84話 覚えている?
アフィーリアとベルベットが接触する前の魔界では――
侍女トリオの一人、マファルダに鏡台の前で髪を梳かれるアイリーン。今日はユーリと共に人間界に降りる日。成人を迎え、父ロゼの許可した国である神の祝福で漲る王国に降りるので魔族だとバレないよう気を張る一日になる。という風にはならない。魔力を使用する場面には遭遇しない率が高く、バレなければ観光客や移民に優しい王国は過ごしやすい。
護衛を付けるか、付けないかの話になった際、ユーリは自分一人で良いと言い張るが成人を迎えたばかりという点も見て今回は侍女トリオの一人、ナーディアが同行すると決まった。アイリーンに反論はない。ずっと昔から一緒にいる侍女が付いて来てくれるのだから。若干不満げだったユーリを心配するも、顔を見たら何でもないよと微笑を見せてくれた。
今回アシェリー、ネフィ、ソラ、ハイネは行かない。彼等も人間界に興味があるだろうに……どうして行かないのか、出発前に会えたら訊ねてみよう。
「さあ、アイリーン様。出来ましたよ」
「ありがとう」
鏡台から姿見の前に移動し、自身の姿に問題がないか確認後アイリーンはマファルダと共に部屋を出た。出発の前に朝食を摂るべく、幼い頃からの習慣で食堂へと足を運んだ。既にユーリとハイネがいた。昔はアシェリー達もいたが十三年前から共に摂らなくなった。
あの時も理由を訊いた。ソラの場合は何となく、アシェリーとネフィが共通していた。
“つまらないから”……と。
マファルダに引いてもらった椅子に座り、とても小さく吐いたつもりの溜め息は向かいに座るユーリに届いていた。
「どうしたんだ?溜め息なんて吐いて」
「あ……ごめん。私とユーリだけで人間界に行くでしょう?昔はよく、皆一緒が多かったのに最近は少なくなったって思って」
「しょうがないさ。アシェリーやネフィはそれぞれ公爵家の嫡男だ。ソラだって魔王の弟の子なんだ、子供の頃のようにはいかなくなる」
「うん……」
「俺も思うところがない訳じゃない。段々と距離が出来たのは、一緒に朝食を食べなくなった辺りだろうな」
ユーリもアイリーンと同じ考えをしていた。何が退屈かとアシェリーやネフィに訊ねても本人達は口を閉ざしてばかり。一度、ソラなら知っているかもと期待を抱いて訊ねるが——
『さあ?俺も知らない』と返された。
『そっか……どうしてなんだろう……』
『アシェリーやネフィ程じゃないけど俺も退屈には感じてる』
『ソラも?何が退屈なの?』
『それが分れば苦労はしないって』
『……』
突然感じた退屈感を拭う何かを解明しない限りは消えない。魔王城で会っても昔のように親しくはしてくれてもどこか素っ気ない。
彼等の言う退屈とは別にアイリーンは常に寂しさを抱えていた。
胸にぽっかりと空いた穴。誰に貰ったか不明な不細工なぬいぐるみといい、誰かを忘れている。
きっと思い出せたら、自分の寂しさもアシェリーやネフィのつまらないという感情も消える、そんな気がしてならない。
「アイリーン。折角人間界へ行くんだから、暗い顔をしないで」
「うん……。あ、ハイネはどうして行かないの?」
「僕?僕にはまだ早いかなって。後は、二人程人間界への興味が薄いんだ」
双子と言えど、考えまでは一緒じゃない。ユーリとは違う柔らかな笑みを見せたハイネに笑みつつ、運ばれた朝食に手を付け始めたアイリーン。
コーンスープを美味しく頂くアイリーンに聞こえない声量でハイネが隣のユーリに囁いた。
「アイリーンと上手くいけばいいね」
「……うるさい」
「素直じゃないんだから」
「アイリーンは……ベルベットがいいんじゃないか」
「どうだろう。片想いとは違うように見えるけど」
微かに丸くなった紫の瞳に見つめられ、サラダを頂くハイネの翡翠色の瞳が片割れを柔く見つめた。
「自分の知らない事を持っているから教えてほしい……そんな気がする」
「俺には見えない」
「ユーリにとったら恋敵だからじゃない」
「……」
面と向かって言われてしまうと何も言えず、そっぽを向いてしまった。ふふ、とハイネは微笑むと早く食べようとユーリを促した。
ユーリ自身、母親違いのアイリーンが子供の頃から好きだ。家族としてじゃない、一人の女の子として。
けれど……どうしてか、心に引っ掛かりがあった。知らないのに知っている誰かがいる。母が生きていた時、常に誰かが側にいた。鬱陶しいと何度も思ったが記憶にない誰かはユーリに何も求めなかった。ただ、そこに、側にいるだけ。気付くと自分の側にはアイリーンやハイネがいるが誰かは消えている。
何度心の中で名を訊ねても誰かは何も答えない。姿すら不明なのだから当然だ。
アイリーンがベルベットを頼る姿を見ると妙な苛立ちを覚えるのは、きっと知らない誰かが理由。誰かのせいで苛立つ。
——朝食を食べ終え、人間界へ行く前に顔を出すよう言われていたアイリーンとユーリは父ロゼのいる執務室へと向かった。ハイネとは食堂で別れ、今は二人。
「あ」と前方から歩いて来るレオンハルトに気付いたアイリーンが声を掛けた。
「アイリーン嬢、ユーリ。今からロゼの所へ?」
「はい!」
「人間界へは、今日一日だけだったな。ゆっくりしておいで」
楽しみな雰囲気を醸し出しているからか、微笑まし気に見られ気恥ずかしくなるも、早く父の所へ行こうとアイリーンはユーリの手を引っ張った。
二人の背が見えなくなるまで見つめたレオンハルトはぽやぽやな好々爺の雰囲気を消し、怜悧な気配を纏った。
「何事もなく戻って来れるといいが……にしてもあのじじい……っ」
アイリーンの後姿を見ていると——どうしてもアフィーリアの姿がちらつく。潜在魔力を開花させた始祖の魔王だからこそ行使可能な大規模魔術によって十三年前アフィーリアは消えた。
魔界全土に渡って掛けられた忘却の魔術は全ての魔族からアフィーリアの存在を消した。ロゼも例外じゃない。
恐らく、覚えているのは当時あの場にいたレオンハルトとシャルルのみ。
「十三年経っても見つからないとは……あのじじいが本気で隠している証拠か」
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