12.好きなVtuberの中身は具〇堅用高です(後編)
「しかし、幸せな日々はそう長くは続きませんでした」
「なにがあったんですか?」
「……一人の女の子のツブヤイターの裏垢がバレました」
「あぁー」
裏垢。つまり、表立って活動しているアカウントとは別に持っているサブアカウントのことだ。おもにメインのアカウントでは言えないような本音を呟くためにあり、例えば誰かの悪口だとか、仕事の愚痴だとか……そういう心のモヤモヤを吐き出すためのストレス解消に用いられる。
しかし、どうやらその子の裏垢の使い方はそれだけではなかったらしく。
「裏垢でのその子は結構な……いわゆる、サセ子というやつでした。掘れば掘るだけ不特定多数と関係を持ったという過去が出てきた上に、リアルタイムで援助交際を募集しているという情報まで出てきてしまいました」
「それは、なんともまぁ」
「ちなみにこんな悪口も載ってました。『同僚のメガネ男子、あの手のタイプは絶対ち〇こ小っちゃいw』……いや誰のこと言っているのかさっぱりですけどね、ははははは」
合成音声のように無機質に笑う四十万さん。お前は今泣いていい。泣いて、いいんだ。
「この件は大炎上しましてね。7chを筆頭にしたネット界隈では新しい玩具が手に入ったことで連日連夜の大騒ぎ。会社の方にも悪戯電話やら女の子を辞めさせろという脅迫じみた手紙が届くわで、収集がつかなくなってしまいました」
「結局どうなったんですか?」
「炎上した女の子から『辞めたい』という申し出があったので、それを即座に受理したみたいですね。そうでなくでも謹慎なりはせざるを得なかったでしょうから、会社からしてみれば渡りに船だったことでしょう」
そりゃあそれまで通りの活動を続けられないだろうな。
とくにVtuberは配信中にリアルタイムで視聴者と触れ合う必要があるため、無視して活動をするというのは不可能に近いだろう。
そうなれば引退……という選択肢をとるしか道はなかったのかもしれない。
「同期がそんなことになって辛かったでしょう」と俺が言うと、「辛いは辛かったですが、僕的に辛かったのはここからです」と四十万さんが答える。
ここまでの話が序の口になるなんてことがあり得るの……?
「その後残された僕ら二期生は会社の意向でコラボを多めにするようになりました。まぁこれでも初期設定では僕のことを好きな女の子という設定でしたからね。不幸な過去を幸せなてぇてぇで覆い隠そうというしたんでしょう。しかし、その日は突然訪れました」
そう言って項垂れるような姿勢になり、
「ある日のコラボ中、残された女の子が叫びました。『もうすばる君と配信したくない!!』……しかも、大泣きですよ。僕は慌てて配信を終了しましたが、コメント欄では『極悪人白羽すばるが女の子を泣かせた』ということになっていました」
「ええ……」
「後で事情を聴いたところ、泣いてしまった女の子は辞めてしまった女の子のことがなんやかんや大好きだったそうで、僕と配信しているとその子のことを思い出してしまうから、という理由で泣いたそうです。あと、そもそも女の子ときゃっきゃうふふするタイプのVtuberになりたかったから、僕とばかりコラボする日々に嫌気がさしたそうですね」
「じゃあそもそもこんな設定のVtuberのオーディションに応募するなよ」と四十万さんは毒を吐くが、正直それについてはごもっとも過ぎてぐうの音も出ない。
「結局その女の子も辞めてしまいました。辞める前に泣いた理由については配信上で説明してくれたため、僕の極悪人というイメージは薄まりましたが、今でも根強いアンチに配信を監視されています。信じてくれている視聴者は僕のことをただ不幸な人間だと思ってくれているようですが……これが僕ら二期生が今現在『不遇の二期生』と呼ばれている理由となります」
ご清聴ありがとうございました、と言わんばかりに頭を下げる四十万さん。
頭を下げたくなるのはこっちの方だ。そんな理不尽な目に遭ってもなお、前を向いてやっていこうとしているその姿は尊敬に値する。
そして、四十万さんは「この件があってからゆめパズルでは男女関係について、より厳しく精査するようになりました」と続けた。
「あ、もしかして妻帯者の件ってここに関わってくる感じですか?」
俺が訊くと、二葉さんが「はい」と答える。
