71話 アフィーリア=オールドクロックは今日を以て消滅する
大切な人がいなくなった時。
別れをしなければならなくなった時。
身内でも、恋人でも、親しい人でも。
誰であれ、今まで一緒にいた人がいなくなれば寂しく悲しい。
私は父様に、母様に、アイリーンに悲懐な思いを抱いてほしくない。
幸せに、生きていてほしいだけ。
私と目線が合うようしゃがんだフィロメーノの服の裾を握った。
「……フィロメーノ、あのね」
「うん」
「まだ、私自身がアフィーリアだったっていう実感はやっぱりないの」
「うん。他人とアフィーリアは別の存在だ、別人の中に別人の人格が取り込まれたんだから、実感がないのは当然さ」
「うん。ゲームの記憶があったから、私は自分が此処にいたら何時かアイリーンを傷付けてユーリ達に殺されると知ってた。魔界から逃げ出したい理由はそれだった」
たった一人の妹を執拗なまでに虐めて、最後には命まで奪おうとする最低最悪な姉アフィーリア。
昔の姉に戻ってほしくて、命を奪われそうになっても最後までアフィーリアを信じ続けたアイリーン。
アイリーンが愛されるのは当然だ。魔族でありながら、誰かを最後まで信じ続ける純粋さは他の悪魔には決してない。
頬から熱い物が流れ落ちて擽ったい。地面に落ち、小さな水玉模様を描いていく。
「家出をして思い知った。皆をとても心配させて、迷惑をかけた……」
「うん」
「私にとってはそれが、将来アイリーンや皆の為になると思ったから。……誰もそうは思わない」
当然だ。
誰も、私が将来コーデリア様と全く同じ性格になり、振る舞いをするとは知らないのだから。
自分の袖で涙を拭った私は真っ直ぐ銀瞳を見つめた。
「私はアイリーンをこれ以上不幸にしたくない。父様や母様に心配を掛けたくないっ。セリカ達に迷惑を掛けたくない……」
無理矢理止めた涙はまたすぐに溢れ、零れ落ちていく。
「本当に……皆……私を忘れるの?父様も叔父様も?誰も思い出さない?」
「ああ。皆忘れる。ロゼやリエル、公爵達も例外じゃない。君を覚えているのは僕だけになる。絶対に誰も思い出さない。保証は君と僕だ」
「私とフィロメーノ?」
「そう」
代償誓約魔術。
強い願いを叶える代償に相手の願う物を必ず与える魔術だとフィロメーノは言う。条件は叶える側の術者が願いを請う術者よりも圧倒的力を持つ場合のみ。
魔界で最も偉大であり、ただ一人潜在魔力を開花させた始祖の魔王以上に願いを叶えるに相応しい相手はいない。
私の魔力量だと、条件に合う術者はフィロメーノを除くと父様だけ。
「どうやるの?」
「その前に。この魔術発動開始条件を僕達が“魔界を出た直後”と予め設定してある。発動したが最後、二度と魔界には戻って来れない。……最後に、見たい顔はない?」
「……」
そこはせめて見たい人でいいんじゃ……。
私は黙った。
父様や母様を見たら、決心が揺らぐ。
セリカは……申し訳なさが増して、決心が違う意味で揺らぐ。
……きっと、後悔する。
でも、最後に見ておきたい、記憶に、脳に焼きつけておきたい人はいる。
私は会いたい人の名前をフィロメーノに告げた。私が誰を言うか分かっていたように頷いたフィロメーノは、瞬間移動で場所を庭園から食堂へ移した。
丁度昼食時だったのか、子供達全員集合していた。びっくりなことに“エデンの森”以来会ってないベルベットもいた。手に持つバケットが気になり、手を伸ばそうとしたら鋭い叱責が飛んできた。
「触れてはいけない。時間停止の魔術は便利な反面、繊細なんだ。もしも手が相手に掠っただけでも魔術が解けてしまう」
「そ、そっか、ごめんね」
気になるけど万が一があってはいけない。
アイリーンがベルベットの服の裾を引っ張っている。あれかな、私が家出中の話をアイリーンが聞きたがってベルベットを引き留めてる構図かな。アシェリー、ネフィ、ソラの三人は固まってるからヒソヒソ話でもしてたね。ユーリは……うん?顔が険しいのはどうして?ハイネは困ったようにユーリを見ている。
「“エデンの森”からそうだけど、ユーリとベルベットって相性悪いのかな」
「そうだね。君絡みになると悪いようだね」
「私?」
私絡みでユーリとベルベットが対立する……全然分かんない。
「アイリーン……」
世界でたった一人しかいない、私の妹。
