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7話 度を越えた阿呆は身を滅ぼす



 


 魔王の娘二人には、それぞれ専属侍女が何人か付いている。


 妹のアイリーンは三人。ノワール家の分家出身のベルローナ=ラ=ノワール、マファルダ=ラピス=ノワール、そしてナーディア=ハーツ。ナーディアだけ名前が違うのは、彼女は元々貧民街出身の孤児だったのだが、魔力容量(キャパシティ)魔力濃度(デンシティ)に目を付けた人買い屋によって拐われた挙げ句貴族の奴隷として売り飛ばされた。その貴族が初めてパーティーに出席した母様に一目惚れした上、連れ去ろうとした貴族の当主だった。魔王の逆鱗に触れた貴族のお家は当然お取り潰し。宰相の計らいで血族は皆殺しにはされず、辺境の地域への島流しだけに留まった。その家に仕えていた優秀な人材は各上級貴族や『騎士団』に『魔術師団』が引き取った。ナーディアを引き取ったのはあのレオンハルト団長。彼がアイリーンの専属侍女にナーディアを推薦した。売られた貴族の家でも、ある程度の魔術の訓練はされていたようなので直ぐに使えると判断したのもあるが、歳もベルローナやマファルダとも近いので丁度良かったらしい。


 次に姉のアフィーリア。私である。私には一人だけ。何故かと言うといらないからである。基本、部屋で大人しくするよりも外で動き回るのが好きな子供からしたら、一々付いてくる上に小言を言ってくる侍女はいらない。後、私に回す位ならアイリーンにもっと回してほしい。私の専属侍女は、昨日スカートを捲られ偶然居合わせた騎士二人に下着を見られ泣いてしまったセリカ=スノー=ホワイトである。ホワイト伯爵家の令嬢である彼女が人前でそんな醜態を晒され、常に守らなければならない魔王の娘に泣かされた。……リエル叔父様が上手く騎士達に口止めをし、セリカを慰めたので一応解決されたと思いたい。いくら魔王の命令だからと言っても、やっていい事と悪い事には限度が存在する。絶対セリカは、私の専属を嫌になった筈。なので、父様にセリカを私の専属から外してと執務室へ直談判しに行くと――。



「駄目だ」

「お断りします」



 即却下。何故か、セリカも同席していた。


 何でセリカがいるの?


 猪突猛進の如く執務室に入って来るなり直談判した私の勢いは一瞬にして消え去った。判子を押した書類を控えていた宰相さんに「『騎士団』に回せ」と渡すと席から立ち上がり、私の前で膝を折った。



「セリカもお前の専属から外れる気はないらしい。アイリーンには三人付けているのに、お前にだけ付けないのは出来ない。大体、どうしてそこまで嫌がる?」



 城に務める侍女の仕事は主に身の回りの世話に主の護衛。父様が守る城であっても安全とは断言出来ない。それは、二週間前の私が身を以て体験している。


 父様の大きくて優しい手が頬に触れた。



「アフィーリア」

「は、はい」

「本来であれば、俺がお前達を守ってやりたい所だが、立場的にずっと一緒にいてやれない。その為にも、信頼の置ける部下にお前達を任せるしかない。お前の専属がセリカ一人なのも、かなり譲歩しているんだぞ?」

「あ、う……」



 アイリーンみたいに何人も侍女を付けたいのに私が嫌がるから父様はセリカ一人にしてくれている。これ以上の我儘は聞き入れてもらえない。


 でも、だ。



「でも」

「でも、もない」



 言わせてもらう!



「セリカは私にスカートを捲られて騎士達に下着を見られました!今度は下着も」とここで台詞は途切れた。私の両頬をむにーと父様が掴んでるから。


「お前の可愛い我儘を叶えてやりたいがこれだけは駄目だ」

「とうひゃま、わらしはへいきれす。ひゃから、わらしひょりもあいりーんを」

「妹想いのお姉ちゃんもいいが俺にとってはお前も十分可愛い娘なんだ。娘の安全を守るのも父親である俺の仕事だ。分かるか?」

「ひゃい……」



 渋々でも漸く納得した私の両頬を解放した父様は私を抱き上げた。イケメンを至近距離で見られるって幸せ……自分の父親だとしても。



「セリカ。アフィーリアがどれだけ拒絶反応を示そうとこの子を守れ。危ない場所に足を向けるようなら、ある程度の実力行使も認める」

「はい。畏まりました魔王陛下」



 綺麗にお辞儀をしたセリカから再び私に視線を移すと額にキスを落とした。父様の溢れんばかりの愛情がたった一つのキスから伝わってくる。ちょっぴり恥ずかしくなって父様の服に自分の顔を押し付けた。



