17:花から生まれた翠玉姫
へーい。
冬姫エルさんの魔法もさすがに疲労が見えてきたってもんよー。
花の蕾を回復するだけでなくて、妖精の泉に魔力がズブズブと呑まれているの。まあこれをしておかないとただのお花になってしまうようだし、私はめちゃくちゃ魔力が多いらしいから、春を治すために提供するのは構わない。
そのために来たんだし。
『これで10個目!』
ほぼ垂直の崖の岩肌にくっついた花を回復させるために、小さな狼姿になってから影さんに抱えてもらい、緑魔法のツタのロープでターザンみたいに移動した。
やっっっっばい怖いよこれぇ!!
そのために来たんだし!!
やったろうじゃん……!
『よくできました、私ぃ』
「慣れていらしてからで良かったな」
うん。たしかに慣れる前だったらこの宙吊り状態で治したりできなかっただろうな。けれどね。慣れてからでよかったーって影さんが言うのもどうなんだ? さては対人コミュニケーションに慣れてないな? 納得しかない。
生まれた緑の妖精は私の頭にへばりついた。
その子を連れて、民家の屋根に着地した。
桟橋のような町外れの道に降りると、ようやく生きて帰ってきたって感じがする〜。
小さな狼型から、人型に戻った。
「本当に小さなフェンリル様なのですね……」
ハオラウ王子が驚いた様子で呟いた。おうともよ。大精霊はいるんだぞ。しっかり見ていってよね!
恥ずかしいけれど広報って大事。
「上手だったよ」
ありがとうフェンリルぅ!
尻尾がぱたぱたしたから町の子供たちが戯れに来る。
その数、6人に増えていた。平民街を歩き回るときについてきちゃってさ。まあフェンリルを周知できるなら一緒に過ごしたっていいよねえ。
私たちが和やかにいるものだから、街の人たちにとってもハオラウ王子は怖いものではなくなったようだ。不信感はまだあるようだけどね。でも、近づいてきてもらうことが大きな第一歩なんじゃないかな。話すきっかけが現れて、彼から話しかけることも増えてきた。
平民街の様子を尋ねている。
それを聞いてどうしようってんだい?と貫禄のある”お母ちゃん”が問い返したのは、国家公務員が「贅沢をしすぎていないか」見回っていることがあるからだって。見つかれば難癖をつけられて見逃し金を取られちゃうとか。
例えば、私たちがご飯をいただいた屋台の家族も、屋台裏でひっそりと食事をしてた。1日に使えるお金が決まっていて、それをオーバーしていると贅沢のしすぎとされる。
あのさあああああ!?
緑の国は昔から清貧を心がけていたっていうし、平民たちが自主的にちょっと気をつけるならいい努力だけど……上が圧をかけるのはやり過ぎだよね?
ハオラウ王子は驚いた顔をしてた。
その指示をしたのは国王ではなさそう。
部下の暴走かぁ。
「私から父に掛け合う。外で堂々と食事をできるようにしたい」
「本当かい!?」
彼もだいぶ、判断できるようになったんじゃないかな。
保守的なところはまだあるけど、あの表情を見ていたら「モーションだけじゃなくてやってくれるんだな」って思える。以前はそうじゃなかった。
あとは、しまったなと思うことがあれば頭を下げられたらと思うけど。流儀も違うしなあ。
ばちんと背中を叩いてニコニコ励ますと、じっとりと半眼で眺められた。
「実現するといいですね! 国民の皆さんが楽しそうに食事してたら、観光客としてはすごく気持ちが盛り上がります。食べ歩きしてお土産物を買って、賑わうんじゃないかなあ」
「観光……なるほど。我が国はホヌ・マナマリエを見本に輸出入で成果をあげることが多かったので、そちらは考え至りませんでした」
「そうなんだ? 珍しい峡谷の景色って誇れると思いますよ」
「……」
ハオラウ王子は無表情で眉根を寄せている。
ははーん。国のいいところが見つけられないんだな?
観光というのはその国のいいところをアピールしてこそ成り立つ。
けれどハオラウ王子は花の蕾も見つけられていなかったし、多分内政問題でいっぱいいっぱいだったんだろう。
でも今は、花の蕾がきれいに咲くことを知っているし、桃の実の甘さも、国民に平民街を盛り上げる気持ちがあることも知っているよね。
「春が治ったらさらに綺麗な景色になりますよ。だから頑張りましょう!」
「……はい」
ほんのわずかにハオラウ王子は微笑んでいて、今までで一番自然だったように見えた。
「冬姫様」
「ん?」
緑の妖精がことんことんと小首を傾げながら拙く話す。
ぼそぼそしてて聞きづらいなあ。
影さんと、フェンリルが聞いてくれた。
「妖精女王が挨拶をしたいそうだ」
「緑の国のティターニアね!」
雪原には、雪妖精とそれらを統べる妖精王・妖精女王がいた。
緑の国にもいるんだ。
呼び戻されたのは平民街広場で、一番最初に治した花が咲いている。
その中心の銀の泉が広がってあまりに輝くので、平民の人だかりができていた。
まず細い腕が泉から現れて、しゅわりと霧をまといながら妖精女王が現れる。
「メイシャオ……」
え、ちょ、それっって翠玉姫のお名前じゃない!?
桃色と緑のあでやかな装束を着ていて、ふわりと膝を折ると布地が放射状に広がった。
まっすぐな長い髪が広がって甘い香りがする。
この谷特有の霧に包まれた月みたいにまろやかな白肌、おっとり下がった緑の瞳、微笑んだ唇。
そしてきれいな所作で深く頭を下げた。
「このたびは春龍様を癒してくださり、誠にありがとうございます」