泣き虫で、魔力操作が下手で、だけど純粋な優しい女の子。
「……ごめんね……酷いお姉ちゃんで……」
ずっとリリスに精神を乗っ取られたアフィーリアに虐められ続け、命を奪われそうになりながらも最後まで信じてくれた優しい妹。
願うのは貴女が幸せな恋愛をして、心から思う人と結ばれて幸福になってくれること。
あ……
「フィロメーノ。ベルベットが“月の涙”が完成したら届けてくれるって言ってたの。それはどうなるの?」
「ふむ……“月の涙”の存在はなくならないけど、誰に届けないといけないかが抜けてしまうね」
「そっか……折角苦労して集めたのに」
「まあ、彼なら“月の涙”を知っているから無下には扱わないよ」
「そうだね」
家出先でベルベットに出会えて良かった。まさかシルヴァ公爵家の末っ子だとは思いもしなかったけど。人の魔力を好き勝手吸収するとこはアシェリーと同じ。癖っ毛のある黒髪に濃い紫水晶の瞳。
女子高生の私視点から言うとベルベットに思い入れはない。アフィーリアの視点からは……とっても、言葉では表せない気持ちがある。
気持ちを逸らすように三人組へ目をやった。
「……」
愛憎ルートだと、かなりエグい方法で殺してくれる三人。ほんとエグい。
ただ、ユーリやハイネにも言えるけど彼等に対し復讐心を抱いていないのだ。
ネフィやソラ、特にアシェリーには、強い罪悪感があった。
『ぼくだって好きだったのに!なんで、なんで――――を選ぶんだよっ!ぼくの方が……君を……好きなのに……っ』
……これはどの、誰のルート?そもそもゲームにあったルート?
姿は靄がかかって見えなくても、声は大きくなったアシェリーの声と同じ。
『……そう、か。はは……そうか。お前は――――を選ぶんだ。……嗤えるな、ずっとお前を好きだった俺より、あの女が出て来ないからって――――をお前は好きになるのかよ……』
今度はネフィだ。
さっきのアシェリーと同じで姿は靄がかかって見えず、声だけがはっきりとしている。
幾つか聞き取れない言葉がある。
突然脳内で再生された覚えのない声。戸惑っていると「アフィーリア」と頭に大きな手が乗った。
「惑わされてはいけない。これから君は魔界の王女ではなく、ただのアフィーリアとなる。過去の幻影は置いていきなさい」
「……うん」
心は晴れない。
永遠に。
最後にもう一度、アイリーン達を目に焼き付けて私はフィロメーノに抱かれ外へ出た。
ゆっくりな速度で浮上していき、雲の上へまで上るとフィロメーノは止まった。
「何だか不思議な気分だ。今まで一人で生きてきたから、急に他者と生活することになるなんて」
「え?父様やリエル叔父様は?」
「ロゼやリエルとは殆ど一緒にいなかったよ。生まれて割とすぐにガルディオスに預けたから」
「父様と仲が悪いのはちゃんと親子の関係を築かなかったからよ」
「はは。違いない。
さて、アフィーリア。人間界での生活は、君が女子高生をしていた世界とは全く違う世界だから大変かもしれない。覚悟はある?」
「う、うん。サバイバルになっても気合いで乗り切ってみせる」
「酷いなあ。僕は人間界では“不老の公爵様”で人気なのに」
「へ……?」
始祖の魔王が人間の世界で公爵をしてるの?
しかも不老って……魔族だから事実ですけども。
ま、まあ、いきなりサバイバル生活な不安は拭われて安心した。宿なしも最悪覚悟したけどそれもない。
フィロメーノに「しっかり掴まってて」と言われ、首に腕を回して抱き付いた。
私は下を向いた。
遠くなった魔王城は玩具の城のようだ。手を伸ばしたら、掴んで遊べそうな。
淡い光が私達を包み込む。この光が消えれば、時間停止の魔術も解除される。同時に、代償誓約魔術が魔界全土に発動され魔界の第一王女アフィーリア=オールドクロックは消滅する。
実際には消えない、魔界に住む全ての人々からアフィーリアという存在が消えるだけ。
光が強く発した瞬間、私は瞼をきつく閉じた。
――時間停止から解放された魔界の住民達は、変わらぬ毎日を再び送り始めたのだった。
記憶から王女が一人消された事実を知らないまま。
読んで頂きありがとうございます!
これにて子供編完結です。
長い間お付き合い頂きありがとうございました!
大人編も近い内に始まりますので引き続きよろしくお願い致します(*´∀`*)




