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88話 始祖の魔王である前に祖父である

 


 二人同時に飛んだ瞬間、炎と魔力破が放たれ周囲に爆風を齎した。咄嗟に自分の周囲に結界を貼り、不意にアイリーンへ向くとしっかりとナーディアの貼った結界に守られていた。ユーリとベルベットの戦闘中、アイリーンを心配する必要は無くなった。派手に炎と紫電の魔術を駆使するユーリに対し、ベルベットは次々に放たれる魔術を打ち消してはユーリに接近し物理的な攻撃を仕掛けていた。

 ユーリとアイリーンを探している間、王国騎士団や天使について少し説明したから、魔力を使わない方向の戦いにしてくれたんだ。



「大層なことを言っていた割に魔術を使ってこないな」

「無駄な魔力は使いたくないんだ。大体、此処がどういう国かちゃんと知ってて言ってる?」

「高位魔族相手に手を抜く程俺は愚かじゃない」



 そういう意味じゃないって!

 叫びたいけど、またユーリが紫電の魔術を放ち、ベルベットが打ち消した衝撃音で私が叫んだところでどうせ二人には届かなかった。魔力容量(キャパシティ)が多いのを良いことにユーリの攻撃は止まらない。魔力濃度もどんどん上がってる。このままだと何時気付かれるかは時間の問題となる。



「姉様!」



 地を蹴ろうとした瞬間、悲痛なアイリーンの声に足は動かなかった。



「姉様お願いっ、私達と魔界に帰ろう!事情を話したら、きっと父様だって許してくれるよ!」

「無理じゃないかな……」



 今現在も曇天は続き、あちこちから雷が轟き、空から父様の濃い魔力が充満しているのだ、大人しく魔界に戻って事情を話したところで許される筈がない。何より、私の側には父様が毛嫌いしているウアリウスがいる。最悪の場合、ウアリウスに関する記憶を消されそう……。



「私からも父様にお願いするから、だから……!」

「アイリーン……」



 縋るサファイアブルーの瞳から零れる透明な雫。十三年間、魔界の第一王女として育ったのに実際は第二王女で、肝心の姉が人間界にいたとなるとアイリーンからしたら私を魔界に連れ戻したいという気持ちは当然。

 でも私は何を言われても魔界に戻る気はない。



「ごめんねアイリーン。私は魔界に戻らない。早くユーリと魔界に帰りなさい。そして……私を忘れて」

「ね……姉様……っ!」

「十三年間、私の記憶が無くても問題は起こらなかったでしょう?今は記憶が戻って混乱しているだけ。二度と会えなくなれば、もう一度忘れられるよ」



 言いたい言葉だけを述べて私は地を蹴り、ベルベットとユーリの間に入った。飛んだ際、アイリーンの泣き叫ぶ声が届いても振り返らなかった。

 私にアイリーンを抱き締める資格も涙を拭いてあげる資格も――どちらもない。


 私が目の前に現れると綺麗な眉間に濃い皺が刻まれた。



「アフィーリアっ、アイリーンに何を言った。どうしてあんなに泣いてるんだ!」

「魔界に帰りなさいって言ったの。魔界に戻ったら、二度と会わなくなるから、それでまた私を忘れたらいいって」

「お前……!」



 険しさの中に怒気が追加され、手を上げたユーリに腕を掴まれた。咄嗟にベルベットが動く気配を感じて顔だけ振り向き横に振った。渋々と引き下がったベルベットから再びユーリを見やる。



「お前を思い出した途端、アイリーンがどんな様子だったか想像すらしないのか?」

「ある程度の予想は浮かぶ。だとしても、私は魔界に帰らない。帰る訳にはいかない」

「なら、理由を言え。こんな大掛かりな事をしてまで魔界にいたくない理由を」

「……少なくともユーリやアイリーンには言えない」



 悪役アフィーリアのせいで一番被害を受けて来たのはユーリとアイリーン。冷静な態度でユーリと望んでいるが内心不安で仕方ない。私の中にあるリリスの種が何時芽吹くか、と。一応、長年ウアリウスが側にいて常に私の中にあるリリスの種から芽が出ないよう魔力を流してくれていた。まだ二十分も経っていないのにいきなりリリスが出て来る展開は来ない筈だろうが不安は不安だ。



