77話 しつこい
エインジェル家の庭園は腕利きの庭師が丹精込めて手を掛けているだけあって素晴らしい。ただ、どんなに素晴らしくても案内人があんまりな人だと素晴らしさも半減される。会って早々に人を噂で判断し、牽制をしてきたシエロ様への好意はゼロからマイナスへ急下降中。途中現れた彼の天使と思われる女性シエナ様も混じり、案内を受けるが。
殆どが二人の案内という名のイチャイチャを見せ付けられるという苦行である。全然楽しくない。
二人は自分達の世界にどっぷりと浸かってるわけだし、こっそりとウアリウスの許へ戻ってもなんら問題はなさそうね。
隠密の魔術を使えば、気配を察知されず逃げられる。早速使用しようと魔術を上昇しかけた時。ずっとシエナ様を見ていたシエロ様の青い瞳が私に向けられた。
察知したの……!?
「ああ、申し訳ありません。アフィーリアお嬢様を退屈にさせてしまったようで」
ええそうですね。ずっと二人の世界に浸っていましたね。
心の中では毒を吐きつつ、表面上は気にしてない風を装った。何でも口にするほど子供じゃない。
「お気になさらず。エインジェルの庭師が育てた美しい花に夢中なので」
「そうですか。ならよか――」
「そろそろウアリウスも心配している頃なので私は戻りますね。ああ、シエロ様は来なくても結構ですよ」
暗にずっと天使といちゃついていなさいと告げ、見るからに焦り始めたシエロ様と事情を知らないシエナ様はきょとんと首を傾げた。シエナ様に軽く頭を下げて来た道を歩く。後ろからシエロ様が何かを言っているが無視をするに限る。
庭園は素晴らしい。庭園だけは。
戻ったら偽の恋仲の話は断ろう。宰相も私をどう思っているか不明だが、シエロ様のような浅慮でないことを祈ろう。
「アフィーリアお嬢様!」
「!」
ウアリウスにはどう説明を……と考えていると追い掛けて来たらしいシエロ様に腕を掴まれた。力強く振り払うと手は離れた。息を乱している辺り、かなり急いで来たみたいで。近くにシエナ様はいない。
「……まだ何か御用が?」
「先程の失言を謝らせてほしいっ」
「結構です。今度からは上手に本心を隠しながら相手を騙すことですね」
「本当に申し訳なかったっ、だから閣下には」
「私には関係ありませんし、ウアリウスにはこの話を断ってもらいます。どうぞ、他の相手をお探しください」
まだ何か言い募ろうとするシエロ様は私が動こうとすれば強引に手を掴んでくる。しつこい、と顔に出せば、バツが悪そうにしながらも決して力は緩まない。
「王女との婚約を無くすにはお嬢様以外の令嬢では駄目なのです!」
「だったら、自分の力でどうにかしてください。ずっと騙し続けていたら良いものを、馬鹿正直に話すからですよ」
魔界なら即死んでいるだろう。人を騙すのは悪魔の最も得意とする技の一つ。シエロ様は人間だし、まだまだ若いから仕方ないか。
これを経験にして次に生かしたらいいと言っても手は解放されない。本気でしつこい。
強い魔術を使って……と思うも、エインジェル家は王族の分家。神の祝福を授かっている。魔王に似た魔力を持つ私が強い魔術を使ったら、天使側にバレる可能性が高まる。
良案はないものか。しつこいシエロ様の気を逸らす何かは。
「……シエナ様はどうしたのですか?」
話題を使って逃げるしかない。
「シエナには部屋に戻ってもらいました。お嬢様とは大事な話が残っているからと」
「ありませんよ」
「あるんです」
「シエロ様にとってはでしょう?私にはありません」
「……」
何となくだが彼が王女との婚約を無くしたい本当の理由はシエナ様の存在ではないだろうか。名前の響きは似ているが二人は全然似ていないので血縁者ではないだろう。特別な関係に見える。
二人の様子からに、お互いに好意を抱いていそうだ。王女との婚約がある限り、シエロ様はシエナ様と結ばれない。だが、王の盾がある限り、余程の問題を王女が起こさない限り婚約は継続。
そこで『不老の公爵』として大昔から国に力を貸すウアリウスの養女である私に目を付けたのだ。王でもウアリウスには敵わない。ウアリウスが私とシエロ様を認めれば、王女との婚約は無くなる。
小さな溜め息を吐いて紡いだ。
「いい加減、離してくれませんか?」
「……お嬢様は閣下の許へ戻って話を断るつもりでしょう?」
「だったら聞きますが逆の立場ならシエロ様は許すのですか?」
「……」
無言。
つまり――肯定の意味。
シエロ様の手の力が弱まり、私の手首から離れた。
「宰相の息子の割にシエロ様は策士には向いていませんね。王女と本気で婚約解消をしたいなら、最後まで偽りの姿を演じるべきだったんです」
