79話 擦れ違う
しつこいシエロ様が帰って暫くしてウアリウスは戻った。時間が経っても些かの疲労が残っていたので、ウアリウスにどうしたのと首を傾げられた。経緯を話すと小さく噴き出された。こっちは笑いごとじゃなかったのに。酷い。
膨れっ面をしたらウアリウスが指で人の頬を突いてきた。おかげで膨れた頬は元に戻った。でもまた膨らませて、突かれて元に戻っての繰り返しをしていたら先にウアリウスが飽きた。私が寝そべっているソファーの向かいに座った。私も体を起こした。
「そう怒らないで。国王にはエインジェル公子とヴィオラ王女との婚約解消、更にはアフィーリアへの誹謗中傷ともとれる噂を流した罰として、他国へ早急に嫁がせるよう仕向けたから」
「すぐにできるものなの?」
「僕がアフィーリアへの誠意を見せてくれないなら、さっさと国を出て行くと脅したんだ。娘に甘い国王は親馬鹿でも愚王ではなかったようだ」
自分の娘が可愛いという気持ちは何となくだが私にも分かる。だって父様がそうだったから。私が毎回脱走を企て最後成功したと喜ぶと必ず捕獲してきた父様はとても楽しそうだった。若干遠い目をしたら「アフィーリア」とウアリウスに呼ばれた。
「本題に入ろう」
「本題?」
「ヴィオラ王女とエインジェル公子の婚約はこれで消える。アフィーリアの悪い噂も直ぐ消える。そこまでは良かったのだけれど、今度は国王が王太子の婚約者に君を選びたいと言ってきてね」
「私!?」
大天使の血を引く王族は神の祝福の効果もあり、神聖な力を有する。いくら天界の姫であった母様の血を引く私といえど、魔王である父様の血の方が濃い。大天使の血を引く王太子殿下と魔王の娘である私が婚約?絶対無理である。彼等は私の正体を知らないからこその提案なのだが、これをウアリウスがどう返事をしたのか気になる。問うてみると「勿論、お断りしたよ」と美しい微笑みで返された。
「もしも、アフィーリアが王太子を好きなら考えなくもないけど」
「リヒター殿下は悪い人じゃないけど、異性としては見られないよ」
「それは魔界に置いて来た彼等の事があるから?」
ウアリウスの言う彼等とは、ユーリ、ハイネ、アシェリー、ソラ、ネフィ、ベルベットを指す。この前も言ったけど恋愛的に見ると好きといえる人がいない。気になるのはベルベットだけど、他にも気になっている人は沢山いる。
「ウアリウスは私に誰か好きになってほしいの?」
「ただの興味だよ」
「私がウアリウスを好きになるって話はないの?」
「僕を?はは、それはそれで光栄な話だ」
「そっか。でも、きっとないよ」
「それは残念だ」
言う程残念がってない。保護者であり、私の唯一の協力者であるウアリウスには多大な恩を感じてはいるが異性として見られるかと問われると別の問題となる。
「今度は僕から聞かせて。執事に聞いたのだけど、僕が不在の間エインジェル公子が来たと聞いたよ。何を話したの?」
「昨日のお詫びと聖堂の庭に作られた薔薇園への招待だよ」
聖堂と名前を出すとウアリウスの眉間に微かに皺が寄った。
「王族が咲かせている庭か。天使の聖なる力が漲っている場所だ。僕や君が近付いて良い場所じゃないね」
「やっぱり……」
シエロ様はお詫びを兼ねて私達を招待してくれたが、天使の腹の中に態々入りに行く真似はしない。上手い理由を考えて断らないと。僕が断ろうか?と申し出てくれたけど、何でもかんでもウアリウスに頼るのは悪い。私が断らないと。
シエロ様は大変しつこく諦めが悪い。並大抵の努力ではきっと勝利は掴めない。
「手っ取り早く、シエロ様が諦めてくれる方法ってないかな?」
「彼は君への罪悪感から聖堂の薔薇園に誘ったのなら、逆に君が行ってみたい場所へ連れて行ってもらえばいいよ」
