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3:春を(すこし)呼ぶ

 

 まずは周りをうろうろ歩いて気温を確認。

 少しの距離で、獣耳の毛が逆立ったり、しっとりしたり。落ち着かないなあ。


 宮殿の下方には、ほぼ垂直の長い階段が伸びている。

 こんなに長いの、日本の神社やお寺でも見たことがないくらい。


 崖を削って石を敷き詰めて作られた階段は、私が不用意に足を動かすとしゃりしゃりと足裏で石が動く。これを、緑の民は動かさないように歩いていくのかな……。ほんとうに修行場だあ。


 この辺、とくに気温の差が大きいな。


「熱い……夏の気候みたいね?」


 着ていたベストも脱いで、ふいーとひと息つく。髪の根元には汗が滲んできていて、たらりと一筋、首元をつたっていった。


「それから、こっちが、涼しそうっ」


 わずかに五歩くらい、横に歩く。


 空気の質が変わったので、私は肩にスカーフをかけた。ちょっとひんやりとしていたよーってアピールね。

 冬フェンリルはどちらかといえば寒さを快適に感じるからさ、本当は薄着のままでもいいんだけど、そんな特性が緑の国の人にダイレクトに伝わるものでもないし。


 視覚のマーケティングは大事。


 肌で感じたことを服装で表現して、ようやく国王様たちは、この国の気候があまりにも乱れていることを実感したようだ。ハッと息を呑む音が聞こえる。


 ……だってみなさん春の魔力をまとっていたし、おそらく自分たちの周りだけ気温調節しているんじゃない? それは修行した人が体の周りに“気”を纏うようなものかもしれないけど、乱れをなんとかしようとしている時には自然と同調してほしかったな。外部に助けを求めたのが初めてなら、アドバイスしてくれる人もいなかったんだろうけどね。


 フェンリルが私に視線で(それからどうする?)と問いかけてくる。


「みなさんも春の魔力を手に集中させて、大気を触ってみて下さい」

「大気?」

「空気、空間、宙のことですね」


 私が腕を広げてくるりと回ってみると、みなさん戸惑いながらも同じように回って見せてくれた。


 まったく同じにしてくれる必要はないんだけど……なんだかすごく素直?

 王様まで。

 この国は、意識して変わろうとしているのかもしれない。


 冬フェンリルが二人もやってきて、国を治してくれようとするなんて、とんでもなく貴重な機会だって分かっているんだろう。

 そういう気がおありなら、私たちだってサービスさせてもらいますよ。


「フェンリルっ始めよっか! あれ……ぼんやりしてた?」

「エルが可愛らしいのでつい眺めてしまっていた」

「も、もう」


 フェンリルがひらひらと私に手を振る。


 周りからぐううっとうめき声が聞こえた。北の民族はこうなのか……? とかぼやいてる。

 雪の王子クリストファーもこのタイプだしお国柄なのかもね? 口説きがスマートなのって。



「冬を呼ぶ魔法を使おう」

「いいだろう」

「冬を──!?」


 王様が大臣の口を塞いだ。

 ええ、フェンリルがさっき保証したとおりで、冬にするつもりはございませんとも。


「すみません、ちょっと最後まで聞いて下さいね。

 冬を呼ぶ魔法と言いましたが、つまり、気候に影響を及ぼす魔法です。私たちは氷の魔力が圧倒的に多いので、全力で使えば冬が訪れますが、これから使うのはもちろん春の気候を戻すためです。髪が桜色になっている見た目の通り、春の力がございます。

 いいですか? 気候に影響を及ぼす魔法で、春らしくする、出力ひかえめ、なのです」


「そんな器用なことが……。ううむ、初めてうかがったため驚愕しておりますぞ」


「みなさんがどのくらい大精霊の情報をご存知なのか知りません。私たちは教えられる限り、伝えたいと思っています。春には春の魔法を使うこともできる、夏には夏の、秋には秋の移ろいを。それが四季の大精霊なのだと、まずイメージしてもらえたら」


「そうでしたか……」


 しぼり出すような国王様の呟きには、このような存在を壊そうとした昨冬のことが思い出されているんだろう。この国の元王子と姫が手を組んで、雪山に毒を流して冬フェンリルを葬ろうとした。それはあちらにもこちらにとっても、生々しい記憶だ。


 だからこそ…………さっきはちょっと話を盛った。


 私たちの冷風の魔法は、魔力の質は冬の氷魔法のままで、氷の魔力をそのまま使ったらわずかに春らしくなるだけの自然の摂理だ。フェンリルのまま春の大精霊になるわけじゃない。


 どうしてもあちらに刻みたかったのは、冬の影響が春にも、春の影響が夏にも……と繋がること。

 だからよその四季獣であっても、害してはならないこと。



(私に言わせてくれてありがとうね。フェンリル)


 と、ささやいておく。

 手を繋いだ。


 誇大広告だったね。日本の仕事だったらこんなことしたらきっとクビだ。

 でも、これでトラブルが起きたら、背負えるよ。

 私が決めたやり方だから。


 フェンリルはやわらかく目を伏せて、しょうがないなあというように微笑んだ。

 は?? 麗しっ! 絵画か???


 フェンリルへの私のときめきに反応してしまったのか、背後の薄桃色の花がブワッと全開になった。まじか……。


「!!!! 本当だ、春の魔法だぞ……」

「今年はこの花が咲く暇もなかったのに」

「奇跡だ……」


 嘘から出た誠になっちゃった??


 わ、私だって大精霊の全部を知っているわけじゃないし。フェルスノゥ王国にあった文献や、グレアによる雪山の知識を教えてもらったくらいだから。もしかして本当のことを言ってしまったのかもしれない……?


「さあエル。春のために。耳をすませて、龍の声を聞いて──」

「……フェンリル、あとで私にももっと知識を教えて!?」

「いいよ」


 これ以上長引かせるわけにはいかないね。


 “冬フェンリルにも春の魔法”の布石がきちんとできたから、エルとフェンリル、始めまーーす!


 空に向かって吠える。



 “ウォオオーーーーン!”



 ……春龍様のかぼそい、かすれた声の叫びが谷底から共鳴した。そう言うのね、オッケー。


 呼吸を整えて、フェンリルと声を合わせる。



「「“春には山に霧のお包み。谷に冷風がなびき、甘い花々が咲き誇る。──春よ、来い”」」



 私たちの周りには氷の魔法陣が大きく現れて、繋いだ手を上げると、すべてがしゅわりと霧のように解けていった。


 山の周りをゆったりと囲むようにして、ダイヤモンドダストのきらめきが降りていく。


 枯れかけていた若芽と桃の蕾がしっとりと濡れて、みるみる色を鮮やかによみがえらせる。どの葉っぱも先っぽがフェンリルの髪のような桜色に染まった。


 私が魔法をかけるとやっぱりちょっとオーバーになるよね……

 まあ、春が治ることが優先。


 桃の花が咲き誇ると、甘い香りが谷にめいっぱい満ちた。この香りには心を落ち着かせ、また、痛さを和らげる効果があるのだそうだ──。







読んでくださってありがとうございました!


また明日更新します♪


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