81話 厄介な鉢合わせ①
今日はシエロ様の招待により、聖堂の庭園でお茶会が開かれる。と言っても参加者は私とシエロ様。私に無礼な発言をしたお詫びとヴィオラ王女との婚約が解消されたお礼で。婚約解消については、私がというよりウアリウスが動いたからで私は何もしていない。
元々王女との婚約をどうにかしたかったシエロ様からしたら、婚約解消がなされた今私との関わりは元通りにしてほしい。
「憂鬱……」
「だったら、断れば良かったじゃないか」
「だってしつこいんだもん」
そう……シエロ様ってしつこい。女子高生だった時の記憶を探っても該当する人がいないくらいにしつこい。
社交界で流されていた私の悪評を鵜呑みにし、初対面で私を悪女と罵った。絶対心を開いてやるものかと決め、誤解が解けお詫びとして屋敷を訪問されたり今日のお茶会の招待をしつこい程受けた。一度でも受けないとシエロ様が諦めないと逆に私が諦めて受けることにしたくらいだ。
ココアを飲みながら愚痴ると隣に座るウアリウスに苦笑された。あのしつこさを使ってヴィオラ王女との婚約を自分でどうにかすれば良かったものを。
「仕方ないよ。王女との婚約は王命。いくら分家筋と言えど、正当な理由無しの婚約解消は無理なのさ」
「面倒くさいね」
「はは。まあ、その面倒くさい決まり事があって人間達は治安を守っている訳だから、仕方ない部分もある」
時に法律のせいで面倒な事があるのは私自身よく知ってる。
「さて、そろそろ時間だよ」
「はーい」
心の底から行きたくないものの、当日のドタキャンは個人的に好きじゃないから行くしかない。既に着替えは済ませ、準備は万端。今日ウアリウスは同席しない。招待状ではウアリウスも是非と書かれていたが用事があるからと欠席にした。
実際はウアリウスがいたら、シエロ様も色々言葉を出しづらいだろうという配慮。私はどっちでも良かった。
屋敷を出て正門に向かうと馬車が待機していた。乗り込む際、名前を呼ばれたから振り向くと頬にキスをされた。
「いってらっしゃい。気を付けてね」
「うん、いってきます」
私が馬車に乗ったのを確認後、馬車は動き出した。これから一人で天使の祝福が濃く反映されている聖堂に行く。天使の力が漲る聖堂で魔術を使えば、一発で私が魔族だとバレる。念の為、魔力を抑える制御装置を耳飾りや腕輪として着けて更にウアリウスの魔術で魔力を抑えてもらった。これで余程の事が起きない限り、私の魔力が漏れる心配はない。
窓に映る流れていく光景を目にしながら、聖堂へ到着するのを待った。
暫くして、馬車は目的地に到着。御者に扉を開けてもらうと「アフィーリアお嬢様」と呼ばれ、顔をやると聖堂の入り口付近にシエロ様が立っていた。態々私を待っていたらしく、近付くと気のせいか安堵された。どうして?
「良かった。お嬢様が来てくれて」
「ひょっとして、来ないと心配されていました? いくらなんでも、当日に約束を破る真似はしません」
「分かっています。ただ、どうしても心配で……」
まあ……シエロ様は以前の失態を挽回したくてしょうがないのだろうが、私は今日のお茶会で今後の交流はしませんと宣言するつもりだ。シエロ様に案内され、聖堂に入って奥にある出口を抜けた先にある庭園へ出た。ウアリウスは天使の力さえ漲っていなければお気に入りの場所にしたかったと零していた。理由が私にも解った。
天使の力の影響か、花壇に咲く花々は全て光に包まれており、絶景と評してもいい美しさが全体に広がっていた。魔界でも見た事のない花の美しさに惚けていると「お嬢様、此方です」と言うシエロ様の声にハッとなり、慌てて彼に付いて行った。
「こちらです」と示された先には外でのお茶に最適な丸テーブルが設置されていて、椅子も二脚。テーブルの上には既にお茶の用意がされていた。
繊細なデザインのティーポットとティーカップ、ジャム入りのクッキー、木の実入りのクッキー、ドーナツ等の焼き菓子。
シエロ様が引いた椅子に座るとティーカップに紅茶を注がれた。
向かいにシエロ様が座った。
「どうぞ、召し上がってください」
「いただきます」
琥珀色の水面から漂う香ばしい香りに釣られ、言われるがままティーカップを持ち上げ紅茶を頂いた。
「美味しい……」
お世辞でもなんでもない本心の感想。自信に溢れた青い瞳を見ていたら、私が気に入ると確信していたのだろう。ちょっと悔しいけど紅茶が美味しいのは本当だから、素直に口にするべき。
何口か頂いた後、私は話を切り出した。
「シエロ様。今日のお茶会を最後に私へのお詫びはもう不要です」
「お嬢様……」
見るからに落ち込んだシエロ様。私個人としてはこれで十分なのだ。
「シエロ様とヴィオラ王女殿下との婚約解消がなされた今、私と関わる理由はない筈ですよ」
「そうですが……私はお嬢様へのお詫びはまだまだしたいと」
「聖堂の庭園に招待して頂いただけで十分です。あまり私と会うと貴方の天使様に誤解されますよ?」
王女との婚約が嫌だったのは性格だけの話じゃない。初対面の際、私に近付くなと言い放ったシエナ様の存在がある。二人でいる時のシエロ様の瞳は、溢れんばかりの愛情をシエナ様に注いでいた。見るからにシエナ様が好きなのは丸わかり。私が指摘すると気まずげな表情をされた。
