76話 シエロの本性
エインジェル家の屋敷を訪問する今日、朝からお風呂に入って念入りに身体を磨き、魔術を使って化粧をしていった。青を中心とした派手さを抑えたドレスを選んだのは偶然だ。決してシエロ様を意識してではない。証拠に青は青でも濃い青を使用した。準備万端整えると私を待っていたウアリウスの魔術でエインジェル家の近くまで瞬間移動した。王族の分家、という事もあり並の家と違って大貴族。大きさが半端ない。
今更ながら、魔界の『五大公爵家』の屋敷の大きさを知らないや。ドラメール家はお取り潰しとなったので永遠に見れないが、ノワール家・フォレスト家・シルヴァ家の屋敷は今度ウアリウスにお願いして見せてもらおう。
正門に近付き、門番に取り次ぎを頼んですぐに屋敷の方向から執事が飛んできた。
互いに挨拶を述べるとエインジェル公爵とシエロ様が待つ庭園まで案内された。
今日は雲一つない快晴。室内にいるよりも、外にいた方が気分も良い。
白を基調とした邸内は清潔感に溢れ、最高級の品であろう絵画や置物も下品な物はなく、しっかりと屋敷のイメージを保っている。
執事に案内された庭園に到着した。用意された席に座っていた中年の男性と目が合うと立ち上がり、彼の前に座っていた男性も立ち上がり振り向いた。
彼等の前に立つと二人は頭を下げた。
「お待ちしておりました、マクミラン公爵閣下、アフィーリアお嬢様」
「やあ。エインジェル公。それに公子も」
「お久しぶりです閣下。アフィーリアお嬢様とは、何度か夜会でお会いしておりますね」
顔を上げて見えた青い瞳。青の瞳っていうと、知り合いで似てるのはネフィ。身内で言うとお母様やアイリーン。青といっても色の幅は広い。一言に青といっても沢山ある。ネフィは海を思わせる透明感の青、お母様やアイリーンはサファイアブルーの煌めきを持つ青、シエロ様は青空のように澄み切った青。
私も挨拶をし、案内された席に腰を下ろした。
侍女が紅茶を淹れてくれるとエインジェル公爵が早速とばかりに話を切り出した。
「閣下、お嬢様。此度は、私や息子の申し出を受け入れて下さりありがとうございます」
「僕はアフィーリアに教えただけだよ。結果的に話を受け入れたのはアフィーリア。好きな人もいなければ、気になる人もいない。かといって、僕はどこの家とも特別繋がりを持とうと抱かない。だから、この婚約は偽装であると認識している。君達もそうだろう?」
「はい……」
第一王女ヴィオラ様との婚約解消の為には、国王陛下も納得する相手と恋仲になり、婚約を結び直すしかない。その相手がウアリウスと一緒に暮らす私。
ウアリウスの言い方に若干引っ掛かりながらも、庭園を案内しましょうとシエロ様に提案されて頷いた。私達が席を離れるとエインジェル公爵がウアリウスに何かを話し始めた。紅茶を飲みながら退屈げにし出した。どうしたのだろうか。
エインジェル公爵家の庭園は白い花が多く植えられていた。
アナベル、ストック、白い薔薇。特に白い薔薇は数が多い。最も力を入れて育てられているのが分かる。
他にスズランを見つけ、そっと花弁に触れてみた。
「アフィーリアお嬢様」
私を呼んだシエロ様は、真剣味を帯びた青瞳で見つめ、そして。
「一つ、約束してほしいのです」
「何をですか?」
「決して、私を好きにならないでいただきたい」
……はい?
ヴィオラ王女との婚約解消の為に話をしてきたのはエインジェル家。お互い、偽りの恋仲になる必要がある。
こんな宣言いるの?
「私には大事な天使がいるのです。……本来なら、あなたのような最低な女性と偽装といえど、親しくするのは嫌なのに。王女との婚約解消には、マクミラン公爵閣下の庇護下にあるあなたが必要になる。だから――」
「この話、無かった事にするようウアリウスに言います」
滅多に夜会や社交界に出ないので周囲の声がどう私を囁いているのかは知らなかった。最低な女性って……。他人とあまり関わらず、会話も挨拶程度に済ませ、交流も殆どしない私が最低って……。……引き籠ってるのはこの国では最低な部類に入るの?
