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読書部の謎解きディスカッション

読書部の日常 3

作者: くろすけ。


 午後1時50分

 タイムリミットは残り10分を切ってしまった・・・・・・。

 焦る南の隣では眼鏡姿の女が涼しげに、アイスコーヒーに口をつけている。何としても、この人には、ここから退場してもらわねば、あの人の身に危険が迫ってしまう。

 南は、まるで魔王討伐前の勇者の気持ちになっていた。




 午後1時15分

 日曜日の駅前は、沢山の人で溢れかえっていた。午前中は、ずっと雨が降っていたのだが、午後になるとその大雨は嘘のように晴天に変わり、そこら中が水滴によりキラキラと輝いてまるで、この休日を祝福してくれているようだった。

 そんな人々の笑顔さえも光輝く中、北野南は小回りが効く小さな体で素早く移動していた。

 自慢の黒髪をポニーテールにまとめて、水色のシャツとチェックのミニスカートを合わせ、お気に入りの白いスニーカーに身を包んだその可愛らしい容姿に、先程から、すれ違う男性達は目を奪われて、電柱や看板などに激突しているのだが、南はそんな事になど全く気が付いていなかった。

 ————あ〜ぁ、早く会いたい、会いたい、会いたくて震えるぅ・・・・・・先輩ぃ。

 本日は、同じ学校で同じ読書部に所属している、西山東輝とデートもとい、買い物に行く予定になっており、楽しみ過ぎて前の日からワクワクして一睡も出来なかった。

 普段の東輝なら、せっかくの休みに出掛けるなんて事は絶対にしないのは、これまでの付き合いで知っているが、今回は読書部の顧問である本田ミヨ先生からのお願いで断りきれなかったようだ。(二人しかいない部活が存続出来ているのは、この先生が裏で手を回してくれているらしい・・・・・・)

 そんなこんなで、本田先生に頼まれた授業で使用する物の買い出しのため、休日に街へ来たわけだが、集合時間になっても中々東輝が現れないので心配していると、LINEで《悪い、午前中の用事が長引いてしまって、遅れる》という内容のメッセージが来たので、南は東輝も知っているカフェで待っていますという旨の返事をして、今はそこへ向かっている最中だ。

 「はぁぁああああ、もどかしいぃぃ・・・・・・でも、これもプレイだと思えば・・・・・・いい」

 愛しい彼を想いながら、軽快に進み、目的地であるカフェの前に到着すると、自動ドアが南を待っていたかのように、勢いよく開いた。

 入り口を潜ると、目の前にはメニューの注文をするカウンターがあり、白いシャツに可愛らしい黒いエプロン姿の女性店員さんが「いらっしゃいませ」とこちらに向かってお辞儀をしてきた。

 休日の午後なので店内は賑わっており、かなりの席は埋まっていたが、自分一人くらいなら座れそうな席をいくつか見つけたので、南は【オススメ商品】と大きく書かれた『ハニークリームカフェオレ』なる物を注文した。

 お金を支払い、しばらく待っていると店員さんの可愛らしい笑顔と共に、お盆に乗せられたカップが運ばれてきたので、こちらも負けじと可愛く笑顔を返して、それを受け取る店内の方へ歩を進めた。

 四人席のテーブルの一つ空いてるスペースに座る勇気は流石にないので、駅前大通りに面している窓の前のカウンター席の方へ目を向けると、一箇所だけ空いている席を見つけたので、素早く移動をして、そこを確保する。

 ここからなら頑張って走って来るであろう東輝の姿もガン見出来そうなので、ちょうどいいな、とニヤケていると、ふと左隣から視線を感じたので、そちらに視線を移した。

 「げっ!」

 白のシャツの上に黒いジャケット、下はブルージーンズにレインブーツを合わせている、その女性はモデルかと思うほどの長い手足、羨ましい・・・・・・というか、憎たらしいほどの胸のボリュームをしていた。そして、南はそんな女性の事を知っている。

