70話 選択の時
「特異体質?」
乙女ゲームでそんな設定あったっけ?と顎に手を当てて考えてみる。……うん?あー……どっかのルートで種明かしがあったような……誰のルートだっけ。確かこれ、アフィーリアとして目覚めた時も考えた気がする。
「天界の姫の特異体質をアフィーリア嬢が受け継いでいる……?」
「そうだよ、レオンハルト。シャルル、君も知っての通り相手の血や魔力を糧とする吸血鬼や淫魔は強い魔力を持つ魔族を好む」
「その方が理性を保つ期間が長くなるからです」
「そう。飢えを満たすには、自分以上の魔力を持つ相手から奪えばいい。で、ここからが本題だ」
天界の姫であった母様は、天使の中でも稀にしか生まれない特異体質者。
フィロメーノがこっち向いてと言うから従うと球体に手を入れた。私を抱き上げ球体から出した。
……って、顔を近付けてきた!?
「フィ、フィロ……」
まさかと嫌な予感を感知し、避けようにも彼に抱っこをされている時点で私に逃げ場がいない。レオンハルト団長の焦った声と同時だった。
恐ろしいまでに整った美貌が眼前に迫り、唇にとても柔らかいものが当たった。薔薇の甘い香りがするなーと現実逃避したくなっても、横から発せられた強大な魔力を当てられ嫌でも意識は現実に留まるしかなかった。
「こ、の……!?」
「……ウアリウス様、あなたに幼女趣味の気があったなんて……ガルディオス殿が見たら何と言うか……」
はい……レオンハルト団長がブチギレ寸前なのも、シルヴァ公爵が嘆かわしいとばかりに手で顔を覆うのも、全部見た目幼女の私に躊躇なくキスをしたから。
ちゅっと聞かせるようにリップ音を立てて唇を離したフィロメーノは「ふふ」と笑った。
笑えないよ。
「ああ……すごい。シャルル、ぼくが相手をしたら皆子供になるのだけど?第一、それを言うなら君だって人の事を言えないだろう?アーデルハイトに手を出した時、彼女はまだ十にも満たなかっただろう」
「人聞きの悪い事を言わないで頂きたい。アーデルハイトの場合は、彼女のお願いに弱い先代ノワール公爵の悪巧みのせいです」
「アーデルハイトと親父殿に関しては納得だ。ただじじい、あんたは論外だ。どう見てもロリコンじじいが幼女に手を出した絵面にしか見えない」
「酷い言われようだ。長く生きてきたけどロリコン扱いは初めてだ」
けどロリコン扱いされても誰も擁護出来ない。たった今思われても仕方ない行動をしたのだから。
あれ……?と私は違和感を覚えた。フィロメーノから発せられる魔力に。さっきまでは感じなかったのに。今は気配を巡らせなくても感じる。近くにいるから?違う、レオンハルト団長やシルヴァ公爵も警戒の色を濃くした。
「正解を見せてあげよう」
そう言って左手を二人へ突き出したフィロメーノは――
「《これが正解だ》」
火炎を放った。
目にも止まらぬ神速。
綺麗な光が秒もしない内に遥か遠くまで行き軈て……魔界の青空を瞬く間に黄昏色に染めた。
「……冗談だろ……」
レオンハルト団長の引き攣った声。
「今のは……炎の下級魔術だ……下級で、あんな威力を持つのは有り得ない」
空全体を変貌させる威力を誇る魔術なんて、それこそ超絶技巧を必要とする最上級魔術でないと不可能。レオンハルト団長は呆然と未だ燃える空を見上げ。代わりにシルヴァ公爵が険しい表情でフィロメーノに迫った。
「ウアリウス様。まさか、あれがあなたの言った正解ですかな?」
「そうだよシャルル。天界の姫の特異体質と言うのは、まあ分かりやすく言うと感応増幅能力。触れた相手の魔力を己の意思で何倍にも、何十倍にも増幅させる素敵力だ。元々膨大な魔力を持っていたロゼが更に強くなったのは、彼女の能力のお陰でもある」
初耳な母様の能力に耳を疑う。魔力を増幅させる道具や魔術は存在する。危機に陥った時や錬金術を使用する際、足りない魔力を補う際に使用される。全ては一時的な効果に終わり、永続的に魔力を増幅させたままの道具や魔術はない。魔術式すら確立されていない。
父様と結ばれ、子供まで産んだ母様に天界が執着していた理由が漸く分かった。魔王の子を産んでも母様の特異体質はあるままで。母様の特異体質を元から知っている天界側が粘着するのは当たり前だったんだ。
私の疑問を心を読んだかのようなタイミングでフィロメーノが話してくれた。
「以前、熾天使が姫を攫っただろう?彼……ラファエル君って言うんだけどね、元々彼は姫の婚約者だったんだ」
「え」
あの熾天使母様の婚約者だったの?感応増幅能力関係なしに母様に執着していたってこと?
