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16.とあるアンチの孤軍奮闘

「コンビニのスイーツを微妙と発言。企業Vとしての自覚無し。さっさと契約打ち切れ夢花火……っと」


 今日も今日とて7chのヒキー・ニッターアンチスレに俺は配信のURLとその時間指定、それからクソ悪魔が発した問題発言の内容を書き込む。

 俺の1レス前に書き込まれているレスは……俺だ。その前も俺で、その前も俺。このスレッドの書き込みの8割は俺。残り1割はそんな俺を馬鹿にしたようなもので、もう1割がようやくクソ悪魔についての書き込みだ。ただそれも別に非難する内容じゃないなんてこともままある。結果的に、俺一人だけでこのアンチスレは成り立っているようなものだった。


 別にクソ悪魔が特別好かれているとかそういうわけではない。そもそも、叩く意味がないと思われているのだ。

 ゆめパズル自体がVtuberグループとしては下の上といった規模であるし、ヒキー・ニッターはその中でも最も登録者数の少ない新人。人が少なければそもそも純粋なアンチは生まれにくいし、嫌いじゃなくても人を(けな)すのが楽しいからアンチするという愉快犯めいたやつらは、規模のでかい場所でしかアンチ活動をしない。だから、俺は一人で戦うことになっている。


 ではそもそもなぜ俺がアンチ――まぁつまりファンとは反対に徹底的にヒキー・ニッターを嫌っているのかというと、そこには豊穣ざくろという一人の女性Vtuberの存在が関与していた。

 俺はざくろちゃんに……なんていうか、その、恋をしている。

 だけど、俺自身がざくろちゃんに近づくなんていうことはありえない。ありえないし、やってはいけない。手の届かない偶像でなくてはならないとすら考えている。だからこそ、もしも他の男との交際が明らかになったりすれば、三日三晩は寝込むだろう。


 なので、出来るだけ他の男の影は見えないようにしてもらいたいのだが……そうなると問題は(くだん)のクソ悪魔である。

 こいつはざくろちゃんの同期だ。それはつまり、もっともざくろちゃんに近づきやすい男ということになる。現状はまだこの二人のコラボは行われていないので、表立っての交流はない状態となるが、裏では分からない。もうすでに同期としての交流を深めている可能性はある。

 俺はそれがどうしても許せなかった。仕事を介してざくろちゃんと仲良くなろうだなんて、言語道断である。世界が許しても俺だけは許さない。


 そういうわけで、俺はヒキー・ニッターのアンチ活動を行い、引退へと追い込むことで、ざくろちゃんに近づく男を排除しようと画策(かくさく)していた。

 これは言わば聖戦である。悪魔を討伐し、聖女を救い出すための戦いだ。クソ悪魔なんかには絶対に負けない。たとえ俺一人でも最後まで戦い抜いてやる。


 ちなみにざくろちゃんは最近ほんの少し炎上しているようだが……俺から言わせてみれば、あそこでアンチ活動しているやつらは『浅い』。

 ざくろちゃんは確かに見た目も中身も可愛らしく、ほわほわとした雰囲気を売りにしているが、よくよく見れば配信当初から上昇志向があるのが見て取れる。俺はそこまで含めて好きなのだ。芯のある女性というのは素晴らしい。

 それを上辺だけ見てイメージと違うなどとフザケタことを抜かして叩くのは愚の骨頂。ざくろちゃんの本当の良さが分からないようなら、さっさとブラウザバックして動かない絵でも見ながらマスでもかいてろ。


「ん、そろそろ時間か」


 そうこうしている間にヒキー・ニッターの配信時間がやってきた。

 アンチとして、全ての配信を見るのは義務だ。全てに目を通さず、ただ嫌いだと書き込むだけならbotにだって出来る。常に最新の粗を探して、アンチスレッドを盛り上げるのが本物のアンチというものだろう。


