8話 懲りない娘
自分で自分の首を絞めていくアフィーリアです。
早く、綺麗な文字が複雑過ぎて何が書かれているか読めない書類に次々に刻まれ、書き終えるとそれは新しい書類と交換されてまた新たに文字を刻んでいく。
出所が不明だが、私アフィーリアの人間界永住計画はたった一日にして父の耳に入り、彼の怒りを買った事で暫くの間、完全監視付きの生活を送る事となってしまった。今日で三日目である。
何故に。
父様の膝の上に乗せられた状態でずっと大人しくしているのも退屈だ。偶に戯れ程度にじゃれてくるもすぐに宰相さんが苦言を呈する。魔界で最も忙しい父様には、一秒でも遊んでいる時間がそもそも皆無に等しいのだ。それでも時間を作っては私やアイリーンに会いに来てくれた。子供の武器を最大限に使っても、娘の武器を最大限に使っても、魔王の怒りを鎮める役には立たなかった。母様も何度か父様にお願いしてくれたが全て却下され、一度だけ私を庭園に連れ出そうとしたものの…見つかった。
母様はあれから私を外に連れ出そうとはしなくなった。代わりにちょくちょく会いに来てくれている。アイリーンも父様のお仕事が片付いたら侍女に連れられて来てくれる。
「これで最後です」
最後の書類を置いた宰相さん。同じように文字を刻むとその書類を宰相さんは取り、控えていた騎士に「レオンハルトに渡してください」と告げ、渡された騎士は書類を受けとると一礼をして執務室を出た。
「本日中にサインが必要な書類は以上になります。次は、」
「アリス。少し休ませてくれ。アフィも退屈にしてる。少し位いいだろう」
「お言葉ですが陛下。陛下の判断が必要な書類がどれ位あるかご存知ですか?これでも、陛下がアフィーリアお嬢様との時間を取れる様にと量を少なくしているのですよ」
「俺が態々見なくてもお前やレオンハルトが判断して俺の名前を使えばいい」
「それでは、貴方が魔王の座に座る意味がありません。レオンハルトだと、面白がって何にでも許可を出すのでいけません」
「堅物め。父親が石頭な割りに息子の方は自由奔放なのに」
「見た目は私に似ても中身は母親に似たのですあの子は」
ネフィのお母さんか……見たことないな。ゲームでは、コーデリア様しか他の母親は出なかったんだよね。どんな人かだけは出ていたけど。アシェリーの母親は淫魔、ソラの母親は吸血鬼、ネフィの母親は確か……。
「元気かのうアフィーリア嬢」
「うひゃ!?」
執務室にいなかった人の顔が急に目の前に現れたもんだから変な声を出してしまった。笑うのを堪えプルプル体を震わせるその人に父様が呆れた声を出した。
「アフィで遊ぶな。いい加減口調を定めたらどうだ。ややこしい」
「そう言ってくれるな。楽しんでいるのは認めるが我輩これでもどんな話し方がいいか模索中なのだよ。前の喋り方だと、またアシェリーに顔を見るだけで大泣きされてしまう」
「ああ……そういえば、レオンハルトが変な喋り方をし出したのは、アシェリーが貴方の前の口調に怯えてからでしたっけ」
一人称は古臭いのに喋り方はそうでもない。かと思えば、さっきみたいに老人口調になる。レオンハルト団長の口調がぶれる理由がアシェリーだったとは知らなかった。私の鼻頭を指でつんつん突く。目を向けると黄昏色の瞳と合った。
「どう?ロゼの親馬鹿監禁生活。我輩だったら、退屈で死にそうだ」
「レオンハルト、口を慎みなさい」
「良いだろう。此処には、我輩達以外誰もいない。一応、人払いの魔術もしてある。お前も素で話せよ」
「……全く」
諦めの溜め息を吐いた宰相さんは、海を思わせる青い瞳を私に向けた。
「アフィーリアお嬢様。ロゼの為に言っておきますが、彼は貴方が嫌いで嫌がらせじみた監視を強制しているわけではありません」
「当たり前だ。この子は俺とシェリーの可愛い娘なんだ」
「はいはい知ってますよ」
