82話 厄介な鉢合わせ②
め、面倒になってきた……。
聖なる祝福が色濃く残る聖堂の庭園でまさかベルベットに捕まるとは思いもしなかった。私が魔界の誰かと接触した瞬間、十三年前に掛けた忘却の魔術は強制解除され、私という存在は再び戻るとウアリウスに言われていた。
「ベルベット……」
会った瞬間にキスをされるとは予想外であるがベルベットらしいと言えば、らしい。
このまま時間だけが過ぎたら……なんて考えたのが馬鹿だった。まさか、シエロ様があの後も私を追い掛けて来ていたなんて思いもしなかった。
「お嬢様……」
ベルベットとのキスを見られた恥ずかしさもあるけど、何故かショックを受けた面持ちをされて頭に疑問符が浮かぶ。なんで?と。
「お嬢様、その者は一体っ」
「あ……えっと」
相手は魔界の公爵令息です。なんて言える筈もない。
私を抱き締めて離さないベルベットから距離を取りたくても、離さないと力を強くされればそのままでいるしかない。
「誰、この人?」
抱き締められたままシエロ様についてベルベットに訊かれる。ありのままの事実を言っても面倒そうだけど、言わなかったら後もまた面倒臭そう。
「えっと……お見合い予定だった人」
「何それ」
「あ、お見合いって知らない?」
「知ってる。おれが言いたいのはそうじゃない。どうして君がこんなのと……」
一瞬、人間と言い掛けたベルベットはすぐに言葉を変えた。あんまりな言葉なのは変わりないが、シエロ様を人間呼ばわりすればベルベットの正体を怪しまれる。
「君は一体なんだ、お嬢様とはどんな関係だ」
「部外者の君に関係ないだろう。彼女がお見合い予定だった人と言うのなら、君はその程度の相手って事だろう?おれと彼女は、大切な話の最中なんだ」
「……」
怪しみ、微かな怒気が含まれた空色の目がベルベットを睨む。顔を上へ向ければ、面倒くさそうにしているだけでシエロ様に大した感情を見せていないベルベットに些か安心する。いくら王族の分家筋たるシエロ様でも、高位魔族と真っ向から対立したら勝ち目はない。
この場をどう切り抜けるか考えていると急に空の様子が一変した。雲一つない快晴だったのに、瞬く間に曇天に覆われ、酷く低音で不気味な音を発した。時折見える一筋の紫電。呆然と見ていると「アフィーリア」とウアリウスの声が。聞いた事のない少しばかり焦った声色と眉を八の字にした表情は一致していた。
「あれだけ気を付けてって言ったのに」
「ご、ごめん、ベルベットが聖堂にいるなんて思わなくて」
「此処、聖堂って言うんだ」
「え」
知ってて入ったんじゃないの?と訊ねると「天使の聖なる力が充満していたから、興味本位で入っただけ」と返され脱力したくなった。私を見つけたのも偶然。偶然の重なりのせいで何だかかなり面倒な事になってしまった。
「公爵閣下?これは一体」
「エインジェル公子、君は帰りなさい。アフィーリアは僕とおいで、帰るよ。シャルルのとこの末っ子は……ああもういいや、一緒においで」
心なしか、投げやりなウアリウスの言葉に従って私とベルベットは先に聖堂を出た。後ろからシエロ様が何か言っているが気にしてはいられない。どうして私の後を追って来たんだろう。不思議だ。
聖堂の外に出ると「お嬢様」と御者さんが手を振っていた。ベルベットが一緒なのを訝しく見られるも「ウアリウスの許可は貰ってるよ」と告げると快く馬車に乗せてくれた。向かい合って座るとベルベットは外を眺めつつポツリと零した。
「さっきの銀髪の人……フィーの何?」
「私の保護者だよ」
「あの人が君を人間界に連れて来たの?」
「そうだよ」
「じゃあ、おれが今まで君を忘れていたのもあの人のせい?」
「ま、まあ、そんな感じ」
「どっかで聞いた名前なんだよな……どこだっけ……。家庭教師との授業はつまらないからって真面目に受けて来なかったツケが今になって回って来たか」
「ええ……」
ちゃんと受けようよ、と言い掛けて私は口を噤んだ。私が言っていい台詞じゃない。
二人でウアリウスを待っていると不意に扉が開いた。やって来たウアリウスが私の隣に座ると「馬車を出して」と御者の人に言い放った。
「はあ。やれやれ」
「シエロ様は?」
「かなり不満そうではあったけど帰ってもらったよ。ちょっと記憶を弄ったから、次会っても面倒にはならないと思うよ」
「ありがとう」
「さて、アフィーリア」
困ったと言いたげな銀瞳に見られ、思わず言葉が詰まってしまった。
「末っ子と接触してしまった以上、十三年前魔界全土に掛けた魔術は解除された。これがどういう意味か解る?」
「あ……う、うん」
ほぼ、私という存在は思い出されてしまった。今頃、魔王城は大パニックを起こしているだろう……。
「……一つ、聞かせてよ」
ベルベットの紫水晶の瞳が私ではなく、ウアリウスを捉えていた。
「昔、フィーが魔王城を脱走した時も相当な騒動になっていたらしいから、人間界への脱走で関係者の記憶からフィーの存在を消したのはまあ解る。ただ、魔界全土にまでする必要があったの?」
「あるよ。魔界の王女が二人いるというのは、魔界全土の共通認識。どこかでアフィーリアの関係者が、王女が一人ではなく、二人だという認識を持ったら忘却の魔術に綻びが生じる。態々魔界全土に掛けたのは、その綻びを生まない為さ」
「疑問がそこで生じる。魔界全土に掛ける魔術は、魔王一人でも恐らく不可能だ。そんな大儀式魔術規模の術を貴方一人でやってのけたとはどうも考えられない」
「はは。さすがノワール家の血が濃い末っ子だ。良い目をしてる」