 「ブラコンシスター卯!」

 「馬鹿にしているの? チビ猿女」

 赤い縁の眼鏡の奥から冷たい眼差しを向けてくるのは、間違いなく西山東輝の姉である、西山卯うさぎだ。

 「チビ猿女とは失礼な! こんなに可愛い猿が、この世に存在していると思っているんですか! この眼鏡猿!」

 「あら、こんなに美しくてセクシーな猿が、この世に存在していると思っているのかしら、知能まで猿ね・・・・・・」

 南と卯は、ある事件で出会ったのだが、二人とも初対面にも関わらず、お互いの内に秘めたる感情を読み取りあってしまい、今では顔を見れば喧嘩をする仲だ。

 「相変わらず、私の東輝にしつこく付き纏っているようね。いい加減にしないと警察を呼ぶわよ」

 「はぁ? そっちこそ、いい歳して弟離れ出来ない姉を持っている先輩が可愛そうなので、即刻、その辺の男と結婚でもして、大家族でもお作り下さい!」

 「いやよ、東輝以外の遺伝子が体内に入ったら私・・・・・・爆発するから」

 「じゃあ、早く爆発して下さい!」

 東輝の家族とは、なるべくなら仲良くしたいのは本当の気持ちだ、これから結婚したら南にとって、かなり重要な事だというのは分かっている・・・・・・でも、この人とだけは、一生ウマが合わない気がする。

 「・・・・・・」

 「・・・・・・」

 いつも通りの罵倒を繰り出しあった二人は、同時にカウンター席に置いてある自分のカップを持ち上げて、口をつける。

 ————あぁ、美味しい・・・・・・落ち着くぅ。

 ハチミツとクリームの甘さが、口いっぱいに広がり、苛立った心をゆっくりと包み込んで癒してくれていると、目の前の窓の外に目を向けたままの卯が、質問をしてきた。

 「今日は、一体何しているの?」

 「何ですか? いきなり」

 頬杖をつきながら、遠い目をしている、その表情は、流石は姉弟と言うべきか、東輝が読書部の部室で見せる姿と瓜二つだった。

 「まさか、これから東輝と会うなんて事・・・・・・ないわよね?」

 「・・・・・・」

 ————まずい。

 冷や汗を隠すように、南は笑顔を向ける。もし、この後の東輝との予定がこの人に知られれば間違いなく邪魔される。そんな事は絶対に避けなければならない。

 決意に胸を熱くさせた南は、拳を強く握った。




 午後1時40分

 「それで、休日の午後にあなたは何をしているのかしら?」

 「卯さんこそ、何をしているんですか? デート————なわけないですよね」

 「・・・・・・私は、午前中から古本屋屋巡り」

 そう言った彼女の足元には、紙袋に入った大量の本が収まっていた。

 「へぇ、いいですね! おっ、そこに見える本は、名作の————」

 「それで、あなたは?」

 話を逸らそうとしたのだが、失敗した。いっそ「用事があるんで・・・・・・」とでも言って逃げようかとも思ったが、怪しまれている内は、店を出ても付いてきそうだ。ただ、このままダラダラしていても時間になれば東輝がここへ来てしまいアウトになる。

 先程、《2時には、カフェに着ける》というメッセージがきたので、慌てて別の場所への待ち合わせ変更のメッセージを返信したが、未だに既読すらつかないので、まだ東輝は読んでいないようだ。

