83話 タイムリミットは今から一時間以内
馬車はマクミランに到着。正門を開けさせ、屋敷へと再び走らせる。
「話の中で始祖が王国の公爵なのは分かった。フィーが同居人なのはどうして?」
「いいでしょう。なんだって。僕の娘だってしたら、僕の力目当ての貴族達がアフィーリアを自分の子の婚約者にとうるさいから」
と言われたが、同居人でも私への婚約話は意外と多い。今回のシエロ様に関しては、ヴィオラ王女との婚約をどうにかしたかったエインジェル家の考えによるもの。ふと、私はウアリウスにシエロ様の記憶を弄った発言に触れた。
「シエロ様の記憶を弄ったって言っていたけど、詳しく言うとどう弄ったの?」
「末っ子と会ったのを消した。席を立ったアフィーリアを追い掛けたけど、結局間に合わず、公子は屋敷に戻った、という風に変えたんだ」
「ありがとう」
下手にベルベットの記憶が残っていたら、あの場面の記憶もあるわけで……ウアリウスが弄ってくれて良かった。……シエロ様の記憶を通してウアリウスにキスを見られた、かどうか考えるのは止めておこう。恥ずかしさのせいで何も話せなくなる。
本邸に到着すると御者が開いた扉から私、ベルベット、ウアリウスの順で降りた。
「一旦中に入ろう」
「うん。……あ!」
一緒に行こうとベルベットに振り向いた直後、怪しい空模様と化した空から大きな雷が響いた。音の大きさや光りの具合から多分どこかに落ちた。
「急にこんなに天気が悪くなるなんて……」
しかも私がベルベットと再会して割とすぐ。私の疑問はウアリウスが苦笑交じりに答えた。
「分からない?十三年も離れて暮らすとロゼの魔力も分からなくなっちゃうのかな?」
「……へ?こ、これ父様の仕業……?」
嘘でしょう……と唖然としていると「いや、嘘じゃないよ」と顔が若干引いているベルベットが空を見上げながら、確かに父様の魔力が充満していると言う。
「た、確かに、父様の機嫌が悪くなったらよく魔界の空が荒れるとは聞いていたけど此処は人間界だよ?」
「人間界の空に影響が出る程、今のロゼは荒れに荒れてるってこと」
原因は言わずもがな――私である。
取り敢えず、邸内に入ろうとウアリウスに促された私達は屋敷に入り、先に部屋に行っててとウアリウスに言われ、一先ずサロンに向かった。執事さんがベルベットを見ても何も聞いて来ないのが助かった。サロンに入ると「お茶の準備をして参ります」と執事さんが去ると「フィー」とベルベットに呼ばれた。
「人間界に来てからずっと此処で暮らしてるの?」
「そうだよ。屋敷にいる人達は皆良い人達ばかりだよ」
「そう」
「ウアリウスが来るまで座って待っていようよ」
立ったままいても仕方ない。サロンの中央に設置されているフカフカソファーに隣同士で座るとベルベットの手が私の髪に触れた。指に巻いて、するすると解いていく。手で掬い、指の腹で撫でながらポツリと紡いだ。
「昨日、おれと擦れ違ったよね?」
「う、うん」
一緒にいたウアリウスに目を合わさないでと念を押されたのをよく覚えている。もしかして、昨日擦れ違った時から私を?と訊ねたら頷かれた。
「擦れ違った時に違和感を感じた。ただ、それが何か知りたくて声を掛けようとしたら君や始祖はもう遠くへ行っていて……だけど、君の後姿が王女様に似ているなって思ったんだ」
「あ……」
私とアイリーンは髪色は同じ、長さもアイリーンが短くしていなければほぼ同じのまま。髪質に違いはあれど、人間界に魔界の王女と後姿が似ている人間を見掛けたら気になるのは当然の摂理。ましてや、微量とは言え私から魔力を感じれば尚のこと。