「陛下、そろそろお時間です。イグナイト公爵がそろそろお見えに」

「……分かった」



 宰相さんに告げられた時間切れ。名残惜しそうに私を降ろすと宰相を伴って執務室を出て行かれた。残されたのは私とセリカと騎士一人。父様達が出て行った扉を眺めていると「アフィーリアお嬢様」とセリカが斜め後ろにいた。



「お部屋に戻られますか?」

「セリカは……何で私の専属から外れないの?スカート捲られたのに」

「昨日はお嬢様に不意を突かれた上、人前で泣いてしまうという失態を犯しました。名誉挽回などと言うつもりはありません。私は、私の意思でお嬢様にお仕えしたいからここにいるのです」

「……でも、スカート」

「その話はもう結構です。それにお嬢様の悪戯はまだ可愛い物です。他の貴族の令嬢や令息の悪戯と比べると子猫に噛まれた程度ですから」

「そ、そうなんだ」



 スカート捲りより酷い悪戯ってどんなだろう……。アシェリーやネフィ、ソラもよく悪戯をしては各家庭の親に叱られている。今度聞いてみよう。


 次に行く場所は決めてる。セリカに場所の名前を告げると黒曜石の瞳を丸くした。










 ○●○●○●



 魔王城の秘密の地下室。頑丈で分厚い扉の前に小さな人影が三つあった。結界も貼られていない扉を一人が押した。不思議と重さを感じない扉は子供の力でも簡単に開いた。



「うわ、なにこの臭い」



 中から漂うむわっとした空気に形容できない臭い。鼻を押さえるのも無理はない。


 小さな三つの人影の正体はアシェリー、ネフィ、ユーリである。彼等が足を踏み入れたのは、レオンハルトの秘密の遊び場にしてコーデリアが幽閉されている部屋。入って早々文句を零すネフィ。無機質な床には空のフラスコが転がっている。底に微量に残っている液体は青い色をしている。


 ユーリはフラスコを拾い、アシェリーの前に出した。



「何の薬?」

「ん~……催淫剤辺りかなあ」

「無断で入って良かったのか?バレたら叱られそう」

「そうだねえ。でも、来たいって言ったのはユーリで、ぼくは連れて来ただけ。ネフィは心配で引っ付いて来たんでしょ」

「もう一個付け加えるなら、ソラの土産話にしてやろうかなって。やたらとお兄ちゃんにべったりなハイネの相手してるみたいだし」



 もう母親はいない。だが、植え付けられた恐怖は簡単には消えない。ユーリにべったりと引っ付くのも、また何時ユーリが理不尽な暴力を受けるか分からないから。何時までも兄に守られる弟ではいけないとハイネなりに成長しようとしている。只、兄も兄で弟を大事に思っているので弟の不安の種を摘むため、更に成長しようと現在進行形で頑張っている最中。その過程でどうしても必要な項目が発生した。


 部屋の真ん中で荒い呼吸を繰り返す一人の女。全身は言葉では表現しづらい程汚れ、美しかった面影が一つも残されていない。顔に布を被せられた囚人達が数人いる。薄汚い囚人の慰み者に墜ち、レオンハルトの薬の実験体。それが今のコーデリア――母親である。



「……どおしたの?同情した?」

「……いいや。しないよ。消えただけ。見るだけで十分だったみたい。態々、『おれ』が手を下さなくてもクソババアはもう『死んでる』みたいだし」

「そう。じゃあ、戻ろっか」

「賛成~」



 懐に隠していたナイフを床に投げ捨てた。自分とハイネをずっと恐怖と暴力で支配し続けてきた母親の息の根を止める事で大きな一歩を踏めると思ったから。


 遊び場に幽閉された今のコーデリアの成れの果てを目にしたユーリに殺意は消えた。もう、彼の知っている母親は死んだのだ。愛されていないのに、必死に愛を得ようと子供まで生み、最後は愛に狂って死ぬよりも辛い地獄に自らを墜とした。


