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偶像複合体  作者: 恵梨奈孝彦
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解決編

四場

    遼一と美樹、取り残される。遼一は座ったまま。下手側に美樹、二人の間にホワイトボード。

美樹  「ねえ、本当にわからないの?」

遼一  「ああ。…石田さんなら知っているかもしれないが」

美樹  「…まさか! 石田さんが持ち出したって言いたいの!」

遼一  「違う。これは断言できる」

美樹  「どうして?」

遼一  「マスターテープを持ち出したのは、おまえ(・・・)だからだ」

美樹  「………どうしてそんなこと言うの?」

遼一  「マスターテープが持ち出されて(・・・・・・)いたからだよ」

美樹  「はあっ?」

遼一  「持ち出したからといって、カネに換えられるものじゃない。発売を阻止するのならその場で壊した方が楽だ。残骸を残しておけばもう使えないことをはっきりアピールできる。持ち出したということは利用したいってことだ。利用するためにはここに持って来なきゃならない。そしてそれをしたのは、おまえだけだ」

美樹  「あたしはそんなもの持ってきては…」

遼一  「今日おれに持って来させたCD、あれはコピーでもバックアップでもない。本物のマスターテープ、原盤だ。石田さんはそれを知らないが、いまどこにあるかは知ってるだろう」

美樹  「まさか、それだけが根拠なの?」

遼一  「まず、マスターテープが見つからなければおまえは引退しなくちゃならないはずなのに、おまえは少しもテープを探そうとしていない」

美樹  「ただの印象だね」

遼一  「最初に久美子さんがここに来たときはあんなに気を使っていたのに、まったく気を使わなくなった」

美樹  「そんなつもりはないけど」

遼一  「久美子さんが自分を『女の子』と言ったとき、四人でシンクロしてツッコンだ。石田さんが久美子さんに失礼なことを言うはずがない。他の四人なわけだが、おれと小山内さんと大石さんは部外者だ。だけどおまえは関係者だ。なぜおまえが芸能界の先輩をからかうようなことを言ったか? そこに書いてあるだろう。(「タレントは窃盗をしたらクビ」と書かれているホワイトボードを指す)クビが確定なら、気を使う必要もない。せめてクビになる前にやりたいことをやろうと思ったんだ。CDが解析されたら、自分の家にマスターテープがあったことが明らかになるからな」

美樹  「それだけで、あたしがクビを覚悟していたっていうの?」

遼一  「タレントとして、ウェートを気にしてファンからもらったシュークリームも食わない奴が、うな重の特上なんか食うわけがないだろう。もう気にする必要がないと思ったからだ」

    間。

遼一  「だいたい、目の前に急須と湯飲みとポットと茶筒があるのに、客にペットボトルの茶を出すような奴が、CDをコンピュータに入れて、データをハードに移してCDを取り出し、別のCDを入れて初期化して、データが移動しきるのを待ってセッションを閉じてからまたCDを取り出すなんてめんどくさいことをするわけないだろ」

    間。

美樹 「…ねえ、なんであたしがこんなことをしたと思う?」

遼一  「正直言って、まったくわからん」

美樹  「石田さんの芸能センスが古くさいって言ったけどね…。あのに人はまだ、芸能人とかテレビに出てる人は特別だと思ってるんだ…」

遼一  「そりゃ特別だろう」

美樹  「あたしだってまだ子どもなんだよ。調子に乗ることもあるよ。勘違いすることだってあるよ。だけどそんなそぶりをちょっとでも見せたら、『人間としておかしい』とか、『親の顔が見たい』とか、『さっとと引退しろ』とか、『死ね』とか日本中から書き込まれてさ…」

遼一  「だけどそれは…」

美樹  「そう。はじめからわかっていたことだった。だけどこのあいだ、パパが言ってた。『これ以上美樹が売れたら遼一がかわいそうだ』って。ママはもともとあんなだけれど、パパはあたしを応援してくれると信じていたのに…。あたしだって18歳の女の子なんだよ。傷つかないわけないじゃない」

遼一  「お袋はともかく、おまえは親父を誤解してるぞ。あれは華やかな世界にいるおまえに比べて、おれを哀れんでだな…」

美樹  「(叫ぶ)傷つか! ないわけ! ないじゃない!」

遼一  「(驚いて)二回言った!」

美樹  「あたしががんばればがんばるほど、パパもママも離れていく。だけどあたしの仕事には、あまりにもたくさんの人が関わっている。いまさら後戻りなんかできない!」

遼一  「もともとおまえは、くそまじめなところがあるからな…」

美樹  「気が強くて、負けず嫌いで、くそまじめでなけりゃ、この世界で成功なんかできないんだよ。最初から成功する必要なんかない、特別な子どもの、あんたとは違うんだ!」