それなら私は今後一切外に出ない。
言葉を途中で遮られ、且つ、その大事な天使と自分の為には私が必要だと、去ろうとしたら腕を掴まれた。
「嫌なのでしょう?だったら、正直に陛下に言ってはどうです。その大事な天使とやらと一緒になりたいから、ヴィオラ王女との婚約を解消してほしいと」
「出来たら苦労はしない。陛下は王女を手元に置きたくて私との婚約を結んだんだ」
「だったら、他の人に頼んでください。私はあくまでウアリウスにお世話になってるからこの話を呑んだだけです。嫌々なのはあなただけだと思いました?」
「っ」
……本当は時間潰しにしたら良い、と提案されただけ、だけど。
偽装だから好きになるなはまだ理解出来る。好きになる可能性は米一粒分の大きさもないが。ただ、後の台詞さえ言わなければ何事も無かったろうに。
宰相を務める公爵と違って浅慮が目立つ。
腕を離してもらおうにもシエロ様は頑なに掴んだまま。
「私だって、あなたみたいな人に好かれても迷惑なのでお断りです。いい加減離してください」
「っ……先程の失言、謝らせてほしい」
「すぐに謝るようなら言わなければ良かったのに。とにかく、気が変わったので離してください」
振り払おうにも、逃せば次の選択肢がないと悟っている彼は頑固なまで離してくれない。しつこい、と顔を歪ませても譲らない。
「離して」
「嫌です。あなたは、何故自分が社交界で最低な女性だと噂されているか知っていますか?」
「知りません。殆ど屋敷に籠ってばかりで、ウアリウスが一緒じゃないと外に出られない私が何をしたのですか?」
「え……?」
え……?って……私がえ……よ。腕を掴んだままだが「どういうことだ……」「噂で聞いてのと違う……」と呟き始めた。打診をする前に噂の真偽を確かめなさいよ。私しか相手がいなくても。
ほんの一瞬、シエロ様の手が緩んだ。瞬間を逃さず、私は彼から逃れ、距離を取った。すぐに焦りの相貌を見せたシエロ様だったが――
「シエロ!」
愛らしい少女の声が彼を呼んだ。振り向くと明るい茶髪の少女がシエロ様の側まで駆け寄った。ふんわりとした長いハニーブラウンの髪は白いリボンでゆったりと纏められ、彼を見上げる大きな青色の瞳は心配げな色を濃く宿していた。着ている服もレースやリボンが沢山ついた可愛らしい。アイリーンならもっと似合うだろう。
「シエナ。部屋にいろと言ったのに」
「シエロがいるのが見えたの。……あら、この方は?」
今気付いたと言わんばかりの態度にムッとしかけるが冷静に冷静にと努めた。
「此方は、アフィーリア=マクミラン様だ。シエナ、ご挨拶を」
「シエナ=ヘルズロウです。お初にお目にかかります、アフィーリア様」
「ええ。……ではシエロ様、私はウアリウスの元へ戻りますので」
「!ま――」
恐らく彼女がシエロ様の言う天使なんだろう。彼女からは実際に神力が感じる。
未だに私を呼び止めようとするも、状況を知らないシエナ様は私と彼を見比べる。
踵を返し、足を前へ出しかけた時「まだ庭園へのご案内を終えておりません」と止められた。本当にしつこい、と顔を歪ませれば罰が悪そうな顔をし、視線を逸らした。
……魔界の王女として暮らしていた時も、ウアリウスと暮らしてる時もこうも理不尽な思いを味わう事は無かった。私が覚えている乙女ゲームの記憶で言うとアレだが……。
「そうだ!私も一緒にアフィーリア様をご案内しますわ。ねえシエロ、私もいていいでしょう?」
「ああ、勿論だよシエナ」
早く庭園を案内してもらってウアリウスの所へ帰りたい。
屋敷に戻ったら、この話をすぐに断ってもらおう!
読んでいただきありがとうございます。




