86話 実力行使
自分の周囲に隠密の魔術を掛け、更に隠者の魔術を掛けることで気配も姿も完全に消した。上空からアイリーンとユーリを探すなら姿を見せられない。かと言って、万が一気配を悟られたら上空を警備する王国魔法騎士団に目を付けられる恐れがある。
庭からサロンに戻った私はすぐにベルベットに事情を説明してアイリーンとユーリ探しを始めた。ベルベットも付いて来た。私が心配だからって。
「いないっ」
急に天気が変わっても街の人達は然程気にしていない。思い思いに過ごしている。誰も魔界の王が空を乱しているとは思わない。隠れて住む悪魔しかきっと気付けない。
「フィー、落ち着いて。闇雲に探しても見つからない。一旦、人のいない地に降りよう」
「でも」
「いいから、おれを信じて」
「うん……」
空を飛びながらじゃ見つからないのは、頭の片隅では理解しても気持ちが焦ってばかりの私は冷静な判断が出来ずにいた。冷静な声に諭され、言われた通り人の気配がない場所に降り立った。街から少し離れてしまっているが魔術を解除するのはもってこい。
「どうするの?」
「王子様と王女様も記憶を取り戻している筈だ。今頃向こうもパニックになっているだろうがフィーの魔力を感知したら、必ず此処へ来ると思わない?」
「うーん……さっきの私みたいに、冷静な判断能力があれば上手くいくと思うけど……」
「おれの予想。いくら成人したからって、ずっと魔王城で大事に育てられた王子と王女を二人だけで人間界に寄越すとは考えにくい。必ず護衛がいる筈だよ」
「護衛……」
危険が少ない王国を選んだと言えど絶対じゃない。
アイリーンとユーリが危険に陥ったら必ず助けてくれる護衛と言えば――私の侍女だったセリカくらい。もしもセリカが同行していたら、冷静な判断で二人を落ち着かせてくれる。肝心なのは私の魔力。
私の魔力を放出させて居場所をユーリ達に報せる。王国の外に出ている可能性は低いだろうから、絶対にいる。
本当は悪魔の魔力は、神の祝福で満たされた王国で解放するべきじゃない。状況が状況だけに贅沢は言ってられない。
足の爪先から頭の天辺に至るまで魔力を巡らせた。自分の呼吸音すら聞こえない程集中を。
魔力の解放でも強すぎては駄目、天使か王国騎士団に気付かれる。
早く……早くっ……気付いてアイリーン……ユーリ……!
弱くても私という存在を濃く刻み付けた魔力を広範囲に渡って巡らせ、よりアイリーンとユーリに届くようにと祈った。
何秒、何分経ったか、と考えた始めた矢先「もういいよ、フィー」とベルベットの声と共に肩に手を置かれた。ベルベットの手越しからベルベットの魔力が流れ、放出していた私の魔力を打ち消した。
ベルベットが向いている方を……覚悟を決めて向いた。
……ああ……すごいな……乙女ゲームのスチルを思い出してしまった。
悪役アフィーリアに何度傷付けられても、愛する人を守る為に戦うユーリとアイリーンは常に側にいた。強大な力を持つアフィーリアに勝とうと足掻き、抗い、最後に勝利を掴む姿は王道中の王道だった。ユーリとアイリーンは『君に捧げる愛憎の花』の中でも王道ルート。……但し純愛ルートに限る。絶対全年齢版で愛憎ルート消した方が良かったよ、ああでもそれだとPC版からの移植を願っていたファンの期待を裏切るかあ……。愛憎ルートは攻略対象者達の色気が半端なく増すもんね……結局、隠しキャラが誰だか分からないまま女子高生生活が終わった私からしたら、推しキャラは全員って事にしよう。子供の時は違った考えを持っていたかもしれないが人間時間が経てば考えが変わる。そういう生き物だ。
「フィー?現実逃避してるの?」
「……今終わった」
うん……乙女ゲームを思い出してる場合じゃない。
「…………ねえ…………様…………?」
「あ……アフィ……リア……?」
信じられないと言いたげな表情で呆然と私を呼ぶアイリーンとユーリの声。すぐ後ろにはナーディアがいた。護衛はナーディアか。セリカではなくても、侍女トリオの一人なら安心だ。
「……ね、ねえ……様?姉様、なのですか……?」
何度も私を呼んで確認をするアイリーンの表情は、疑惑と喜びと悲しみが混ざってぐちゃぐちゃだ。涙を拭っても溢れ出ていた。
「姉様……っ、なんで、どういう、事ですか、どうして私達今までずっと姉様をっ」
「アイリーン」
感動の再会にならないのが私らしい。家出をして連れ戻された時もそう……泣いて走って来るアイリーンからタヌキになって姿を現したウアリウスを優先したばかりに、私達姉妹の溝は無駄に深くなった。
縋る面持ちで何がどうなっているのか説明を求めるアイリーンに対し、瞼を伏せてそして……私は言い放った。
「アイリーン、ユーリ。今すぐ魔界に帰って」
このまま二人とナーディアを人間界には置いていけない。一刻も早くウアリウスの許に連れて行きたい。
「姉様、私が知りたいのはそんな事じゃないっ、だ、大体どうして魔界に」
「理由を話してる時間はないの。ただ、貴方達を早く魔界に帰さないとならないの」
「姉様っ」
言葉で帰ってもらうのはやっぱり無理があった。泣き出す寸前のアイリーンの前に険しい表情のユーリが立った。
「説明もなく魔界に帰れと言われて帰ると思うか?」
「思わない。でも、帰ってもらう」
「どうして俺達は今までお前のことを忘れていたんだ?それに……」
険しさを纏ったユーリの瞳が私からベルベットに移った。
「ベルベットはアフィーリアを覚えていたのか?」
「いいや?寧ろ、おれがフィーに接触したから、全員の記憶が戻ったんだ」
「……やけに詳しいな」
「聞いたからね、フィーやフィーの保護者に」
「保護者?」
「一人でこんな大掛かりな事出来ないさ。保護者がいるんだよ。さっさと魔界に帰ればいい。大事に育てられた君達じゃ、護衛がいるからって人間界では暮らせない」
「……分かった。魔界に戻ろう」
「え!?」と驚くアイリーンに温かい笑みを見せたのも束の間、魔力を急上昇させたユーリに警戒心を強くした。
「アフィーリアも一緒だ」
「絶対帰らない。帰るのはアイリーンとユーリだけだよ」
実力行使は免れなかった。ユーリと対峙したらベルベットが間に入った。
「ベルベット?」
「おれは折角フィーに会ったから、暫く人間界にいる。王子様達の敵ってわけ」
「……」
任せて、と紡がれ少し離れた。私が離れたのを確認後ベルベットの左手から魔力が溢れた。
「成人しても殺傷能力の低い魔術やろくな戦闘訓練を受けていない王子様がおれに勝てる?」
「父上の目を盗んで魔術の習得や戦闘の訓練は受けてきた。お前が思うように弱いといいな」
「そう」
会話はここで終わった……。
同時に飛び出した二人。直後、強い衝撃音と魔力波と炎がぶつかり合った。
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