「……なら、ベルベットには?ベルベットには話したのか?」

「ベルベットと会ったせいで皆記憶が戻った訳だし、私に協力してくれるって言うからある程度は話したよ」

「は……たかだか、家出をした先で一緒になっただけの相手にはやけに優しいんだな」



 ……すごく棘のある台詞。どうもユーリはベルベットが気に入らないみたい。アンデルの村で再会した時もそうだった。



「そうかもしれないね。ユーリより頼りになるから」

「っ!」

「もしも、会ったのがベルベットじゃなくて、アシェリーかネフィ、ソラだったとしても言える範囲で私が魔界に戻らない理由は話したと思う」



 虐げられ、暴力を振るわれるアイリーンを守る相手であるユーリも悪役アフィーリアに何度も苦しめられていた。私は少しでもアイリーンやユーリから距離を置きたい。

 掴まれている腕の痛みが尋常ではなくなってきている。ミシミシと嫌な音もする。「フィー」とベルベットの焦りの声を聞いても私は首を振った。

 突き放す言葉を使ったら傷付いた面持ちをするユーリだけど、腕を掴む手に力を入れるのなら私も遠慮はしない。早く魔界に戻るよう更に続けた。



「分かったでしょう?私がユーリを全然頼りにしていないのが。理由をユーリやアイリーンに話したってどうにもならない。だから早く魔界に帰って」

「っ……なら、ベルベットやアシェリー達ならどうにかなるのか?俺やアイリーンが駄目で他の奴等が良い理由はなんなんだ!」

「それはっ」


「時間が掛かり過ぎだよ、アフィーリア」



 どう言うべきか……と、腕の痛みに顔を歪めつつ思考した瞬間、場の雰囲気にはそぐわない優しい声が届いた。その直後、私の腕を掴んでいたユーリの手が突然有り得ない方向に捻じれた。想像を絶する痛みに悲鳴を上げ、腕を元に戻そうと藻掻くユーリの身に何が起きたのかと吃驚していたらウアリウスが現れた。



「アフィーリア」

「ウアリウス!ユーリの手が!」

「ああ、あれ?僕だよ」

「やっぱり……!」



 早く止めてほしいとウアリウスに頼むと私に言われると予期していたのか、あっさりと止めてくれた。正常な位置に戻った手を呆然と見ながらもユーリの顔には幾つもの汗が浮かんでいた。



「アフィーリア。後三十分しかないよ?」

「もうそんなに経ってたの!?」

「まあ、たったの一時間では無理だとは分かっていたよ。君を魔界に連れ戻そうと必死になるのは目に見えていたから」

「うぅ……」



 言い訳のしようもない。ただ、ウアリウスが現れたって事は時間さえ過ぎれば扉は完全に施錠される。



「はあ……はあ……っ、……誰だお前は……っ」

「僕?知らなくていいよ。ああ、魔界に戻ったらレオンハルトやシャルルに言っておいて。アフィーリアはちゃんと育てているからって」

「さっき、ベルベットの言っていた保護者ってお前か?」

「うん。さあ、王子。地上にいる王女と護衛を連れて魔界に戻ってもらうよ」

「アフィーリアも一緒だ!」

「やれやれ、大人の話は聞くものだよ?」



 話をしても埒が明かないと判断したウアリウスは肩を竦め、一瞬でユーリとの距離を詰めた。驚く間も与えず、手をユーリの頬に置いた。



「魔力が強いだけのお子様が強がっちゃいけない。見ているとロゼの小さい頃を思い出すから、僕の前では余計に見せないのが吉だ」

「父上の、子供の頃を知っているのか?」

「ああ。知ってるよ。ロゼだけじゃなくリエルも。早く魔界にお帰り。アフィーリアの為に」



 嫌な予感がする。殺意は感じないのにユーリの身に危険が迫っているような気がした。ウアリウスの名を呼んだ直後、スイカが割れ身が弾けたように飛び出したのと一緒でユーリの全身から血が弾け飛んだ……。

 地上からアイリーンやナーディアの悲鳴が聞こえるけど理解が追い付かない。


 呆然とウアリウスやウアリウスの後ろにいる私を見ながら落下するユーリ。追い掛けたいのに、体が硬直して動いてくれない。


 このままだとユーリが地上に落ちる……!



「駄目、ユーリ!」



 やっと出せた声で叫んだ。

 すると落下していたユーリの動きが止まり宙に浮いた。

 良かった……と安堵するのも束の間、私の頭にウアリウスの手が置かれた。



「早く王子と王女達を魔界に戻すよ」

「ウアリウスっ、なんでユーリに怪我をっ!」

「死ぬような怪我じゃない。魔界に戻ればすぐに治る」

「っ、本当に?信じるよ?嘘だったら一生一緒に寝ないからね」

「孫娘と寝るのが楽しみなおじいちゃんの楽しみを取らないで。大丈夫、死なないのは本当だから」



 取り敢えず……信じよう。



「ユーリ!!ユーリっ!!」

「ユーリ様!!」



 泣き叫ぶアイリーンや悲鳴を上げるナーディアの許へ早くユーリを運ぼうとウアリウスと並んで地上へ降りた。勿論、ユーリは慎重に地上へ下ろし地面に寝かせた。慌てて駆け寄るアイリーンとナーディアがユーリに触れたのを確認後、下がっててと言われた私は素直に応じた。