適当に父様の親馬鹿っぷりをあしらう宰相さんの姿を初めて見た気がする。普段の彼は、宰相として常に気を張り詰めている。実の息子にさえ、厳しい態度を変えない。でも、家ではそうでもないのかな?ネフィはよく宰相さんと遊んでいると言っていたのを思い出す。公私をきっちり分けるんだな。
「アフィーリア嬢、城での生活に何か不満があるから人間界に住みたいと言ったのかな?」
「え?え、えーっと」
突然私に話題を振ったレオンハルト団長。父様からの視線が痛い……。
「ロゼの心配も分からないでもないし、アフィーリアお嬢様の気持ちも分からないでもない。子供は色んな事に興味を持つ。魔界は愚か、城からも殆ど出ないアフィーリアお嬢様にしたら外の世界が魅力的に見えるのも仕方ない。が、貴方はまだ子供。魔力が強いというだけでちゃんとした扱い方を知らない」
魔界の子供全員が正しい魔術を使えるとも、魔力を制御できるとも限らない。本来なら、私やアイリーンの年頃ならもう魔力操作や魔術の勉強をしても可笑しくない。実際、ユーリやハイネ、アシェリーにソラにネフィは魔術の操作が出来る。皆家庭教師の先生に教わったりしている。アシェリーに関してはレオンハルト団長が教えてるみたい。この人も大概親馬鹿だと思う。
ぽんぽんと私の頭を撫でる宰相さん。人に頭撫でられるのって何でかな……気持ち良いんだよねえ。
「時にロゼ。明日の茶会には勿論出席しますよね?」
「面倒だがな」
「必ず出席して下さいよ。吸血鬼一族の次期当主が開く茶会です。魔王が出ないと彼等は、吸血鬼の顔に泥を塗ったと大騒ぎするでしょう。例え、姫君がリエルに嫁入りしたとしても」
「先代の方が好きだったんだがな…。どうも、あの小僧はいけ好かない」
「世代交代は何処にでもある。我輩がノワール家を継いだ様にねえ」
「……貴方は元から継ぐ気なかったでしょうが。それを説得してくれと前ノワール公爵に泣き付かれた時は度肝を抜かれましたよ」
「まあ、その先代も今では母上を連れて人間界へバカンスだ。単に遊びたかっただけだろうに、何が『儂の魔力も衰えを見せ始めた。レオンハルト、お前が次のノワール公爵家当主だ』だよ。兄者達に任せれば良いものを」
「ノワール公爵家は代々実力主義の家柄だ。魔力が強く、魔術の才も桁外れのお前が選ばれるのは当然だ。お前の言う兄者達もそれを納得していた」
「面倒を押し付けられただけだがなあ」
深い溜め息を吐いたレオンハルト団長。初めてレオンハルト団長がノワール公爵家を継いだ話を聞いて意外には感じなかった。基本自由気儘に仕事をするこの人が公爵家という、大きな家柄の当主に好き好んでなったのかと疑問だったから。レオンハルト団長の父様が宰相さんに泣き付く程なのだから、本人にはこれっぽっちも当主を継ぐ気は無かったんだろう。そして、その時を思い出してかあんな苦労は二度としたくないと目が遠くなった宰相さんに同情した。
「ねえ父様」
「なんだ」
「そのレオンハルト団長のお兄様達は、今は何をされているのですか?」
「先代夫妻と同じく人間界を好きに回っていると聞く。そうだったな」
「いいよねえ。末っ子に面倒を押し付けて自分達は自由にしてるんだから」
「その代わり、ノワール公爵家の全てを貴方に渡したのです。今後何があろうと貴方の決定には一切逆らわないと契約をしましたでしょ」
家を継ぐか、自由の身になって好きな事をするか、二つの選択肢を与えれたら後者を選ぶ。でも、面倒だとか、羨ましいとか言う割りにレオンハルト団長は、溜め息は吐いても嫌な表情を一つも浮かべていない。何だかんだ言っても家を大事にしているんだよね。年に数回は戻って来て、色んな土産を持ってくるのが密かな楽しみ何だとか。
私も人間界に行きたい……!今回は父様にバレたけど、次からはバレない様にしないと……!