「どうも皆さんおはあくま~。今日は雑談枠の予定だったんですけど、やりたいことがありまして」


 はい、開幕タイトル詐欺宣言。嘘つきの配信なんて見る価値無し。さっさと契約打ち切れ夢花火。……いや流石に弱いか。湿気った枝を使用しても火は起こせない。確実に燃える素材を選別しなければ。


「早速なんですが、皆さんは『切り抜き動画』というものをご存じでしょうか」


 切り抜き動画とは配信の一部分だけを切り抜いた動画のことだ。数時間あるいは数十時間もあるような配信を全て見る時間は作れないという人はかなり多いと思うが、そういった人向けにその配信の中で特に面白かったシーンだけを切り抜いて作られたもの。

 あるいは時間がない人以外でも、その配信者をよく知らない人が『どんな人物か』を手っ取り早く理解するためにも使われたりする。テレビのバラエティ番組なんかでも、ゲストが登場する際に過去の名場面が流れたりするが……まぁ感覚的にはあんな感じだろう。

 

 そんな切り抜き動画についてクソ悪魔が尋ねると、コメント欄には『知ってる』、『もちろん』という返答が書き決まれていた。

 Vtuberファンで切り抜き動画について知らない人はほぼほぼいないだろうな。それくらい一つの文化として根付いている、


「ああ、皆さん知っているようですね。聞いた話ではこの切り抜き動画でバズるVtuberの方も珍しくないようで……ただ、俺の切り抜き動画ってあんまり無いみたいなんですよね」


 それはそうだろう。切り抜き動画を作る人間はおおよそ二通りいて、一つは単純にその配信者のことが好きで「この人はこんなに面白いんだぞ」と広めたいがために動画を作っている人。しかし、クソ悪魔のことを心の底から大好きな人がいるとは思わないし、思いたくない。

 もう一つは切り抜き動画を作成し、その切り抜き動画でもって自身のコミュニティを大きくし、収益を得ようとするタイプ。Metubeは投稿した動画に広告を設定することで、その再生数に応じて収益が得られるシステムがあるのだが、要はそれを得る為に切り抜き動画を作っている人。この場合は切り抜く配信者がある程度人気者でないと、動画を作っても大した再生数を得られないため、大手事務所に所属しているVtuberなどが対象に選ばれることが多い。ヒキー・ニッターは人気がないとまでは言わないが、駆け出しであることには違いないので、そういった収益目的の切り抜き動画が作られることはまず無いだろう。


 つまり、このクソ悪魔は切り抜き動画なんてものを作ってもらえるはずがないのだ。

 思い上がるんじゃないぞ、とせせら笑っていると、


「なので、自分で切り抜き動画を作ってしまおうかなーと思ったんですよね」


 クソ悪魔がそう言ってのけたので、俺は椅子から転げ落ちた。

 自分で切り抜き動画を作る……くそ、その手があったか!


 まだVtuber業界が黎明期(れいめいき)であった頃、とある切り抜き動画を作ったやつがいた。当時はまだ、先駆けのVtuber以外は後追いの色物としか見られない状況であったにも関わらず、その動画はバズりまくった。後発組が後追いではなく新しい波として認められた瞬間でもある。言わばこのVtuber戦国時代の礎を築いたといっても過言ではないだろう。

 その切り抜き動画を作った人物こそ他ならぬ、現在のVtuber四天王の1人なのだ。今でこそ切り抜き動画といえばファンメイドなのが当たり前であるが、そもそもの発端はVtuber本人が自分で作ったものであった。


 まさかそこに気付くとはな……。

 こいつ、敵ながらやりおる!!


 俺がそうして感嘆しつつ配信を眺めていると、クソ悪魔は視聴者に「なんか良さげな切り抜きの場面ありませんかね?」と問いかけていた。

 コメント欄の反応はあまり(かんば)しくない。せいぜい『白羽すばるとのコラボ面白かったからそこらへんは?』とか、『最初の住所暴露はいs(運営により書き込みを中断されました)』とか、『妹ちゃん登場回』とか、そういうのがぽつぽつと流れる程度だ。まぁたしかに俺もミサッキー登場の回は悪くないと思ったものだが……。


 ――いや、待てよ?