遼一  「親父とお袋が信用できなくなったってことか?」

美樹  「そんな単純なことじゃない! あたしがパパやママに愛されていないとは思ってない。だけど、あんたと同じように思われているとは絶対に言えない!」

遼一  「そうかなあ…」

美樹  「だからあたしは! せめてあんたには! パパとママの特別な子どものあんたには! 特別な女の子でありたいと思った! だけどあんたは、いくら呼んでもあたしの職場に来てくれない」

遼一  「忙しいし…」

美樹  「だからあんたに忘れ物を届けさせた。あんな大事なものを持ってきたら、石田さんたちもあんたを粗末に扱わないという計算もあった。ここではあたしが特別に扱われていることをあんたに見せたかった。石田さんにあんたが来ることを話さなかったのは、あの人が、あんたがあたしの兄貴だって知ったら態度をコロリと変えるところを見せたかったから。かれんとゆめなを入れたのも、あたしがチヤホヤされているのを見せるため。ちょっとカッコつけたかっただけだった! 今日ならば許されると思った! まさかこんな、引退をかけることになるなんて…」

遼一  「…いきなり意味不明なことを言い出して、カツ丼をとるとか言ったのもそのせいか」

美樹  「…思い出した。『あたしが食べさせてあげる』とか言われて、なんでへらへら笑ってるんだ! あんた立派な警察官じゃないか! こんな生意気なガキ、ぶん殴って黙らせたって、だれも文句を言わないよ!」

遼一  「だったらなんでああ言ったんだ」

美樹  「あんたを傷つけたかったから! 特別な子どもであるあんたを傷つけることで、自分の尊厳を守れると信じた!」

遼一  「(呆れたように)メーワクな尊厳だなあ」

美樹  「だけどあんたは! あたしなんかに何か言われて傷つくような、自信のない男じゃなかった! うな正の店員さんが、あんたにくってかかるところを陰で見ていたのもそのため。あんたがピンチになったら出ていって、『あたしの兄貴になにするの』って言いたかった。だけど失敗。まさかあの人が、あんたの知り合いだなんて知らなかったから…」

遼一  「おれも知らなかったぞ。知っていても言わなかっただろうが…」

美樹  「守秘義務?」

遼一  「そうだ」

美樹  「だけどもう終わり。CDが解析されれば、あれが本物だってわかる。あたしが窃盗犯だってバレる。事務所をクビになる。警察官の兄貴の顔に泥を塗ったバカな妹として、パパとママに見捨てられる!」

遼一  「…おれはおまえに嫉妬していた」

美樹  「そんなウソで慰められるか!」

遼一  「おまえがお腹の中にいたころ、おふくろがお産の準備のために実家に帰っていた。寂しがるおれに親父は、『ママは、もうすぐ赤ちゃんと一緒に帰ってくるよ』と言っていたけれど、おれは『赤ちゃんなんか来なくていい』と思っていた。母親を取られると思ってたんだな。だけど、生まれた赤ちゃんを一目見て、この世にこんな可愛いものがあるのかと思った。子どもらしい嫉妬心なんかきれいに消えてしまった。この気持ちは今も変わっていない。18年前の今日のことだ…。おれにとっておまえは、もともと特別な人間だよ…。(間)美樹…。誕生日、おめでとう」

美樹  「ありが…」

    石田が上手からかけ込んでくる。

石田  「CDの解析結果が出ました!」


五場  

石田  「驚きましたよ! こんな結果が出るとは思いませんでした!」

     美樹は下を向いている。遼一は石田をじっと見ている。

石田  「コピーのCDの状態が、マスターテープと完全に一致したんです! こんなことはめったにありませんよ! 千分の一、いや、百万分の一の偶然です!」

美樹  「(自分が窃盗犯扱いされないことへの驚き)えっ!」

石田  「いや、驚くのも無理はないですけどね(美樹が「偶然」に対して驚いていると思っている)。ミキサーが驚いていました。あれなら完全に使えるそうです。社長も、久美子さんも、mikiさんに感謝していますよ!」

美樹  「どうして…」

遼一  「(美樹に後ろから)おまえが信用されているってことだよ。(「信用されているから、美樹が窃盗をしたとはだれも考えない。美樹が持ってこさせたCDは本物ではなく、状態が偶然一致したとだれもが考えている」という意味)」