「ないよ。大体はウアリウスが連れて行ってくれるから」
「困ったな。このまま聖堂へ行かせる訳にもいかないし」
他に方法はないものかと二人で考える。行きたい場所がなくて本当に困る。聖堂に咲く薔薇に興味がない訳じゃない。聖なる力が溢れてなければ誘いに応じていた。
あ、と思い付いてウアリウスに相談を持ち掛けた。
私が言い終わると丹精な相貌に苦笑が浮かべられた。
「おすすめはしないが……多少はマシになるかもね」
「なら、早速準備をしよう」
重い腰を上げて私の前に立ったウアリウスの手が額に当てられた。淡い水色の光りに包まれ、ふわりと消えると体に少し重みが加わった。
「魔族の魔力を一時的に封じれば、彼等に君が魔族だとは気付かれないだろうさ」
けどこれにはリスクがある。万が一が起きた場合、自分の身を自分で守れなくなる。魔力を封じている間は、当たり前だが一切魔術の類が使えない。ウアリウスの鶴の一声でヴィオラ王女とシエロ様の婚約が解消となり、更に他国への嫁入りを急がされているとは言え、ウアリウスへ恨みを向けられないのを私に向けてくる可能性だって十分にある。
私の隣に腰掛けたウアリウスが心配だと言わんばかりに手を頬に添えた。
「決して無茶はしないようにね。僕が見張っていると言えど、何が起こるか分からないんだから」
「うん。何かあったらすぐに逃げるね」
「そうしておくれ。招待は後日だろう? 魔力封じを解いておこうか」
「待って。慣れる為にも、当日までこのままでいいよ」
「そう?」
「うん。魔術の修業は出来なくなるけど体にある違和感には慣れておきたいの」
「君が言うなら、そのままにしておこう」
「ありがとう」
魔術の修業が出来なくても他に学ぶ事は山ほどある。
この後は買い物へ行こうとウアリウスに誘われ、差し出された手を取って瞬間移動で一気に飛んだ。
「何を買うの?」
「何も? 気分転換だよ」
「じゃあ、何か食べようよ!」
この間アイスクリーム屋さんに行きたいと強請れば、苦笑しながらも連れて行ってくれるみたいで。違う味を食べてみたいというのが本音だ。人が多いから手を繋いでアイスクリーム屋さんを目指していると――……え?
前方の人込みから見覚えのある男性がいた。
癖のある黒髪と本物の紫水晶にも負けない美しさを放つ瞳。
「……困ったな……」
隣にいるウアリウスの声が遠い。距離が縮まってきて私の目はあの男性に注がれる。
「……ベル…………」
最後まで紡ごうとした唇に長い人差し指を当てられ閉ざされた。隣を見上げたら、私に当てた人差し指を自分の唇に当てた。
「だーめ」
代償誓約魔術を使って魔界全土に渡って第一王女という存在を消した。私と繋がりが深い彼の名前を口にして、聞かれたら、思い出さなくても魔王である父様に似た魔力を持つ私を疑問に抱かない筈がない。
「他人の振りをして」
「う、うんっ」
握っている手を強く握って彼を見ないようにと下を向いた。
もう少し
もう少しで擦れ違う。
隣を通り過ぎた。
下を向いているから彼がどんな顔をしているか見えなかったが歩みは一切止まらなかったから、私の存在には一切気が付かなかった。
ホッ……と安心してウアリウスの手を握る手を弱めた。
「ごめん……」
「強く握ってたこと?気にしなくていいよ。予想外だけれど、成人を迎えているから好きに魔界と人間界を行き来しているようだね」
「この街に滞在してるのかな」
「どうだろうね。滞在しても、シルヴァ家の血は一か所に留まるのを苦手とする。エインジェル公子の招待を受けたら、暫くは屋敷に籠っていようね」
「うん……」
読んでいただきありがとうございます。




