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13:春の氷魔法

 

(ハオラウ視点)



「僕たちだけの緑の魔力で足りるのだろうか? もっと魔力が多いものか人数を連れてきた方が良いのでは」


 ”この期に及んでごたごたと予防をしようとする”……と冬姫様の半眼が言っているような気がした。

 その通りではあるけれど、確認だけはしっかりしなければと……。


 現に、あの屋台の四人家族も青い顔をしているし。この質問は間違いではない。


 ふいに、冬姫様の獣耳が伏せられた。

 そ、そんなに落ち込ませることを言っただろうか……。


「足りると思うよ」


 フェンリル様がそう言葉をかけて下さる。


「本当ですか?」

「オマエは自分で思っているよりも魔力が多い。土地のものをよく食べていたことと、よく修行をしていたからなのだろう。力になってくれるな?」

「は、はい」


「もうせっかくだから、ハオラウ王子の魔力から回復ブーストかけてもらおうっと。根こそぎいこ」

「根こそぎ!?」

「フェルスノゥ式です。私もそうやってしごかれましたし」

「冬姫様がしごかれた……?」

((にっこり))


 フェルスノゥの双子王子の笑みが怖すぎるのだが。

 まて、フェルスノゥとて我が緑のラオメイと同じくらいに修羅の世界ではないのか?

 ──なおこのやりとりは素直ピュアな反応を楽しんでいたところが大きいのだと後で知る。ちくしょう。


 冬姫様の肩が震えている。

 かわいそうに。この方はまさか、昔を思い出して怖くて震えているのだろうか……。

 それでも春龍様のためとはるばるラオメイに志願して来て、率先して氷魔法を使って下さる……。



 僕もここで協力をするべき正念場なのだろう。

 ひとつ心が決まったというものだ。



「わかりました。どうかやらせて下さい」


 ようやく言ってくれた、という顔をされる。

 白銀の見慣れない容姿。

 ニッと微笑むと月明かりそのものみたいで幻想的で美しい女性だ。


「はい。じゃあ私たちが合図をしたら、みなさんが両手のひらを氷に近づけて下さいますか?」

「「分かりました」」

「「はーい」」


 現実に戻れ、ハオラウ。


 たった五人の力で、春龍様への緑の魔力が足りるのか。

屍妖精クアンシーは魔力の中にも毒を持つのでこのたびの儀式には参加できないし)


 やってみないとわからないのだから。

 やれるかもしれないのだ──。


 無謀な挑戦なんて初めてだ。

 前向きなことならこうも胸が高鳴るのか。平常心、平常心……。



「フェンリル。手を貸してくれる?」

「エル。もちろんだとも」


 ハネムーンだからな……。


 お二人が手を重ねて花の蕾に触れる。


 緑の目を鋭くして後ろ姿を眺めていると、冬姫様の体からはさらに氷色の魔力が溢れているのが視える。

 制御できないわけではなく、魔力が多すぎてあのように漏れるのか。初めてみた。まさに大精霊の”器”!


 主に魔法を使うのは冬姫様の方らしい。フェンリル様はおそらく暴走した時に止める役なのだろう。



「やりますね」


 彼女が手を触れさせると、蕾がそうっと冷気に包まれる。もっと思い切り凍るのかと思っていたが……


「フリーズドライさせています。冷凍乾燥ですね。これによって蕾は魔力を吸い込みやすくなっている、今手のひらをかざして下さい」


 私たちが横に並んで腕を伸ばした。


 私の横に平民が並んだことにわずかな嫌悪感があったが、それも春龍様のためと己を制する。


 グン──!!