「偏見と言えば偏見なのですが、妻帯者であれば男女関係は清廉潔白だろう、と判断されるようですね。まぁ、アイドル路線であれば配偶者の存在を隠す必要があるので、メリットデメリットも人によりけりなのですが」
俺の場合はネタ枠だから配偶者がいても問題ないということなのか。
なんかそれも寂しいな。俺のことを本気で愛してくれる女の子だってその内出てくるかもしれないじゃんね。
まぁ、ないか。これまでだって何にもなかったんだし。でもいいもん。だって、それってつまり、男女関係が清廉潔白だってことでしょ。過去を掘られても一切ダメージがないってことだ。おらおら、かかってこいよ妻帯者ども。俺よりも過去が奇麗なやつおるんか。こちとら本当に真っ白やぞ。……言ってて空しくなるから止めよう。
「また、二期生の件を踏まえて現状のゆめパズルでは男女間でのコラボについてもかなり慎重になっています。ちょっとでも問題点があると、当時のことが再燃する可能性がありますので」
「あー、俺が中々公の場でスイカちゃんやざくろちゃんと会わせてもらえないのってそれのせいですか」
「そうですね。……すみません、本条さんにはまったく非がないのに、まるで危険人物のような扱いになってしまっていて」
「いえ、別に二葉さんが謝ることでもないじゃないですか」
ざくろちゃんにはたまたま会ってしまったという感じだし、あれはイレギュラーだったんだろう。
そうなると、スイカちゃんに会えるのは一体いつになるのだろうか。彼女はちゃんと俺のことを同期だと覚えてくれているのだろうか。不安。
そんなことを考えていると、四十万さんがなんだか目をぱちくりとさせていた。
「どうかしましたか?」
「なんというか……丸金さんと本条さんは仲が良いんだな、と」
「えっ……そうですか?」
「はい、あの、どことなく気を許しあっている気がしますし……あと、なによりも名前で呼んでいますし」
名前で呼んでいるとは「二葉さん」という呼び名のことだろう。
これについては「丸金さん」という呼び名を出来るだけ避けたいという二葉さんの気持ちに配慮してのことだ。
説明していいものかと逡巡していると、
「普通は、マネージャーさんとかって言いますよね」
と四十万さんが言ったものだから、俺は静止してしまった。
マネージャーさん……マネージャーさん!?
言われてみれば確かに、その呼び名が適切な気がする。実際、放送上では「マネージャーさん」と言うことだってあったはずだ。それなのに、なんで俺はわざわざちょっと恥ずかしい気持ちを抱いてまで名前で呼んでいるんだろう。いや、これは二葉さんに頼まれてのことであったな。
そう思って二葉さんの方を見ると、彼女は赤面してうつむいていた。おやおや?
「あの、実は私もこの前鹿島さんに『マネージャーさん』と呼ばれた時に、そう呼んでもらえばよかったんだ、と気付きまして」
「……あぁー」
「初めてマネージャーになったせいもあってか、常識が不足していたみたいです。すみません」
それは初耳だったので俺は驚いてしまう。
めちゃくちゃ頼りにしてしまっていたが、二葉さん自身も新人マネージャーだったんだな。とはいえ、これからも手加減せずに頼るつもりだけどな。俺の寄生力をあまり舐めないで欲しい。
「えーっと、ではこれからは『マネージャーさん』とお呼びしたほうがよろしいでしょうか?」
「それは……そう、ですね……でも、あの、今更変えるのも、違和感があるのではないでしょうか?」
「そう言われると……たしかに、そんな気はします」
「では、今まで通りということで、お願いします」
「はい、二葉さんということで」
というわけで、そういう結論になった。
あまり詳しくは心境を説明させないで欲しい。これ以上は心臓が持たない。
テニスの観客のように俺と二葉さんの顔を行ったり来たりした四十万さんは、「もしかして僕、一回出て行ったほうが良いですか?」と訊いてくる。俺と二葉さんは同時に「妙な気を利かせないでください!」と叫んだ。同調を使えるのはゴールデンペアの証やね。
「さて、そういう経緯があった上でもう一度尋ねますが、僕とコラボをして本当に大丈夫ですか?」
「もちろんです。むしろ、話を聞く前までよりももっと、コラボをお願いしたい気持ちが高まりましたよ」
「本当ですか? それは嬉しいなぁ」
「それに俺は今現在、もっともゆめパズルで低評価を受けている男ですからね。ちょっとそっとのことじゃ動じませんよ」
