まるで二人が本物の姉妹であるかのようにすら思えた。
だからこそ、今回の一件については本人と同じように傷ついているのかもしれない。炎上というのは文字通り対象だけではなく、その周囲にあるもの全てを燃やし尽くして傷つけるのだろう。粛清という大義名分を得た業火はそれらが灰になるまで絶えることは無く、ずっと。
「私、今後もずっとざくろちゃんと一緒にやっていきたいです」
やがて、ぽつりと呟くようにスイカちゃんは言った。
「でも、ざくろちゃんは、もしかしたら……」
「……辞めてしまうかもしれないって? もしくはざくろちゃん自身がそう言ってたとか?」
「直接は言ってないですけど、なんとなく……そうしたいのかもって、少し」
ただの憶測に過ぎないという語り口であったが、俺はざくろちゃんから直接それに関連する話を聞いていたため、あながち間違いではないことを知っていた。
引退するつもりはないと言っていた。言ってはいたが、しかし、理性という蓋に閉じ込めているだけで、その奥底にはそういった気持ちがあるのではないだろうか。
これ以上周りに迷惑をかけたくないだとか、もう早く楽になりたいだとか、そういうものが綯い交ぜになった末に導き出された、「引退」という二つの文字が。
「だから、どれだけ私が一緒にやりたくても、ざくろちゃん自身がもうやりたくないって言うのなら……その時はもう何も言いません、だって、ざくろちゃんにはざくろちゃんの人生があるから。引き留めるのは私のわがままでしかないから」
「……はい」
「でも、もしも……もしも、ざくろちゃんがこれからも一緒にやりたいって言ってくれるなら……私はなんでもするつもりです。炎上なんて怖くないです」
そして「ざくろちゃんと一緒に燃え尽きられるなら、本望です!」と言った。
「……そこは炎上なんか消し飛ばすっていう意気込みをするところでは?」
「えっ? あっ、そうですね、ごめんなさい……」
いかにも申し訳なさそうな声音に俺は少し笑ってしまう。
それにしても、「なんでもやる」か。ここまで言う覚悟がスイカちゃんにはあったのだな。
その想いの丈に感服していると、スイカちゃんは「はぁー」と少し肩の荷が下りたように息を吐いて、
「あの、ありがとうございました。私、頭ごちゃごちゃになってて、自分でも自分がどうしたいのか分からなかったんですけど……話しててようやく分かりました。私はざくろちゃんのためならなんでもするつもりだったんだなって」
「そうですか。お役に立てたなら何よりです」
「いつも悩みばっかり聞いててもらっててすみません。私よりずっと大人の人だからか、知らずのうちに頼っちゃうみたいで」
「俺が大人……ですか?」
「はい!」
スイカちゃんは元気いっぱいに返事してくれたけれど、俺の頭の中では「それっておっさんって意味ではないよな?」という不安が渦巻いていた。
十代後半あたりからあんまり精神が成長してる感じがしないから、気持ちの上ではヤングなつもりなんだけど……若い人からから見れば普通にアラサーのおっさんか。自覚はあったとはいえ、人から言われるとまた全然別の味がする。ほろ苦い。
それから耳にタコが出来るほど繰り返し「ありがとうございました!」と言われて、若干いたたまれなくなるような思いもする中、通話は終了した。
彼女はこれからざくろちゃんに連絡を取り、勇気付けようとするのかもしれない。あるいは何事もなかったように友人として楽し気に振舞うのかもしれない。ならば、「俺に出来ることは?」という自問の声が耳の奥で反響した。
その日の配信は以前に中断した自分自身の切り抜き動画作りを中心に行っていた。
とは言っても、動画作成が一朝一夕で出来る訳もなく、過去の配信を見返しつつの雑談がメインとなっている感じは否めない。しかし視聴者はかえってそっちの方を楽しんでくれている様子で、いつもよりコメントの流れも速いくらいだった。何を楽しんでくれるのかとか、未だによく分からないんだよな……。