 ————このままじや、あと20分で先輩が来ちゃう・・・・・・くっ! 何としてでも。

 とにかく南は、怪しまれないように適当に出掛けた理由をでっち上げる事にした。

 「————朝から、ショッピングですよ!」

 「ふぅ〜ん。その割に、何も買っていないようだけど」

 「いやぁ、何か買おうとしたんですけど、結局ウィンドウショッピングになっちゃって」

 「・・・・・・」

 顔は前を向いたまま、目線だけ動かす卯から逃れるように、南は目の前のハニークリームカフェオレに手をつけた。

 「朝から、というと午前中からかしら?」

 「そうですよ!」

 「・・・・・・なるほどね」

 ゆっくりと上から下まで自分の体を値踏みされているような、視線に耐えながら、次の一手を考えていると、いきなり隣で笑い声が聞こえてきた。

 「ふふふ」

 「な、何ですか、気持ち悪いなぁ」

 「ふふふふ・・・・・・あなたは嘘をついている」

 「は、はい? いきなり何を————」

 「ウィンドウショッピングなんて、していなかったんでしょう?」

 一旦コーヒーに口を付ける卯は、涼しい表情をしており、それがとても不気味だった。いや、それよりも何でバレたのかが南には分からなかった。

 「————教えてあげましょうか? 私がなぜ、あなたの嘘に気付いたのかを・・・・・・」

 心を読まれたかのように、彼女はその赤い唇を小さく開いて、南に答えを教えてくれる。

 「あなた午前中から出掛けてた、って言ってたけど・・・・・・傘はどうしたのよ」 

 「傘?」

 「昼過ぎに止むまで、土砂降りだったのに、あなたは傘を持っていないじゃない。それって、雨が上がった午後から外に出たからじゃない?」

 確かに、当初は13時に駅の改札前集合と約束していたので、南が家を出たのは雨がちょうど止んだ午後からだった。

 「あ、あぁ。折りたたみ傘を持ってるんですよ!」

 脇へ避けていたトートバッグをポンポンと叩く。この中には本当にピンクの折り畳み傘が入っているのだが、もし濡れているかどうか確認されれば、一発でアウトだ。

 「・・・・・・そう」

 ヒヤヒヤしていた南の心配をよそに、卯は興味を無くしたように視線を外へと再び戻した。

 ————おぉ! ハッタリが上手くいった!

 喜びのガッツポーズを必死に隠す南へ、隣から、いきなり次なる一手が飛んできた。

 「・・・・・・それにしても、随分綺麗で可愛らしい白のスニーカーね。あの雨の中でも〝一つも汚れていない〟なんて、どんな素材で出来ているのか、興味があるわ」

 「・・・・・・」

 ————にゃあああああああ! 足元がお留守だったぁぁぁ!

 せっかくのデートだと思って、思いっきりオシャレをした事が仇になってしまった。まさか、そんな所まで見られていたとは、流石は、あの化け物レベルの推理力を発揮する弟の姉だけはあって、洞察力が凄過ぎる。

 「え、あーと、その————」

 「さぁ! 本当の事を言いなさい! これからあなたは誰と! どこへ行くつもりなの!」

 午後1時55分

 残り時間は少ない。もういつ東輝が現れるか分からない状況だ。

 焦る手元で、スマホを操作してメッセージに返信があるか確認するが、未だに既読がついていなかった。

 ————くぅぅぅうぅぅぅぅぅ・・・・・・悔しいけど、かくなる上は!

 「あっ! 急にお腹が痛くなってしまいました! ちょっと、トイレ————」

 「待ちなさい、なぜカバンとカップまで持って行くの」

 「あれですよ! あれ・・・・・・あ、あれ・・・」

 「理由が思いつかないなら、そう言いなさい! 往生際が悪いわよ!」

 「いやぁー、別にあれですよぉ〜」

 「やっぱり、東くんと何処かへ出掛ける気ね! このチビ猿!」

 「そんな訳ないじゃないですかぁ。あっ、本当に急ぐんで、これにて————」

 卯の追求を無理矢理突破しようと南は、椅子から立ち上がり早足に入り口へ向かう。

 このまま外へ出てから、この女をまいて、そして東輝へ連絡を取って合流————もう、私達の幸せな時間を守るには、この方法しかない。

 そんな熱き思いを胸に魔王から逃げ出す南の目の前に、勇者様が現れた・・・・・・いや、現れてしまった。

 「ハァ、ハァ・・・・・・悪いな、遅れた」

 「ななななな、と、とと、東輝・・・先輩!」

 乱れた髪と黒縁の眼鏡を直す、目の前の男性は間違いなく、読書部の愛すべき先輩、西山東輝、その人だ。

 おそらく遅れてしまった事を申し訳なく思って、ダッシュで来てくれたようだが、今の状況では相当な悪手だ・・・・・・。

 「東輝・・・・・・これは、どういう事かしら?」

 「やばっ」

 「は? なんで姉貴が————」

 「どういう事なのよぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおお」

 休日で賑わう駅前大通りを歩く、様々な人々がカフェから聞こえてくる絶叫にビックリして足を止めていた。

 午後2時ちょうどの事であった。

 

 

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