73話 人間界での生活2
大した時間はかからず、本を片手にウアリウスは出てきた。どんな本か聞く前に瞬間移動で本だけ屋敷に帰された。むくれて見せると首を傾げられた。
「どうしたの?」
「どんな本か聞きたかったのに」
「気にする程じゃないよ。さて、行きたい場所はある?」
「もう」
パッと見は変哲もない、普通の本だった。店に予約してまで手に入れたかった本はどんな内容なのか気になるのは当然だ。ましてや、欲しているのがウアリウスだから余計。
仕方なく、差し出された腕に手を添えて歩き始めた。さっきアイスクリームが食べたくなったから、行きたい場所を告げた。
「はは。成人になってもお子ちゃまだね」
「ウアリウスだって甘い物好きじゃない」
「否定はしない。美味しい食べ物は好きだよ」
「私も」
長生きなウアリウスやこれからそうなる私にとって楽しみとなるのが食事。魔王城の料理人が丹精込めて作った料理は全て絶品。人間界の屋敷でお世話になっている料理人が作るのもまた絶品。本職の者が作る物というのは、どこの世界でも一流なのは同じ。
目的のお店に着いた。看板に目を通していく。
大きめのワッフルコーンにソフトクリームとトッピングが贅沢に盛られる人気のアイスクリーム屋。
イチゴ大盛りがいい。ああでも、チョコレート尽くしも捨て難い。
決めかねていると横から急かされた。待ってよ私は今大事な選択を迫られているの。
「どれとどれで悩んでるの?」
「これとこれ」
イチゴ大盛りとチョコレート尽くしを指差すとウアリウスが店に入って行った。え、と声を漏らし「外で待ってて」と言われたので待つ。
数分後。両手にアイスクリームを二つ持って戻った。
「両方食べたかったんでしょう?」
「……ありがとう」
はい、と差し出されたのはイチゴ。
私達はお店の前に設置されているテーブルに座った。平然と私の心を読んで行動されると擽ったい気持ちが生じる。
こんな風に父様や母様、アイリーンと食べる未来もあったんだろうな……。魔界にアイスクリーム屋があるかはおいてといて。
つけられたスプーンでイチゴを掬った。酸っぱさよりも甘みが強く感じられて、さっぱりとしたクリームと相性が最高。
するとウアリウスにチョコレートクリームを口元に運ばれた。両方欲しがっていた私に気遣っては分かるけど、堂々と食べさせられるのは恥ずかしい。
「両方美味しいよ!」
「それは良かった」
そう言うとウアリウスも自分のアイスを食べ始めた。
「もうじき、魔王候補の選出が始まるね」
不意に漏らされた言葉にスプーンを持つ手に力が入る。魔王候補選出……ゲームだと、母様を失って精神を疲弊させる父様を案じた周囲が高い魔力を持つあの五人を次期魔王候補に決定した。
しかし、今はゲームとは異なる。私が、アフィーリアが魔界から出て行った瞬間から既に。
「魔王候補の選出って、現魔王の衰えの兆しが見えてからじゃないの?」
「普通はね。ただ、自分よりも更に強い魔力を持つ魔族が現れた場合は早めに隠居する魔王もいた」
「ユーリの事?」
歴代で最も強い魔力を持つ父様すら超える魔力を持つユーリ。幼い体では魔力暴走を起こしてしまうからと、赤ん坊の内に大部分の魔力は父様によって封印された。成人した今なら既に使い熟せているのでは?
私の疑問をウアリウスはワッフルを食べながら否定した。
「ロゼはまだ、ユーリの魔力を完全には解放していない。強過ぎる魔力を制御するには並大抵の努力じゃ無理だ。ロゼがよく知っているからね。魔力の制御方法を教えてる最中じゃないかな」
「なら、父様が魔王候補を選出する理由って……」
「本人に直接聞いた方が早いかもね」
優雅にチョコレートアイスクリームを食べるのが様になっている。ちょっと悔しい。私がやっても洗練された動作は無理。
「できたら苦労しない」
「はは」
「笑わないでよ」
もう、と拗ねた私はイチゴのアイスクリームに集中した。クリームがコーンと同じ高さになるとクリームとコーンを同時に食べ始めた。
アイリーンは誰と結ばれるのかな。王道でユーリ?ハイネも良かったよね。年上組は中々に癖があったから……。
……不意に、脳裏に浮かんだのはベルベット。
彼は今どうしているのかな。次期公爵となるアシェリーやネフィと違って、後継者から程遠いベルベットは成人しても好きな場所をフラフラしてそう。
「……婚約者っているのかな」
「どうしたの、急に」
しまった……!