 そうして皆が頭を悩ませる中で、体中を落雷を受けたような衝撃が走った。

 とんでもないことを思いついたのだ。悪魔よりもよっぽど悪魔的な発想。俺は俺自身が恐ろしい。


 興奮のあまり手が震えたが、そのせいでミスタイプしないように、じっくりと落ち着いて文字を入力していく。

 やがて完成した文章を、俺は「ターン!」と勢いよくエンターキーを押して送信した。


【このURL先にお勧めの名場面載せてるよ⇒ttps://7ch.net/Metube/〇〇○○〇】


このハイパーチャットが画面上に表示されるとともに、クソ悪魔は「ハイパーチャットありがとうございますー。あ、しかも名場面教えてくれるんですか。助かりますねー」と呑気な声を上げた。

 一部の視聴者はURLでそれが7chのものだと見抜き、『読むな』と忠告しているようであるが、もう遅い。

 わざわざ1万円も入れて赤色のハイパーチャットを送り、即座に読んでもらえるように仕向けたのだ。その目論見通りにクソ悪魔はURLを開き、その先のページに書かれている文章を読み上げた。


「えーと、なになに…………ヒキー・ニッター、アンチ……スレ……」


 後半になるにつれ、声量をどんどんと小さくするクソ悪魔。

 そう、俺がハイパーチャットで送りつけたのはヒキー・ニッターアンチスレのURLだったのだ。

 

 いつだったか「誰も見てねぇのに何一人で熱くなってんのw」と俺を煽ってきた単芝野郎はこの配信を見てるか?

 どうだ、俺はついにやった。やってやったぞ。正義の鉄槌を食らわせてやった。

 雨の日も風の日もただひたすらにアンチ活動してきたのはこの日のためだった。とうとう俺はクソ悪魔に再起不能にさせるほどの精神ダメージを与えることが出来たのだ。


 無言のままアンチスレを眺めるヒキー・ニッター。

 『見ないほうが良いよ』とか『こんなの気にする必要ない』といった擁護の言葉がコメント欄に流れているが、恐らくそれらは目に入っていない。

 一心不乱とでも言うべきだろうか。ただ黙々と、一字一句まで見逃さないといった具合に、スレを読み進めている。


「ふぅ……」


 やがて最新のレスまで見終えたクソ悪魔は、小さくため息をこぼした。


「まさか、俺専用のスレが立っているとは思いもしませんでした。しかも、結構伸びている」


 俺が毎日書き込みを続けていたおかげで、スレのレス数はすでに500を超えていた。その内の8割が俺とすると、400レスが俺ということになるのだが、まぁ細かいことは良いだろう。


「その一つ一つを読ませていただきましたが……正直、驚きました。まさか、こんな……」


 さらに「こんな、こんな……」と繰り返し、声を震わせるヒキー・ニッター。

 

 おい、まさか、泣くのか? 

 いい大人が、配信中だというのに、みっともなく涙を見せるというのか?

 

 俺は期待に胸を膨らませる。

 長く続けていたアンチ活動が実を結び、とうとう悪魔討伐を完遂できる瞬間が来たのだ。

 脳内では幸せホルモンが今か今かと分泌される瞬間を待ちわびていた。


 ――のだが。


「まさか、こんなにも――俺の配信をしっかり見てくれる人がいただなんて」


 クソ悪魔がそんなことを言ったもんだから、俺は「へ」と間抜けな声を上げてしまった。


「いや、すごくないですか? このアンチスレの人。たぶん一人だと思うんですけど、全部の配信を見て、どんな問題があったのかを逐一書きこんでるみたいなんですよ。長時間配信だろうと関係なく、つい先日したばかりの配信の内容も書き込まれてます」


 クソ悪魔の言葉に『そう言われるとたしかに』や『もうアンチ通り越して一番のファンだろ』というコメントが流れた。

 

 こ、この俺がアンチではなくもはやファン……だと!?

 ふざけるな! 誰よりもこの男を嫌い、そのためにアンチ活動をし続けてきた俺がファンのはずがない!!


