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78話 シエロ様の訪問



 屋敷に戻り、部屋に入る前に私について不愉快な噂が何かをウアリウスに訊ねた。曰く、基本屋敷に引き籠っているのはウアリウスを篭絡する為だとか。……って!



「何それ!?」

「はは!面白いよね」

「全然面白くない!何で引き籠りの理由がウアリウスを篭絡することなの!?」



 確かにウアリウスの人気はすごい。王女ですら夢中になるのだから。彼を慕い、恋をする女性は多い。故に、無条件でウアリウスといられる私が羨ましくて、妬ましくてしかたないのだとか。不愉快な噂の発生源は王女殿下達。

 ただ、噂は日日が経つにつれ尾鰭がついてまわり、嘘か真かは不透明となった。にも関わらず、シエロ様が信じるということは……真実だと思われている人が多いのだろう。


 深い溜め息を吐いて脱力をする私の頭をウアリウスが撫でた。



「そう落ち込まないで。僕は君を知ってる。それで十分でしょう」

「どこがよ。いくら、社交界に出ないと言っても限度があるわ」

「既に噂は浸透している。真っ新にするのは大変だよ」

「絶対放置してたでしょう」

「否定はしない。現に君は社交界には滅多に顔を出さないし、影響はないだろうしね」

「なくても不名誉よ……」



 シエロ様から意味も分からず嫌われている理由を知れて良かったものの、自分の知らないところで事実無根の噂を流されていると知って脱力した。怒る気力も湧かない。

 気に入らなければ国を出て行けばいいだけとウアリウスは軽く言う。王国は彼を非常に大事にしている。その彼が手元に置いている私に対し、不名誉な噂を流した時点で怒りを買うとは思わなかったのだろうか。

 私の心を読んだタイミングでウアリウスは笑った。



「その内注意はしないといけなかったから、明日陛下に会って王女を叱ってもらうことにするよ。あと、もうエインジェル公子に会わなくていいよ」

「本当?」

「ああ。帰る前、エインジェル公に僕から陛下に話をつけてあげると言ったんだ」



 帰る間際二人の様子から何を話したのか気になっていた。そうだったんだ。

 シエロ様も私に会いたいと思わないだろうし、許しを請う理由もなくなった訳だからお互いにとって良い話だ。



 ――次の日。朝食を食べ終え、ウアリウスが瞬間移動(テレポート)で王城へ飛んだのを見送り、残された私は何をしようかと庭園に出た。今日も天気は良くて太陽が眩しい。散歩をするのも良いし、空を飛んで空中散歩をするのも良い。

 地を歩くか、空中を飛ぶか。どちらにしようか考えると執事が控えめに話し掛けてきた。



「お嬢様、お客様がいらしております」

「お客様?私に?」

「はい。エインジェル家のシエロ様がお嬢様にお会いしたいと」

「追い返して。私に用事はないもの」

「それが……」



 困ったことにシエロ様は私に会うまで絶対に帰らないと言い張っており、王家の分家たるエインジェル公子に無礼は働けない執事は困り顔で私に助けを求めた。ウアリウスがいないのを知ってなのかと勘繰るも、陛下に話を付けにいくと決めたのはエインジェル家から戻ってすぐ。

 困ったと頬を触り、ダメ元で執事に私自身に会う気がないと伝えに戻ってもらった。



「もう……」



 昨日思い知ったがしつこい。そのしつこさを王女との婚約解消に使えば、いいものを。

 ウアリウスが話を付ければ、シエロ様と王女の婚約も今日解消される。


 シエロ様が帰ることを望んでいた私だが、再度戻った執事の顔色から失敗したのだと悟った。



「申し訳ありませんお嬢様。どうしてもお嬢様にお会いしたいと」

「はあ……分かったよ。ありがとう対応してくれて。私が追い返すよ」



 執事は悪くない。

 私自身が出て、シエロ様を追い返せば早く済んでいた。

 昨日のしつこさから、簡単には帰ってもらえないのは覚悟している。

 両頬を叩いて気合を入れ、執事と共に玄関ホールへ。扉の前には、花束を持ったシエロ様が立っていた。私と目が合うと申し訳なさそうに眉尻を下げられる。多分、自分の行動が迷惑がられているのを解しているのだ。しつこさは兎も角、王族の分家、宰相家の嫡男である彼はきちんと常識を持っている。私に対する常識はなかったようだが。


 シエロ様の前に立った。



「昨日振りですねシエロ様。先触れもなく訪れた理由をお聞きしても?」

「無礼は百も承知です。昨日のお嬢様に対しての数々の御無礼のお詫びをしたく」



 そう言って渡されたのはヒヤシンスの花束。花言葉は確か……「ごめんなさい」だったかな……。


 気まずそうにしながらもシエロ様の青空のように澄み切った青の瞳は私から逸らさない。



「花でお嬢様の御機嫌取りをするつもりはありません。ただ、私の気持ちを知ってほしくて」

「そうですか……」

「お嬢様、どうか今一度私に機会を与えてはくれませんか?」



 彼がヴィオラ様と婚約解消をしたいのは、エインジェル家の屋敷にいたシエナ様の存在が大きい。何が何でも婚約解消を望むシエロ様の希望となる言葉を紡いだ。



「ウアリウスが陛下に掛け合っている頃かと。シエロ様とヴィオラ様の婚約は、ウアリウスが解消してくれます」

「それはどういう……」



 私の質の悪い噂の発生源はヴィオラ様が使用人達や取り巻き、更には妹達を使って流させた。噂は社交界を尾鰭がついて歩いた。私が基本社交界に出ない引き籠りな上、私が現れてからウアリウスが滅多に顔を出さなくなったせいで、彼を慕う女性達はこれ幸いとばかりに広めた。

