15:宮殿のマッスル会議
──緑の国ラオメイの宮殿。
豪華絢爛な大広間。
緑の染料がたっぷりと使われた龍の装飾布は鮮やかで、黄赤青の飾り紐がアクセントとして複雑に絡み合っている。長年改装がされていないために木々の表面はわずかにヒビ割れていて、古めかしさがあった。
現王と大臣一派が睨み合いをしている。
卓には茶が出されていて会談の支度がされているものの、目的はお互いの糾弾であった。
王にとっては、部下の私欲による輸出入を咎めるため。
大臣にとっては、王族が国を発展させなかったことを咎めるため。
壁際に控えている使用人たちは主を守るべく、また相手の主を許さぬようにと細い目をさらに鋭くして緊張感を放っている。
どちらかの失脚によって自分たちの身の振り方も変わってくる。
窓からは、春の陽気が心地よく吹き込んでくるというのにそれを感じることも少なく──……なんとももったいない時間の使い方をしていた。
王はゆったりと腕を動かしてあご髭を撫でる。
雅な装飾が施された羽織を纏って腕を隠しているのは、和やかに構えるつもりがないという意思表示であった。
「春龍様は、フェンリル様たちにお応えになった。まだこの世の春を諦めるつもりがないと」
「このたびは春が戻られたことをラオメイの民として謹んでお慶び申し上げます。しかしながら、他国の力の介入を許された。王族が勝手をしたフェルスノゥへの手紙によって」
「そうするべきであることを世界会議の場で認めていた。先んじてそれを広げただけだ。我が国はこれから愚息のやらかしたことの責任を取らねばならない」
「おお、なんという王族の失態!」
「そのように言えて、満足か?」
「ちっとも」
大臣は大げさな仕草でそのように言い、目をスッと細くする。
そして自らの従者から上着を受けとって羽織り、そのうえで「ムン!」と体に力を込めて羽織を粉砕する。
パァン!!
羽織の布地が裂けたその下からは、見事な厚みのある肉体があらわになっていた。
おおお……と従者たちから声が漏れる。
「この体つきが王族に再現できますかねぇ?」
「ふうむ」
王はおもむろに立ち上がった。
そして体に緑の魔力を巡らせて、「フン!!」と力を込める。
ボフ!と伝統羽織が膨らんで、飾り刺繍がでこぼこと歪に膨らみ、まるで龍の鱗のようになった。
小柄な国王の体を三倍にも大きく見せているが、羽織が破れるわけではない。
はは……と壁際の従者の一人が失笑した。
けれど大臣は無言のまま、自分と同じ羽織を王に渡した。
「フン!」
パァァァン!!!!
王は、代えた羽織を粉々に吹っ飛ばす。
その下にあったのはキッチリと絞られた鋼の肉体であった。
細身であっても筋の一つ一つがぎゅっと凝縮していて、濃い魔力がなみなみと流れているのが浮き上がった血管からわかる。それはもはや覇気だった。
「素晴らしいものですな。王も、我々の肉体もそれぞれに」
大臣がおもむろに拍手し、パンパンパン……と乾いた音が鳴る。
話し合いの席では互いの肉体を眺めあいながら語れ。
緑魔法の流れる肉体に尊敬を忘れるな。
ラオメイの流儀である。
ダアン! と大臣が机に拳を叩きつけた。
300年を誇る木で作られたはずの机が粉砕されている。
「王族の失態というのはですな。ラオメイを発展させようとしなかったことです。
これほどの肉体を持つ偉人がいる。緑魔法の腕も世界に類を見ないくらい達者だ。それにこのラオメイの大地で育たない植物はないのだから、あらゆるものを栽培して研究し放題ではないか。生まれてくる子の体が弱くとも、みよ、増強剤を試したこの肉体!」
ムッキイイイイィ!
盛り上がった腕の筋肉はたくましい山のようであった。
「我らがラオメイはなんでもやれる。他の国々の頂点にも立てるでしょうな。それなのにいつまで田舎者と後ろ指を差されているおつもりであるか!」
「……その発想がもう田舎者なのだ」
国王の返事は落ち着き払っている。
腕を曲げて見せると、山は控えめでもみごとな曲線を見せる筋肉が現れた。
ドクンドクン、と血管が脈を打っている。
ごくり、と従者たちが唾をのむ。
「よいか。世界というものはたいそう広く──今となっては魔法に頼らない技術も生まれているほどだ。たくさんの人が扱える技巧品の汎用性は高く、帝国が力を保っている。
それに比べてお前が提示したのは緑魔法の力に植物の利用。実にラオメイらしくて良いと言えよう。けれどそれだけで世界を渡ろうなどとおこがましく、また春への尊敬を忘れてはせっかく大事にしている技術も力を無くしていくだろう」
これは繰り返されてきた王の持論だ。
現王派の従者たちは、深く頷いている。
それを眺めている反対派はうんざりとしたようにピクリと眉を動かしていた。
会議のたびにこのように言うので、大臣派閥はひっそりと不満を募らせていたのだ。
「本来の役割? 春のご加護がもう虫の息だったでしょう。我々はそれを突破するものをもう見つけた。この国を諦めなかったゆえに!」
大臣がピシィン!と腕に紫の葉を叩きつけて、ギュッと押し付ける。
細やかなトゲが刺さりヒリヒリとした感触のあと、視界が鮮明になりぐんと力が湧いてくる。
「うおおおおおお! これは医療用にもなる魔力増強薬なのですぞ。輸入した南方と北方の植物を掛け合わせて作られている。この技術はラオメイでしかなし得ない! もう宮殿内にて安定栽培を成し得ておりますよ」
「その栽培のために伝統ある桃の木を動かしたな?」
「ええ。王が春龍様への祈りの修行に熱心な間にね。そのようにしても気づかれませんでしたな」