「何処の誰なのかは全然知らないから、人間界にいる間、虱潰しに探せば見つけられればそれで良いとしたんだ。見つけられなくてもそこまでの存在ってね」
「そう、なんだ」
「フィーからしたら、見つけられない方が良かった?」
「うん」
「少しは考える素振りを見せてよ……」
事実だから、素直に頷くしかない。
「王国は悪魔だとバレなければ、観光客や移民に優しい国のようだから住みやすいって父上が言っていたから、シルヴァ家の別荘がある」
「別荘なんてあるの?」
「あるよ。人間の名義を作って所持してる。人間界で休暇を楽しみたい高位貴族なら殆ど持ってるよ。シルヴァ家はその中でも一番多く人間界に別荘を持ってる」
当主が冒険家と名高く、魔界に滞在しているのも年に数回だから、他の滞在場所が必須となる。別荘の場所を聞くと昔成り上がりの男爵家が所持していた屋敷を土地丸ごと買い取って年に五度くらいは来るらしい。神の祝福に溢れた王国で悪さを考える悪魔は滅多にいないから、シルヴァ公爵ものんびりと過ごせると気に入っているかららしい。
「ベルベットは人間界にいる間は、その別荘に滞在しているの?」
「そうだよ。ついでに言うと今父上は魔界に戻ってる。多分、魔王候補選出が始まったから呼び出されたんだろう」
魔王を筆頭に五大公爵家の当主も口を出すのが習わし。
乙女ゲーム通りなら、魔王候補に選ばれるのは五人。ユーリ、ハイネ、アシェリー、ソラ、ネフィ。ふと、私はベルベットに魔王になりたい気持ちはあるか訊ねた。
答えは――ない、である。
「ないんだ」
「ないよ。面倒くさい」
「面倒くさい……」
まあ……一つの場所に留まるのが苦手なシルヴァ家の血が流れてるもんね……。
未だ雷鳴を轟かせる曇天を窓越しから見つめた。集中して魔力を探るとウアリウスの言っていた通り、あの曇天から微かに父様の魔力が感じる。私という存在を思い出したんだ、十三年前勝手にいなくなった挙句記憶に蓋をしたんだ……怒らない筈がない。
「……ベルベット」
「なあに」
「ベルベットはこれからどうするの?ウアリウスが人間界に残るか、魔界に戻るかを一時間以内に決めなさいって馬車の中で話していたでしょう?」
「ああ、あれ」
マクミランの屋敷に到着する前、ウアリウスは二つの選択肢をベルベットに突き付けた。
私という存在を魔界全土が思い出してしまった以上、必ず私を見つけ出そうと魔界側は動く。何より、私が消える直前ウアリウスが側にいたのをレオンハルト団長とシルヴァ公爵がバッチリと見ているのもあり、父様の大嫌いなウアリウスが関わっているのはほぼ確実に知れ渡る。
一時間後、魔界と人間界を繋ぐ扉を全て閉ざすとウアリウスは放った。解除方法はウアリウスが解除するか、ウアリウスを殺す以外方法はない。
『決めなさい。長い時間を人間界で生きるか、悪魔らしく魔界で暮らすか、どちらにするか』
制限時間を設定したのは、魔界と人間界を繋ぐ扉の施錠をする際組み込む術式を極めて複雑な物にする為。一時間程度ではパニックは収まらず、私を捜索するにしても誰を行かせるか、そもそも父様が自分で行こうとするのを側近達が止めているからだろうという予想。
「おれは人間界にいる。やっとフィーに会えたんだから、魔界に帰るなんて嫌だ」
「シルヴァ公爵夫人は怒らない?」
確か、ベルベットのお母様ってノワール家の血を色濃く受け継いだ末っ子のベルベットを溺愛していた筈……。長く魔界に戻らなかったらとても怒りそう……。
「ああ、今妊娠中だから派手に動けないよ」
「妊娠中!?」
え?妊娠中?ってことは、ベルベットの弟か妹がお腹にいるの?八人目?