 私への名誉棄損をシエロ様とヴィオラ様の婚約解消とヴィオラ様を他国へ嫁がせる方向で帳消しにする予定なのだ。



「なので、シエロ様が気にする必要はもうどこにもありません」

「……」



 きっと昨日からずっと頭を悩ませていたのだろう。目元には薄っすらと隈がある。

 私という存在が使えなければ、ヴィオラ様との婚約解消が不可能となるから。でも、今さっきの私の発言から、もう私を気にしなくて良いと悟った筈だ。



「謝罪も花束も受け取ります。シエロ様はこれ以上私に償いをする必要はありません。なので、お引き取りを」

「ま、待ってください!それでは私の気がすみません!」

「シエロ様にこれ以上に気にされても……」

「た、確かにそうかもしれません。しかし、このままお嬢様に何もしないまま終わらせるのは私自身が許せません。どうか、一度だけでいいのでお嬢様にお詫びをさせてください」



 本当にしつこい!

 花束を突き返したくなるも、花に乱暴な真似はしたくない。

 花に、罪はないもの。


 深い溜め息を吐くと見かねた執事が「お嬢様、エインジェル公子を客室にお通ししましょう。お茶を飲みながらなら、お嬢様も公子も落ち着いて話が出来ますでしょう」と提案をした。

 立ったままより、気を紛らわせるお茶がある方がまだマシか。花束を執事に託し、執事の提案通りシエロ様を客室へ案内した。


 シエロ様をソファーに勧め、彼が座ると私は向かいに座った。


 ふう……と小さく息を吐いた。



「お茶を飲んだらお帰りください。シエロ様がお詫びをする必要も、気にする必要もないので」

「お嬢様はそうまでして私を拒みたいのですか……」

「最初に拒んだのはシエロ様でしょう」

「……」

「ウアリウスに頼まれたから、引き受けただけなのでシエロ様を異性として好きになるのはないと思います。現在は絶対にないと言い切れます」

「…………」



 確信に近い断言をすると見るからに落ち込まれた。なんで?



「……お嬢様は好きな男性が?」

「いませんよ」

「閣下のことは?」

「ウアリウスは私の保護者です。感謝はしてますし、大好きですが異性として好きという気持ちはありません」



 一応、私の祖父なので……。魔界って近親婚はありだっけ……?


 好きな男性……か。昨日、ウアリウスにも似たようなこと聞かれた。


 言われてすぐ頭に浮かんだのは……ベルベット。

 元気、かな。私という存在は、ベルベット達の中から消えてしまったから、アイリーンとユーリに渡してほしい『月の涙(ルナ・ティア)』をきちんと渡してくれているか謎である。叶うのなら、渡していてほしいな。



「こうやってお嬢様と接していると噂とは程遠い人なのだと、突き付けられます」

「私がウアリウスを篭絡してるって噂ですか?」

「え、ええ。閣下の他にも見目麗しい男を屋敷に囲っているとか、侍女や使用人を虐待してるとも」

「……」



 仮に真実だとしても、どうやって漏れるものなの?



「多くの貴婦人や令嬢達が話し、閣下が表に出ないから信じてしまいました……申し訳ありませんでした」

「い、いえ。これに関しては引き籠ってた私にも原因はありますから」



 ウアリウスが戻ったら、私宛に来ている招待を積極的に受けてみようかな。汚名返上の為に。



「お嬢様」



 真剣さが増したシエロ様の声が私を呼ぶ。



「お嬢様への償いとして、後日お嬢様をお誘いしてもよろしいですか?」

「どこへ行くのですか?」

「聖堂の庭に作られた薔薇園にお嬢様を招待します。立ち入れるのは王族か分家、又は限られた関係者のみ。天使の力を受け継ぐ王族が咲かせる薔薇は非常に美しいのです。その美しさを是非お嬢様に」

「ウアリウスが戻ったら聞いてみます……」

「はい。閣下と共にいらしてください」



 ど、どうしよう、王族が咲かせているってことは、天使の聖なる力でってことよね?

 触れなければ大丈夫だろうけど、不安で仕方ない。


 今日のところはシエロ様は長居せず、この話で終わり、見送りをした。


 昨日は浅慮が目立ったものの、根本的に悪い人じゃないのは解り、冷静さがあればきちんと考える人なのだろう。


 ウアリウスの戻りを待つ間、私宛に来ている招待状の選別をするべく部屋に戻った。




読んでいただきたありがとうございます。



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[一言] 楽しく読ませて頂いてます。次作をとても楽しみにまってます。
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