「こう見ると色々な配信をやってきましたね。配信を始めてからもう三か月近くも経っているので、当然と言えば当然ですが」
コメントで『もうそんなに経ったのか』という返信が来る。
全くその通りだ。近頃は月日が経つのが本当に早い。配信業という慣れない環境のせいだと思いたいものであるが、とある学者が提唱した話では、年齢を重ねるにつれて人生の体感時間は短くなっていくらしい。このままではおっさんでいられる時間なんてすぐに過ぎ去って、あっという間にお爺ちゃんになってしまうのかも。そうなった自分の姿はまだあまり想像できないが、「ワシも若い頃は大勢に魔界の悪魔として崇められていたものじゃった……」とか言ったら、ボケたかこのジジイ、と見切りをつけられそうだな。
リスナーに「お勧めの配信があれば教えてくれ」と事前に伝えていたので、それを頼りに過去の配信を見返していく。小恥ずかしいような気持ちも無いことは無いが、なんだかんだで自分でも見返して笑ってしまうような場面がけっこうあった。配信中はゲームや歌や企画に集中しているから、コメント全てを読むことは出来ないが、改めて見返すと沢山のリスナーが俺の配信を楽しんでくれていることが分かる。それは別に過去の配信だけがそうなのではない。今だってコメント欄には『こんなこともあったなw』、『あの配信も見返してほしい!』といった声がリアルタイムで届けられている。自惚れではなく、きっと心の底からこの配信も楽しんでくれているんだろう。それがすごく嬉しい。嬉しくて、だから訊きたくなってしまった。
「皆さんはどうして配信を見ているんですか?」
多少のラグがあってからそれに対する返答がコメント欄にずらりと並んだ。
『暇だから』
『面白いから』
基本的にはこの二つの意見が多数を占めていた。まぁ、それはそうだろう。配信を見るということは娯楽であり、暇つぶしだとか、楽しんだりするためというのが主目的になるはずだ。
では、である。
「皆さんはどうして俺の配信を見ているんですか?」
この世界には数多くのMetuberがいる。Vtuberであるというフィルタをかけたとしても、Vtuber戦国時代とさえ言われているこのご時世だ。他に無数の選択肢があることには変わりないだろう。その中からこの俺を選んでくれた理由を、俺は問いかけた。
『声が良い』
『なんとなく?』
『妹ちゃんの登場待ち』
『ゆめパズルの一員だから』
『ゲームの趣味が合う』
『いつから俺がお前の配信を見ていると錯覚していた?』
『なんかやらかしそうな雰囲気があって目が離せない』
『言わせんな、俺にとってお前がナンバーワンだ』
『理由は分からんが応援したくなる』
コメント欄が瞬く間に数々の意見で覆いつくされた。いくつかの小ボケは置いといておいたとしても、その一つ一つがスクリーンショットを撮って部屋に飾りたくなるくらい、嬉しい言葉だ。まぁ本当にただ疑問に思って聞いてみたのだが、称賛クレクレみたいな感じになってしまったのは申し訳ないところだな。
しばしそうしてコメントを眺めていると、ひと際目立つ赤色の帯がコメント欄に表示された。その帯には文字が表示されている。つまり、ハイパーチャットだ。それも赤色ということは1万円以上の高額ハイパーチャット。
金で想いの強さが決まるとは言わない。同じ1万円でも所得などでその行為に対する想いは大きく変わってくるだろう。しかし、社会人として金を稼ぐということがどれだけ大変なことかは身に染みて分かっているつもりなので、ハイパーチャットを送られた時の気持ちの高揚はどうしても抑えられない。ましてやそれが一万円以上ともなれば尚更だ。世の中は金が全てではないが、金で世の中は回っている。企業Vtuberとして、この意識を無くしてはいけないとも考えている。