 憐れな母親……否、憐れな女である。


 踵を返したユーリに続いて、アシェリーとネフィもこの場から出て行く。



「……り……けて……」



 ――光もない紫水晶がずっとユーリを見ていたと知るのは、アシェリーとネフィだけだった……。



 地下室から地上に戻った三人。地下室の嫌な臭いが服や肌にこびり付いたとネフィは嘆息した。



「はあ~……一旦屋敷に戻るか。二人はどうする?」

「ぼくもお家に戻るよお。ユーリはハイネのとこ?」

「あぁ。その前にアフィーリアに会いに行く。変な勘違いをしてるみたいだから」

「あれねえ。鬼ババでも君達の母親だから気にしたんだろうねえ」

「あいつ、マジで頭打ってから変わったな。馬鹿が阿呆になった」



 アフィーリアがいたら、また反論するだろう。


 そうだな、と頷いたユーリもアフィーリアの変化に戸惑ってはいた。毎日毎日引っ付き虫の如く引っ付いて、自分の我を通そうと此方の事情を無視する傲慢なお姫様。ついこの間までのユーリの感想。それが頭を打ってから別人になった。まだまだ我儘で我を通そうとする部分はあるが、ユーリの引っ付き虫を止めた上あんな無茶をしでかした。本来ならアフィーリアがユーリを庇う必要は何処にも無かった。家庭教師との勉強を放棄してアフィーリアに会いに行った。例えハイネのお願いだったとしても、最後に実行したのはユーリ自身。コーデリアから理不尽とも取れる暴力を受けるのも仕方なかった。


 さっきの昼食時では、普段ならユーリの隣を死守して口煩くユーリに話しかけるというのに、今日はソラに阿呆呼ばわりされて怒って、好物のプチトマトをアシェリーに取られて怒って、グリーンピースが苦手なアイリーンの皿から取ったと思うと食べてあげたり。とにかく、ユーリに絡む事で一日の大半を消費するアフィーリアが全然ユーリに絡んでこなかった。


 迷惑していたユーリにしたら、良いことこの上ないのだが…何故か苛立ちがあった。心の奥底にある微かな苛立ちの意味を幼いユーリには理解出来なかった。



「よっこらせーの」



 アフィーリアの変化の理由を知りたい。



「のっこいせーの」



 アフィーリアに会いに行こう。



「よっこいせーどっこいせーの」



「……なに、この間抜けな掛け声」

「アフィーリアだねえ。向こうで侍女さんといるよ」

「つか、何してんのあいつ……」



 謎の掛け声を上げるアフィーリアに三人の視線が集中した。


 側まで近寄るとドレス姿のまま、庭園から離れた場所にある何も植えられていない地面を鍬で掘っていた。



「あの、お嬢様、何故地面を掘っているのですか?」

「よくぞ聞いてくれた!私はねセリカ、将来の為に今の内から自給自足の術を得る為に作物を育てようと決めたの!」

「自給自足……えっと、お嬢様がですか?」

「そうよ」

「何故またそんな突拍子もない……」

「城を出ても困らないためよ」

「城を出る……?」

「うん。これはまだ、父様や母様にも言ってないんだけどね――」



 鍬を地面に刺してセリカに振り向いたアフィーリアの顔は眩しいばかりに輝いていた。



「成人したら人間界に永住すると決めたの!」


「!?」



 とんでもない爆弾を投下したアフィーリア。衝撃が強すぎて硬直したセリカの何を見て勘違いしたのか知らないが「内緒よ。セリカにだけ教えてあげる」と嬉々とした様子でまた地面を掘り始めた。


 気配を殺して様子を窺っていた三人もアフィーリアの爆弾発言に唖然とした。



「阿呆は阿呆でも、阿呆の度をぶち抜いてどうすんのあいつ」

「やっぱり面白いねえアフィーリアは。ねえ、ユーリ」

「……はあ。これ、父上のお耳に入れた方がいいのか?」

「すぐバレるって。アフィーリアもアイリーンも城から出すつもりが端からないあの魔王が許す筈ないからな」



 将来の為に今から頑張ろうとしているアフィーリアには酷だが、ネフィの言った通り、妻と子供達を溺愛している魔王が彼女を城から出すつもりは毛頭なく。また、人間界で永住する等言語道断。


 生温かい眼をアフィーリアに向ける三人であった。




 ――その日の夜。


 早速魔王の耳にアフィーリアの人間界永住計画が入ってしまった。玉座に座るロゼの片脚にちょこんと座らされて、冷や汗をダラダラと滝の様に流すアフィーリアを優しく、それでいて明らかに怒気が含まれたエメラルドグリーンで見下ろすロゼが頬に手を添えた。



「人間界に住んで何をしたい?どうして人間界に行きたい?」

「あ、う、それ、はその」



 本当の理由を話せる筈もない。この場をどう乗り切るか必死に模索するアフィーリア。笑いを堪えるのに必死なレオンハルトの体はプルプルと震え、呆れてものも言えないと嘆息するアリス、困った様に頬を掻くリエル。アフィーリアの母であり、ロゼの妻であるシェリーは二人にどう言葉を掛けて言いか分からずおろおろとするばかり。



「何処から漏れたんだろ……」



 心の中で呟いた筈の言葉は確りと声にして出され、余計父親の怒りを買う事となった。



 ――暫くの間、アフィーリアの行動はロゼによって完全制限されてしまうのであった。





読んでいただきありがとうございました!

変に破滅フラグを回避しようとするから別のフラグを立てていると気付かないアフィーリアでした。


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