石田  「売れるタレントっていうのは、生まれながらのツキを持っているんですね!(遼一のいう「信用」うんぬんはどうでもいいらしく聞いていない)」

    上手から、久美子登場。

久美子 「mikiちゃん、ありがとう! 本当に助かったわ! それにひきかえこの男は…」

    一番下手に石田、次に久美子が立ち上手を向いている。舞台中央に美樹、客席側を見て少し下を向いている。その背後にホワイトボード。「タレントは窃盗をしたらクビ」とでかでかとと書かれている前に美樹は客席を向いて立っている。いちばん上手側に遼一が座り、美樹を見ている。

    遼一、にやにや笑う。九場が終わるまでずっとニヤニヤ笑い続ける。

遼一  「美樹、余計なことを言うなよ!」

美樹  「……久美子さん、レコーディングのときはいろいろ勉強させてもらいました。これからも、いろいろ教えてください」

久美子 「(遼一に)なあに? 今のが余計なことなの? この子が、マスターテープのバックアップをとっておいてくれたからわたしたちは助かったんだ。警官のくせにテープのありかが今でもわからない、何の役にも立たなかったあんたとは違うんだよ! ねえ、わたし間違ってる!?」

    美樹、何か言おうとする。

遼一  「(美樹に)それ以上何も言わなくていいぞ」

久美子 「(遼一に)へええ、わかった! あんた自分の妹が、タレントのわたしにへりくだった口をきいているのが気に入らないんだ! 警官なんてのはたいして稼いでもいないくせに、プライドばっかり高いから始末に悪いわ。あんたはタレントなんかちゃらちゃらしてるだけだと思ってるだろうけれど、mikiちゃんだってあんたの知らないところでものすごい努力をしてるんだよ。この若さで、つらい思いだってたくさんしている。仕事をしようがしまいが、出勤すれば給料をもらえる、サラリーマンのあんたとは違うんだよ!」

    上手から、ゆめなとかのん登場。かのん、空の弁当箱をテーブルに置く。ゆめな、遼一より上手に立って、久美子の話を黙ってきいている。

遼一  「(久美子らにわざと誤解されるような言い方をして、美樹にのみ警告しつづける)タレントを続けたかったらしゃべるな」

久美子 「(遼一に)あんた…。mikiちゃんがタレントを続けるかどうか、決める権利があると思ってるの? mikiちゃんにはね、ものすごくたくさんのファンがいるんだよ。あんたなんかよりずっとmikiちゃんのことを考えてくれる人たちがいるんだ。あんたのせいでmikiちゃんの姿を見られなくなったら、その人たちにあんた、何をされるかわからないわよ! 自分は警官だから大丈夫? 甘いわね…。あんたとmikiちゃんの味方じゃあ、数が違いすぎるわ、数が!」

遼一  「(美樹に)親父とお袋に見捨てられるかもしれないぜ」

久美子 「(遼一に)へええ、ボクちゃん。パパとママまでだちてきたの? mikiちゃんはそのパパととママに認められるためにこんなにがんばってるのに。跡取り息子のボクちゃんのいうことなら、パパもママもなんでも言うこときいてくれるのね。いいでちゅねー。うふふ。あんた笑ってるけど、はらわたの中が煮えくりかえってることなんか、だれにでもはっきりわかるわよ!」

    美樹、苦渋の表情のまま、遼一をちらりと見る。

遼一  「(美樹に)命令だ。だまってろ!」

久美子 「(遼一に)自分に命令する権利なんかないことに、まだ気がつかないの! mikiちゃんはおまえの部下じゃないんだ! 警官はなんでも上下関係で割り切ろうとする…。ははあ、わかった。あんた部下とか持たされてないんだ。いつも上司にこづきまわされてるんだ。だからかわりに妹に威張ろうとする。ほんっと最低の男だね! (美樹の表情に気づく。美樹に)どうしたの? ああ、こんな男でも実のお兄さんだからね…。だからさっき、ちょっと向こうを見てたんだ。心配なんだね…。やさしいね…。それにひきかえこの男は!」

かのん 「久美子さん、それぐらいでいいんじゃないですか。だいいちmikiさんが気の毒ですよ」

久美子 「そうね…。この男の顔も見飽きたし…」

    久美子、下手に退場していく。

ゆめな 「(かのんに)この人にはすっかり幻滅したなあ。自分がこんな大人げない人に助けられただなんて。だからこそ、男に助けられたりしないように、女は強くならなきゃならないんだ!」