「シエナは私の大切な人です。天使と言っても過言ではないとても大切な」
「なら、ヴィオラ王女と婚約解消したのですから、少し時間を置いてシエナ様と婚約されては如何ですか」
「……無理、なんです」
「?」
曰く、シエナ様はエインジェル夫人の友人夫妻の忘れ形見らしく、身寄りがないのを不憫に思った夫人が引き取った経緯を持つ。幼少期からシエナ様と過ごし、恋心を抱くようになっていたシエロ様だが壁が立ちはだかった。エインジェル公爵だ。いくら二人の関係が良好だろうとシエロ様の妻には高位貴族を娶らせるつもりでおり、居候同然のシエナ様との結婚は反対されている。はあ、と小さく溜め息を吐いた私はジャム入りクッキーを頂いた。
「なら、シエロ様とシエナ様、二人で解決されるべきです。シエナ様が本気でエインジェル公爵夫人になる覚悟を公爵に見せれば良いのでは?」
「エインジェル公爵家は王族の分家筋でもあります。いくら、シエナが母上の友人夫妻の忘れ形見であろうと元は普通の伯爵家の令嬢です。身分が違うと断られました……」
「だったら、私なんてもっと駄目ですよ。そもそも私はウアリウスの同居人で娘ではありませんから」
本当はウアリウスの孫だけど……人間じゃないだけで。
「いいえ。お嬢様は類稀な魔力を持つマクミラン公爵閣下が大切にされているご令嬢です。お嬢様と婚姻を結ぶという事は、マクミラン公爵閣下の後ろ盾を得たと同等。話が変わってきます」
「ふむ……」
たとえ出自不明であっても「不老の公爵様」と名高く、強大な力を持つウアリウスを保護者にしている時点で価値が発生してしまっている。
仮の話をシエロ様に出してみた。
「もしもの話です。私とシエロ様が婚約して結婚したとします。シエナ様はどうするのですか?」
「シエナには領地で暮らしてもらおうと思っています……勿論、不自由な生活はさせません」
「要は妾にするという意味ですよね?」
「シエナに他に好きな相手が出来たなら、私の出来る範囲で協力もしようと考えています」
どれも現実味に欠ける。実際、お互いを想い合っているのは明白。好きな人のいる相手に嫁ぐのは嫌。
「いくら話を聞いてもシエロ様がシエナ様を諦められるとは思えません。私からウアリウスにエインジェル公爵を説得するよう話をします。後は、ご自分で何とかしてください」
これ以上話を聞いても同じ内容の繰り返しになりそう。クッキーの最後の一口を飲み込んだと同時に席を立った私に慌ててシエロ様も立ち上がる。
「お待ちくださいアフィーリアお嬢様!まだ私はお嬢様に話が……!」
「私にはありません。後はシエロ様の問題です。貴方とシエナ様が良い結果になってほしいと祈ります」
伸ばされたシエロ様の手から逃れるようにお茶会の場から逃げた。
走って逃げたのと間に丸テーブルがあったお陰でシエロ様が追い掛けて来なかった。足を止めて呼吸を整えると改めて辺りを見渡した。まだ庭園にいるけどシエロ様が追い掛けて来るとは考えにくい。のんびり歩いて戻っても大丈夫な気がする。
「花がとても綺麗だから、ゆっくり見て帰りたい」
二度と来れないかもしれない場所なのだ、少しくらい堪能してもバチは当たらない。
……と考えた私が馬鹿だった。
後ろから強く腕を掴まれてしまい、無理矢理体を反転させられた。まさかシエロ様!?と思ったのは間違い……振り向いた先にあったのは、青ではなく紫水晶の瞳。
微かに瞠目した紫水晶はすぐに細められ……
「……やっと思い出した。おれが思い出したかったのは君だ」
腕を掴んでいない反対の手が後頭部に回り、強い力で引き寄せられると彼に——ベルベットに——キスをされた。
どうして此処にいるの?私がいると知ってたの?聞きたい事は沢山あるのに、キスのせいで何も話せない。
「ねえ……君は何をしたの?どうして今まで君を忘れていたの?」
「ベル、ベットっ」
「おれは君の望み通り、月の涙をあの二人に渡したよ。ただ、どうして渡さないとならなかったのかがずっと分からなかった。君に会えて思い出した。君に頼まれたからだって。答えてフィー」
そっか……ベルベットは月の涙をアイリーンとユーリに渡してくれたんだ。
皆の記憶から私がいなくなった理由……ベルベットが私を思い出した瞬間から、魔界全土に掛けた忘却の魔術は完全に解除されただろう。
考えたいのにベルベットがキスを止めてくれないから、意識がキスに集中して全然考えられない。
「フィー」
やっとキスを止めたベルベッドに濡れた下唇を舐められる。紫水晶の瞳から目が離せない。今の私の顔、きっとだらしないんだろうな……。
「……」
無言のまま見つめ合っているとまたベルベットにキスをされた。今度はベルベットが目を閉じたから、私も釣られて閉じた。
なんだか恋人同士のような甘いキスに夢中になった。……のがいけなかった。
「お嬢様!!」
ハッとなった私がベルベットの体を押してもビクともしなかった。代わりに、面倒くさそうな相貌でベルベットは私を抱き締めたまま、息を切らし何故だかショックを受けているシエロ様に向いた。
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