心の中だけで喋ったつもりがしっかりと口に出てた……!
聞かれてしまった以上は話を続けないと。
「う、うん。アイリーンは父様が阻止するからいないけど、他の皆もまだいないのかなって」
「王子達にもまだいないよ。他の三人もね。ただ、立場的にそろそろ決めないとならないのがネフィとアシェリーかな」
魔王候補に挙がる名前はユーリ、ハイネ、ソラ、アシェリー、ネフィの五人というのはゲーム通りだろう。誰のルートにせよ、基本魔王就任と共にアイリーンと結婚していたけど……どうなるか。
アイスクリームを食べ終えた私達は次のお店へ……なんて事もなく、来た時と同じで路地に入って瞬間移動で屋敷に戻った。
ウアリウスは本を読みたいからと部屋へ戻った。私はどうしよう。親しい人間の友達もいないし、行きたい場所もない。するとしたらお昼寝くらい。
一旦、部屋に戻ってベッドに寝転んだ。
する事ないと暇。かといって、これといってしたい事もない。
贅沢であり、困る悩み。
「アイリーン……ちゃんと……幸せになってるよね……?」
アフィーリアとして願う、あなたの幸福。
これだけは誰にも譲れない。
――数時間後。
結局眠ってしまい、夕日が眩しい時刻目を覚ました私の下へタイミングよく執事さんが一通の手紙を持って来た。
贈り主はこの国の王族。しかも、ウアリウスにとてもご執心な第一王女様。
王族は大天使の血を引く末裔。気が遠くなる遥か昔、ある大天使が一人の人間の女性に恋をしたのが始まり。人間と天使の許されざる恋を神は許し、軈て二人は一つの国を創り上げた。
この王国が正にそれ。神が特にお気に入りとする所以。王族は特に強い祝福を授かる。
私を敵視する王女の招待……どうしよう。
手紙をもらうと執事さんが人を安心させる笑みを見せた。
「ご安心くださいお嬢様。既に旦那様のお耳にも入れております」
「ウアリウスも知ってるの?」
「はい。お嬢様の判断にお任せするとの事です」
「……」
王女にしたら、私は愛する人の側にいる邪魔な女。養女としていたら、きっと態度も違ったのだろうが。王族の住む王宮は神聖力が強いとウアリウスは言っていた。人付き合いも大事だと自分に言い聞かせ、ウアリウスのいる部屋と向かった。
ノックをする前に「入っておいで」と了承された。気配を読まれた。苦笑しながら入るとベッドに腰掛け、昼間買った本を読んでいるウアリウスがいた。
彼の隣に座って手紙を見せた。
「行くのかい?」
「ずっと人間界に住むなら、付き合いも必要になってくるから。ただ……王宮は、神聖力が強いでしょう?私が行っても大丈夫かな……」
「心配はいらないよ。君の母君は誰だったかな?」
「あ……」
天界で非常に珍しい感応増幅の力を持って生まれた母様は神の娘。天使よりも清く純粋な血を持つ天界の姫。半分は魔王である父様にしろ、もう半分は天界の姫である母様の血が流れている。
アイリーンと違って父様の血が濃く現れている私でも行っても問題はないらしい。
ただし、と警告された。
「決して魔術はしない事。血で誤魔化せても、魔力の質までは誤魔化せない」
「うん。分かった」
「当日は僕も同行しよう。僕がいれば、王女も君に悪さはしないだろうからね」
……寧ろ、目当てはウアリウスが来るのを見越してじゃあ……。
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