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15.でかい! 説明不要!!(後編)

 今日も今日とて休憩室は人気が無かった。無駄なスペースになっている気がするし、なにか別の使い道を模索したほうが良いんじゃないだろうか。夢花火さんよ。


 こういう時は飲み物の一つでも用意したほうが良いだろう、と紙コップ入りの温かいココアを購入して手渡してみたのだが、


「お金、払います」

「え、いいですよ、これくらい」

「駄目ですよ。お金のことはしっかりしないと」

「でも……」

「それに私たちは同期なんですから、妙な気遣いは無しにしましょう」


 そう押し切られて代金を支払われてしまった。なんてええ子なんや。

 それだけに、欲しくもないココアのお金を出させる羽目になってしまったのではないか、と心が痛む。もしも要らなかったらその飲みかけのココアは俺が飲み干すから心配しないでくれ。……おかしい。親切のつもりが策士の変態みたいになっているぞ。


 さてどうしたものかと考えていると、彼女は「あ!」と唐突に声を上げた。


「すみません、自己紹介がまだでした。改めまして、私は桑島穂乃花(くわしまほのか)と言います。豊穣スイカの中の人です」

「俺は本条一仁(ほんじょうかずひと)です。普段はヒキー・ニッターやってます。……ちなみに、なんて呼んだほうが良いですかね?」

「好きに呼んでもらっていいですよ。私は、本条さんと呼ばせてもらいますね」


 好きにと言われるとかえって困ってしまうのだが、ざくろちゃんはざくろちゃんと呼んでいるわけだし、「じゃあスイカちゃんで」と言うと、「はい、スイカちゃんです!」と両手でピースしながら応えてくれた。可愛い。またうっかり惚れてしまいそうだから気を引き締めよう。


「で、用件はなんでしょうか」

「はい。……あの、ざくろちゃんのことなんですけど」

「ざくろちゃん?」


 ざくろちゃんがどうしたのだろう、と逡巡するや否や、俺はぎょっとしてしまった。

 スイカちゃんの目が潤みだし、今にも涙がこぼれそうになっていたからだ。


「す、スイカちゃん?」

「ざくろちゃん、すごく良い子なのに、それなのに……」

「う、うん」

「なのに、よく知りもしない人が悪く言うんです! わ、わたし、悔しくて!! でも、何も出来ないし、もうどうすればいいか分かんなくってぇー……!!」

「ちょっ、落ち着いて! とりあえず鼻かみましょう! 鼻!」


 慌てて近くにあったティッシュを渡すと。「ずびばぜん」と言いながら鼻をかむスイカちゃん。美人が鼻水垂らしながら泣いている姿なんて始めて見たものだから、めちゃくちゃ焦ったわ。

 一先ず俺は訊く。


「それは炎上の件という話でいいんですかね?」

「そうです。やっぱり本条さんも知ってますよね」

「実はついさっき、うちのマネージャーから聞いたんです。でも、まだ小火(ぼや)程度とも聞きましたが」

「それはそうなんですが……だからといって、こんなのは不条理だと思うんです! ざくろちゃんは何にも悪いことしてないですもん!」


 またヒートアップし始めるスイカちゃんを「まぁまぁ」と言って(なだ)める、うーん、どうやら彼女はざくろちゃんのことを敬愛しているようだな。ちょっとでも悪く言われるのが納得できない様子だ。

 スイカちゃんは興奮しすぎている自分に気付いたのか、若干トーンを落としてから言う。


「……私たち、普段は豊穣姉妹として、よくコラボしているんです」

「俺も二人の配信はよく見ているので、もちろん知ってますよ」


 「本当ですか? ありがとうございます」とお辞儀するスイカちゃん。


「でも、私はバカだし、どうしたら視聴者さんが楽しんでくれるのかよく分かんないから、コラボ配信の内容はざくろちゃんが考えてくれるんです。それだけじゃなくて、普段の一人の配信にも『こんな風にしたらいいんじゃない?』とかアドバイスくれたりして、本当にいつもお世話になってて、だから……」

「ああ……」


 スイカちゃんにとってのざくろちゃんは、俺にとっての二葉さんみたいなもののようだ。俺も二葉さんがよく知りもしない人に悪く言われてたら、そりゃもう怒る。怒りが有頂天になってキングベ〇んもスも瞬殺待ったなし。


「あの発言だって、私が悪いんです。私がいつもざくろちゃんに任せっきりで、一人でただ楽しんでいるばかりだったから、配信者として周りのみんなを楽しませようっていう意識が足りなかったのを指摘されただけなんです。それも別に、本気で怒ってたとかそういう訳じゃなくて、冗談半分に突っ込んでくれただけで」