「それについては返す言葉もない。まさか半数もの使用人が寝返っていて偽の報告をするとはな」
「信用しすぎなのですよ。我々は血筋は似ていても家族ではない。貧しさに耐えるうちに新しい道を見つけたらそこをゆく。人は豊かになりたい生き物ですから」
「豊かさとは、」
「心の有り様なんてごまかしはうんざりだ。そのように心を清く保っていた時、春龍様はお力を貸してくださったのか? フェンリル様がやってきてようやくだろう!?」
「良く吠える。子らに悪事を吹き込んだというのに」
第一王子の片方カムラウ・リー、そして春姫候補でもあった翠玉姫メイシャン・リーは、冬のフェルスノゥの大地に毒を放ち土壌を汚した。そうして世界から責められる立場となり、一人は氷漬けで地下牢に、一人は名と記憶を剥奪されている。
どのように絆したのかという経緯は国王がようやく全貌を掴んだところであり、大臣一派も自分たちが噛んだと認めたところであった。
それくらいもう王は舐められている。
今だってやっているのは言葉遊びだ。
大臣の顔には、付き合ってやっている、という小馬鹿にした笑みがこびりついている。
「お二人への進言は簡単でしたな。春龍様にかまけていて子を顧みない父王よりも隣にいる時間さえ増やせば、いかにも簡単に傾いてくださった。
ものごとの正しさを生まれながらに知っている赤子などいない。育つ環境が人を作るのだから」
ふと、王はハオラウのことを思い出した。
あれは何故か父の側によくくっ付いていた。勘がよく、大臣たちの企みを避けたのかもしれない。
伝統ある修行とは己と向き合うことであり、父が何時間も集中しているうちに残っていたのはハオラウだけであった。
もし、修行をともにしようと歩み寄るような環境を作れたなら、家族のありようも変わっていたのだろうか──。
無念を胸に、王は現実を見る。
「環境を我は作らなかった」
「王族の玉座争いは苛烈ですからな。血を分けた王族たちが玉座と春龍様にかまけていて下さるなら、その時間を他に使えないのは当然のこと。大臣派が力を持ち、平民があなた方を信用しなくなるまですぐでした。みんな、豊かになりたいのです」
大臣がわらうと、増強剤で引き締めた腹がぽよんとでっぱる。
おっと、と葉をペタリ。
すると腹は見事なシックスパックになった。
なるほど技術は豊かさを与え、豊かさを前に人は弱い。
王が両腕を持ち上げ、手のひらを相手に向けて指を曲げる。擬音をつけるなら「ガオーーー」。
大臣も同じようにした。
ガシイイイイイィ!!!!
お互いの腕がつっぱり、ギリギリで押し合い、力が拮抗する。
拳と緑魔法をまじえてこそ分かり合える心がある、というのがラオメイ流である。
それにつきあってやる義理は大臣にはなかったが、王を倒せたらあちらにいる強情な伝統王族派だって寝返るだろうと考えたのだ。
(くそがッ、王は最新の薬であっても倒せないのかッ? なんてやつ。そんなに鍛えているからこそ息子たちを逃がしたのだと思えば、伝統の修行も春龍様への信仰も不幸の種だがなッッ。なんたる皮肉! ふは、ふはははははははは!!)
「フンっ」
「はあッ」
「平民も混ぜろおッッッ!!」
窓のガラスを砕いて、平民街のクガイが乱入してきた。
「高層建築の三階だぞ!?」
使用人が驚きの声を上げる。
クガイは使用人たちの間をすり抜けつつ、上着を脱いで半身灰色の肉体を晒し、王たちに向かって走り込んで行ったが──
「ゴホッ」
王が倒れた。
肉体勝負とはまた違う理由であった。
「毒が体に回ったようで」
「……栽培していたものの一つか。西方のスパイスの匂いがしていた……ゲホっ」
「長らく少しずつ摂取していただき、この度めいっぱい緑魔法を巡らせてもらったことで心臓にまで影響を与えることができましたな。さて、王が亡くなれば我々がこの国を動かす存在となるでしょう。愛国心はございます、ラオメイの名は消しませんよ」
愛国とは。
王にとっては、春龍様を敬い伝統を守ることである。それが大変になっていった分だけ、他のものを目にかける時間は減ってしまった。
大臣にとっての愛国とは。
ラオメイという国を豊かにして力を持つことである。
ブワリと桃の花が室内に入り込んでくる。
長引いたマッスル会議によって、すでに夜になっていた。
スパイスの香りも消すような甘い桃の香りが漂ってくる。
「フェンリル様たちはいらした、か……」
大臣が目を細めた。
「……。賭けをしましょう。もうじき春龍様は治るのでしょう、フェンリル様たちのお助けによって。その後、王をお救いになるでしょうか? それまでに毒にやられるのでしょうか?」
「ゴホッ、いいだろう」
このまま王が死ねば、玉座不在となる。
第一王子ハオラウにはすでに刺客が送られているだろう、と王は察していた。
春龍様は──あの方にしかお心は分からない、と王は思い、目を閉じた。
「……オレはどうすればいいのだ……?」
きょとんと、タイミングの悪い一声を発したクガイに、大臣はその上腕二頭筋を見せつけた。
「そこで眺めていろ。平民にとっても大事なことが決するだろう。春龍様の決断をきっと聞きたいはずだろう?」
それはきっと全員が願うこと。
読んでくださってありがとうございました!
……うまく、書けなかったかも……(キャラに勝手に脱がれてしまった)絵面が奇妙ですみません!
↓↓☆☆☆☆☆から作品評価を教えていただけると嬉しいです。今回の更新のあとだとちょっとこわいですけど……><