「まあ、婚約者と言っても、成人するまで一度も顔を合わせるのを許されていなかったから、姫の方は彼を知らなかったんだ」
「天界の事情に詳しいね……?」
「僕を誰だと思ってるの?天界においても、感応増幅の力を持つ姫は特別だったんだ。熾天使の中でも序列一位だった彼と結婚させ、子供を産ませれば神に匹敵する力を持つ天使が生まれる。彼等は僕の血を引くロゼを恐れていたからね……当時、姫を攫われた時は大軍を率いて魔界に攻め込んだというのに返り討ちにされて。いやあとても面白かったよ」
楽しい昔話を語る気持ちであろうフィロメーノには申し訳ないけど私は聞いてて胸糞悪くなった。天界、つまり母様の両親は娘である母様を強い天使を産ませる為の道具にしか思ってなかった節がある。ゲームでもあったように『天輪の姫』として大事に育てられた母様は、頑丈な結界で守られた部屋でずっと過ごしていた。記憶によると異性との交流も父親以外とは許されなかったとか。
異性と会わせなかったのは、あの熾天使と結婚させる為。万が一、他の相手に恋をしないように。
父様に攫われてすぐにラブラブ生活……とはならなかったけど魔界で幸せに暮らしている。
母様の幸せは父様の幸せでもある。邪魔は絶対にさせない。
「天界はまだ母様を諦めてないの?」
「さあ?機会を狙っているのは分かるけど、それ以外は」
「私に母様の感応増幅能力があるのはどうして?だって、私は父様の血が濃いのに」
天使の力なら母様の血を濃く受け継いだアイリーンが持つべき力。どうして私に?
「それは運としか言いようがない。アフィーリア、君の感応増幅能力は天使にとっては猛毒になるが悪魔にとってはとても魅力的なんだ。悪魔にとって天使の聖なる力が弱点のように、天使にとって悪魔の魔力は猛毒に等しい」
「!!」
お互いがお互いの弱点となる悪魔と天使。またフィロメーノにキスをされて横から魔術が飛んできそうな殺気を受けて死にたくなる。シルヴァ公爵が落ち着かせているがフィロメーノは絶対煽る目的でやってる。口元がニヤついてるもん。
「こうやって君から能力を引き出すと微量だが魔力が流れてくる。ロゼ譲りの強大な魔力を持つ君の魔力を吸い込んでごらん、天使は全身に猛毒を浴びせたように凄絶な痛みを受け皮膚は爛れとても愉快な死体となるんだ」
「死体に愉快も何もないと思うけど!?」
「はは。アフィーリア」
人を揶揄って楽しむ性格は悪魔特有だきっと。
打って変わって、真剣味の増した声色で呼ばれ、無意識に背筋が伸びた。
「レオンハルトやシャルルに知られた以上、僕は君に選択を迫らないとならない。ノースゲートのお茶会が終わるまで待ってあげようと思っていたんだけど……気が変わった」
「選択……?」
「そう。彼等からロゼに必ず話はいく。そうなると、僕を毛嫌いするロゼのことだ。強引に君の記憶を消すだろうね」
「ええっ!?」
「うむ……陛下なら有り得る」
「ロゼならするだろうな」
二人も納得しないで他の意見を言って!
だが私ですら有り得ると言葉の強さに愕然とする。始祖の魔王であるフィロメーノと父様の間に何が起きたか知らない。最近の父様から察するに余程の出来事があった。で、許せない。
娘を溺愛する父様が嫌っている相手と会ったとなると記憶を強制削除するのも頷ける。
フィロメーノが左手で指を鳴らした。
今度は何が起きるのかと緊張した。
何も起きない。
あれ?とレオンハルト団長とシルヴァ公爵に確認しようと見ると声が出なかった。
レオンハルト団長は動き出す寸前、シルヴァ公爵も同じ体勢で固まっていた。
「二人には特別に更に強い時間停止の魔術をかけた。これで、今時間が動いているのは僕達だけになった」
「フィロメーノ……私に何を選べって言うの?」
「難しくないよ。
今すぐに僕と魔界を出るか、出ないかの選択を君に選ばせてあげる」
「!」
フィロメーノが提示したそれらはずっと私が願っていたものだった……。
今この瞬間、フィロメーノと一緒に魔界を出たら私は自身の破滅を迎えずに済む。
……でもだよ。私が助かっても残った他の人達は?私を大事に、愛してくれる父様達は私が消えたら悲しむ。家出から戻った私はどれだけ父様や母様、周囲に大事にされていたかを思い知った。アイリーンを、ただ一人の妹をどれだけ傷つけてしまったかを痛感した。
また同じ過ちを犯すの……?
何も言えず、俯くと甘い誘惑を差し出された。
「君の考えは分かるよ。自分が消えたら、また家出をした時のように周囲を心配させ、悲しませると思っているのだろう?
安心しなさい。誰も悲しまないよ」
「……え」
弾かれたように顔を上げると凄絶な美貌を誇る始祖の魔王が額にキスを落とした。
「魔界を出たら、魔界全土に忘却の魔術を掛けてあげよう。そうしたら、魔界の王女は最初からアイリーン一人となる。アフィーリアという悪魔は、魔王の娘は、最初から存在しなくなる。
君はただのアフィーリアとなるんだ」
――君という存在を魔界に住む全ての悪魔から消し去れば、誰も悲しまない。
読んでいただきありがとうございます。
もうすぐで子供編も終わりとなります。