相手、つまり、私を嫌っていても。
事実を突き付けると項垂れたシエロ様。これ以上は引き止めては来ないだろう。
また溜め息を吐いて歩き出した。今度こそ戻れる。
と信じていたのに「アフィーリアお嬢様!」と叫ばれた。が、私の足は止まらない。背後から「待ってください!」「どうか、私の話を最後まで聞いてください!」と刺さるが無視に限る。
「お嬢様!!」
一際大きく呼ばれてしまったら足を止めざるを得ない。きっと、今の私はうんざりとした顔をしているだろう。予想は当たっているらしく、倉皇としたシエロ様だが目が合うと何かを決意した顔付になった。――瞬間、私に跪いた。
え、と声を漏らす間もなくシエロ様は頭を垂れた。
「アフィーリアお嬢様。どうか、先程からの御無礼をお許しください。私が成せる最大限の罪滅ぼしをさせてください」
「ちょ、ちょっとシエロ様」
「あ、はは。中々派手だね二人とも」
急なシエロ様の謝罪に慌てふためく私の耳に、この場には似合わない愉し気な声が。振り向くとウアリウスが声色と同じ感情を宿した眼で私達を眺めていた。側には誰もいない。
「君達が気になってね、エインジェル公には無理を言って僕一人で来たんだ」
ウアリウスは私の近くまで来ると跪いたままのシエロ様を見下ろした。表情は温かく見えても、美しい銀瞳は酷く冷たかった。
「公子。君が噂を鵜呑みにしてアフィーリアを嫌うのは君の自由だ。人の意思は他人には変えられない。だが、最初から感情を剥き出しにするのは子供のすることだ。君は次期宰相としてエインジェル公の補佐をしているだろう?そんなことでは宰相なんて務まらないよ」
「み、見ていたのですか!?」
「彼とお喋りしながら君達二人の様子を魔術を使って見守っていたよ。アフィーリアに万が一があったらいけないからね」
さすがと言うしかない。
見られ、聞かれていたとは露程も予想していなかったシエロ様のお顔は真っ青だ。相手はウアリウス。経験が圧倒的に違い過ぎる。
「……ま、断るかどうかはアフィーリア次第かな。君が彼女を説得出来たら、僕は口を挟まない」
「お断り!」
「はは、だって」
「ま、待ってください!お願いです、一度だけでいい、チャンスを頂けませんかっ」
「嫌です!」
どんな事情があるにせよ、あからさまに自分を嫌っている人と偽とはいえ恋仲になんてなりたくない。
……こんな時……と抱いてしまう。
リリスに精神を乗っ取られていた悪役アフィーリアだったら、どんな態度をしていただろう。
……有り得ないか。シエロ様は人間。リリスが執着するのは強い魔力を持つ高位魔族。始祖の魔王であるウアリウスに叶わない恋をし続ける、哀れな魔族……。
「はあ……」
「やれやれ。溜め息を吐く程嫌?」
「あ……ううん。別の考え事をしちゃって」
「そう。今は意地悪をしないで公子を見てあげなさい」
「……絶対、い・や・だ!」
何が何でもお断りよ!
「仕方ないね。公子、君の失言が折角の機会を台無しにした。諦めなさい」
「っ……いいえ、どうしても、私は王女と婚約解消を」
頑なに私の協力を求めるシエロ様にある疑問を問うた。
「シエロ様がそうまでして王女と婚約解消をしたいのは、先程のシエナ様が関係しているのでしょうか?」
「……」
コクリ、と小さく頷かれた。ウアリウスに訊ねると知っているそうで。
知らないのは私だけ。屋敷に引きこもってばかりなのが裏目に出てる……。
「建前はどうであれ、本心は別にあると思っていたけどやっぱりそうか。だったら公子。自分でアフィーリアの頑固な決意を崩すんだ。本気で王女との婚約解消を目指すなら」
「……」
またもや項垂れるシエロ様を置いて、私とウアリウスは最初のお茶会の席に戻った。宰相がそわそわとした様子で私達を待っていて。シエロ様がいないことを不安そうに訊ねられた。
事情を話すと顔を真っ青に染められた宰相の姿はシエロ様と重なった。血の繋がりを感じる。
ウアリウスは両手で顔を覆った宰相に何事かを耳打ちし、頷くのを見ると私の許へ戻り瞬間移動で屋敷に戻った。
「何を言ったの?」
「内緒。さあ、中に入ろう」
「これで終わってくれたら……」
「さてさて。どうだろうね」
他人事だと思って!
とても愉しそうなウアリウスに苛っとしたのは言うまでもない。
恋仲、か……。
もしも、私が私のままだったら、私は誰と恋をしていたのかな……。
ふと……脳裏に過った相手は――――
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