91話 夢魔の助言
「疲れた〜」
ふかふかベッドに飛び込んで枕に顔を埋めた。
人間界と魔界を繋ぐ扉が閉ざされてしまったので魔界に戻れなくなった、というか元々人間界に残るつもりだったシルヴァ公爵は嫌がるウアリウスを見事にスルーして客人としてマクミラン邸に滞在する運びとなった。皆の記憶が戻ったのを気にしているらしいベルベットも同じ。
シルヴァ公爵のコミュニケーション能力に戦慄した……あっという間にウアリウスの旧い知り合いという印象を屋敷の人達に植え付け、生活が少々だらしない事にいつも嘆いていた執事さんの心をがっちりと掴んでしまった。非常に嫌そうな顔をしていたウアリウスだが、事を荒立てる気も追い出す気も消えたのかとても面倒くさそうではあるが受け入れた。
夜になって何時も通りウアリウスの寝室に来たら、今夜は一晩中シルヴァ公爵に付き合わさせると言って出て行った。去り際、一人で寝られるかと心配されるが大丈夫だと苦笑して背中を押した。
人間界に来た当初は寂しくて泣いていた私を見兼ねて添い寝してくれたのが始まり。
「今日は久しぶりに一人で寝るのか……」
ずっと一緒に寝ていたから、一人で寝るのは少し寂しいという気持ちが湧いて来る。隣にあった存在や温もりにいつの間にか私自身が頼ってしまっていた。
「でも、慣れなきゃ」
いつかは一人で寝ないと駄目だと考えていたので今日を機に一人で眠れる練習をしよう。
瞼を閉じて眠るのを待った……。
気張らなくても案外寝れるものだと自分の図太さに感心してしまった。意識が浮上し、頬が痒くて腕を動かそうとしたら異変に気付いた。
腕が動かない。
ハッと目を開き、上を見たら両手が蔓で縛られ拘束されていた。今自分が寝ているのはベッドの上。誰かに攫われた?一体誰に?
蔓を燃やそうと魔力を込めても魔術が使えないどころか、魔力を感じない。額から頬にかけて冷や汗が流れ落ちる。
どうしよう、逃げる方法を考えないと……考えた矢先。冷たい声が「アフィーリア」と呼んだ。
「あ……」
「再会して早々面倒ばかり起こすなお前は」
「ネフィ……」
海を思わせる深いの青の瞳が冷たく私を見下ろす。私の側に腰掛けて頬の隣に手を置かれた。身を乗り出し、額にキスをするネフィは瞼や頬ににもキスをした。
「な、何して」
「魔界に戻ったユーリは大怪我を負って、アイリーンは大泣きしていた。ナーディアから大体の事情は聞いたがもう少しやり方を考えろ」
「んんっ」
え?ええ?勝手にキスをしては魔力を奪ってくるのはアシェリーやベルベット。ネフィには一度も手を出されなかった。
なのに今普通にキスをされている。
「ね、え、ネフィってば、ふざけるのも止めてっ」
「俺のどこがふざけてるように見える?」
淫魔は特性上自分よりも強い魔力の持ち主から魔力を奪うのを好む。あの二人がキスをしてきたのは私の魔力が欲しいから。ただ、夢魔が他者の魔力を奪う性質を持っているとは教えられていない。キスの合間に発した言葉はネフィの機嫌を悪くしてしまった。眉間に似合わない皺を寄せ、冷たく睨んでくるから負けじと睨み返す。
「……退屈なんだよ」
「なにが……んう……」
「ずっと退屈だったんだ。理由が分からなくて苛ついていたんだけどな。お前がいないからって分かってスッキリした」
それとキスと何が関係あるの!?