 集まったアイリーン達の足元に展開された術式は瞬間移動の物。転送先は魔王城と描かれた。

 驚愕するアイリーンやナーディアの目が私やウアリウスを捉えた。



「早くお帰り。子供が来るにはまだまだ早い」



 徐々に光に包まれていくアイリーン達から目を逸らさず、目に焼き付けるように見続ける。これでもう二度とアイリーンやユーリとは会えない。「姉様、やだ、姉様っ!」と泣いているアイリーンへの罪悪感は大きい。大きくてもアイリーンの幸せの為でもある。



「さようならアイリーン。こんなお姉ちゃんでごめんね……」



 前のアフィーリアが自我を取り戻し、アイリーンを殺そうとした氷の刃で自害した際最後に発した言葉。豹変しても最後までただ一人アフィーリアが元に戻るのを信じて待っていた最愛の妹への言葉には、今までの懺悔と沢山の愛情が詰まっていた。

 ……今の私には?

 呆然としていたら、いきなり体を抱き寄せられ頬に固い胸板が当たって地味に痛かった。「どうしたの?」とウアリウスを見上げたら、見たことのない至極面倒くさそうなのに……少しだけ焦りが滲んだ表情を浮かべている。視線の先を辿って意味を理解した。アイリーン達を包んでいた瞬間移動の術式はそのままだが術の稼働が停止し、さっきまでいなかった人が立っていた。



「子供が駄目なら大人なら如何ですかな?ウアリウス様」



「うわ……」という声と一緒にベルベットも地上に降りた。



「父上……」



 ウアリウスに抱き締められているから振り向けないが大体どんな顔をしているかは声色から察せられる。十三年振りのシルヴァ公爵は、当然と言えば当然だが全く変わっていない。

 深緑色の瞳がアイリーンやユーリを一瞥し、軈てウアリウスを見ると溜め息を吐いた。



「容赦のない……致命傷を負わせていないだけ良しとしましょう」

「シャルル。早く王女と王子を魔界へ連れて帰るんだ。後二十分で人間界と魔界を繋ぐ扉は施錠される。そうなってしまえば、人間界と魔界を自由に行き来出来なくなるよ」

「なるほど。それでアフィーリア様がユーリ様とアイリーン様を魔界に帰そうと必死になる訳だ。念の為聞きますが開錠方法は?」

「僕の意志で開けるか、僕を殺すかのどちらかだよ」

「だと思いました」



「時にベティ」とシルヴァ公爵の視線が私達の後ろにいるベルベットにいった。



「ベティはアフィーリア様の味方なのか?」

「おれがフィーに接触しちゃったから全員の記憶が戻っちゃったみたいだからね。フィーに協力するって決めた」

「そうだったのか。どうしてアフィーリア様に接触を?」

「街で擦れ違った時、後姿が第二王女にそっくりだったから気になって、かな」

「そうか。……さて、ウアリウス様」



 無駄話はここまで、と急激に魔力を上昇させたシルヴァ公爵からの無言の圧力が伝わって来る。長く人間界に滞在する彼が神の祝福を授かる王国で魔族の魔力を上昇させる意味を知らない筈がない。知っていてもそうしないとならないのは、シルヴァ公爵にとっての敵がウアリウスだからだ。始祖の魔王を相手にするのは、如何なる状況でも本気で挑まないとならない。



「少しは下の苦労を分かって頂きたいものですな」

「はは。随分偉そうな事を言えるようになったねシャルル。ガルディオスと並ぶ大魔族だからって調子に乗ってない?」

「いいえ?私は常に謙虚に生きているので。アフィーリア様を魔界に戻せない理由は解っております。ですが人間界と魔界への繋がりを閉ざされるのは私個人としては非常に嫌なので阻止させてもらいますよ」

「面倒くさいな、お前の相手は」



 私の体を離したウアリウスから距離を取ったのを合図に、ウアリウスとシルヴァ公爵の姿は消えた。

 刹那、曇天が圧倒的熱量の炎に燃やされ、広大な空一面が炎一色に染まった。


 ……って、ウアリウスとシルヴァ公爵が空中戦を始めたけど私やベルベットはどうしたらいいの?







「どうしようか?」

「人の心読まないで!」




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