かのん 「そうね! だからアンハッピーセットは、がんばっているmikiさんを応援しよう! お兄さんはあんなだけれど、mikiさんは強いよ!」

ゆめな 「うん!」

    ゆめなとかれん、元気よく上手に退場。

石田  「(誰にともなく)さあて、忙しくなるぞう! しかしこの人は見かけ倒しだったな…。警官がこんなだから検挙率が下がるんだ…」

    石田、言いながら上手に退場。


六場

    舞台の上には美樹と遼一のみ。美樹、客席を向いて地団駄を踏む。

美樹  「何なの! あの人たちは!」

遼一  「そう言うな。久美子さんだって間違ったことは言ってない。むしろ何も知らされずにカタキ役をやらされたんだ。気の毒だとも言える」

    美樹、遼一にしっかりと頭を下げる。

美樹  「お兄ちゃん、ごめんなさい!」

遼一  「(しっかり謝られたのが意外で、ちょっと動揺する)なんだ…、雪が降るからやめろ」

美樹、遼一の軽口にかまわず頭を下げ続ける。

遼一  「いいよ、別に。ここの人たちに会うことは一生ないだろうし」

    久美子、下手から登場。美樹と遼一に顔を合わせないようにしているため視線は客席側。美樹と遼一の前を通り、舞台を横切って上手へ。美樹と遼一、久美子の登場が意外だったためポカンとしながら久美子を目で追う。久美子、ヘルシーベジタブル弁当を手に取るとUターンして下手へ。退場する前に立ち止まる。

久美子 「(視線は客席がわ。だれにともなく)まあ…。さっきは言い過ぎたわよ…」

    久美子、下手にそそくさと退場。

美樹  「(激昂)何なの、あの態度は! まさかアレで、謝ったつもりになってるの!」

    美樹、下手に駆け出そうとする。

遼一  「(鋭く)美樹!」

    美樹、ビクッとして立ち止まる。遼一の方を向く。

遼一  「おれは今日のこと(美樹がマスターテープを持ち出したこと)をだれにも言わない。墓の中まで持っていく。だからおまえもだれにも言うな。知っているのはおれたちだけでいい」

    美樹、小指を出して遼一に近づく。

美樹  「守秘義務ね…」

遼一  「守秘義務だ」

    指切りをする。指切りを解く。

美樹  「あたし、あんたになにもできてない」

遼一  「おれにはこれがある」

   遼一、カツ丼のふたを開ける。

美樹  「あたしがつくったんじゃないけどね」

遼一  「誰かが作ってくれたからここにある。誰かが運んでくれたからここにある。おまえが選んでくれたからここにある」

    遼一、おいしそうに食べ始める。幸せそう。

美樹、きゅうすを使ってお茶を淹れ始める。茶筒から茶葉を大量に出してきゅうすに入れ、お湯を入れるときゅうすをまわし始める。お茶の葉が開くまで待つなんてことはしない。

美樹  「(湯飲みを置きながら)もっと味わって食べなさいよ…」

遼一  「ばかもの。ごはんがなくなる前に具がなくなったらどうなると思う」

美樹  「…そうだ! いいこと考えた!」

遼一  「カツ丼からカツがなくなったら玉子丼になってしまう…」

美樹  「(満面の笑み)ねえ、聞いて、聞いて!」

遼一  「断る」

美樹  「あんたにあたしの仕事を手伝わせてあげる!」

遼一  「断る」

    他の登場人物たちが舞台に登場。ソファー、テーブル、ホワイトボードなどを舞台の外に出す。

美樹  「そうと決まったらすぐに来て!」

遼一  「断る」

    遼一、どんぶりをテーブルに置いて、湯飲みをとる。

美樹  「照れてるの? じれったいなあ!」

    美樹、遼一の腕を取って下手に駆け出す。カツ丼はテーブルに置かれたまま。

遼一  「待て。おれはまだカツ丼が、カツ丼がぁぁぁぁぁっ…」

    美樹と遼一、下手に退場。

遼一  「(幕内から悲しそうな声)かつどん…」

    暗転。


    裸舞台。スポットが点く。

    美樹、アイドルらしい歌をうたいはじめる。(推奨 「Garnidelia-Lamb」など)

    舞台にライトが点く。

遼一がなぜか、後ろで踊っている。

    他の人物も登場して踊る。


 閉幕。





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