「すごい……ベルベットもお兄ちゃんになるんだね」
「一体、何人作る気なんだか……」
「八人兄弟か。なんだか、ノワール家とフォレスト家はアシェリーとネフィしかいないのに不思議」
「ノワール家はともかく、フォレスト家は子は一人しか儲けないって決めていたんだ」
「え?」
普通、貴族の家は跡取り問題もあって最低二人は子を儲けるのが暗黙のルール。フォレスト家みたいな大貴族なら尚更ネフィより下の子を儲ける必要はある。理由を訊ねると夢魔の力が理由だと教えられた。
夢魔は唯一、他者の夢に干渉して、現実で手を下さなくても他者を殺せる力を持つ一族。純血の魔族と夢魔の血が流れる子の力を恐れた周囲が手を出せないよう、フォレスト家ではネフィが産まれると以降は子を作らない方針にした。もしもネフィが女の子であってもフォレスト家の当主にはなっていただろうと言うのがベルベットの意見。
「実際、ネフィは強い魔力を持ってる。性別が違っても当主にはなれていた。無理でもフォレスト家の親類から婿を取れば良いだけだしね」
「アシェリーはなんでだろうね」
「おれの予想だけどおば様がかなり嫉妬深いからじゃない?」
淫魔のセフィリア様のレオンハルト団長への愛は凄く、実の子供にさえ嫉妬する程。女の子みたいな可愛さがあったアシェリーをレオンハルト団長があんまりにも溺愛するあまり、セフィリア様の嫉妬心が刺激され、次に子をとなった際本当に女の子が産まれれば危険だと判断したのでは?となった。
私にしてきたことはえぐいけど、女の子みたいに可愛かったのは覆らない事実なのでベルベットの考えは多分当たってる。
「ベルベットの話を聞いてて思ったけど皆元気そうで安心した」
「そう」
素っ気ない返事をベルベットから貰うも特に気にせず。執事さんがお茶を持って来るのもそろそろかなと期待している私の耳に「あ」と何か思い出したようなベルベットの声を拾った。
「どうしたの?」
「今朝、アシェリーから連絡を貰ったんだ」
「アシェリーに?」
「第一王子様と王女様がこの国に来るって……」
「…………え?」
第一王子様=ユーリ
王女様=アイリーン
ユーリとアイリーンが?超過保護な父様が二人を人間界に?
頭の中が若干パニックになっていると「落ち着いて」と声を掛けられ、深呼吸をして冷静さを取り戻した。
「成人を迎えたから、魔王が許可した国なら人間界に降りてもいいって話になったんだ。アシェリー達も誘われたみたいだけど行かないって断って、第一王子様と王女様の二人だけが人間界に行くって聞いたんだ」
「ユーリとアイリーンが……もうこの国にいるの?」
「多分」
「大変……!」
ソファーから立ち上がった私はサロンを出た。途中、お茶を運ぶ執事さんに出会ってウアリウスの居場所を訊ね、庭にいると聞きお礼を言って走った。
大急ぎで駆け付けると曇天を見上げているウアリウスがいて、私に気付くと銀瞳を丸くされた。
「どうしたの?」
「ウアリウス待って、まだ扉に施錠をしないでっ」
走ったことにより上がった息を何とか整えつつ、今人間界にアイリーンとユーリがいると話した。せめて二人だけは魔界に戻したい。
「ふむ……良いよ。但し、さっき言ったように制限時間は一時間以内だ。それまでに二人を此処に連れておいで」
「一時間以内……」
「そう。扉を開けたままだと魔界側も準備を整えて来ちゃうでしょう?一時間は譲れない。どうする」
「……」
今から一時間以内にユーリとアイリーンの二人を見つけて魔界に戻るよう説得する……並大抵じゃない。
ただ……やらなきゃ、長い時間二人は魔界へ戻れなくなる。
人間界で二人だけで生きていける術はまだ持っていない筈。なら、無理矢理にでも魔界に帰還させないと。
「……分かった。二人を見つけて説得して此処に連れて来る」
「無理じゃないかなあ?実力行使で連れて来ないと」
「……」
だ……だよね……。
読んでいただきたありがとうございます。




