11.好きなVtuberの中身は具〇堅用高です(前編)
はいはい、いつものやつでしょ。皆まで言うな。俺に任せておけ。
夢花火の会議室に呼び出された俺は、慣れた動作で床に正座した。
しかし二葉さんは困惑した様子で「なにしてるんですか?」と訊いてくる。
「昨日の放送の件で叱られるんじゃないですか?」
「昨日? 昨日もなにかやったんですか?」
「岬ちゃん……妹を勝手に配信に出した件で怒られるのかと」
「ああ、それについては妹さんが了承しているのなら問題ないですよ。妹さん自身が配信するようになったとかであれば別ですが」
節度や常識の範囲を守っていれば問題ないらしい。
なんだそうだったのか。呼び出しを受けて「またあの蔑ますような目線を向けられてしまうのだな」とウキウキ――じゃなくて気落ちしていたのだが、これは思わぬ僥倖というものだ。
冷たい床から解放されて椅子に座り直すも、二葉さんは「ただ」と付け加える。
「前に言っていた『岬ちゃん』って妹さんのことだったんですね」
「あれ、岬ちゃんのこと前に話しましたっけ」
「はい、本条さんが入社したばかりの頃に。いつか結婚したい相手だと言っていました」
「そういえばそんなこと言った気がしますね」
たしか「岬ちゃんを崇め奉れ。さすれば薄汚れし現世に救済を与えん」みたいな話をしていた時だったな。ん、本当にそんな話だったかな。神託を授けられた記憶はあるんだけども。
「まさかあれが冗談だったとは思いませんでした。すっかり信じてしまいましたよ」
そう言って、くすくすと笑う二葉さん。
別に冗談のつもりはないんだけどな。兄と妹が結婚するのはこの世の常識だし。
それはさておいて、だ。
「あの時俺に『結婚を望む相手がいて安心した』みたいなことを言ってませんでしたっけ。妻帯者であった方がこの業界では都合が良いんですか?」
「……ああ、実は今日のお話はそれに関連していることでもありまして」
「というと?」
「実は、本条さんにコラボの話が来ています」
「え、本当ですか?」
Vtuber界隈での『コラボ』とは、文字通り別の誰かと一緒に配信を行うことを言う。その相手は人によって様々であるが、一番ポピュラーなのは同じ事務所のVtuberだろう。俺で言えばゆめパズルに所属しているVtuberということになる。
いつか俺もやることにあるのかなー、とは考えていたが、とうとうこの日がやってきたのか。
「相手はどなたでしょうか」
「ゆめパズル二期生の白羽すばるさんです」
「すばるさんですか」
「ご存じでしたか?」
「ええ、まぁ。……あの、名前くらいはっていう感じなんですが」
「そうですか。まぁ1か月前のなにも知らない時に比べたら、大分進歩したということにしましょう」
「すみません……でも、コラボの件と、さっきの妻帯者が望ましいとされる件になんの関係が?」
「はい。今からその話をさせて頂きます。ですが、その前に……」
そこで会議室の扉がノックされた。
二葉さんは「ああ、丁度来たみたいですね」と言ってから「どうぞ」と呼びかける。
「あ、どうも。遅れちゃいましたかね?」
「いえ、時間通りかと。どうぞこちらへ」
二葉さんに促され、頭をなんどもぺこぺこと下げながら会議室に入ってきたのは、のどかな雰囲気をまとった眼鏡の青年だった。察するにこの人は白羽すばるの中の人ではないだろうか。
白羽すばるのアバターは少女漫画に出てくる男の子のように爽やかな感じだったと思うが、中の人は図書館の司書でもしていそうだ。
ただし、裏では「王子」とか呼ばれているタイプのやつ。本を取るときに手が触れちゃって女の子が恋に落ちる展開が容易に想像できる。さすが、この会社は顔採用していると噂されるだけのことはあるな。
青年は二葉さんの横に座った。俺の向かい側に二人が並んだ状態だ。
そして、俺と目が合うと、はにかんだような笑みを浮かべた。
「初めまして。僕は白羽すばるの中の人の四十万巧です」
「あ、これはどうも。俺はヒキー・ニッターの本条一仁です」
「えー……そうですね。なに言えばいいんだろ。とりあえず、これからよろしくお願いします、ですかね?」
「そうですね。えと、こちらこそ、よろしくお願いします」
ぎこちない挨拶を交わした後、それ以上の会話をすることが出来ず、俺たちはとりあえず「えへー」というように笑いあう。
もしやこいつ、俺と同じタイプのス〇ンド使い……もとい同類のコミュ症ではないだろうか。
そう思うとなんだか親近感がわいてきた。俺はイケメンが怖いが、同時にイケメンが好きだ。そう、男の子は意外とイケメンが好きな生き物なのだ。イケメンが仲良くしてくれると尻尾振って喜んじゃう。不思議なものよな。
何も言わないままでいる男二人を見かねてか、二葉さんが口を挟む。