話しながら口付けられて私からは話せない。気が済むまでジッとしていると漸くネフィはキスを止めた。
多分涙目になっているだろうなあ……どうせ意味はなくても睨まずにはいられない。
「初めてじゃないだろう」
「そういう意味じゃないよ……大人になったなって」
「は?」
「だって、こういう事をするって事は遊んでるんでしょう?」
私が言っている意味を分からないネフィじゃない。意味を解すると嫌そうに顔を歪め、一言「遊んでねえよ」と否定した。
嘘。
「嘘言ってどうするんだ」
「人の心読まないで!って……そっか……夢の世界じゃ筒抜けか」
忘れてた、夢の世界では夢魔に何でも筒抜けなのが。
「魔族なら遊んでも変じゃないのに」
「個人差ってもんがあるだろう。それを言うなら、お前はどうなんだよ。人間の男に愛想振りまくって大層遊んでるんじゃないのか」
「失礼ね。大体私、人間の友達すらいないわよ」
「……」
……憐れむ目で人を見ないで!
しょうがないじゃない。ウアリウスの同居人として社交界では注目を集めているけど殆ど屋敷に籠ってばかりで他人と交流を持たずに過ごしてきたんだもん。ぼっちどころか、不名誉な悪名まで付けられている始末だし。
「悪名?」
「ウアリウスに懸想している女性達から『悪女』の悪評を流されてるの。私が屋敷から出ないのはウアリウスを篭絡する為だの、屋敷の使用人を虐め倒してるとか」
「お前が『悪女』ねえ……妹泣かせの馬鹿の間違いだろう」
「うっ……」
ウアリウスの名前を出しても聞いてこないのは既にレオンハルト団長から事情を聞いた後だからで。
絶対に逃げないからと約束して拘束を解いてもらい、上体を起こしてネフィの隣に座った。
「レオンハルト団長からはどこまで聞いたの?」
「始祖のじいさんを監視する為にシルヴァ公爵が残ったのと俺達の記憶が戻った理由がベティがお前に接触したからだってのも聞いた」
「後姿がアイリーンに似ていたから気になったって言われた」
「ベティじゃなくても気になっただろうな」
人間界で魔界の王女に似た後姿をした人間を気にするなと言う方が無理な話なのだ。
「アイリーンが大泣きしていた理由もユーリが大怪我を負っていた理由も聞いた。ただ、ユーリの大怪我については魔界に戻った時点でほぼ治りかけてはいた」
「うん。ウアリウスが瞬間移動の術式を広げた時にユーリに治癒術も掛けてくれていたの」
「意識も魔界に戻った時点であったからな、泣いてばかりで話にならないアイリーンの代わってお前に大層キレてたぜ」
「あーはは…………しょうがないよ。私はコーデリア様になりたくない。アイリーンやユーリを傷付けたくない。……父様に嫌われたくない」
現在進行形でアイリーンを傷付けている私が言える台詞ではなくても、本音は最後に言った言葉。大好きだった父様に見捨てられ、周りにも見捨てられ、一人ぼっちになりたくないだけ。
人間界にいたいのも少しでも私の中にいるリリスの種が芽吹く可能性を低くしたいから。自分勝手で嫌になる。
「自分勝手でいいだろう」
「ネフィ」
「俺達は悪魔なんだぜ?良い子ちゃんでいようが根は悪魔。必ず悪魔の性が出る。無理矢理我慢するより、それが自分だと認めればいい」
「もしも私がコーデリア様になったら、ネフィはどうする?」
「おにばばが魔王にしていたみたいに、お前がユーリに纏わりつく姿が想像出来ねえんだけど。まあ……強いて言うなら、一度くらいは見て見たいかもな」
「へ」
意外な言葉に間抜けな声を出してしまう。愉し気に笑ったネフィがコツンと額を合わせてきた。
「似合わなくて笑い転げてそうだ」
「どういう意味?」
「お前、ユーリを男として見たことある?」
「ない。弟だもん」
「だろ?なら、尚更想像するのは無理だ」
「私がユーリを弟としてしか見てないから?」
「ああ」
よく分からないけど何故か自信たっぷりなネフィの言葉を信じることにした。まあ、ユーリは私が嫌いだから余計想像が難しいだろうね。
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