14:妖精の泉★
(ハオラウ視点)
──春の花の中央が銀色になるなんて聞いたことがない。
「妖精の泉じゃん!」
冬姫様はご存知のようだ。
こちらをちらりと眺めて、僕が怪訝な顔をしていたのを確認したからだろうか……分からなかったら聞いていてとでもいうようにウインクした。ウインクだよな、あれ? なんか両目をぎゅっと瞑っていたのは失敗のせいだろう……。そっとしておこう……。
彼女でも失敗することはあるのか。
なんだか急にふっと肩の力が抜けたようで、膝をついてしまった。
「ねえ緑の妖精さん」
<ここはどこ? わたしはだれ?>
「ダメすぎる!」
……そんな……なんの手がかりにもならなさそうだな。はあ。
あの妖精は体が小さく頼りない、成体の半分もないだろう。周りを眺める目はきょろりと見開かれていて、あれでは体に纏う魔力を視認することもできないはずだ。警戒心のかけらもなくゆらゆらと首を動かし、花から転げ落ちそうになっている。
おそらくまだ幼すぎる。
情報を持っていそうでもない。
どうにもならなさそうだと僕はこの妖精に期待しなかったが、冬姫様はそうではないようだ。
「よく聞いていてね。あなたは春の加護をいただいて生まれた緑の妖精なの。緑の魔力を扱ってこの野山を豊かにしていく存在。基本はこんなかんじでー、ここからどんな風に気持ちが変わっていくかはあなた次第」
<わたし……しだい?>
「そう。まずは自分を知るところからだよね、わたしは誰って言ってたし」
<ここはどこ?>
「ここは春の加護を受ける峡谷にある、緑の国ラオメイの平民街の広場。花の蕾が妖精の泉につながっていて、そこからあなたが現れたんだ」
<そうなんだ>
「そうなの。春龍様って知ってる?」
<知ってる>
「! 今どんな様子かって、分かる?」
<ーーーーーーーー>
「え、なに……?」
緑の妖精が話している言葉は、大変古い妖精言葉だ。
どうやら冬姫様にも伝わらないらしい。かくいう僕も、あの言葉の音の特徴から推測しただけであって、耳で聞いて即翻訳はできそうもない。
なぜ急にあのような言葉になった? 呪いか?
「我が伝えよう」
「影さん。そっか、もともと緑妖精が寿命を迎えたときに屍妖精になるんですっけ?」
「いいや、植物毒で死んだものがまれに蘇るんだ。谷底は春の生命力に満ちているからそのような奇跡が起こることがある。ちなみに生前優秀だった個体が蘇るようだ。フフ……」
「「すごいね!」」
「フフフ」
あいつなんでちょっと得意げなんだ。
屍妖精とは、生前妖精のときに特に食いしん坊でいろんなものを食べて毒に当たり、それでも現世に未練がある個体がまれに蘇る……だけのはずだ。なのに蘇ってからは食べ物を楽しめないというのは皮肉な感じもするが、そうまでしても現世にいたいと願うような”人間くさい”ものが、人と春龍様との交流手段として選ばれたのではなかったか。
そういえば生前の記憶って消えているんだっけ……。
あいつ……そっとしておこう……。
あまりかっこよくないということは言ってあげるべきだろうか。いやしかし。
あ、話が進んでしまった。
「さっきこの妖精が言ったことはこうだ。<春龍様のご加護を強烈に感じます!そしてわたしが生まれたのでしょう!とっても強力個体!>」
妙に高めの声のトーンで緑妖精の真似をしている影など初めて見た。
初めてが多すぎてもう食傷気味なので、お前の余計な初めてを打ち込んでこないでほしいのだが。
「くっ」
そこで悔しがるなよ。おい。
「んーつまり。春龍様が少し回復してくれてて、その力で緑の妖精を新たに生んで、この峡谷を豊かにしようとしている。であってるかな? フェンリル」
「エルの推測でいいだろう。春は芽吹きなんだ。命を育てることが春龍は得意だから、妖精を生むようなことも可能なのでは。冬の雪原にはじっくりと回復するための歴史長き妖精の泉が。春の峡谷には花とともに新たに生まれる妖精の泉があるのだろう」
「ふむふむ〜。メモしておきます」
「この状況が共有されたら世界史の革命が起きるでしょうねえ」
そうだろうな。自国の環境であっても知らないことは多い。さらに四季の大精霊様を一目見ることも大変珍しいほどなのだ。もしこれらの生の情報が世界会議に提出されたなら、四季学者が涙を流して拝むだろう。
冬姫様がしゃがんで、緑の妖精に魔法を教えている。
花々を芽吹かせる魔法。冷風を吹かせる魔法。竜巻の魔法。
<わっ>
あの幼体、背中の翅を動かすのもまだおぼつかないようだ。
けれど冬姫様から直々に魔力を分けられて一気に魔法を習得した。手を繋いだりと触れながら魔法を使うことで、コツを掴みやすいのか。
緑の妖精と白銀の冬姫が戯れているところは宵闇によく輝いていて、幻想的な光景であった。
魔力をたくさん渡したからか、冬姫様はまた春色の髪色に戻った。
こちらの方が春らしくて好ましいな。
「見過ぎでは?」
フェンリル様すみませんでした。ハネムーンだものな。邪魔をしてはいけない。しかしこの場で二人にして差し上げるわけにもいかないし。
春龍様のことを解決してからお二人にはハネムーンを楽しんでいただこう。
この国の観光名所といえば……あまり自信がないのだが……探してみよう。それは有意義な外交となるはずだから。
「「あれ、おにーさま楽しそう?」」
「そうでもない」
「「緑の妖精が戻ってきても嬉しくないわけじゃないよねー?」」
「それは嬉しいことだっ」
「「だよね!」」
まったく……。
北の天使のような笑顔をしておいて、とんだ曲者だな。
けれど「嬉しくないの?」という方向に揚げ足をとることもできたはずだが、しなかった。
その曲者具合はおそろしくも、好ましさを同時に与えてくるのだから困ったものだ。嫌いになれないことの見本だな。
冬姫様たちが春の回復の手助けをなさったゆえに、春龍様も応えようとしている。
あの幼い緑の妖精が飛び回るだけで気候が春らしく整っていく。あんなに空高く。
「やるねー。その空から妖精の泉の蕾を探せるー?」
<ーーーーーーーー>
「あちゃー興奮してる。影さん翻訳して」
さて、これから平民街付近で春の花を探して治療、緑の妖精を増やしていくことになりそうだ。
宮殿のほうは騒ぎが収まっているだろうか──?
国王派の者たちに、クガイを通して、春龍様の回復方法が相談されているはずだ。