「今回四十万さんからはヒキー・-ニッターとコラボをしたいという話を頂戴したわけですが」
「あ、そうでした。結局、コラボはお受け頂けるということで大丈夫なんでしょうか?」
不安そうに訊いてくる四十万さん。
俺としては断る理由もないので、「はい、大丈夫です」と答える。
「良かった。もしも断られたらどうしようかと」
「でも、俺なんかがコラボ相手で良いんですか?」
「ええ、構いません。むしろ、本当に僕とコラボしていいんですかって聞きたいのはこっちですよ」
「え、なんでですか?」
「……えーっと? あ、そういえばあんまりVtuber業界について詳しくないと聞きましたね……もしかして、僕ら二期生のことについて知らなかったり?」
投げかけられたその言葉に、二葉さんがこくりと頷いた。
「あちゃー」というように口元を手で覆う四十万さん。
なんだ。いったい何があるというのだろう。
「四十万さんに会う前からマイナスイメージを持ってしまうのもな、と思いまして……それなら本人の口から直接話してもらおうかと」
「……まぁたしかに尾ひれのついた噂話を耳にされたりするよりかは、僕本人がありのまま語ったほうが良いかもしれないですね」
「四十万さんには色々と気苦労をかけてしまっていて大変恐縮ですが」
「ははは、もう慣れましたよ」
四十万さんはそう言いながら自嘲気味な笑みを浮かべた。
事情は知らないが、半ばヤケクソといった気持ちが透けて見えるようだ。
そうして、やや間をおいてから俺の方へ向き直る。
「本条さん」
「はい」
「僕ら二期生は――いや今となっては僕一人となった二期生は、ファンの間では『不遇の二期生』と呼ばれています」
「不遇の、ですか?」
「はい。それが二期生にかかっているのか、僕一人にかかっているのかは定かではないですけどね」
四十万さんは「願わくば後者であって欲しいですが」とも付け足した。
「本条さんは『てぇてぇ』という言葉をご存じですか?」
「てぇてぇ、ですか? 聞いたことがあるような、無いような」
「てぇてぇとは『尊い』が訛った言葉だと言われています。この業界で用いられる場合は主に視聴者がカップリングに歓びを見出した時に使われますね。『AちゃんとBちゃんすごく仲がいい……てぇてぇ』みたいな感じで」
「ほぉー、なるほど」
てぇてぇは特に同性同士の絡みにおいて使われることが多いらしい。
そう言われてみればざくろちゃんとスイカちゃんのコラボ放送でそんな言葉が流れているのを見かけたような気がするし、俺自身も二人が仲良くしている姿を見て心がほっこりしていた記憶がある。あれがてぇてぇという気持ちか。ほっこりした後、ざくろ様に罵倒されたことを思い出して胃がキリキリしたけど。
「僕ら二期生はそのてぇてぇをコンセプトに作られたらしいんです。……が!」
「が?」
「実際のキャラ設定はこうなりました」
そう言って差し出されたのはスマートフォンだった。
見れば、画面には当時のものと思われるオーディションの内容とキャラ設定が表示されている。
えーと、なになに。
『今回のメインコンセプトは幼馴染の三角関係。男の子一人を女の子二人が奪い合う。白羽すばる君と本物のてぇてぇを築けられる女の子はどっちだ!』
四十万さんは「どうですか?」と訊いてくる。
うーん、なんていうか、これは。
「……チャレンジングなスピリッツは感じられますね」
「でしょう? ただ、チャレンジング過ぎて、内容を公開した時点でちょっと炎上してました」
とはいえ、その時の四十万さんはVtuberになろうと決心していたため、受けられそうなオーディションは全て受けており、このオーディションにも参加したとのことらしい。
それに炎上とはつまり話題性があったということでもある。事実、当時はまだVtuber業界に参入したばかりで知名度も低かったゆめパズルにしては、ネット上の各地で名前を見かけるくらいの話題性はあったそうな。いわゆる炎上マーケティングに成功したというわけだな。狙ってやったのかどうかは知らないが。
「そうして僕ら二期生は誕生したわけなんですが……最初の頃は上手くいってましたよ。僕を取り合う二人の女の子という構図はすぐさま無かったことになって、女の子二人が僕そっちのけでイチャイチャし始めて、僕は隅っこで泣いてる人になりました」
「そ、それは上手くいってるんですかね?」
「いい感じにキャラ崩壊が出来て、僕は『不遇なキャラ』という立ち位置を手に入れられたということですよ。女の子二人は『真実の愛を手に入れた』とか言われてて、てぇてぇコメントの嵐が凄いことになっていました。……あの時は楽しかったなぁ」
しみじみと語る四十万さん。
搔い摘むと女の子を女の子に寝取られて脳を破壊されたみたいなことだろうか。え、違う? でも大体そんなもんじゃないかな、これ。




