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1:GO!ハネムーン


「冬フェンリル」シリーズの新作です。

できるだけ更新頻度高めにしていきますね。



 


「うわあ! すごーい!」


 ゴンドラから身を乗り出すようにして、私──冬姫エルは思いっきり叫んだ。


 できるだけ無邪気に。

 できるだけ明るく。

 だってハネムーンに来ているんだからね!!


 ……諸事情で”そういうこと”になっております。





 訪れたのは、春龍の加護を授かっている緑の国「ラオメイ」。


 霧深く、仙人が住んでいそうな雰囲気のある谷に、切り立った山々がそびえる。濃い緑の木々はどれも樹齢1000年を超えているそうだ。わずかに甘い香りが漂うのは、名物の桃なのかなあ。


 山々を繋ぐのは、龍のひげから作られたロープ。

 ゴンドラを繋げて、山の間を行き来する。


 驚くほど頑丈で、谷風にもびくともしない。



「エル。ゴンドラは頑丈でも、落ちてしまったらひとたまりもないよ」


 フェンリルが私の首筋をつかんで、そっと後ろに下がらせた。


 私の恋人、フェンリルは冬を呼ぶ大精霊。冬の時期は白銀の毛並みの巨大オオカミなんだけど、今は人型でたおやかな青年の姿をしている。


 白雪の肌に、青色のすずやかな瞳にはダイヤモンドダストのきらめき。

 雪解けとともに春毛となり、肩につくくらいの長さの桜色の髪が揺れる。

 優しい微笑み。ひかえめにいっても全人類が見惚れてぶっ倒れるくらい美しい男子だ。


 ぽうっとしている私の姿が、フェンリルの目に映ってる。


 そっくりの桜色の髪がサラッと揺れて、大きな青の瞳は見開かれて、頬が染まってる。

 獣耳・・がピクピクすると、頭にかぶっている刺繍のスカーフが三角に持ち上がった。


(このままエルを抱き寄せてしまってもいいんだけど)

(おひかえなすって!?)

(なんだその言い方。面白い)


 クスクスとフェンリルが笑いつつも、あの、離してくれないなあ。


 ハネムーンだぞ!!本当だぞ!!ってアピールしないといけないもんね????




 ──真実を言うと、これは緑の国ラオメイへの「外交」だ。


 この世界は春夏秋冬、それぞれの四季を司る大精霊がいるんだけど、春龍がかなり弱っている。

 春はやってきたものの、わずか二週間ほどで、すぐに初夏のように暑くなってしまった。このままでは芽吹きが全て枯れてしまう恐れがある。


 春の芽吹きが成されなければ、夏には植物が枯れて、秋は食料が足らず、冬に凍えてしまうだろう。


 他国の龍のことだって、他人事なんかじゃない。

 この世界で生きている限り、四季を保つことに協力をしなくっちゃ。



 私たち冬フェンリルの夫婦は、春龍を冷やしてあげて、芽吹きが育ちやすい春の気候に戻すために、はるばるやってきた。



 ……なぜハネムーンなんて言い方をしているのかというと、狙われないように。

 これまで秘境から出ることがなかったフェンリルが、不慮の事故に見せかけて攫われたり、狩られたり、春龍を治すという目的を邪魔されないように、華やかな建前を掲げている。


 大精霊がいる、ということをただの伝説と思っている国・人々も多いから。

 なにせ姿や魔法を使うところを見ていないなら、当たり前に季節は来るものと思ってしまう。

 私も、”日本にいたときには”そうだった。



 あ、異世界転移者なんです、どうも。



 こちらにやってきて冬姫見習いとなり、フェンリルに教えてもらって「冬を呼ぶ魔法」を使って、ようやくこの世界の季節を巡らせる大変さを知った。



 春龍様もきっと努力していて、でも、できなかったはずだ。

 大精霊は慈悲深く、世界を助ける。

 私もきっとそうなりたい。


 早く、助けてあげたいな──。



 ……案内人の、緑の国の方々の視線がぶっささってきますね?

 こんなところでいちゃついていてすみませんね?

 ハネムーンなので!! ってご理解下さいね!!


