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21:春龍様

 


「「──春よ、来い」」


 って祈ったはずなんだけど……?

 体から流れていったすずしい魔力はまわりの木々に影響を与えることがなかった。

 うっそ。なんでえ!?


 魔力は霧状になって蛇のようにうねうねと、毒林の間をすうっと通り抜けていき、そこだけ結界でも張られているように空気が澄んでいく。唖然としてしまった……なぜだ……妄想力不足? 魔法ってイメージが大事だから私の脳内が負けちゃったのか!? そんなぁ!


 フェンリルの服をくいくい引っ張る。


「魔力は春龍にもらわれてしまったようだ」

「そういうこと!?」


 なんと!そういうことできるくらいにもう近くにいるんだ。

 そして以外としたたかなんだな、春龍様って。


「私たちがこの道を歩んでいく分には問題がないから、まずは行くとしようか?」


 フェンリルが私の手を引く。

 大精霊が大丈夫って言ってるんだから……なんとかなる、よね?

 フェンリルの背後にピッタリ張り付いて進む。クスクスと楽しげな笑い声が聞こえてきた。余裕があるから、周りがホッとしていくのがわかるぅ。どんと構えてくれていると心強いよ。


 霧蛇の道は、しっとりとした清らかな空気で私たちも呼吸がしやすい。


 でもこのうねった道には虫も動物も寄り付かないのが不思議だなあ。草はここを避けるようにぐにゃりと横倒しになり、まるで頭を垂れて敬っているようにも見える。


 (こんなことが可能なのか)とハオラウ王子の小声が聞こえてきた。驚いて溢れちゃったんだろうな。


 谷底への来訪なんてもう随分と行なっていなかったようだから。安全圏にいるからこそ、まわりの異常な自然を見渡す余裕も生まれているのかも。予想していたものと随分違っていたのか、眉根を顰めて、けれど眉尻は悲しそうに下がってしまっていた。


「ぎゃん」


 真上を飛んでいったあれトンボ? すごい翅音。巨大な昆虫こっわー!


 大丈夫そう、ってわかってもぞわぞわした。ほら、水族館でガラス越しにサメを見ているような感覚?

 しかもガラスがただの霧。めっちゃ怖い。


「すごいわあ!すごいわあ〜!」


 タウ姫、大歓喜。

 幼い子って昆虫とか好きだから?

 彼女は危なっかしくて、生き物を追ってこの霧の道の外にいってしまいそうだから、はらはらと目が離せない。ひょこひょこ歩きの足取りはおぼつかず、ひらひらの服の袖がたまにハオラウ王子の視界を覆っていた。

 ポコスカとたまに叩き合いしてる。仲良いね?


「……申し訳御座いません!」

「え、えーと……どれ?」

「春龍様が魔力を吸ったらしいこと……です……」

「ハオラウ王子、それはいいよ。思いつめていうことでもないっていうか。話しているときにタウ姫と小競り合いすることをまずやめたほうがいいと思う。さては混乱してるね?」

「……」

「私たちの思い通りにいかなかったからといって機嫌を損なったりしないから。大精霊というのは引きこもりの長寿の生き物なんだから、外の常識は通用しないだろうさ。魔力が手土産になるとすれば安いだろう? どちらにせよあちらに行ったら春龍を冷やしてやるつもりだったのだから、いいんだよ」


「……そう言っていただけると恐縮です」


 頑張れ、ハオラウ・サラリーマン(いや似てるなって)。




 先頭にいるのは影さんと緑妖精だ。

 この森の中のことを影さんは安全圏から案内して、まだ生まれたばかりの緑妖精を育てようとしている。


 魔力を前借りした春龍も、せっかくなら教育に生かしてしまえという影さんも、したたかだな〜。



「あの紫の葉・粘ついた樹液・ねじれた幹の木は、触れるとかぶれる。他国から降ってきた種であるため緑妖精にも怪我を負わせる。ほら、根元には毒にやられたネズミが転がっているだろう? そのうち溶けて肥料になる」


「あっちのツル植物は棘がある。他国産だが、すでに土地の魔力と馴染んでいるため俺たちが食しても害はない。薄黄色の木の実を食べることができる。他の生き物にとっては毒である。春龍様にも持っていくな」


「地面に苔が生えているだろう。色の違いはわかるか? 黄緑のところは新芽、濃緑のところは去年以前に生えたものだ。このたびの春呼びで生えたばかりの新芽は食べることができる。濃緑のものは食べられるけれどマズイ」


「赤い傘のキノコがあるな。すぐに増殖するから大至急食べろ。味もいい。食べきれなかったらその周辺を苔石で囲め。その苔石が菌を止めるので広範囲に広がらずに留まるんだ」



 …………食いしん坊だな?


 北の雪妖精は、冷たい大気を浴びてたまに雪を食べていた。自己を保つために必要なのは妖精の泉に浸かることだけだったんだけどね。


 妖精というのは、嗜好としてものを食べたりはする。

 緑の国ではそれが顕著なんだろう。


 そして食べ物に当たった場合は屍人クアンシーになると。エコだな……?



「そこの植物群については王宮から今年新たに捨てられたものが原因のようだから知らん」


 ジロリとハオラウを見る。


 おいもうやめてやれって。


 ストレスで死にそうな顔してるじゃん……。

 あ、タウ姫がうざ絡みして元気が戻った。よかったね、しかしメンタル荒療治すぎる。




「あ、一気に景色が切り替わった!」


 鬱蒼とした毒林を抜けて、桃の葉がたくさん生えている場所にいく。地面の様子もまるで違って、雲のように白い草が平面にみっちりと生えている。

 ほんのりと甘い香りがする。


 影さんが振り返った。

 なんだか緊張した面持ちだ。


「ここから先は人間を入れたことがないときく。谷の奥底、春龍様が療養していらっしゃる桃源郷なのだ。緑の国ではこれまで代替わりといえば、人里まで春龍様がいらしていたのだから──」


 そうなの!?

