神の愛し子 プロローグ
「しっかりせい!!」
血塗れになった二人をなんとか鳥居の中に運び、炎のから遠ざける。だが、すでに二人の呼吸は弱く、音弥の方は意識があるかもわからない。
「おとうさん!おかあさん!」
二人の姿に祠の近くに他の子どもたちと固まっていた鈴音が飛び出し、駆け寄る。二人の手を必死に握って呼びかける我が子に、目を閉じないよう果鈴は必死に意識を保ちながら口をゆっくり開いた。
「鈴音、無事ですか……?怪我は、ありませんか……?」
「わたしはだいじょうぶです!でも、おかあさんたちが……!」
「鈴音!そのまま声をかけていろ!音弥、起きるんじゃ!目を開けい!このまま眠ってはならん!!」
必死に身体を揺らし、頰叩き、刺激を与えてその目を開かそうとするが、反応が無い。
「音弥!死んではならん!娘を、愛し子をまだ置いていってはならん!愛し子の成長していく姿を見るのが己が役目であるのだろう!!親の役目なのであろう!」
共に月見酒を交わしたあの時。
楽しそう鈴音の成長、未来を楽しみにしていた音弥。
そんな彼の姿を思い出し、必死に頰叩いていく。
必死に———、聞こえない声を叫びながら頰を叩いていく。
「神様……、お願いがあります……」
果鈴の声が聞こえた。
「果鈴?」
しかし、何処か違和感があった。
彼女の声に顔を上げ、目に果鈴を写す。
そして、"目線が交わった"————。
「果鈴、まさか———?」
「本当、みたいですね……、死が近い、人間は……聞こえてしまう、見えてしまうって……」
「神様って、そのようなお姿をしていたのですね」と自分の姿を見て嬉しそうに微笑む。
ずっと、鈴音や子ども達の言葉からでしか知ることのできなかった自分の姿。いつか、二人にも見せてやろうと、『約束』したこの姿。
「違う!死が近いから、見えたのではない!ワシの力が戻ったんじゃ!戻ったから見えたのじゃ!だから、安心せい!お前たちは大丈夫じゃ!大丈夫なんじゃ!」
彼女の言葉を否定し、二人の傷口に手をかざし力を集中させる。
彼女たち程の大人が自分を見えるようになったということは、自身の神力は傷口を塞げるぐらいには戻っているはずだ、と。
全身の隅から隅までの神力を集め、傷口に流そうとする。
だが———、
「がはっ!」
「かみさま!?」
強烈な痛みが胸を襲い。口から血が吐き出された。
「神様……無理を、なさらないで、ください……。死にゆく私たちにも、わかっています……」
鈴音への加護と境内への炎の広がりを防ぐのが、いまの自分にとっては限界である。
「はぁ、はぁ……、まだだ……」
「かみさま……?」
「音弥……、起きてくれ……。果鈴が見れたということは、お前もワシを見れるってことじゃ……。そうすれば、『約束』は果たされる……」
『約束』が果たされれば、力が戻る。僅かかもしれないが、僅かでもこの状況を覆すことができるかもしれない。
しかし———。
「音弥は、もう、”見ました”……」
「へ、……?」
彼女の言葉に目を見開く。
「鳥居に、入る前……、音弥は、最後に……、『あぁ……、見れた……』と……」
身体を動かす力が残っていないのであろう。視線だけを動かし、隣で倒れている夫へと向ける。呼吸が弱くなり続ける彼の姿に、彼女は悟るように微笑んだ。
「——、ワシは!!」
血で濡れ、刻々と死が近づいている。
「『約束』を果たしてもらったというのに、何もできんのか!?お前たち二人の命も助けられんというのか!?」
何が神だ。この愚か者。
力を取り戻しても奇跡すら呼び起こすことができない。
黄泉の国に連れてかれることを黙って見ることしかできない。
なんて、弱い神なんだ。
「神様……、『約束』を、して欲しいのです……」
無力な自分を責め立てる。
そんな自分に果鈴は再び、目線を交えるように声をかけた。
「果鈴……?」
「この子を、お願い、致します……」
そして、その目を、我が子へと向けた。
大粒な涙を拭うことなく流し、大好きな両親の手を両手で握る、愛しい愛しい我が子へ、と。
「この子の、未来を……、私たちの、見たかった……この子の、成長を……守って……」