情報を漏らしたのはセリカじゃないのは分かる。だって、セリカはずっと私といたし、父様が私を呼んでると知らせに来たのも騎士の人だから。
何日経てば父様の怒りは鎮まるのかな。ずっと、父様と過ごすのも良いけれどやっぱり外に出て動き回りたい。あらゆる作戦は全て木っ端微塵に砕かれた。父様の気が済むまで待つしかないか……。
そっと、溜め息を吐いた。
「では、ロゼ。明日の茶会、忘れないで下さいよ」
「しつこい。何度も言うな」
「若しくは、アフィーリア嬢やアイリーン嬢を初めて社交場に出させる良い機会になるかもしれんが?」
「……冗談じゃない」
急に父様の声が低くなった。驚いて顔を見上げると微かに苛立ちが滲んだエメラルドグリーンの瞳がレオンハルト団長を睨んでいた。
「あの獣の群れに愛娘達を放り込む馬鹿が何処にいる」
「言ってみただけだよお。魔王だけでなく、淫魔の一族も招待されてるせいでアシェリーを連れて行かないといけないからねえこっちは」
「無理に連れて行かなくても良いのでは?」
宰相さんが疑問を口にするとレオンハルト団長は無理と首を横に振った。
「セフィリアは淫魔の一族でも位が高い伯爵家の令嬢。しかも、次期一族の族長との結婚を放棄して我輩に嫁いだ手前、招待を無下には出来ぬのだよ。……あまりにも煩ければ踏み潰せばいいだけなんだがな」
好戦的につり上がった口端。ギラリと光る黄昏色の瞳に普段の飄々とした色はなかった。
「――失礼します」
ノックをして執務室へ入ったのは、アイリーン付きの侍女マファルダ。右耳の下に結った薄桃色の髪がマファルダが顔を上げると肩の後ろに隠れた。
「陛下。アイリーンお嬢様がアフィーリアお嬢様にお会いしたいと」
「通せ」
その一声でアイリーンがマファルダに促され執務室に足を踏み入れた。本日初めての妹との対面に父様の膝から降り、走ってアイリーンを抱き締めた。
「会いたかったわアイリーン!寂しくない?ネフィやソラの悪戯の餌食に遭ってない?」
「大丈夫だよ姉さま。ユーリやハイネが遊んでくれますし、ネフィやソラの悪戯からはユーリが守ってくれるの」
おお……!ユーリはアイリーンを子供の頃から好きだから当然だよね。当然だけど見たい!生で、間近で主人公と攻略対象の恋愛イベントを……!まだ子供だけど!子供ながらの微笑ましい光景を見たいのだ!
だが、この世界はユーリルートなのだろうか?いや、まだ子供時代だから分からないか。お願いだから”愛憎”ルートは勘弁して。”純愛”ルートでも18禁版は勘弁して。全年齢版と18禁の内容の違いは、大人の場面があるかないかしか分からないけど……!
一頻り妹と抱擁を交わした。アイリーンは次に父様の元へ駆け寄った。
「父さまあ!」
足元に来たアイリーンは自分を抱き上げた父様に嬉しそうに抱き付く。最近父様を独占してごめんねアイリーン……。母様は何故か部屋で寝込んでいるらしく、訊ねても病気とかではないらしい。詳しくは教えて貰えないがレオンハルト団長が「大変だねえ奥方も。魔王の寵愛を一身に受けるというのも中々の重労働みたいだよ」とこっそりと耳打ちしてきたがどういう意味?
「今日はピアノの練習をしました!先生が上手になったと褒めてくれました!今度、父さまにも是非聞いてほしいです!」
「そうか。楽しみにしている」
「はい!」
微笑ましい親子の光景に皆口許が緩む。私も。
……あれ?
一瞬だった。
一瞬にして、私の視界が変わった。
私の視界には、アイリーンを抱き上げた父様が映っていたのに、マファルダの背中が少し遠くにある。
「どうなってるの……?」
でもチャンスなんじゃ……?
よく見るとレオンハルト団長が此方に小さくピースサインを見せた。
レオンハルト団長……!ありがとうございます!
心の中でお礼を述べ、皆の気がアイリーンと父様に向いている間に、素早く、慎重にこの場を離れた。
取り敢えず部屋に戻ろう。で、人間界永住計画の練り直しよ。
―――オマケ 執務室―――
「そうだわ!今度姉さまと……あれ?姉さま?」
「どうしたアイリーン?……アフィ」
気付かない間に執務室から脱走していた事実に気付き、アイリーンを下ろしたロゼは彼女を部屋まで送るようマファルダに命じ、自分は脱走娘を探しに行くべく執務室を後にした。
アフィーリアを逃がした犯人は笑うのを堪え体をプルプルと震わせており、原因が分かったアリスが半眼で彼を見た。
「……レオンハルト。どうする気ですか、あれ」
「ぷ……くくっ……なにが……っ」
「はあ……アフィーリアお嬢様にも困ったがロゼも大概ですね。どうも彼女の中身は、母親に似たらしい」
「そうだねえ。帰りたいって毎日泣いて城から逃げ出す奥方を思い出す。逃げ出す度にロゼが探し出して連れ戻すのも同じだねえ」
脱走したアフィーリアが父親に捕獲されたのは、それから僅か数分後であった。
因みに、更に監視生活が長くなったのは言うまでもない。
読んでいただきありがとうございました!