 と魔力が吸い取られてゆく。ああもう目の前がチカチカとして、膝が震えて立っていられないほどだ。まさか命までなくなったりしないだろうな? 緑の魔力がカラカラになる直前で、冬姫様がまた魔法を使って蕾を完全に凍らせた。


 ガクンと私たちが膝を折り、地面に寝転がる。

 大臣たちにみられでもしたら即座に寝首をかかれるような惨事だな。飛びそうな意識を必死につないで、蕾を見上げる。


 月光がなくても輝くような氷に包まれていた。


「蓋をしました。冬には氷の下で大地が癒されるんです。ということで、春の肥料・・を染み渡らせています」

「冬の……花に……変化……してしまわないのか……?」

「今の所大丈夫ですよ。ハオラウ王子たちの緑の魔力のおかげで」


 春龍様のお力になれたのだと、感じることができたのは生まれて初めてのことだった。


「そうですか」


 ほっ、として、目を伏せると頭に触れるものがある。

 ジェニ・メロの双子が僕の頭を撫でていた。……なんだろうこの光景は。見苦しく寝転がっている僕が幼子に慰められている……。


 モヤモヤしていると、二人に囁かれた。

 えらかった、などとまた言うのかと思ったが、


「「平民はあなたのことをもう害しませんよ。だから隣に立つことを怖がらないで」」

「!?」


 怖がっていた? 僕が?


 それは聞き捨てならない。

 あってはならない。

 平民の上に立ち導くことが王族の在り様だ──なんていう兄の主張はまちがっていると思うけれど。


 でも、ただ横に並んでいたらいいものでもないと思うからだ。

 国という形があるなら、選ぶもの・選ばれるものごとがある。それは常に仲良しこよしではいられないということ。わきまえが必要だ。


 ぐっ、と体を起こした。

 そして立ち上がる。

 平民も、双子の王子も見下ろす。


「害しても構わない。かかってくるといい」

「「それはおにーさまの心?」」

「ああ」

「「はあ〜〜〜」」


 やけに大人びた呆れのため息だな。子供がそんなに影のある顔を見せるんじゃない。隙を突かれやすいぞ。


「わっかりやすいですねー」

素直ピュアピュアなんだよねー」

「脳みそが修行でシェイプアップされちゃったのかな」

「体を鍛えることに一生懸命で脳みその育成がおろそかだったのかもね」


 どうやったらここまでひねくれた毒舌になるんだよ。

 僕の口元が引きつっている。


「"選択によって民の不満が現れたなら王族が受け止めよう"」

「"それは怖くもあるが国のため民のために何卒聞かせてほしい"」

「こうやってアピールするんですよ」

「そうすればよほど辛辣なことは言われません。ね、怖くないでしょ?」


 詐欺師になれるぞ。


 くそ、視界がぶれてきた。


「はい桃ジュース」


 冬姫様が水筒の蓋を渡してくれた。

 中には4口分ほどの果汁が入っている。

 さっき茂みの桃をおもむろに布に包んで泥棒でもしているのかと思ったが、果汁を絞ってくれていたようだ。


 飲み干すと、春の恵みで実った桃は驚くほどに体力を回復してくれた。


「すまなかった……」

「え、こちらこそ体力根こそぎ移してごめんね」

「誤解していた」

「そんなに悪いように私思われてたの!?」


 そうじゃなくて、と言う前に冬姫様はくるりと後ろを振り返った。白銀の髪が息を呑むほど綺麗だ。


「あ、やった! 春の蕾が再生したね」


 嫌われることなんて気にもしていない、か。羨ましいな。


 べ、別に嫌われることが怖くなんてないんだが……。……慣れてるし……。



 氷が溶けてしゅわりと霧になってゆく。

 それはさわやかに空に昇ってまた月を隠す帳となった。


 その暗さの中にあっても春の花はやんわりと桃色に輝いていた。花弁がめいっぱい開くと中央は銀色の鏡のようになっている……?



 そして谷底にしかいないはずの緑の妖精が、突如現れた。







読んでくださってありがとうございました!



ハオラウ王子は、

・勉強運動はできる、寡黙

・人に言われたことをやる

・王族は嫌われるもの


という人格で、変わりたいからこそ納得いく説明求めてしまうタイプです。

自分で決めて責任とることにまだまだ慣れていないのですね。だからエルを追って飛び出したのは冒険なんじゃないでしょうか。


作者だから愛着あるけど、

みなさんにとっても印象的なキャラに育てていきたいです!



引き続きよろしくお願いしますー!



★「冬フェンリル」書籍一巻が10/10に発売しました!マッグガーデンノベルズさんから。

挿絵(By みてみん)


ぜひお手にとっていただけると嬉しいです!




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