 俺の怒りとは裏腹に、クソ悪魔は淡々と続ける。


「でも、この方の言う通り、俺の発言に色々と問題があったのはたしかなんですよねぇ……あ、じゃあ折角なんで、このアンチスレの内容を基に切り抜き動画を作りましょうか。『アンチスレより選抜! ヒキー・ニッター問題発言集!』みたいな感じで」


 な、なにを言っているんだこいつは……?


 『自分で炎に向かって飛び込んでいくスタイル』とコメントでも言われているが、それはそうだろう。

 だってそれらは、俺がこいつを炎上させようと必死に集めてきた燃料なのだ。それなのに、なぜ一体、こいつはその危険地帯に意気揚々と飛び込もうとしているんだ……?


 「さぁやりましょーか」とクソ悪魔が声を弾ませて言うと、そのタイミングとほぼ同時でバイブの音が響いた。常連の連中はなにが起きるか理解しているようだが、それは俺も同じだった。


「もしもし。はい、はい……そうですね。言われなくても分かってます。今すぐにやめます。明日そちらに伺います。……はい、本当に、いつもご迷惑おかけして申し訳ありません……では失礼します」


 そうして通話を切るや否や、続けてマイクに向かって言った

 

「えー、というわけで今日の配信はこれで終了です。いつもいつもすみません。切り抜き動画は今度また作りますので……では、おつあくまー」


 そう言い残し、いつものように、逃げるようにして配信は終わった。

 『久々のお叱りエンドだな』と大した波風も立たず、視聴者の方も運営による強制終了に慣れたものだった。



 配信が終了してからしばらく放心していたが、はっと飛び起きるようにして覚醒した。そしてそのままヒキー・ニッターアンチスレを確認する。

 8割は俺の書き込みとなるこのスレは、いわば俺の子供だ。大切に大切に育ててきて、巣立ちの時を迎えるその時まで一緒に歩んでいくはずだった。

 しかし、それも今日までの話。大切に育ててきた我が子は、無残な姿へと変わり果てていた。


『ヒキー・ニッター公認ファンスレはここでつか?』

『いえーアンチさん、みってるー?^^』

『見てるだろw 全部の配信見てるくらいだしw』

『今思えばあのハイパーチャット投げたやつがここのやつだろ』

『たしかに。てなると赤ハイチャ投げたってことだし、やっぱガチの信者じゃん』

『俺もけっこうヒキー・ニッター好きだと思ってたけど……こいつには敵わねぇ』

『ファンの鑑』

『なんの原動力があったらここまで出来るんだよ』

『決まってるだろ、愛だよ』


 んなあああああああああああああ!!

 

 アンチスレへの書き込みを見て、俺は床に転がりながら絶叫した。

 「うっさいたけしなにしとん!!」と母ちゃんが部屋のドアを叩く。「ひぃごめんなさい!」と俺は素直に謝罪した。


 畜生……畜生!

 なんでこうなってしまったんだ。

 俺が悪いのか? 直接喧嘩を売るなら、もっと味方を集めてからにするべきだったのだろうか。

 分からない、なにが正解だったのか、どうするべきだったのか。本当になにも分からない。心も体も傷ついてボロボロだ。もうこんなくらだないことはやめないか、と脳裏で誰かが(ささや)いているような気さえする。


「だがぁ……しかしぃ……!!」


 歯を食いしばりながら身を起こす。

 俺はアンチ活動をやめない。憎き悪魔を打ち滅ぼすまで、俺の戦いは終わらない。

 さしあたってはこのアンチスレに群がる愚かな使い魔どもを打ち滅ぼしてやろう。正義は負けない。何度だって立ち上がり、悪を倒すまで剣を振るうのだ。


「覚悟しろよクソども!!」


 カタカタカタカタカタと勢いよくタイプ音を奏で、「ターン!」とエンターキーを叩く。

 その姿はさながら、銃弾が飛び交う戦地で一人演奏を続けるピアニストのようであった(俺談)。

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