85話 砕けた
十三年前、一度姿を現したウアリウスが再度姿を見せると予期していたレオンハルトは丁度魔界に帰還していたシャルルに協力を求め、本当に姿を見せたウアリウスと対峙した。
一度目も二度目も側にはアフィーリアがいた。違いは眠っているか、起きているか。一度目は寝ていて、二度目は起きていた。
気配と魔力を消して聞いたウアリウスの話は高位魔族の二人を戦慄させるのに十分な内容だった。
ドラメール公爵家の始祖リリスが魔力の高い子孫女児の精神を乗っ取って生きていたとは予想外であるが、更に予想外な話を聞かされた。現代ではコーデリアの精神を乗っ取り、始祖の息子であるロゼに執着していた。現在コーデリアはアフィーリアに危害を加えたとして処刑されたと見せかけレオンハルトの遊び道具とされ、ほぼ死人も同然だった。廃人と化したコーデリアからリリスは始祖の血が流れるアフィーリアに目を付けた。
現在は種となって眠っているが何時リリスという芽が出てアフィーリアの精神を乗っ取るかは不明。始祖の魔王たるウアリウスでさえ、種を取り除けない。
もしも種が芽吹き、アフィーリアがコーデリアのようになってしまえば……嘗てのコーデリアがシェリーを憎んでいたように、アフィーリアもアイリーンを憎むようになる。理由はリリスが目を付けたユーリの愛する人がアイリーンだから。
精神を強化させたくても、元々の精神を強化するだけで、生まれつき強靭な精神力を持っているならまだしも普通の精神力しか持たないアフィーリアでは無意味。
一秒から三秒という極僅かな時間と言えど、思考に浸ったのが拙かった。
息を吸って、吐いた時間差で妙な違和感を覚えた。
それが何か気付いた時にはレオンハルトもシャルルも手遅れだった。
ウアリウスとアフィーリアが姿を消していた。驚愕する二人を更に驚かせたのは、魔界全土に走った魔力。
呆然とするレオンハルトに生きる年数が四桁を超えるシャルルは冷静に零した。
『これは……ウアリウス様の魔力か』
『一体何をした』
『……私の予想が当たっていれば、最悪の事態になっているだろうな……』
『どういう意味で?』
『……アフィーリア様の事は覚えているね?』
『ああ、もち……』
アフィーリアを覚えている?
問われた意味を即座に解したレオンハルトの表情が青くなる。
『冗談だろ……』
『私や君が何ともないのは、念入りに準備をしたお陰だろうね。まあ、本当かどうかは今から確かめに行こうじゃないか』
レオンハルトとシャルルの予想は当たっていた……。
城内に戻ると普段通りに働く者達がせっせと動いており、魔王の血族が住む階へ足を運んだ。最近は脱走を企てるアフィーリアを監視半分構いたい半分でロゼは自身の部屋に軟禁していた。本来のアフィーリアの部屋は魔王夫妻の隣。扉自体に変化はない。固唾を飲み、いざドアノブに手を掛けて扉を押したら——
室内は空っぽだった。
アフィーリアが愛用していた椅子も、寝心地が好いと爆睡していた寝台も、お気に入りの絵本も何もかも——……跡形もなく、室内は空っぽに変わってしまった。
呆然とするレオンハルトの肩にシャルルの手が置かれた。
『予想は的中したみたいだ』
『……最悪だ。ある意味じゃ、アフィーリア嬢の望み通り、なんだろうが』
『ふむ……』
半年前、妹のアイリーンに木登りを教えるとかで木に登って足を滑らせ、頭を強打して眠ったアフィーリア。目覚めてから急に外の世界へ強く興味を持ち始めたのも、家出を(クリスタが手を貸したとはいえ)実行したのも未来の自分を知ったからだとしたら?