「おお、頼もしいですね! ……まぁちなみに僕らがやらかした時のアーカイブは軒並み非公開になっているだけで、一番低評価貰ったやつは軽く1万を超えてたわけなんですが……これは言わないほうが良さそうか」
「ちょっと待ってください、今なんて?」
「いいコラボをしましょうね、ヒキー・ニッターさん!」
おい、この人俺の10倍低評価食らってるじゃねぇか。なんでにこやかな表情で話をまとめようとしてるんだ。こんなのちょっとした詐欺だろう、畜生。
テーブル越しに差し伸べられた手を、俺は渋々握り返した。二期生と四期生の男2人によるコラボが確約された瞬間だった。
「話がまとまったようで何よりです。他に何か言い残したことはありますでしょうか?」
「僕からは何も。コラボ内容については後でまた擦り合わせることにしましょう」
「そうですか、では今日はこれで――」
「あ、ちょっと待ってもらえますか。一つ聞いておきたいことがありまして」
席を立とうとする二人を引き留めて、俺は言う。
本当は今日二葉さん相手に訊くつもりだったのだが、先輩男性Vtuberの四十万さんがいるので、尚更タイミングが良かった。
「なんでしょうか?」
「いえ、実はついこの間、とある人物から少しショッキングな話を聞きまして」
「というと」
「……男性Vtuberは女性Vtuberのおこぼれを貰っているだけの存在、と」
その言葉にムッとした表情を浮かべたのは意外にも二葉さんだった。
「誰ですか。そんなことを言ったのは」
「ああ、いえ、ええと……風の噂で?」
「どんな風ですか」
良くないものを運んでくる風は、少し泣いているものだと相場は決まっているものだが、ヒートアップしている様子の二葉さんにそんなことを言うのは、盛り上がっている最中にコンビニポテトが半額だと宣言するようなものだ。止めておこう。
「まぁでも僕は分かりますよ。その風の言っていること」
一方で四十万さんは平然としていた。
「……どういう意味ですか?」
二葉さんの冷たい口調を受けて、慌てて補足する。
「いやたしかにおこぼれを貰っているだけの存在と言うのは言い過ぎですけどね。でも実際、この業界は女性Vtuberたちが道を切り開いていったものであって、まだまだその切り開かれた道を歩んでいるだけという感覚は、拭えないところではあるんですよね」
「……でも」
「はい、そうです。『今はまだ』ですよ。この業界は社会全体で言えば産まれたばかりと言っていいでしょう。そんな中で最前線を走っている人を後から走り始めた人が追い抜くなんていうのは、容易いものではありません。ですが、この先を考えればきっと、珍しい光景ではなくなってくるはずです。それこそ、四天王を追い抜く人がいつか出てくるでしょうしね」
そう言って四十万さんはこちらへちらりと視線を向ける。
……これは俺の「いつか四天王を超える」発言を知っているムーブだな。俺じゃなきゃ見逃しちゃうね。
「それに、今は女性向けVtuberなんてのも支持を伸ばしてきてますし、僕ら男性Vtuberにしか出来ないことだってあるはずです。なにより視聴者を楽しませたいという僕らの思いと、視聴者の配信を楽しみたいという思いの前に、性別は関わってこないはずなんです。だから、そんな無粋な風には言ってやりましょう。『男だとか女だとかくらだねぇこと言ってないで、一緒にこの業界を盛り上げていこう』ってね」
そこまで言い切ってから、「ちょっと熱くなり過ぎましたかね」と縮こまる四十万さん。
そんなことはない。素晴らしい演説だった。俺が抱いていたモヤモヤを吹き飛ばしてくれた。
俺たちにしか出来ないことはあるし、なにより『楽しみたい』気持ちの前に性別なんてものは一切関係ない。その通りだと思う。他の人がどうとかではなく、俺は俺のやれることをやるだけだ。きっとそれでいいのだろう。
見れば、二葉さんも小さく音が鳴らないように拍手をしていた。可愛い。この姿が見れただけでも質問をした甲斐があったというものだ。いや、もちろん演説の内容こそが最も素晴らしいものであったことには違いないが。
「四十万さん」
「はい?」
「コラボ、楽しい配信にしましょうね」
「……はい!」
今度は俺から手を差し伸べて、握手を交わした。
あの時答えられなかった「尊敬しているVtuberは誰ですか」という質問。今ならきっと答えられる気がした。