 あの発言とは、炎上理由となる「だから私たち中々登録者数伸びないんだよ」という発言のことだろう。あれはそういう背景があっての言葉だったのだな。

 そして、スイカちゃんは改めて俺に向き直り「本条さん」と呼びかけてくる。


「そういう訳なので、四期生コラボの話も一旦流れちゃったんですが、ざくろちゃんのことは悪く思わないであげてもらえませんか。悪いのは私なので」

「そりゃ、もう。ざくろちゃんは全然悪くないですし……なんならスイカちゃんだって全然悪くないですよ」

「えっ?」

「俺も登録者数を伸ばしたいって気持ちは分かりますけど、でもその一方でただ楽しんで配信がしたいって気持ちもわかるんですよね。俺はこんなやつなので、楽しくもないのに日々の配信なんて出来ないですし……。ざくろちゃんもそれを分かっているからこそ、普段からスイカちゃんとコラボ配信してくれてるんじゃないですか?」

「それは……」

「それとも、ざくろちゃんはいつも嫌そうにざくろちゃんと配信してるんですか?」

「そ、そんなことないです! いつも、私と一緒で楽しいって言ってくれますもん!」


 俺の言葉を大きな声で否定するスイカちゃん。ちょっとだけではあるが、あのざくろちゃんが「スイカちゃんと一緒で楽しい」なんて可愛らしいことを言うのだな、と意外に思ったのは内緒だ。


「今回はたしかにプチ炎上してしまったかもしれませんが……まぁボタンの掛け違えみたいなものですよ。誤差みたいなものです。それさえ直せば、残るのは仲良く二人で配信しながら登録者数アップという、良いとこどりの未来が待ってます」

「……そんな都合のいい考えで良いんでしょうか?」

「良いんじゃないですかね。そもそもさっき(くだん)の発言のあるアーカイブを確認しましたが、低評価3桁をようやく超えた程度じゃないですか。俺は4桁の低評価をもらってますし、尊敬する先輩は5桁いってたらしいですよ。その程度でくよくよしてたらこの先やっていけないですって」

「4桁や5桁の低評価ですか……あの、それは流石に笑い事ではないのでは?」

「…………いや、まぁ。それはたしかにそうですね。すみません、反省します」


 脂汗をたっぷりと浮かべる俺を見てか、ようやくスイカちゃんは笑顔を浮かべてくれた。

 俺や四十万さんの情けない経歴もたまには役に立つものだな。低評価ブラザーズとしてこの先売り出していけばいいんじゃないだろうか。止めとこう、また低評価爆撃食らう未来が目に見えている。


 そうして二人で笑いあっていると、休憩室の扉が開いた。

 「スイカちゃん、いる?」と言ったその声の主を見て、俺は少し驚いて「あ」と声を上げた。


「げ、なんであんたがここにいるのよ」


 その相手も同じ感想を抱いたらしく、相も変わらずのツインテールを揺らすざくろちゃんが、その美貌を打ち崩すような苦々しい表情を浮かべて言った。


「なんでって、ちょっとお話を――」

「ああ! ちょっとあんた、スイカちゃんに変なことしてないでしょうね!」


 ずかずかと室内へ入り込み、スイカちゃんを俺から引き離すようにその身に寄せるざくろちゃん、

 この人の中で俺はとんでもない性犯罪者にでもなっているのかな?


「なにもしてないですけど……」

「そ、そうだよ。ただお話してただけだよ」

「本当に? 『このことは誰にも言うなよ』みたいな感じで脅されてたりしない? スイカちゃんの体を見て劣情を抱かない男なんているわけないんだからね」


 そう言いながら安否を確かめるように体を撫でまわす。

 そのソフトタッチに合わせてスイカちゃんは「あう」だとか「ひん」だとか悩まし気な声を上げた。くそ、こんな光景見せられたらさっきまでの失礼な物言いなんて全て許すしかないじゃないか。もぐもぐ。おかわりもください、ざくろ様。


「本当になんにもしてないようね……まぁいいわ。今回は見逃してあげる」

「それはなんとも、ありがとうございます?」

「ただ、もしもスイカちゃんに何かしたら――その頭をスイカ割りみたいに叩き割るわよ」

「こ、コンプライアンス! コンプライアンス!」

「ちっ……ハサミでちょん切るわよ」


 なにを!?

 というか、コンプライアンスNGという意味ではむしろ悪化してませんかねぇ……。


 それだけ言い残し、ざくろちゃんはスイカちゃんを引っ張るようにして連れ去っていった。

 スイカちゃんはさっき会社で用事があると言っていたけれど、二人一緒にミーティングでもする予定だったのだろうか。なんにせよ、想像以上に二人の仲が良さそうで何よりだ。ざくろちゃんはざくろちゃんとしてのキャラを守っているようだけれど、ありのままの姿を見せた方が『てぇてぇ』と思われるんじゃないかなぁ。


 二人がいなくなった休憩室はしんとしていて、俺一人だと本当に広く感じた。

 その静寂のせいなのかは分からないが、妙な恐れが胸の奥を過ぎった。それはこのざくろちゃんの炎上を発端とした問題が、このままでは終わらないんじゃないか、という漠然とした不安だ。それを流し込めないものかと残ったココアを全て口の中に放り込んだが、やはり何も変わらず、ただそこにへばりついて離れないままでいるのであった。

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