だから、いつもよりも気持ち丁寧にハイパーチャットで送られたその文章を読み上げようとした。
しかし――
【恥ずかしながら俺もこの前までヒキニートしてた。だけど、ハイチャを送ることで少しでも配信を盛り上げることが出来るようになりたい……と思って働き始めた。で、とうとう初任給貰ったので初ハイチャ。悪魔よ、いつもありがとう。俺の思うこの配信の一番良いところは俺たちの中の誰よりもヒキー・ニッターが楽しんでいること。視聴者と配信者で立場は違うけど、一緒に楽しめているような気持ちになる。今後も無数のコメントの中の一つとして、応援してる】
その内容を、俺は最後まで声に出すことが出来なかった。
嘘偽りがないとすれば、俺のためにヒキニートを卒業して働き始め、そこで得た金でハイパーチャットを送ってきたのだと言う。彼がどのような職種に就いているかは分からないが、地道に働くというのは大変だ。それにヒキニートだったというのなら、リスタートを切るのにも相応の苦労があったことだろう。それについては俺自身にも覚えがある。だというのに、そうして手に入れた対価を、この俺のために使ってくれている。
「……なんていうか、言葉になりませんね」
コメントで『元ニート同士が共鳴しているw』と茶化される。しかし、その言葉は存外に的を射ていた。
きっとこのコメント欄の多くの人は俺が何故こんなに感動をしているかは分からないだろう。それは元ヒキニートにしか分からない領域だからだ。なまりきった体や精神を引きずりながら前に歩くのは辛かったはずだ。空白のある職歴を提出するのは恥ずかしかったに違いない。それでも投げださず、職を得た。そして、毎日外に出たくないと思いながらも働き続けて、賃金を得た。同じ元ヒキニートとして、そうした過程があったことは容易に想像できる。
その動力源は俺に「ハイパーチャットがしたい」という思い。
つまり、俺の配信が彼の人生を変えたのだ。
「俺の配信にも、なにかを変える力があるんですねぇ……」
ざくろちゃんは言っていた。「天道きらめきの隣に並び立つVtuberになりたいから、Vtuberになった」と。
配信なんてものはしょせん娯楽。見る人によってはくだらない、と吐き捨てるようなものなのかもしれないが、別の誰かにとっては人生を変えるような出会いとなる場合がある。
そして、スイカちゃんは言っていた。「ざくろちゃんにはざくろちゃんの人生があるから、もしも彼女がVtuberを辞める選択を取るなら、何も言わない」と。
その言葉に俺はひそかに賛同していた。無理やり引き留めて、彼女の人生に干渉して、そこで失敗したとしても、俺には責任を取ることなんて出来ない。ならば、選択することは彼女自身の一存に任せるべきだと考えていた。本当は一緒にやっていきたい気持ちはあるのに、責任という重荷を背負うことから逃げて、その言葉を口に出すことはしなかった。
しかし、今この瞬間、俺は知った。俺はもうすでに誰かの人生に影響を与えるような人間――配信者になっていた。であるのなら、もう一人分の人生を背負う覚悟を決めても良いんじゃないだろうか。配信者としての力を持って、自分のやりたいように、思うがまま振舞ってもいいんじゃないだろうか。
「……皆さん色々とありがとうございました。俺もこうして配信をするのが好きなので、これからもずっとこんな感じで配信出来たらと思います」
頂戴した数々の言葉にお礼を言うと、『死亡フラグみてぇなセリフだ』というコメントが流れた。まぁ、あながち間違いでもない。
今思いついた『それ』を実行することでざくろちゃんどころか他の多くの人にも迷惑をかける可能性は十二分にあるが……まぁどうせなら俺の配信人生を終わらせる覚悟で盛大にやらかしてやってもいいだろう。
なぜなら俺は人間ではない。狡猾にして滑稽な魔界の悪魔、ヒキー・ニッターなのだから。