正解、と放ったウアリウスは、代償誓約魔術を使ったと発した。途端にベルベットの顔が強張ったものに変わった。
「強い願いを叶える代償に相手の願う物を必ず与える魔術、か……。条件は確か、術者の魔力が願いを請う相手よりも強い魔力を持っていないと成立しない」
「そうだよ」
「……」
怪しむようにウアリウスを見つめていたベルベットの紫水晶の瞳は、暫くすると何かを思い出したかのように微かに瞠目した。
「ああ……思い出した。ウアリウスって名前……始祖の魔王と同じ名前だ」
「良かったじゃない、思い出せて」
「道理でフィーの願いを叶えられる訳だ……。おれが忘れてた理由も確か、始祖の魔王について家庭教師に習うってアシェリーやネフィに話した時、丁度そこに王子様や王女様がいたからだ」
「王子様って……ユーリとハイネのどっち?」
「両方」
曰く、父様が始祖の魔王を毛嫌いしているせいで始祖の魔王について一切習えないユーリやハイネ、アイリーンがアシェリーやネフィに話しているベルベットに家庭教師に習ったら始祖の魔王について教えてほしいと頼んだとか。
「あ、相変わらず父様はウアリウスが嫌いなんだね……」
「君が魔界にいた頃と変わらないだろう?」
「う、うん。それって何時の話?」
「確か、第一王子様と王女様に"月の涙"を渡して割とすぐだった、かな」
私が魔界を去って間もなくのようだ。
「ベルベットが子供の頃から変わってないなら、他も変わってなさそうだね」
「そうなんじゃない? アシェリーやネフィは、成人を迎えてより社交界で大人気になって大変そうだよ」
「あー……」
五代公爵家の内、ノワール家とフォレスト家の跡取りで未だ婚約者がいない二人の妻の座に収まりたい令嬢や娘を妻にと望む貴族は多数いるだろう。
大変そう……と他人事のように言うと「王子様達も中々大変そうだよ」とベルベットに付け足された。
「魔王候補の選出が始まって、未来の魔王となりそうな王子様達に媚を売る令嬢が大量発生しているから」
本来なら、現魔王の魔力の衰えの兆しが見えたら始まるものだが父様はまだまだ現役バリバリ。真相は父様に訊ねないと不明だが絶対に嫌だ。会ったら最後、な気がする……。
「ねえフィー。おれの質問にも答えてよ」
「うぐっ」
「まだ何にも言ってない」
「言ってなくても、何を言われるか大体想像がつくもん……」
「だろうね。……教えてよ、態々大掛かりな魔術を掛けてまで人間界へ来た理由を。ただ脱走するくらいなら、そこにいる始祖の魔王が勝手に誘拐した体にしてしまえばいいだけ。他の理由があったんじゃないの?」
ウアリウスに誘拐された体になると激怒した父様によって何年何百年掛かろうが大捜索されそうな気が……。私と同じ事を思ったらしいウアリウスも「僕がアフィーリアを誘拐した体にしたら、こんな風にのんびりとしてはいられないよ」と零した。ほんと、仰る通り。
「言っても信じられないかもしれない」
「それを決めるのはおれだよ」
「……全部は言えない。それでもいい?」
「フィーが話せる範囲でいい。ずっと姿のない君を探してた。誰を探してるのか、抑々どうして探しているのかさえ分からなかった」
覚えていなくても私の頼みだけは、絶対に遂行しないといけないとは感じていたようで、私の望み通りアイリーンとユーリに"月の涙"を渡してくれた。
私はベルベットにポツリ、ポツリと話した。
嘗て父様の愛人であったコーデリア様のように、何時か私が愛する人を奪ったアイリーンを妬んで嫉妬して殺そうとすること、沢山の人を傷つけること、そうならない為にはアイリーン達の側を離れたかったこと。私の意識が女子高生だとか、実はアフィーリアが何度も殺されているとかは話さなかった。ただ、私がコーデリア様になってしまう理由が長年ドラメール家の魔力の高い女児の精神を乗っ取ったドラメール家の始祖リリスのせいだとは話した。
「五代公爵家の始祖……確かに並の魔族じゃ敵わないね」
「うん……」
「君がそのコーデリアのようになってしまうと分かったのは、そこにいる始祖のお陰?」
「そういうところだよ」
授業で始祖の魔王には、予知能力があると教えられたベルベットはすんなりと信じてくれた。……って予知能力?そんな力あったの?吃驚してウアリウスを見そうになるが思念で『僕を見ないの』と叱られ、見ずに済んだ。
「事情は大体分かった。おれがフィーに会ったせいで忘却が解除されたなら、今頃魔界は大パニックだろうね」
「う、うん」
「……フィーはこれからどうするの?魔界に戻る?」
「戻らないよ」
本当にベルベットに会ってしまうのは予想外だったけど私の意思は変わらない。
私は魔界に戻らない。幸い、私の居場所までは掴めていない。
「いつかこの国にいるのがバレたら、私一人でも場所を変えようかなって」
「ふふ」
不意にウアリウスに笑われ、むすっと見上げたら頭を撫でられた。
「馬鹿にした訳じゃないよ。だが、そう簡単には見つからないよ」
「どうして?」
「僕も一応、万が一の為にアフィーリアの魔力が感知されないよう細工をした。たとえ、記憶を取り戻しても簡単には君は見つからない」
「それでも、不安なのは不安」
「だろうね。――末っ子」
ベルベットだよ、と不満を露にしつつ、耳を傾けた。
「暫く魔界に戻れなくなってもいいのなら、人間界にいなさい。戻りたいなら今から一時間後までに戻るんだ」
「……」
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