 ここで護衛を務めてくれるのはラオメイの使者さんと、春龍が住まう谷底の使者である「影」の人型。


 みなさん取り繕うということが苦手らしいので、ゴホンゲホンと咳払いをしている。熱烈ハネムーンを見せつけて「これで行きますからね」と慣れて頂くしかない……

 途中で外交らしさが出ちゃうとせっかくの周知も水の泡だからね。

 私たちだって嬉し恥ずかしなんですよ。恥ずかしさもあるんです。一緒に頑張ってくれ。ちょっとはごめん。



「そうっと見守るものですよぅ?」

「ハネムーンは夫婦の愛を深め合うのが目的ですからー」


 ……フェルスノゥ王国の第四王子である双子が、一番しっかりと場を調整してくれているなあ。


「僕たちは外遊なのです」

「みなさま、緑の国のことを教えて」


 幼い二人を連れてきている建前は「外遊および外交」、本音は「フェンリルの盾」である。


 フェンリルを狙うものたちにもし遭遇してしまった場合、オトリになる。

 双子は魔法や魔道具が使えるから足止めができるし、毒を盛られるとしたら一番幼い二人から狙われるだろうと。雪国の女王ミシェーラが命じて、双子は応じたの。


 まだいたいけな子供だから、正直すっごく気が咎めてしまうんだけれど……冬フェンリルたちがもしも死んだらこの世界から冬が消え、やがて春・夏・秋も回らなくなる。世界の終わりを防ぐための冒険はまるで英雄のようだとまで熱く演説をされたら、二人の同行を承認せざるをえなかった。

 それにコミュニケーション能力が高いから普通に頼りになってる。


 たくさんの人が協力してくれて、このたびの外出が実現した。


 みんな、願いは同じはず。

 春を立て直し、四季をしっかりと巡らせること。頑張ろうね。




 ──ゴンドラの進行が止まった。




「影さん?」


 この影さんが、緑魔法を使って架空の植物を芽吹かせて、ツルの長さを調整することでゴンドラは進んでいたのに。

 みると、影さんは完全に腕をおろして魔法を使う気がないようだ。


 ラオメイの使者さんが訝しげに尋ねる。


「ど、どうされた。使者殿よ……」


 双方は同郷だけど、谷底と国家の使者だから、けして”同僚”ではないんだよね。話し方にも溝がある。

 ぶっきらぼうに影さんが言う。


「冬フェンリルのお力を見せていただこう。果たして春龍様を回復させられるのか」

「何っ!?」

「無礼です。外交問題になりますぞ!」

「はねむーん、なのだろう?」


 ははーん。私たちは信用がないってわけだ?

 …………。


「いいよ。やります」

「冬姫様……お気分を害されていたら申し訳御座いません」

「はい。きっと影さんは、春龍様をどうしても治したいから、私たちがその意思と実力を持ち合わせているのか……心配なんですよね? 敵意がないのかとか、どれだけ相談を聞き入れるのかとか、そういうことが知りたいはずです」



 だってこちらの緑妖精がかつてフェンリルの雪山に毒を送ってきたもんねえええええ。

 そりゃ大変でしたよおおおお?

 自分たちが報復されないかも気になるよねえええええ。



 あ、ラオメイの使者さんはすっごい気まずそう。

 自国の責任大きいからね。


 そういう気まずさとかふっとばしてさ、協力の意思を持てるようにしたいんだ。目的の達成が最優先だから。

 うん、これはオープニングにするべき良い機会だと思おう──。


「いいよね? フェンリル」

「エルがやってみたいなら喜ばしいと思っているよ」

「やる!」

「そうだな、ふふ。……使者よ」


 フェンリルの声がグンと重くなる。

 大精霊の魔力を感じて、影の使者はきっと膝をつきたくなったはずだ。震えている。

 けれど立ち続けた。どうしても春龍様を治したいから畏くとも話す、そちらの意思は伝わってきてる。


「冬フェンリルにどうしてほしいんだ?」

「……風を、後方に、吹かせてほしい。ゴンドラの操作は我々がこなす」

「了解!」


 フェンリルが私の体を支えてくれている。

 搭乗者が総勢10名、ゴンドラの隅につかまった。

 準備はオッケーね。


「冷風!」



 フウーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!


 口をすぼめて魔力の風を吹き出すと、台風のような風が爆発的にゴンドラを押した。

 風向きを測るための風車が、恐ろしい勢いで回っている。


 あわてて影の使者が緑魔法を使い、ロープを強化した。


 さーて、冬フェンリルの気合いもわかってくれたかな?

 丁重におもてなししてちょうだいね?






「!!!」


 ……はるか谷の底から、うめき声が聞こえてきた。

 私たちの獣耳にしか判別できない声。


「春龍のようだ。自分はここにいる、と私たちに意思表示してみせた。交流するつもりはあるのだろう。

 ──冬は上から、春は下からやってくる」


 雪が降ってくること、芽吹きを表しているんだろう。

 フェンリルが目を細めて、谷底をやんわりと眺める。


 私はもう一度、獣の声を交えて、大きく息を吹き出した。



 フウーーーーーーーーー!!!


「!?!?」





 ──豪速でぶっとんで、一番大きな山のてっぺんにあるラオメイの宮殿についた。




 待っててね、春龍様。





読んでくれてありがとうございました!



冬フェンリルの書籍一巻が10/10発売です。


完全書き下ろし、一冊でキリのいいところまでまとまっていますので、よかったらお手にとって下さると嬉しいです。


挿絵(By みてみん)




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