 雪国では転移魔法陣で雪山まで姫様がきていたから、驚いた。


 人と春龍様が山頂で会っていた時期もあるのかあ。とはいえ千年単位で生きていらしたから、最後行ったのは果たしていつの頃なんだろう。影さんが覚えているくらいだからこの歴史を記録はしてあるはず。

 ラオメイが代替わりに応じなかったから春龍様はこの谷底で暮らし続けるしかなくて……徐々に弱って、おそらくもう上まで飛べなくなった。


 弱っていて四季を呼べなかったのはフェンリルも同じだった。

 緑の国の人里の方を見上げているフェンリルは、雪国の数年前を思い出しているのかなあ。

 つんつん、と袖を引いて「春龍様がまた飛べるといいよね」と言ったら、微笑みが降ってきた。



「ここに人が入れば、歴史が変わる」


 影さんはまっすぐにハオラウ王子を見ている。


「俺は、そうなればいいなと思う。今の君たちなら連れて行きたい」

「……っ」


 私の方が息を呑んで、はらはらと見ちゃったよ。


「同意だ。いい時代にしていこう」


 よかった。

 ここで生まれた輪を、いい方向に導いていって下さい。



 にこにこしていたフェンリルが(嬉しかったのね、わかる!)人差し指をたてて尋ねた。


「一つきく。王族が鳴らす鈴というのは持っているか? 冬のフェルスノゥ、春のラオメイ、夏のホヌ・マナマリエ、秋のヒトウ、四つの国の国宝だと聞いているのだが。秘境に入る際には、それを鳴らすのがならわしだと冬の女王が言付けていた」


「ミシェーラ女王が……!……申し訳ございません。その鈴は妹に持たせていたのですが、この通り記憶がなくなっていますので……」


 あちゃー。名捧げの時に鈴を持ったまま降りて来ちゃって、失くしちゃったなら妖精の泉で変質しているかもしれないね。


「鈴ぅ?」


 ほら、こてりと首を傾げているし。

 頬が桃みたいにほんわり染まっていく。


 ぱしんと両手を合わせた。


「それならタウ、鈴のように歌えるわぁ」

「やめなさい。そんな遊戯を望んでいるわけじゃない」

「〜♪」


 やめないし。


 けれどそれは不思議な旋律だった。妖精女王ティタリィアの体からはまるで、そのまま鈴を転がしたような澄んだ音が現れる。これは生きた楽器のようだ。


 口を塞ごうとしていたハオラウ王子の手が、ピタリと止まって、音に聞き惚れていた。


 ……あ。


「もしかして国宝の鈴とタウ姫が、妖精の泉で混ざっちゃったんじゃない?」

「あり得るだろうな。桃源郷に行きたいとなれば彼女に願う、か。緑妖精たちの女王であり、人間にとっての門番でもある。新しくていいでのはないか?」


「……いいのか……?」


「ああそれから、おそらく春龍の愛娘だから」

「!」


 それは懐かしい響きで、冬フェンリルの愛娘として私は可愛がられていた。そして今は愛子いとしごとして、恋人として側に置いてもらっている。


「春龍によく好かれているという意味だよ」

「……そ、そうなんでしょうか。うちの妹が?」

「見てごらん。彼女が近寄っていったら、桃の木々が避けていって小道が作られただろう?」

「!」


 タウ姫は導かれるようにして、その小道の向こう側に消えていった。

 霧が深く先が見えない道を抜けたら、おそらく桃源郷があるのだろう。


「行こう。もっとも愛しい彼女だけでいいと、道が拒絶し始める前に走り抜けよう」


 あのうフェンリル。

 愛娘はそれくらい価値がある〜っていいたいんだと思うけど、なんだか私まで告白されたみたいで恥ずかしいですよ??






 春龍とは四季の春を司り。


 あたたかな風と、たっぷりの霧の水分、芽を生み、花を咲かせ、さわやかな活力を世界に与える。


 いらっしゃるのは桃源郷。


 エメラルド色の龍の体に、花々をちりばめながら、しなやかな淑女のように、尾をおさめて眠っておられる。




 ──と聞かされていた。


 果たしてその通りの存在がここにいた。


 付け加えるならば、想像していたよりも小柄で、全長は20メートルくらい。

 ツノは先端にかけて白から桃色のグラデーションで乙女のよう。

 口のはしには白髪になった口ひげが生えていた。


 夜みたいな落ち着いた色の瞳がこちらを見ている。

 上半身を起こすくらいの元気はあるみたい。さっき魔力をあげたのがよかったのかも。


『──クシュン!』


 春龍様がくしゃみをすると、ぶわっ! と周りに花々が咲き誇る。


 感動してしまった。

 まだ弱々しくても、確かにこの存在が四季の大精霊なのだと実感する。


『──久しぶりに話すから』


 春龍様は、照れたようにみじろぎして、扇状の龍の尾で口元をはんなりと隠した。






読んでくださってありがとうございました!



解決能力がある人たちの道行きなのでなんだか安定感ありますね。



明日は「まんが王国・コミカライズ」更新日です!


ぜひ読んでいただけると嬉しいです₍˄·͈༝·͈˄₎◞ ̑̑



ではまた更新しますねー!


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