『レオ?』
『っ……』
最悪の予想が的中してしまい立ち尽くすレオンハルトを呼んだのはロゼ。シャルルと揃って使用されていない部屋の扉を開けて立っている二人を訝しむ。少し前のロゼなら、そうはならなかった。今はそうなってしまうのだ。
『どうしたんだ?こんなところで』
『……なあ、ロゼ。この部屋を見て思うところはあるか?』
『何を言っているんだ。元々使われていない部屋だぞ?』
おかしな言葉を使っているのはロゼの中ではレオンハルト。侵入者の形跡もない、変な魔術が掛けられている形跡もない。
『どうしたんだレオ。様子がおかしいぞ』
『いや……何でもない……。気にするな……』
現実だ……ある意味でアフィーリアの望み通りになった魔界だ。
足下から力が抜けるのを感じても倒れまいと意地で立ち続け、当たり障りのない言葉を述べてロゼから離れたレオンハルトは壁に凭れ掛かった。少ししてシャルルも着くと盛大に溜め息を吐いた。
『記憶は多分戻らないだろうな』
『そうかもしれん。恐らく、ウアリウス様が使ったのは代償誓約魔術だろう』
『願いを叶える術者が願いを請う相手より強大な魔力を持たないと成立しない。確かに、相手がアフィーリア嬢なら実行可能なのはロゼかじじいくらいか』
『……レオンハルト殿』
重いシャルルの声に呼ばれ、視線だけ寄越した。夕焼けの燃える煌めきは消え失せ、どんよりとした黒が混ざっている。
『アフィーリア様については、君と私だけの秘密にしよう。誰に話しても覚えてはいない』
『ああ……そうする』
記憶にない相手を覚えているか?と問われて覚えていると抜かす輩はいない。
魔王城を騒がせていたお転婆姫がいなくなった事は、レオンハルトとシャルル以外は誰も知らない。
「だから、だったんだろう……」
アフィーリアが魔界全土から存在が消えた日以降、いつも朝と昼は魔王城で食べていたアシェリーとネフィ、ソラが屋敷で摂るようになり魔王城へもあまり足を運ばなくなった。
理由を訊ねたら、アシェリーとネフィが一致した。
“退屈になったから”……と。ソラも同じでなんだかつまらなくなったからとスティード伯爵家で摂る様になった。アリスやリエルが戸惑い、理由を訊いても同じ返事をするだけ。
「……」
十三年間無駄に過ごしていない。毎日、人間界の何処かにいるアフィーリアを探した。魔力を探ろうにもさすがは始祖の魔王が側にいるだけあり、感知能力が全く働かない。隠れるのも隠すのも得意な男だ、簡単にアフィーリアが見つかるへまはしない。
「はあ」
捜索の手を止めるつもりはなくても、一応アフィーリアがいなくても日常は続いている。アフィーリアの事が好きなアシェリーやアフィーリアを好きな事に無自覚なネフィは、次期当主とあって迫る令嬢達から毎日のらりくらりと逃げている始末。薬を盛られたり、幻術を掛けられ既成事実を作られかけた回数も数え切れず。
好きな相手を見つける気もなければ、遊ぼうとしない二人に何気なく訊ねた時がある。魔族なのだから、遊んでも良いのだと。
すると——
『やだよ、面倒くさい。そういう気分にならない』とアシェリー。
『どの相手もこれじゃない感があって俺はパス』とネフィ。
きっとアフィーリアを見つければ、二人の退屈を消してやれるのだろうが……アフィーリアの事を思うと見つけても黙ったままの方が良いのかもしれない。
引き続き捜索だけは続けようとレオンハルトは瞬間移動で会議室に移った。先にいたのはシャルルのみ。
今日は魔王候補選出の会議を行う。まだまだロゼは現役であるが早目に候補を選ぶとした。
会議をすると言っても候補は既に決まっている。
「早いな、シャルル殿」
「偶にはあるさ。小耳に挟んだがアイリーン様とユーリ様が今日は人間界へ行くとか」
「ちょっと前に行った筈だ。一日限定だから、あまり満喫は出来ないと思うが楽しんできてほしい」
万が一の為に護衛としてナーディアを同行させている。二人が降りる人間界は神の祝福に満ちた国だ。余程の出来事が起きない限りは魔族だとバレない。
「王国には今ベティも行っているんだ」
「ベルベット坊やも?」
「ああ。神の祝福に満ちた国に興味があると言ってね」
ベルベットなら騒ぎを起こさないだろうとシャルルも判断し、シルヴァ家が人間の振りをして所有する別荘の使用を許可した。
シャルルの隣の椅子に腰かけたレオンハルトはテーブルに肘を立て頬杖をつく。
他の面々が来るまで時間は掛かる。
「シャルル殿……アフィーリア嬢は元気にしていると思うか?」
「側にいるのはウアリウス様。アフィーリア様が陛下のように反抗的でなければ、大切にしている筈だ」
あの時の様子からしてアフィーリアが反抗的である可能性は低い。幸せに暮らしているのを祈ろうと瞼を閉じた。
直後。
息を吸って、吐いた一瞬の時間。
十三年前と同じ違和感を覚えた。
同時に響いた鏡の割れる音。
即、窓を開けて外を見ても変化はない。
「もしや……十三年前の魔術が解けたのでは……?」
「仮にそうだとして、何故今……」
原因を思考する時間はなかった。大慌てで室内に駆け込んだガルディオスが理由で。
「レオンハルト殿!シャルル殿!至急謁見の間へ!」
「分かった」
「お二人は冷静なようですがもしや……」
「ああ……貴殿の予想通りだガルディオス殿」
原因が何かと思考するのは後回し。急ぎ謁見の間へと走った。
読んでいただきありがとうございます。
次回はアフィーリア側に戻ります。




